07/ | 08 | 七夕でしたね。 |
見上げた夜空には夏を知らせる星座がちらほら。星屑がミルクを零したような帯をつくり――天の川というらしい――地上では色とりどりの紙切れを抱いた笹がさらさらと葉を揺らす。
なんでも、その紙切れ"タンザク"に願いを書けば叶うとか叶わないとか。
「まったく、キミも懲りないよねぇ」
「…………」
日出ずる国や絹の国に伝わる伝統行事だとは、お祭り好きでこのパーティーの主催者でもある魔王から聞いた話。
いっそのこと、『この茶番が終わりますように』とでも書こうかという考えが頭に浮かぶが、すぐに打ち消す。
「毎度毎度勝てもしないくせにさぁ」
パーティー会場とはいえ、この辺りには人気がない。
あんなに騒いだにも関わらず誰も駆けつけてこないということは、みんな飲んだくれてるかおしゃべりに夢中か……とりあえずは、異国のお祭りを楽しんでいる、という事なのだろう。
――こんな時くらい普段の因縁は忘れれば良いのに。
アルルは地面に這いつくばっている男を見下ろす。
「うるせぇ。お前の運がいいだけだ」
煤け顔が果敢に睨み返してくる。
「っていうか、キミの運がないだけじゃないの。運気ゼロ男」
「…………」
「あと一歩ってところで本当にダメダメだよね〜」
芝に足を取られ、剣は届かず、魔導は発動しない。
有り得ない偶然にいつも勝機を逃して地面に沈む。
「運も実力の内っていうよ、シェゾ」
「んな不確定なもんに頼らなきゃならん実力なんぞいらん」
「まったく、相変わらず完璧主義なんだから。だから勝てないんじゃないの」
よろよろと立ち上がるシェゾ。
横目で見ながら言い切ってから思い出す。これでは勝ってほしいみたいじゃないかと苦笑する。
「願い事にでも書いておけば? 叶うかもよ。万が一にもないと思うけど」
もし、この関係が壊れたらどうなるのだろう。
小さな疑問。
ポケットに入れてあったタンザクを取り出し、ペンを走らせる。
「そんなもんで叶うほど俺の希(ねが)いは小さくないんでな」
「はいはい、ご立派ご立派」
書き終えたそれを、手近な笹にくくり付ける。
「……何を書いた」
「ん〜」
眺めれば風に揺れる青い紙。
宵の月を映したような金無垢がシェゾへと向かう。
「キミがあまりにも運に恵まれてないからさ」
七夕。
自らが犯した過ちにより引き裂かれた二人が唯一許される日。
ならば、己の罪のために封じなければならなかった想いは、赦されないだろうか。
「運、分けてあげようか?」
さくさくと草を踏む音が不快なほどはっきりと聞こえる。胸を打つ鼓動は警告のように響く。
訝しげに見下ろす青い瞳。
彼が欲しているのは魔導力。解っている。理解している。それでも、ほんの少しでも許されるのなら――、
背を伸ばす。
目を閉じて頬に触れた。唇で。
「おまじない」
息を呑んで身じろいだのが伝わった。動揺の気配。
呆然と頬を押さえる彼の手を目で追う事もせず、アルルは俯いたまま。
じゃあ、と言い残して身を翻す。
「待てアルル!」
焦燥した声と同時、手首を掴まれ反射的に振り返ってしまった。
よろける体、次瞬、温かいものに唇が塞がれている。
「ん……っ」
両腕を掴まれ支えられて、彼を受け入れさせられている。
体の芯に疼く甘い痛み。
あらゆる感情は瞼と共に伏せ、抗う事もせずただ受け入れる。
長い束の間。
「確かに受け取ったぞ」
おもむろに呼吸を奪う口付けから解放され、吐息が交わる距離で囁かれる。
「解ってるだろうな。次に会った時がお前の"運の尽き"だ」
「…………」
「必ずお前を手に入れる」
「できるもんなら、ね」
いつも以上に自信たっぷりな笑みに、そう簡単に思い通りにはならないよ、と意思表示。
口付けよりも長い時間をかけて体が離れる。
風に吹かれて笹の葉が鳴った。
「ボクはそうとう運が強いみたいだから」
* * * * * * * *
「見ました? サタンさま。今の」
「見た」
「こぉんなところで、何やってるのかと思ったら――。あれで無意識なんだから始末に負えませんわよね」
「まあまあそうふて腐れるな、ルルー。あの二人にはあの二人なりの考えというものがあるのだよ」
「解りますけどぉ。あーん、じれったい!! ……あの二人に橋がかかるのはまだ先のようですわ」
「どうだろうな。この季節、どう天気が変わるか予測がつかん」
「そういうものですか?」
「そういうものだ。お前にも覚えがあろう」
「ま、まあそれは。ってどうして笑うんです!?」
「ああ、すまんすまん」
「もう」
「ただ、気が付いてないのだろうな……己らを戒める天帝などどこにもいないことに。我らが織姫星と夏彦星は」
「先が思いやられますわねぇ」
【END】
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