第三十一話 ねぇ…

「アルルーっ!!!!」

シェゾの放った呪文……エヴスオウブがボクに向かってきて、だけどその呪文を放ったときに見えたシェゾの涙が嬉しくて、もういいやって思った。
そう思って、目を閉じたその瞬間。聞き慣れた、声が聞こえた。

「うぁぁっっ……!!」
鈍い音と共に、苦痛な悲鳴が聞こえた。
そっと目を開けてみれば、冷たい洞窟に横たわる人が。
遅れてついてきたのは、ルルーとサタンの叫び声。
「Dアルル!!」
「っ!?Dアルル!?しっかりしないさいよ!」

……
Dアルル

「Dアルっ……
「ふふ……間に合って、よかっ……。」
洞窟に横たわる人。それはボクのドッペルゲンガー……
まったく……キミらしくないね
弱々しい声。微かに微笑んだ口元から流れる血。
「Dアルル!!大丈夫か?お前っ。」
「シェゾ!!許さないわよ!!あんた、おかしいわ!!」
遠くにサタンとルルーの声が聞こえた。
Dアルルは、ボクを庇って……
……Dア。」
口が空回りする。目の前の状況について行けない。
ただ、Dアルルの微かに笑った口元の血が、ヤケにリアルで
止めて……あげなよ  
 大事な人でしょう?」
微笑んだDアルルの目から涙がこぼれ落ちた。
ご、ごめんなさっDアルルし、死なないで……死なないよね!?」
やっと口から言葉がこぼれた。
嗚咽混じりの自分の声が、何故か遠くに聞こえた。
………どう、だろ。ふふ、思いっきり、当たっちゃったから
悲しそうに笑ったその顔が、何処か遠くを見ていて何処かへ行ってしまいそうで怖かった。
「ほら……助けて、あげなよ。アルル。キミになら、きっと、できるから。」
Dアルルの声が響く。
ルルーが泣く声が聞こえた。だけど、それよりも目の前に倒れているDアルルの姿が悲しくて
そんな時……

「っちっ……!また、邪魔が入ったな!! っはは、まぁ丁度良いか。Dアルル。ありがたいと思いな!!Dシェゾの後を追わせてやったんだからよ!」
笑い声と共に、洞窟に響き渡ったのは
Dアルルを傷つけた本人。シェゾの声だった。
シェゾなんて事!」
振り向いた先に見えたものは。
片目だけ涙を流すシェゾの姿だった
「シェゾ……。」
煩い!!命拾いしたな、アルルよ。今度ははずさねぇ
シェゾっ……。」
シェゾの声を遮った。もう後には引けない。だけど、どうしていいか分からない。悲しいって思いだけがグルグルと頭の中を回った。
シェゾ……ねぇ、シェゾぉ
『ねぇ……もう、ボクの声はキミには届かないの?』

 

第三十二話 彼の涙

シェゾ君はそんな人じゃないはずだよね?
ぶっきらぼうだけど、素直じゃないけど、優しかった
今までのシェゾとの思い出が走馬灯のようによみがえる
何も、表情すら浮かべていない顔
でも、今は一筋の涙がこぼれている。
確かにDアルルの言うとうり、まだ見込みはある。かも知れない。
こんなの、こんなに悩むなんて、ボクらしくないじゃない!!
でも、今はボクらしいとかそういうのはまったく関係ないじゃないか!!
ボクの中で、ボクの矛盾している思いが木霊する。
シェゾはまた、ボクに剣を向ける。
思わず、その時、口が開いた。本能の赴くがままに、話してた。
「シェゾッ!!何でそんなことするの!?
キミはそんなにひどい奴じゃないでしょ!?
なんだかんだ言って、いつも優しくしてくれるじゃない!!
今まで一緒に旅したよね!?
何でその時ボクを助けてくれたの!?
僕たちをボクたちをだましてたの!?」
ボクがだましたの?と聞いたとき、シェゾはぴくりと反応した。
「フッ。何を言い出すかと思えば
当たり前だ。俺に優しさがあるだと?
笑わせんな。俺にそんなもの必要ない
俺には、情けなんて必要ねぇんだ。
表情も、優しさも必要ねぇ。
俺には闇と悪があればいいんだ。
俺がお前たちと旅をしてきたのもお前を油断させるためだ。」
シェゾはどこか辛そうに語った。
「キミ。今、泣いてるよ
それもひとつの情け、表情、優しさの塊だよ。キミの情けも、優しさも、表情もその涙ひとつが全部語ってる。」
ボクはなんだかもう恐れも、悲しさも何もなくなっていた。
なぜだか知らないけれど。
「お俺が泣いているだと?
ふざけんな。俺はもう何年もないてなんかいねぇんだ
もう俺には涙なんて無いんだよ
少しづつ、シェゾがいつものシェゾに戻りつつあるようにボクには見えた。
その時、ボクは久しぶりに笑うことができた。いつから笑っていないんだろう
自分でも不思議なくらい、笑っていない気がした。笑っている自分が自然だとずっと思っていたのに
「じゃあ、そのキミの頬を流れている液体は何?
涙にしかボクには見えないよ?
シェゾ認めて見ようよ。無理に意地張っていたって、変わらないよ?
キミは優しいんだよ。少なくともボクはそう感じてる。ねっ!」
その時、ボクはまんえんの笑顔で言うことができたことが何より嬉しかった。
これで、こんなボクの言葉でシェゾが元に戻るならいいんだけど。今はとにかく本音を思っていることを、すべて、伝えてみよう。そう思った。それで元に戻らなくても、戻っても、どっちにしようと、きっとこの先後悔するだろうからボクはそう思った。
「シェゾ。ボク、キミのこと
そういいかけたとき、地面が大きく揺れた。

 

第三十三話 謝りたいけれど…

「キャアアアッ・・・・・・!!」
ルルーの声が洞窟内に響く。
天井からはバラバラと雨のように小石が落ち、立つことすらもできない。
「くっ・・・!し・・・シールド!!」
アルルはDアルルをしっかりと抱き、ルルーと自分達に少しでも石から守るために魔法を唱えた。
・・・・・・もちろんシェゾにもかけようとした。けれど、黒い魔法の壁によって拒まれてしまった。
突然出てきたその壁に・・・。
「し・・・シェゾ?」
それがシェゾが唱えた魔法だとすぐにアルルにはわかった。だからアルルはシェゾを見た。
どうして・・・・?と・・・・。
しかし、シェゾは目が合うとバツの悪そうに横へそらしてしまう・・・。
『一時はどうなるかと思いましたが、それでいいのですよ。シェゾ・ウィグィィ・・・・・・。』
すると邪悪な気配とともに一つの影はシェゾの前へ現れた。
流れるような銀髪の髪と紅い血のような色をした眼と唇・・・。
コトの起こりの元凶といえる、ルーンロードだった。
「「ルーンロード・・・・・・!!」」
「・・・・・・。」
アルルとルルーは驚きを隠せなかったが、シェゾだけはそんな様子はなく、怒る様子もなく・・・。無言だったけれど、後悔したような瞳をしたのをルーンロードは見逃さなかった。アルルとルルーは気付いてはないけれど・・・・・・。
『・・・そうですか。またあなたにはちゃんと教えてあげなくてはなりませんね。
しかし、あなたは逃れられない。あの本を開いて呪文を唱えたときから・・・・。
今まで起こしてきた事から・・・・・・。それは運命であり、偶然でもなく必然なんですよ。
でもまぁ、今日は退散しましょうか。どうやらそちらは大変なようですし、なによりみなさんに恐怖と変わり果てた姿をした“神を汚す華やかなる者(シェゾ・ウィグィィ”を見てもらわなければならないのですから・・・。』
くすくすと笑う。まるで、これからのことが楽しみでたまらないとでもいうように・・・。
『それではまた、今度はこちらからあなたがたに会いに行くでしょう。フフフ・・・・・・。』
そう言って消えてしまった。
「し・・・シェゾ・・・?」
アルルはまたもシェゾの名を呼ぶ・・・。
でも、シェゾはアルルに応えることはできなかった。
本を開き、封印の呪文を解いてしまい、弱みを握られ、アルルを傷つけ・・・・。さらに結局こうなってしまうという自分の中の闇の心に揺れ動かされ・・・。
純粋に「アルル」と名を呼ぶのさえも許されなくなった自分に一体何が出来るというのだろう・・・?
――ルーンロードの思い通りに闇の心に身を任せる事――
それがなによりの救いなのかと、それしかないのだと心に決めた。
けれど・・・・・・・・・。
「Dシェゾと・・・・」
言っておきたかったことを静かに口にした。
「え・・・?」
アルルは顔を見上げた。ルルーも何を言うのかと耳を傾けた。
「・・・Dアルルには・・・。『悪かった』と・・・言っておいてくれ・・・。ドッペルゲンガーは・・・今は魔力をなくしたままの人形となってしまう・・・。サタンにでも診せれば・・・大丈夫だろう・・・。」
途切れ途切れに言った。
「みんなにも悪かったと・・・・・・。」
らしくない様子で・・・。
それだけ言うと空間転移の呪文を唱え始めた。
「ちょっと待って!!」
それを声でルルーが止める。
「確かに言っとくわ。みんなにね・・・。でも、まだ謝らなければいけない人がいるでしょう!?」
ちらっとルルーはアルルを見る。
シェゾは少し間を空け、首を横に振った。
そして何も言わないままその場から消えてしまった。
「・・・『今のままでは謝る事すらも出来ない』・・・・・・か。」
シェゾの目を見てそうつぶやいた。
ルルーは悔しくて・・・どうしようもない怒りがこみ上げてきた。
「ルルー・・・。」
アルルはそんなルルーに声をかける。
「ボクは大丈夫だから・・・ね。
それより、早くここから出なきゃ。魔法もあと少しできれちゃう。Dアルルのコトもあるし・・・。」
無理にでも元気を出さなきゃという様子がうかがえる。
そんなアルルを見てルルーは思わずアルルを抱きしめた。
「大丈夫・・・。シェゾは必ず戻ってくる事を信じなさいね・・・。」
「うん・・・。ありがと・・・。」
それからDアルルをルルーが背負い、3人は洞窟を脱出した。

「・・・・・・・・。」
少し行った所でくるっと振り向く。
もうさっきいた場所は岩で塞がれてしまっていた。
・・・・・・さっき、自分の気持ちを素直に言おうとしたとき、シェゾ、どんな顔をしていたかまだ覚えてる。
ボクと同じような顔をしてた・・・。
ううん。ボクは笑って言おうとした。
ケド、シェゾは・・・なんだか微笑んでた。
いつも、ボクと二人でいたときのような、優しい感じの・・・・・・。
「アルル〜!早く行かないとココも崩れてくるわよっ!」
先のほうでルルーの大きな声がした。
「はぁ〜い!今行く〜!!」
ボクはタッと走り出した・・・・・。

三十四話 魔王と魔人の相談

サタンがアルルたちのもとに駆けつけたとき、すでに時は遅かった。
サタンはアルルにたのまれ、DアルルとDシェゾを復活させるべく、一路自分の塔へと向かった。
そこに待っていたのは―――
『遅かったな。勝手にくつろがせてもらったぞ』
ふてぶてしくもサタンの玉座に座り、紅茶をすすっていた、デウス―――の、姿をしたアスモデだった。
『き、貴様ぁぁ!私の玉座に勝手に座るなぁぁぁぁぁ!!』
『・・・それより、その二人を回復させるほうが先だろう』
『誤魔化すなぁ!大体貴様、今の今までなにをしていた!学校の授業も自習にしおって!!!首にするぞ!』
「いやーすもませんでぅす、校長!今ちょうど遺跡の発掘が山場でぅすから、手がはなせなくって・・・」
『デウスに戻るな!』
デウスは気配をアスモデに変えながら、紅茶を呑み終え、ティーカップを空間にしまい、玉座から腰を上げた。
『・・・汝は不思議には思わんのか?シェゾの回りを包み込んでいる、ルーンロードの気配を・・・』
『んなかとはわかっている!』
サタンは、アルルたちから聞いたことのあらましを話した。
『・・なるほど、では、なおさらおかしいな』
『何がだ!あの変態魔導師めが、私の后をたぶらかすことはおろか、「神を汚す華やかなる者」に、完全覚醒しそうなんだぞ!!』
『では、汝に問う。かつて、「神を汚す華やかなる者」と呼ばれた、ルーンロードは、今どこにいる?』
『!そ、そうか!私としたことが・・・!』
『そう、その通り。あの娘たちの目の前に姿を現わしておきながら、我や汝にすらやつの気配の出所がつかめん・・・我はそのことが気になってな。だからこそ、ルーンロードゆかりの地を調べてみた』
『どうだったのだ?』
『・・無駄足だった。だが、やつが我々にも分からない、何らかの方法で姿を隠しているのには変わりはない・・・』
そう言いながら、アスモデはドッペル二人に近づいた。
『・・それより今は、この二人の回復が先だ。我も手を貸してやろう』
『(すごい小声で)何が「手を貸してやろう」だ。恩着せがましい・・・』
『何か言ったか?』
『な、何でもない!』
そして、二人の魔王―――かつての天使は、ドッペルの命を再生していった。



ラーナ伝記レポート [闇の章]

私はこれまでに【闇の魔導師】と呼ばれる者の考察をまとめてきたが、その中に稀有な存在もあった。
「ルーンロード」と名乗る男だ。
世間一般的には恐れられているが、私としては一番人間味のある人物だと明記しておこう。
その理由というのも、彼には記録に残る限りの闇の魔導師の中には無い『護るべき者』が居たのである。
人を殺し、力を奪い、飢えた獣の様に狂っていた他の者と比較すると、驚くほど人間味が残っていたのだ。
だがその所為で、護るべき者の命を無駄にしてしまったという悲しい結末を遂げた人物である。
何かに憑かれたかのように友人達を手にかけ、挙句の果てには護る筈の彼女を襲い、自分の力を得る為に目に映る者全てを欲した、と私は聞いた。
それを止めたのが、紛れも無く彼が愛していた少女である。
ルーンロードと戦い、彼を救ったという。
これが、いわゆる禁忌――『犠牲魔導』という物。
現在、その魔法は失われている。
この事件をきっかけに、彼の悪事は歴史に名を刻むこととなったという。



「………!!」

眠っている彼らを起こさぬよう、最小限の声を意識する。

この本はというと、僕が図書館で適当に抜き出した物。
とりあえず僕の強運に感謝しなければならなかった。

―――犠牲魔導。

1度だけ聞いたことがある。……シェゾに。
使用者の望みを等価交換で叶えると言われる、今に伝わる限り、最強の魔導。
魔導力、命、記憶。
それから最も価値がある、魂と心。
あまりに危険な魔導だったから、ずっと昔に途絶えたらしい。

……でも。

今の僕に、彼を救う手がかりはそれ位しか無かった。
きっとこれをルルーやラグナスが知れば、たちまち反対されるのは目に見えている。
炎を纏った薪が、音を立てて弾けた。

もう、皆が傷つくのを見てるのは耐え切れないよ。

こっそり荷造りをした鞄を背負うと、眠っている皆の脇を通り抜ける。
僕の肩にいつもの友達は乗っていないけど、今回ばかりは彼(?)を巻き込む訳にはいかないから。
最後に1度だけ、振り返った。

「ごめんね。」

見送られることも無いまま、僕は足取りを速める。
早過ぎる夜明けの冷たい空気が、静かに僕の心に凍みていった。


 

一方、デウスとサタンは、復活したDアルルとDシェゾとともに、とある遺跡を探索していた。
その遺跡は、かつてルーンロードが、人の心を映すといわれた鏡を隠した場所とされていた。
「―――で、扉は開きそうか?」
『待ってろ、この扉は鏡の反射角度が1ミリでもずれたらトラップが発動するんだ。正しい角度はっと・・・・・・・よし、これでいいはずだ』
サタンは数十枚の鏡を動かし終わると、その鏡に向けて光を放った。
すると扉は地鳴りなような音とともに、開いた。
「う〜〜〜ん、計算通りでぅすね!」
『(すごい小声)貴様・・・計算するだけで、一っっっつも手伝わなかっただろうが・・・』
「さあ、皆さん参りましょう!」
(無視しおったな・・・この魔人は・・・)
しかしデウスは、無視したわけではなかった。
わざとDアルルとDシェゾを先頭にさせて、デウスは極力ばれないように、アスモデに戻った。
『そう怒るな・・・我より汝のほうがこういう仕事は向いている』
『嫌味のつもりか・・・』
『そうではない・・・急がねばならんのだ・・・』
そう言うと、アスモデは二人に気付かれないように、一冊の本をさしだした。
『犠牲魔導について書き記された魔導書だ・・・汝があらかた処分したのは知っているが、全ては無理だったようだな・・・以前調べた遺跡でみつけた』
『もしや・・・アルルが・・・』
『あの少女が、この魔導書にたどり着いてからでは、手遅れだぞ・・・』
「おーい、次の扉があるけど―――?」
『ああ、わかった、今行く―――』
サタンは小走りしながらも、小声で言った。
『急がねばな・・・』

そして、五つの扉を開いた瞬間の出来事だった。
なんの前触れもなしに、笑い声が聞こえてきた。
「ふふふふ・・・こんな所までご苦労さま」
「!その声はぁ・・・!」
『ルーンロード!どこにいる!』
「皆さんの目の前に」
そこには、巨大な鏡があった。
そして、その中に、ルーンロードが映っていた。
「もしやこれは・・・伝説の幻想魔導、『魔境空異』でぅすか!?そんな、もう文献にもほとんど残っていない魔導のハズ・・・でぅす!」
『なるほど・・・この鏡の力を利用していたのか・・・確かに、鏡の世界までは私は探れない』
「その通り・・・それより、ここへ何をしに、来たのですか?」
ルーンロードは余裕たっぷりの笑みを浮かべた。
「知れたこと・・・貴様を今この場で、倒す!」
「シェゾを使ってアルルを傷つけたこと、たっぷり後悔させてあげるよ!」
DシェゾとDアルルは、さっそく戦闘体勢になった。
「ふふふ・・・面白いですね、私を追いかけて、世界中を駆けずり回るおつもりで?」
「なっ・・・どういう意味だ!」
『しまった!この魔導は―――』
「それでは、どこかの鏡で会いましょう。さようなら」
そして、ルーンロードは、姿を消した。
「・・・あれこそが、伝説と言われるゆえんなのでぅす。鏡に一度入ってしまえば、何度でも出入り可能、そして鏡と鏡の移動可能・・・」
「くそ!どう捕まえろってんだ!!」
Dシェゾは、大鏡にむかって拳を叩き付けた。
鏡にはヒビひとつ入らず、遺跡の中にむなしく音を響かせた。

 

 

 

 

運命は同じように

何度も何度も繰り返すのだと信じていた

けれど

繰り返される筈の運命は

1人の少女によって

暴走を始めていた。




悪の化身は青年を翻弄し

闇の後継者は『華やかなる神を汚す者』へ

魔王達は闇を追いかけ

2つの分身は2人を案ず

蒼の女性は少女を探し

勇者と魔女も後を追う


残った少女は

大切な者を救う為

自らを 捨てて

失われた伝説を求める。




ぎちり ぎちり

廻り始めた歯車は

もう止まる事を知らない

まわれ まわれ

“アルル”という名の少女を糧とし

運命は残酷に彼らを巻き込んで喰らい尽くして行く



願わくば 彼らに多くの幸があらんことを

 

 

 

 

『ふああぁぁぁぁぁ・・・・・っく、しかし、自分の塔の書庫を開くことになるとは、はぁぁぁあ・・・・・夢にも思わなかったぞ』
そう言いながら、サタンは地下書庫の鍵を持って部屋から出た。
『眠そうだな』
『当たり前だ・・・ふぁあああああ・・・・・徹夜で自分の学校の図書室を隅から隅まで調べたんだぞ・・・・はああぁぁぁ・・・・・そういうお前は・・・まったく元気だな・・・・』
実は、彼―――アスモデは、デウスの姿の時に短眠法を身につけたため、三十分も寝れば充分なのだ。地下書庫を調べている時こっそり寝れば、それで今日も徹夜できる。
『とりあえず、下で寝ているドッペルと一緒に汝も寝ろ。我が調べておく』
『ああ・・・・鍵を渡しておく・・・・・・じゃあ、ふああああ・・・・たのんだぞ』
そう言うとサタンは、通路のど真ん中にベッド(カーくん尽くし)を出して寝始めた。
『・・・・・・・・・・・・・・』
その様子を少しだけ眺めて、アスモデは歩き出した。
『・・・・・・・サタンが処分したのは、あのラグナスとかいう勇者が偶然―――もちろん本人は何であるか分かっていなかったが―――持っていたものを含めて九冊。我のを含めて、もうすでにこの世に存在する犠牲魔導書は一冊しかない・・・・ハズだ。だが・・・・・・』
アスモデは、ある一つの仮説を立てていた。十冊しかない魔導書のうち一冊が、何故十人の犠牲魔導作成者ではないラグナスのもとにあったのか。
『・・・・・・外れればいいが・・・・』


一方アルルは、飛び出してきたのはいいものの―――どこへ向かうべきか悩んでいた。
「う〜〜〜ん・・・・・どうしよう」
とにかく、シェゾを探すよりも先に、犠牲魔導がなんであるかを知らなくてはならない。
「う〜〜〜んと・・・・・・たしかこの近くに、ルーンロードを犠牲魔導で倒した人がまつられているお墓があったよね・・・とりあえず、そこに行ってみようか」
他にあてがないのなら、そこに行くしかない。
アルルは腰を上げ、地図を頼りに歩き出した。

―――約一時間後。
アルルは、大きな湖の辺で休んでいた。
時刻はちょうどお昼時、状況が状況だが、空腹には逆らえない。
「さーってと、ん?」
がさがさ・・・ぴょこん!
茂みから飛び出してきたのは―――
「ぐっぐぐ―――!!」
「か、カーくん!!どうしてここに!?」
アルルはカーくんを危険な目にあわせないため、おいてきたのだ。そのアルルを、カーバンクルはここまで追いかけてきたのだ。
「ぐぐっぐぐー!!」
「もう、しかたがないな〜。カーくんもご飯食べよ!」
そしてアルルが湖に近づいた、その時だった。
「―――んふふふ・・・残念ですが、ここまでです」
「―――!な・・・!!」
湖面から、腕が生えていた。
その腕はアルルの腕を掴み、無理矢理湖に引きずり込もうと、物凄い力で引っ張ってくる。
「く・・・・・」
「ぐ――――!!」
カーバンクルも右足にしがみつき、踏ん張るが、悲しいかな、何の意味もない。
「う、うわあああああ!!」
そしてアルルは、右足のブーツとカーバンクルだけを残して、湖に―――否、鏡の世界に引きずりこまれた。


『―――!!』
「どうした?」
「靴紐が・・・切れた・・・」
デウスはあくまで靴紐がきれた程度の顔をした。しかし、本来なら、サタンと同じくらい、青い顔をしているだろう。
『・・・・・・アルルの気配が、消えた・・・・・』
「な・・・」
『なん(だと/ですって/でぅすか)!!!?』
『おそらくは・・・鏡の世界に・・・・・・』
サタンは、拳を強く握った。
そして、少しの沈黙の後―――
『私は!アルルの気配の消えたところに行ってみる!デウス達はここで、ルーンロードを鏡の中から引っ張り出す方法を見つけてくれ!!一刻も早く!!』
『ああ!/ええ!/もちろんでぅす!』




「んふふふふ・・・・・犠牲魔導を使うための条件と素質をそろえたこの娘さえいなければ・・・当分は大丈夫だ・・・・・」
そういったルーンロードの目の前には、人形のような空ろな目をしたアルルが、クリスタルの中に閉じ込められていた。


―――闇が、動き出す―――

―――運命の歯車が、軋んだ音を立てて回る―――

―――まるで、未来を闇に染めるかのように―――

 

 

今までやってきたことは間違いだったのか・・・?

俺がしてきたことは、逆効果だったのか・・・?

彼は完璧とはいえないものの、ある程度覚醒をし始めてきた。それ故に、信じるものがなくなってくる。
きっかけがどうあれ、心を一時でもルーンロードに奪われた。それだけでも万死に値するというのにその感情は生まれなかった。

―――準備がそろうまで邪魔者たちと相手してきなさい。

ふいに頭に再び声がする。準備・・・?

「準備とは何だ?」

―――あなたはまだそこまで知らなくていいのですよ。いずれわかることですから。
忘れないでください。あなたは闇の後継者。私はそれを闇へと導くだけのこと。
感情を捨てるのです。それで、あなたは苦を背負う事はない・・・・・・・・・。

まるで子供に言い聞かせるように。そして、呪文のように響いてくる。

「・・・・・・・・・・・・あぁ。」

邪魔者を足止めすること。
黒い霧で感情を隠され、すでにもうそのことしか頭の中にはなかった。


「サタン・・・。」
今すぐにでも出発しようとしているサタンを、Dアルルは後ろから止めた。
「なんだ?」
「・・・僕も連れて行って欲しい。何か出来るわけじゃないと思う。でも・・それでもアルルになにかあったら・・。」
途切れ途切れに話す。ほんの数日前は瀕死の状態でようやくここまで回復した。
けれど、完璧とは言えず、どうみても足手まといにしかならないだろう。そう考えていたけれど、やっぱりオリジナルで・・・そして親友としてほっとけない、と申し出る。
「・・・・・・いいだろう。しっかりと掴まってるのだぞ。」
2人は、アルルの気配の途切れた場所まで、空間転移で移動した。


着いたそこは、緑と、そして青の湖だった。・・・いや、湖などではなく・・・。
「鏡!?」
Dアルルは湖だったものを覗き込んだ。くっきりと顔が写し出されていて、それは水に写し出されたものではなく、平らで光に反射されていた。
「・・・・・・鏡・・・。やはり、アルルはここで・・・。」
そうサタンも呟き、その鏡に手を触れようとするが。

「ぐーぐぐぐー!!」

突然の大きな声に2人は振り返る。見ると、カーバンクルが慌ててこちらに走ってくるのが見えた。
「「か、カーバンクル(ちゃん)!?」」
「ぐ、ぐぐぐ、ぐっぐ!(触っちゃダメ!!)」
と必死に言うカーバンクル。
「・・・わ、わかった、触らないから。カーバンクル、君どうしてこんなところに・・・?」
Dアルルは落ち着かせようとカーバンクルを抱き、目の位置の、肩に乗せる。
聞くと、アルルの様子が変だったからついてきた、というのから始まり、鏡の世界に飲み込まれたと説明する。


「―――そんなにもアルルが心配なら、まず俺を倒す事だな。」


黒いつむじ風が現れ、1人の男性が再び現れた・・・。

 

「サタン様!!」/「うわああ!」
サタンの城の扉が、勢いよく・・・いや余計な力が入りまくって、開いた。
無論、格闘美女、ルルーのせいである。
「ちょっと、サタン様はどこよ!!」
「る、ルルー、ちょっと落ち着いて・・・」
ルルーの後に続いて、ラグナス、ウィッチも、サタンの城の中に入った。
「校長―――いえ、サタンさんなら、アルルさんの気配が消えたと言って、Dアルルさんと一緒に消えた場所に行ったのでぅすが・・・」
「なんですって!?ちょっと!?アルルは無事なの!?」
「だ、だからルルーさん、それを確認するために、サタンさんたちが行ったのでぅすが・・・」
凄まじい剣幕で迫りくるルルーに、デウスも思わず後退る。
「ちょっとデウスさん、あなたは今、何をやっているのですの!?この一大事に!?」
「ああそうでぅす!皆さんも手伝ってくださいでぅす!」
『・・・は?』

―――一時間後。
「ふぁあああああ、っく、しっかし、いくらルーンロードのやつを引っ張り出すためとは言え、なんでわたくしまで手伝わなきゃならないのよ・・・ふぁああああ・・・」
「はあああ・・・そう文句ばかり言うなよ・・・方法がないことには、逃げられる一方だって、デウスも言ったろ・・・?ふぁぁあああ・・・」
「まったく・・・ふぁああああああ・・・・・・眠くてしかたがありませんわ・・・はあああ・・・」
「妙だな・・・ふぁあああああ・・・・・・俺も異常にねむ・・・・・い・・・・・・・・・」
『・・・・・・ZZZ・・・・・・ZZZ・・・・』
デウスは、全員が寝たことを確認した後で、アスモデに波動だけでなく、姿も変えた。
『随分と久しぶりだな・・・汝とは今の世界に蘇ってからも会っていないから、本当にながい間会っていないな・・・』
『久しぶりだな、アスモデウスよ・・・』

「アビス!」
Dアルルが放った魔法は、シェゾの前にあっさりと霧散する。
「どうした?そんな程度の呪文じゃ、俺には通用しないぜ?」
シェゾは不敵な笑みを浮かべ、光弾を乱れ撃つ。
『はああ!!』
サタンも強大なエネルギー弾を放つが、シェゾは空間転移で難なくかわす。
「まだまだ・・・そんな程度じゃ俺は倒せないぜ!」
シェゾは、動きの鈍いDアルルを集中的に攻撃する。
―――が、サタンの呪文がいとも簡単にシェゾの攻撃を防ぐ。
しかし、シェゾの狙いはここにあった。
「―――アレイアード!!!」
シェゾの狙いは、サタンが防御できないタイミング、つまり呪文を使った直後を狙っての攻撃だった。
アレイアード―――『天使の翼を折る』。その名の通り、サタンをはじめとした、かつての天使たちに、唯一抵抗しうる古代魔導が、サタンに着弾した―――

『汝は今、ルシファーと名乗っているのか・・・奇妙だな』
『そうか?』
まったく奇妙だ。それより、何のようだ?と、言っても、どうせサタンのやつからの頼みごとであろう?』
アスモデの前にいたのは、サタンの双子の弟、ルシファーであった。
ルシファーは地下書庫の机の上、見慣れない図形が描かれた紙を広げて置いた。
『ルーンロードが最近活発に動いていると聞いてな。少し古代魔導に関係ある資料を紐解いてみたのだが・・・見ろ』
『これは・・・ふむ・・・確かに古代魔導の魔法陣だが・・・アレイアードでもイクリプスでも無い・・・』
『今まで我々が確認していない古代魔導の可能性がある・・・』
『・・・・・・あともう一つ聞きたい。犠牲魔導についてだが・・・』

「んふふ・・・そう、それでいいんですよ・・・シェゾ・ウィグィイ・・・。アナタは『神を汚す華やかなる者』なのですから・・・」
ルーンロードは、ゆっくりと振り返った。
「・・・アナタにもみせて差し上げましょう・・・アナタの大切なモノが・・・闇に染まるその様を・・・」

『犠牲魔導か・・・たしかに、厄介だな・・・』
『・・・我は十一冊目の犠牲魔導書の存在を疑っているのだが・・・』
ルシファーは、ゆっくりと一冊の本を、まるでもともとそこにあることがわかっているかのように棚から取り出した。
『・・・おそらく、その読みは当っているだろう・・・ルーンロードを倒したあの娘を含めた、製作者十名は、後世のためにも、確実に犠牲魔導を残せるようにしたと聞く』
ルシファーはその本のページをめくった。
『・・・問題は、最後の一冊はどこいあるか?そして、何故ラグナスのもとにあったかだ』
『・・・謎は解けんな・・・』



―――一寸先は闇―――
―――前も後ろも闇―――

―――ぎちり ぎちり―――

―――軋んだ歯車の音だけが、響いている―――
―――廻れ 廻れ―――

―――全ての思いを糧として―――――

 

 

ねぇ



ねぇ

「………?」

聴こえてる?

「……ん…」

あ、よかった。まだ生きてたのね。

「…何か酷くない、その言い方。」

あははは、ごめんね。
あなた、ぐったりしてたものだから。

「……ここどこ?」

さぁ、私にもわからない。
あなたはどこからきたの?

「足を引っ張られて、湖に落ちたんだけど」

ふーん……そっか。大変ね。

「……ところで、僕さっきから前が見えないんだけど」

あぁ、だって今あなた、磔にされてるんだもの。
目も見えなくて当然だわ。

「…外せる?」

外せるよ。
あなたがそこから動きたいと思うならね。

「わかった。やってみるよ。」

じゃあ、外せたら此処まで来て。
私が案内してあげるから。



「うん。ありがとう。」




「……くっ……!」
「どうした?もうお仕舞いか?」
邪悪な笑みを浮かべて魔王を見下すその姿は、もはやシェゾ・ウィグィィというよりも「神を汚す華やかなる者」といった方が正しかった。
運悪く直撃した古代魔法は翼を失ったとはいえ、天使であるサタンにとっては大きな痛手となる。
ぼたぼたと血が滴り落ちる。
傷を癒そうと、紫の少女が駆け寄った瞬間である。

突如、闇の魔導師の表情が変わった。

「……なっ!?」
彼だけではない。
この場に存在する全員が、その事実を疑った。
今まで微かに反応を示していた魔力を辿っていたのだが
元々魔力の優れている面子ぞろいは直にそれを探知した。
血の滲んだ唇を動かしたのは、魔王。

「まさか……」

「アルルが……消えた…!?」

驚愕というよりも、絶望に近い表情でDアルルが沈黙の空間にまた音を生み出す。
それと1拍遅れて、もう1つの音が響いた。

「……一体何をした……!!」

刃は地に下ろされ、感情を失いかけた瞳が、何も無いはずの空間を睨んでいた。
殺気はこれとない位に練りこまれていたが、先程の声とは違いほんの少しだけ人間味がある。

しかし、ふいに空間が揺らめいたかと思うと、青年は姿を消してしまった。

「……もしかしたら…」
少女の胸には彼への僅かながらの希望と、片割れともいえる大切な少女の不安が渦巻いていた。


「……困りましたね…。」
ふぅとわかり易く溜息をついてみせたのは、先代闇の魔導師。
「……まさか、あの少女が鏡の中へ自力で抜け出すなど、予想外というべきでしょうか。」
説明的な台詞だが、突っ込んではいけない。
腕を組んだままカツン、カツンと音を立てて歩きまわる。
「………もし、【あの少女】と接触してしまったら」
形の良い眉を歪めて、想像もしたくない結末を頭の中に描く。


「………アルル・ナジャは犠牲魔導を習得してしまう……!!」

少女がいた筈の水晶は空になったまま、虚ろな光を放っていた。



かたり かたり

がたり がたり

少女はひとり 鏡の中へ

求めるのは


――――――自爆装置。

 

「……おい!ルーンロード!一体アルルに何をした!!」
シェゾは叫ぶ。それは「神を汚す華やかなる者」というより、はるかに「シェゾ・ウィグィィ」に近かった。

―――――これは私にとっても予想外なのです。

「けっ!無責任なこった!!」

―――――そんなにあの少女の魔力が欲しいのなら・・・

ルーンロードはわざとあの少女の魔力が欲しいと表現した。本来のシェゾ・ウィグィィとしての人格が目覚めるのを、極力防ぐための暗示を、再びシェゾにかけ始めた。

―――――ここを通って、あの少女を捕まえなさい。

シェゾの目の前に、巨大な鏡が出現した。

―――――急いでくださいね。それが私のためであり、アナタのためになるのです。

「……ああ……」
シェゾの思考は、再び黒い霧に覆われた。


「さて……ん?うわっ!」
鏡の世界が。揺らいだ。
「ま、まさか……鏡に張った結界が破られようとしているのですか………!」

「ちょっと!サタン様の弟だかなんだか知らないけど、本当に大丈夫なんでしょうね!」
ルシファーやルルーを含めた、サタンの城に集った仲間たちは、再び鏡の遺跡に来ていた。
『……この大鏡に結界をわざわざ張ってあることから考えて、おそらくこの裏に、魔鏡空異の合わせ鏡があるはずだ』
「そのおそらくとかはっきりしないことばっかり言って、もし間違いだったらどうするのよ!!」
「ルルーさん、落ち着いてください!たしかに、やっと見つけた魔鏡空異の魔導書も、半分以上読めないものでぅす……でも、可能性がやっと出てきたんでぅす!それに、賭けましょう…………」
デウスの説得に応じたルルーは、それきり何も言わなかった。
『……よし!結界は破れたぞ!』
全員で大鏡をどかし、その裏を覗き込んだ。
そこにあったのは、合わせ鏡と、その間に無限に映るように置かれた、人形だった。
「この人形をどかせば、おそらくはこの魔導は崩壊するでぅす!」
「わかったわ!」
ルルーはその人形を何のためらいもなく動かした。
―――その場にいた全員が、鏡の世界に引きずりこまれた。

「……………んふふふ……。この『魔鏡空異』の本体は会わせ鏡のほう……人形はたんなる『鍵』でしかない……」
ルーンロードは額の汗をぬぐった。正直に言えば、焦っていたのだ。
「さて……あの邪魔者は、あなた達三人に処分していただきましょうか……おっと、その前に、魔王と影の少女と……ついでにあの黄色い生物もご招待してください」


「んふふ………ルルーさん、ラグナスさん、そして……アスモデウスさんやサタンさんは、驚くでしょうね……」

「自分の手であの世に葬った者達ですからね……」

鏡の世界で始まる。

生か死かの、闘い。

 

 

***************************************

 

上も下も右も左も不確定なままの世界。
ゆらりゆらりと、たゆたう水面のような光景がどこまでも続いていて、不安定な
ままだった。
自らの存在まで確定的で無いこの空間で、僕の身体を繋ぎとめているのは、恐ら
く彼への想いと細く白い僕と同じ位の手。
まるで自分の庭を歩くかのように、その少女は僕の左手を握り締めて歩いていく
風の無い筈のこの場所に、彼女の肩までかかったきんいろの髪がさらりと舞った
その髪の両脇から生えるのは長い耳。
明らかにひとのモノでは無いそれを見る限り、少女は人間ではないのだろうと思
った。
しかし、僕はあまり外見にはこだわらない性質なので大して気に止めてはいない
 
それよりも、何故僕は此処にいるのだろう。
 
 
 
僕が“磔”にされていた場所から、かなり離れたその場所で彼女は立ち止まった
瑠璃石をはめ込んだようなその瞳をゆっくりと閉じる。
また一瞬風が抜けたように、さらりと細い金髪がたなびき、彼女の真っ白なフレ
アースカートがふわりと捲れあがった。
その様子があまりに綺麗で僕は息をのんだ。
 
「うん、大丈夫みたいね」
 
刹那遠のいた意識が発せられた言葉により戻ってくると、そのこは人懐こい笑み
を浮かべて僕に向き直った。
 
「此処なら時間稼ぎはできるかな」
 
改めて見たその姿は、丁度僕と同じ位の少女でどことなく親近感を抱けた。
綺麗でどこかあどけない顔立ちのそのこは、僕の姿をまじまじと眺めてから口を
開いた。
 
「ええと......キミは確か...」
 
「アルル」
 
「そうそう!怪我は無い?」
 
この何も無い空間で怪我というものなどするのだろうか?
僕は首を横に振ると、彼女はまた笑った。
何故かどこかに見覚えがあって、懐かしいような悲しいような気になった。
 
「きみはなんていうの?」
 
今度は彼女が首を振る番だった。
 
「......忘れちゃったの。ずっと前に」
 
「忘れたって、どうして」
 
一瞬眼を伏せると、彼女は言の葉を紡いだ。
 
「ここにいると記憶がどんどん消えていくみたいなの。
 だから、私は忘れちゃった。
 大切な人も、思い出も、約束も、夢も。」
 
 
返ってきたのは絶望的な答えだった。
 
 
「覚えているのはね、名前もしらない男の人と」
 
「知らない唄だけ」
 
 
 
 
 
 
どうしてだろう
 
 
知るはずなんてないのに
 
 
ぼくには直感的に解ったんだ。
 
 
 
 
 
 
 
“犠牲魔導”だと。 

 

三十五話 虎穴に入らずんば……

「ちょっと!なんで私たちが引きずり込まれなきゃならないのよ!!」
「お、落ち着いてくださ―――」
「これが落ち着いてられると思う!?こうしてる間にも、アルルやシェゾが―――」
「ルルー!!」
鏡の世界に引きずりこまれたルルーたちは、さっきからこんなやり取りをしていた。
魔鏡空異を破り損ねたこと。アルルやシェゾのこと。焦りが彼らの間にヒビを作らせていた。
「ルルー、落ち着くんだ!考えてみれば、この世界にルーンロードも、おそらくはアルルやシェゾもいるんだ。つまり、これは逆に好都合じゃないか!!」
ラグナスは必死にルルーを説得した。今ここで、バラバラになるわけにはいかない。
「……わかったわ。とにかく、そのルーンロードを叩きのめせばいいわけね!!簡単じゃない!!待ってなさいよ、ルーンロード!!この格闘美女ルルー様が、正義の鉄拳を下して差し上げるわ!!おーほっほっほっほっほっほっほっほ!!」
「ふう……」
やっといつものペースに戻ってきたようだ。

その時だった。

『のあああああああああああああ!!』/「きゃああああああああああ!!」/「グ――――――!!」

下から、サタンとDアルルとカーバンクルが落ちてきた。
そう表現する以外、説明のしようがなかった。
「サタン様!!ご無事でしたか!!」
「る、ルルー……?」
「ああ!ひどいおけがを!ちょっとDアルル!!あんたなんでサタン様をこんな目にあわせたのよ!!」
「ちょ、ルルー、それはないんじゃ―――」
「いいえ!どんな理由があろうと、サタン様を傷つけた罪は重いわよ……」
「お、落ち着いてください、ルルーさん………」

しばらくおまちください。



「―――と、いうわけなんだ。」
「謎の手がサタンたちを、ね………」
なんとかルルーを説得し、回復魔法をかけ終えたサタンたちは、今までの経緯を話した。
「おそらくアルルも同じ手で引きずり込まれたのだろう」
「アルルも心配だがシェゾも心配だ。先をいそごう」
そうラグナスが言って立ち上がり、皆がそれに続いたその瞬間だった。

『んふふふ……ようこそ、魔鏡空異の世界へ………』

『この声は、ルーンロード!?』
「どこにいるんだ!貴様!!」
『まあ、そう焦らないでください。そこに二つドアがあるでしょう。そう、そのドアです。私はそのドアのどちらかにいます。ただい、私がいるドアの向こうは、トラップだらけですよ?もうひとつは私には続いてはいませんが、とても面白いものです。さあ、選んでください。このドアを………んふふふふふ』
ルーンロードのいうとおり、扉が二つあった。
「どうする……どちらかがはずれで、それともどちらともはずれかもしれないぞ……」
悩む皆を尻目に、ルシファーはサタンとデウスを捕まえて、そのまま右のドアに向かって歩き出した。
「ちょっと!まちなさいよ!何勝手に行動してんのよ!」
『今ここで悩むより、二手に分かれて行動したほうがいいだろう。まだ本調子じゃない兄と、戦闘に参加できないデウスは私がなんとかする。こう見えても魔王だ、心配はいらない』
「それに……皆さんなら、きっと大丈夫でぅすよ!何があっても、仲間と一緒なら、絶対、大丈夫でぅすよ!!」
「…………………信じるものはすぐ会える、だったかしら、デウス先生」
ルルーが口を開いた。
「私は、アルルや、シェゾや、サタン様、みんなとまた会えるって信じてる。何があっても、絶対また会える」
「当たり前だろ?ルルー」
「もちろんですわ」
「信じていれば……」
「またすぐ会える!」
「だから、絶対また会いましょう!サタン様!デウス!ルシファー!」
『ああ!』/『はい!』/「もちろんでぅす!」
離れかけた心が、また一つとなった。
「よし!じゃあいくわよ!!」




『―――さて、わざわざ我ら三人だけにしたのには、どうしても話したいことがあるからなのだ』
デウスから姿を変えたアスモデが、口を開いた。
『まったくと言っても読めなかった魔鏡空異の魔導書。一見古いからのように見えたが、この犠牲魔導の魔導書と一緒によんでみて、やっとこの二つの魔導の正体がわかったのだ』
『なんだと……』
アスモデは二つの魔導書を開いた。
『良く見ろ、これは、わざと古くなって読めなくなったようにしてある。そしてこの行と、この犠牲魔導の行とをあわせると………』
『…………な、何ぃ!!では、犠牲魔導とは……』
『そう。魔鏡空異に住まう魔獣に、数名の人間の恐怖、絶望、悲壮をささげ、自らが永遠にこの世界に魂の囚われ人となることで発動する、古代魔導の一種なのだ』
『ルーンロードがこの魔鏡空異を利用していることは、同時に爆弾を抱え込んでいるようなものだな』
『そう。自らを倒すことのできる力を己のすぐ側に置いている。確かに魔鏡空異は使える。習得方法も自らの管理下における。しかし、それは諸刃の刃。一つ間違えれば、自らもその魔導発動のための生贄になりかねない』
『では、十人の犠牲魔導製作者は……』
『全員、この魔導完成のために、生贄となったのであろう』
それからすこし、沈黙が流れた。
『………そして我々は、恐怖をすする魔獣に心当たりがある……』

突如、鏡の道が終わりを告げた。
それは同時に、その魔獣の元へとたどり着いた証だった。





とまらない歯車の音―――――

壊れても、壊れても―――――


すべて狂うまでとまらない―――――――



三十六話 かけらさがし


先程と同じしろい景色が広がっている。

しろいしろい光がふわふわ、はらはらと舞っていて触れようとするとあっという間に消えた。
光は僕の足元に積もり、世界を純白に染め上げていく。
ほんの少し前まで僕が居た場所とよく似ている。そう思った自分に疑問が湧き上がった。

ほんの少し前まで、僕は何処に居た?

一瞬前まで確かに僕は誰かと居た筈だった。でも、それは誰だったのか。
たしかそれは、幼い少年だったか。いや少女?
髪の色は深い青色だった。違う、それは僕の友達だ。友達?それはどんなひとだった?
僕は腕を組んで、思考を巡らせたがいっこうに答えは出てこなくて、どうにも酷くもどかしくなった。
妙に肩のあたりが寂しいのが気になったけれど、とりあえず僕は歩き出すことにした。



光がひとつ、ふたつ、僕の体に落ちる。けれどやはりそれはすぐに消えてしまう。
それが僕には命のように見えた。

はらりはらり。

どこまでも美しく儚く。

はらりはらり。

はらりはらり。

はらり

あんまり上を見上げすぎて首が痛くなった僕は、目線を進行方向に戻した。
これほど余所見をしていて、何もぶつからなかったのは奇跡に近い。
違和感に感づき始めた僕の眼に「それ」は映った。
点々と、しろい地にあかいものが散らばっている。
まるで花弁のように華やかなそれの先には、黒い影が待ち構えていた。
僕を見つけてゆうらりと不気味に影が動いた。
人だった。
しろいしろい世界を脅かすように黒い人はそこに立っている。こちらを眺めている。
けれど、その髪は世界に透けてしまいそうなほど綺麗なぎんいろで、額のあたりにはあおい布が巻かれている。
長い睫に縁取られた眼は生気が無く、どこか胸の辺りがちくりとした。
眉1つ動かさず、影はマントを払うと右手に持っていた透き通る剣を露にする。
ああ 間違いない。このひとは、このひとは

――このひと は?


既に遅過ぎた。彼も 彼女も。


「ねえ」


想いを落としてしまった


「きみは だあれ?」


想いは何処に落ちたのですか

嗚呼神様が居ると云うのなら

どうかどうか

今一度その手を繋ぎ直して


三十七話 破滅への序曲

状態は一行に好転せず、どんどん悪い方向に転がっていく。
「地獄」への下り坂を、丸い石が転がり堕ちるように、次から次へと問題が発生する。
それはアルルもシェゾも、ルルーたちもサタンたちも、そしてルーンロードにとっても、厄介なものだった………。


ルーンロードにとっては、アルルがシェゾを忘れたことが以外にも痛手になった。『誰?』という一言が、たったそれだけの一言が、本来のシェゾ・ウィグィィの心を残酷なまでにかき乱したからだった。
術を再度かけ直そうにも、すでに魔獣が動き始めていた。ルーンロードも巻き込まれかねなかった。


ルルーたちは、ルーンロードの罠に悪戦苦戦していた。鏡の世界をこれでもかというくらい利用した罠の数々は、これでもかというくらいルルーたちの足を止める。
ルルーたちの焦りを無視し、時間だけが過ぎていった。


アルルとシェゾにとっては、最悪のタイミングでの再会だった。
よりにもよって、アルルを新しい『犠牲魔導の媒体』として迎えいれ始め、記憶が消え始めたこのタイミングでシェゾが登場してしまった。
アルルはシェゾのことを思い出せなくなっている上に、シェゾはルーンロードの呪縛とアルルの一言による動揺のダブルパンチだ。
どうなるかは、もはや予測不可能だ。


そして、サタンたちは―――



魔王三人の記憶が正しければ、この世界に住まう魔獣は、幻影を見せてその人物の記憶を奪う魔物だった。
しかし、特殊な条件が揃うことにより、記憶だけでなく、『心』そのものを喰らうこともできると聞いたことがある。
そしてこの世界は、魔獣に凶暴性と強い生命力を与えるため、恐怖を送り込むシステムにもなっていた。
その代わり、魔獣は術者の敵全ての心を砕く力を与える。
魔獣との契約による、犠牲魔導。製作者の意図は明らかではないが、危険を冒してでも倒したい敵がいた。


それがルーンロードだった。




そして始まる。



鏡の世界の最終決戦が―――――


―――――破滅への序曲が――――――。



間章 状況説明

ルルー、ラグナス、ウィッチ、Dアルル、Dシェゾ
ルーンロードが鏡を移動手段として利用するために使用していた「魔鏡空異」を破り損ねて、逆に鏡の世界に引きずり込まれる。(うちDアルルは鏡になった湖から謎の手に引っ張られて鏡の世界に来た)
今現在は、二つの扉のうち、ルーンロードに通じている扉を選択して、打倒ルーンロードを目指して鏡の世界を進行中。しかし、鏡の世界の罠に苦戦して、思うように進めないでいる。


サタン、ルシファー、デウス(アスモデ)
ルルー達と一緒に鏡の世界に引きずり込まれる。(うちサタンはDアルルと一緒に来た)今はもう一つの扉から、犠牲魔導の要たる「恐怖と記憶をすする魔獣」の元へとたどり着いた。ここで犠牲魔導の正体と、魔鏡空異の正体を知る。(詳しくは前の詩を参照)
今の所魔獣が何者なのか、具体的なことはわかっていない。ただ、犠牲魔導発動のためには絶対に必要なものであり、犠牲魔導そのものといえる存在である。
実はサタン達も詳しくは知らない。


アルル、シェゾ、ルーンロード
ルーンロードはシェゾの心を押さえ込む呪文をかけている。今の所は魔鏡空異を利用している術者だが、魔鏡空異も犠牲魔導の一つであるため、犠牲魔導発動準備が進んでいる現在、自身に危険が差し迫っている。
アルルは魔獣によって少しずつ記憶を奪われており、そのうち前に犠牲魔導を使った少女同様、永遠にこの鏡の世界の住人となってしまう危険性がある。また犠牲魔導発動には、魔獣の凶暴性をあげるため、他の人間の恐怖などが必要であり、すなわち鏡の世界にいる全員に危険が差し迫っている状況である。
シェゾは自分の思考をルーンロードによってコントロールされており、アルルを殺そうとしている。しかしシェゾ本来の心がアルルの記憶の消失に動揺し、術が中途半端な状態になっている。ルーンロードも今現在、安全確保のため動けないため、本来のシェゾに戻る可能性もあるが、逆に暴走する危険性もある。


三十七話 ALICE

「ルルー、ねえ、起きて!ルルーってば!!」

何かに背中を揺さぶられ、私はのろのろと上体を起こした。
目の前には机。ノートや筆記用具がついさっきまで使われていたものだと言わんばかりに置かれている。
声のした方に眼を向ければ、同級生の良く見知った少女が立っていた。

「・・・私、寝てたかしら」
「寝てたね」

珍しいね、ルルーが授業中に居眠りなんて、と欠伸をした私の隣で少女は笑った。
昨日は遅くまで起きていたせいか、睡魔に勝てなかったのかもしれない。

「まだまだ修行不足ね・・・」
「あはは!大袈裟だなあ、ルルーは」

こんな所で寝ていては、あの人に振り向いて貰えないわ!
そう叫んだ私の隣で、また少女は笑った。

「僕、もう行かなきゃ」
「え?次は教室移動じゃないわよ」
「ううん、それでも」

「いかなきゃ」

そう言って、少女は走り出した。
細い細い脚で私が追いつかないくらい速く速くはやく

「待って!ねえ、待ちなさいったら!!」

「 るー」

「どこへ行くのよ!貴方は・・・!」

「るるー」

「貴方は・・・?」

「ルルー!!」



何かに背中を揺さぶられ、私はのろのろと上体を起こした。
目の前には白。ノートも筆記用具も、何もなかった。

「私・・・寝てたかしら」
「どっちかっていうと、気絶だね」

声がした方に眼を向ければ、同級生の少女に良く似た少女がこちらを覗いていた。
その後ろで黒衣の男性、金色の鎧の剣士、魔女が確認できる。
どうやら無事らしい。

「どうしたの?うなされてたみたいだけど」
「ええ、ちょっと、嫌な夢。正夢かもしれないんだけれど」

そういうとDアルルは、そう、といったきり何もそれ以上追及しなかった。

「で、私達はどうして此処に居るの?」

先程まで確かに私達は、鏡の迷宮の中に居た。ややこしい謎解きをしないと進めない扉、複雑に入り組んだ迷路、上も下も滅茶苦茶な空間。それに悩まされる度に強行突破を試みたが、ことごとく勇者や彼女に止められ、失敗に終わった。

それがどうだろう。
今私達が居るのは限りなく白い広間のような所だ。
壁も見えないが天井も無い。どこからどこまで続いているのかさえ検討がつかなかった。

「それはコイツに聞いてくれ」

黒衣が指差した先に、私はもう1人の存在を知った。
透けるような肌。金色の髪に碧眼の少女。年は15.16位だろうか。ゆったりとした、この場所に負けないくらい真っ白な袖の無いワンピースを着ている。
私とは初対面の筈なのに、何故か初めて会った気がしなかった。

「こんにちは」

人懐こそうな笑みが私に向かって投げられた。少女は辺りをきょろきょろと見渡してから、私達全員の顔を1人1人見つめた。そして、最後に1度深呼吸をする。

「いきなりでごめんね。けど、もうあんまり時間が無いの。
 早くしないと見つかっちゃうから、ね」

まるで子供をあやすような口調で、少女は間髪いれず言葉を続けた。

「ここ、中心なの。鏡の世界の。ここは全部と繋がってるの。
 だから、そのうち、みんなみんなここに来るの」

「皆・・・ってことは、ルーンロードやシェゾもか?」

「うん、くるよ。サタンも、アルルも、バケモノもみんなみんな」

「おあつらえ向きの決戦会場じゃありませんこと」

ふん、と高飛車に不敵な笑いを漏らしたのはウィッチだったが、少女の言葉に眉を顰めたのはDシェゾだった。バケモノ。唯でさえ世の中の道理が通らないこの世界だ。どんな魔物なのか想像さえつかなかった。

「バケモノ・・・なんだ、それは」

「わたしもよく知らない。でも、怖いの。食べちゃうの。楽しい事も、嬉しいことも」

「まさか、記憶喰い?今時そんな魔物居ないと思ってたのに・・・」

紅色の少女も険しい顔を見せる。

「だから、伝えておきたいの。
 わたしが食べられちゃう前に、アルルのことと、シェゾのことと、それから―」

言い終える前に、空気がピリピリと張り詰めたかと思うと、目の前がぐにゃりとひがんで、真っ白に染まりあがった。

反射的に顔を庇うように視界を遮った向こう側、金髪碧眼の少女の叫びが聞こえた。


いけない、もう着てしまった、と。


三十八話ボクのすべき事
足音が止まった。なぜってもうそいつはボクらの目の前に居たのだから・・・。
「ウォォォォォーーー!!」と雄叫びをあげた記憶喰らいの魔物はボクらをじっと見た。
1番旨そうな記憶を持っているのはどいつかと。そして、魔物は舌なめずりをした。

ー狙いは・・・アルルー

まずいと思った。アルルが記憶を失くせばボクは消えてしまう。
ボクはキミの記憶の傍らで出来たようなものだから。

「アルル、逃げてっ!」

ボクは言った・・・と言うより叫んだに等しい。しかし、キミは恐怖で足が動かない、
動いてくれない。逃げようにも逃げられない・・・。

ボクは走った。キミの記憶が無くなる前に助けなければ。そしてボクは、魔物の前に立ち
魔術を唱えることに成功した。

魔物は怯んだ。

「今のうちに、早くアルルをつれてっ・・・」
キミは助かった。でも・・・、

ボクの記憶は食べられた。

頭が真っ白になっていくのがわかった。

耳に入るのはアルルの叫び声。

目に映るのは、アルルの泣き顔とルルーの唖然とした顔。

ボクは後悔はしていない。
やるべき事はやったのだから。

ーDアルルーーーーっ!!ー

さよなら、アルル・・・みんな。

三十九話赤いリボンに約束を…
「なんで・・・なんで・・・Dアルルーーっ!」
ボクは叫んだ。ルルーの腕をはらってキミのもとに駆け寄った。

ーキミハナゼボクヲカバッタノ?−

聞いたって何も言わないよね。全ての記憶を失くしたんだから・・・。

傷付き、ボロボロのキミの体。

表情の消えたキミの顔。

ボクは失った・・・もう1人のボクの全てを。

ボクは自分自身を恨んだ。自分の弱さがキミの何もかもを消してしまったんだから。

楽しい日々も、つらい日々も、好きな人のことも、全て。

ボクはキミへの償いとしてこの記憶を魔物に捧げるよ。これで全てが元通りになる。

「さぁ、早くボクの記憶も食べちゃってよ!」

ずいぶん嬉しそうな顔をするね。そんなにボクの記憶が食べれることが嬉しいのかい?
こんな穢れた記憶が・・・。

ー穢れた記憶じゃないよー

えっ、その声はDアルル?Dアルルなの!何処に居るの?

ーボクはこの魔物の中に居るー

まだ生きてるの?!

ーまぁね。ねぇアルル、さっきキミは自分の記憶が穢れてるって言ったよね。
 ・・・ボクは違うと思う。キミの記憶は穢れてなんかいない。むしろ、綺麗だよ。−

ボクの記憶が綺麗?

ーそれにキミはまだ記憶を失ってはいけない。キミには大切な人達が沢山いる。ー

大切な人?

ーシェゾやルルーやサタンやラグナス、他にも沢山居る。その人達のためにも、
 キミは今、記憶を失ってる場合じゃない。−

失ってはいけない・・・。

ーだからボクの記憶と共にこの魔物を消してー

そんな事したら・・・キミは本当に此処から消滅しちゃうんだよ?

ー大丈夫。キミの記憶が続く限りボクはキミの記憶の中で生き続ける。
 此処にはボクの居場所はもう無いんだ。できるなら、潔く死にたい。だから・・・
 早くこの魔物を消して、早くしないとキミも死んでしまう。−

Dアルル・・・。

ーいままで有難う。Dシェゾに宜しくね。さよなら、大好きなアルル・・・−

ボクは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらその魔物をキミの記憶ごと消滅させた。
ごめんね、キミの記憶を助け出せなくて。ボクはそれが後残りだった。

ーマタ、アオウネ・・・アルルー

微かにキミの最後の声がした。

後ろを向くとルルーが目で言っていた。

「アルルは間違った事はしてない。」と。


ーDアルル、キミのリボン勝手に持ってきちゃったよ。

でも怒らないでね。また会ったときにちゃんと返すから。

だから、必ず会いにきてよ・・・約束だよ・・・Dアルルー


四十話転換
魔獣が吼えた──喩えるなら、そう。それが、一番相応しい表現だったろう。



 からりと転がる金属質な甲高い音、「主よ!」と呼ぶ悲痛な声に、居合わせた者たちははっと視線を向けた。
 Dアルルの記憶を喰らい、アルルに消滅させられた魔獣がいたその跡に、黒衣の腕を力なく下ろした銀の髪の青年が青い瞳を呆然と開いて立っていた。少し前には散々見せつけられた冷たい笑いも、記憶に残るどこか憎めない悔しまぎれらしい苛立ちも、何もない無表情には面影すら感じられない。

「オリジナル……」

 信じられない、というように呼びかける声はDシェゾ。隣では同じように突然の状況に混乱しているラグナスがウィッチを振り返っているが、ウィッチも何が起こったのかを掴みかねているようだった。

「え、シェゾさん、でぅすか? いつの間に」
「ぬわにぃシェゾだと、では我が后はどこに──!」

 デウスとルシファーに押し止められていなければ今にも飛び出しそうな勢いだったサタンも、目の前に見せつけられた光景に、ただただ動きを止めた。

 シェゾは立ち尽くす。何を見ているのか、それとも何も見ていないのか、青い瞳を虚ろにただ見開いて。

 いつしか集っていた面々、誰もが言葉をためらったひととき、チッという舌打ちが耳障りに響き渡った。
 だから、ほとんどの者がこの男──ルーンロード──に視線を向けた。天井も床も、上も下もない、白い白だけが延々と続く空間。ルーンロードの翻すローブの赤は、嫌らしいほど鮮烈に視覚に焼きつこうとする。

「これは……魔獣の能力だけではない。この魔鏡空異の空間にほころびが? なぜ今頃──」
「ここは時と時の狭間、場所と場所の繋ぎ目。ありえない願いをありえるように見せかけるための、仮初めの歪み」

 独り言めいたルーンロードの呟きに答えるように、白いワンピースに金色の髪の少女は歩み出た。そして続ける。忘れた何かを思い出すようにゆっくりと、歌うように綺麗な声で。

「歪みとは不安定なもの。何がきっかけで崩れるかなんて、誰にもわからない」
「『ありえない願いをありえるように見せかける』……では、犠牲魔導とは」

 比較的落ち着いた声で問うルシファーに、白いワンピースの少女は力なく笑った。

「そんなもの……なかったの、始めから。願いが叶うなら、どんな犠牲を伴ったってそれは喜び。伝説に語られる犠牲魔導は哀しみや絶望を願いと引き換えにするというけれど、哀しみなんかで願いは叶いやしない。なのに、私たちはそんなことにすら気付けなかった」

 語りながら、少女の瞳はただ一人の男を見詰め続けていた。

「そうして、私たちは助けたかったはずのあなたまで哀しみの連鎖に巻き込んでしまった……ね、ルーンロード」
「じゃ、じゃぁDアルルは? 彼女の記憶は」
「あの魔獣が哀しみや絶望を食べていたのは、この魔鏡空異を歪め、その歪みを保たせるエネルギーにするため。食べた記憶がまだエネルギーとして使われていなければ、元に戻る可能性はあるかもしれない」

 望みを繋ごうとする少女の言葉。アルルはほっと表情を緩めようとする。しかし、ルーンロードの高笑いがそれを止めた。

「アルル・ナジャ、そして皆さん、何かをお忘れではありませんか? 絶望をエネルギーとして空間を歪めるという魔獣……その魔獣が空間を歪め、離れ離れだった皆さんをこうして一同に集めた」

 つい、とルーンロードは立ち尽くしたままのシェゾへと、移動した。

「私がこの魔導の『媒体』と定めたアルルさんの記憶は、まぁ一部は失われましたが、大部分はまだ残されているのに……では、誰の記憶がエネルギーとなったのでしょう」

 シェゾの背後へと立ったルーンロードは、そっと手を伸ばした。その指がシェゾの頬へと、耳元へとすべる。シェゾに身体を寄せたルーンロードは、やがて彼へと語りかけた。

「こんにちは、シェゾ・ウィグィィ」
「お……まえは、誰だ。なぜ、俺の名を……」
「私はルーンロード、かつての闇の魔導師。そうして今、闇の魔導師とはあなたのことです」
「俺が……闇の、まどうし?」
「ふふふ。その身に闇の魔導力を受け入れられた貴方になら、何も言わなくてもお解かりでしょう。『神を汚す華やかなる者』──その名に、その内なる力に、全てをお委ねなさい! シェゾ・ウィグィィ!!」

 シェゾは弾かれたように顔を上げた。

「当初の計画とは違いますが、これもまた一興。むしろ、彼の覚醒を妨げてくれていた記憶を取り払ってくださって、お礼を言わなくてはなりませんね」

 ルーンロードの笑いを背にシェゾは片足を踏み出した。さっきまでは呆然と見開かれていただけの青い瞳、いまはそこに、鮮烈な意志の光を宿して。
 シェゾは右手を差し伸べた。それだけで、意志を持つ水晶の刀身の剣はその右手に自らを収める。

「──闇の剣」
「Yes, master...」

 交わした会話はそれだけ。
 呼吸は一つ、瞬きは一度。そして、シェゾは駆け出した。




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