四十一話悪夢邪
シェゾの切っ先は、迷うことなくアルルへと向かった。
 「おおおおおおおおおおおおお!!」
 迷い無き、必殺の一撃。

 がきぃ!!

 「やめなさい!この変態!」
 ルルーが咄嗟に受け止める。しかしシェゾは、それを無視してアルルに剣を向けた。
 「おかしい、いくら記憶を無くしたとはいえ、何故アルルばかりを攻撃する!?」
 ラグナスが叫ぶ。
 「まさか、貴様……!」
 「ええ、ご想像の通りですよ、魔王サタン……」
 サタンの威圧を、軽く受け流すルーンロード。
 「もともと記憶喰いは、害の少ない魔物として放置されていた存在。数も少なく、誰も気に留めていなかった。……ある事件が起こるまでは」
 「ある、事件だと!?」
 「何よ、それ!」
 Dシェゾとルルーは、アルルをかばいながらも訪ねた。
 「んふふふ……記憶を全て―――一つ残らず食われ、『生きた骸』と化した犠牲者がでたのです」
 その場に戦慄が走る。しかし、シェゾは攻撃の手を緩めない。皆、シェゾからアルルを守りつつ、次の言葉をまった。
 「それからですよ。狂ったように人々は記憶喰いを狩り始め、中には軍事利用を考えるものも現れた……あなたもその一人でしたね?」
 ルーンロードは、白い少女を見つめた。少女はぎゅ!と拳を握った。
 「そして、記憶喰いに様々な強化実験を行った結果……ある面白い能力がそなわったのですよ……」
 そしてルーンロードが、指を鳴らした。


 何も無い空間から、三体の影が浮かび上がった。
 一つは、青い鎧を見に纏った武人。獲物は巨大な斧。
 一つは、暗紅のマントを纏った、ピエロのような魔術師。
 一つは、緑色の魔物。翼を有し、鎌を武器とする。


 「こ、こいつらは……こいつら、は?」
 ルルーは、この三体に見覚えがあった。しかし、思い出せなかった。
 「これが、新しい記憶喰いの能力ですよ」
 「バカな!記憶喰いは、アルルが消滅させたはずだ!」
 「記憶喰いの能力は、幻影。そもそも記憶喰いに、はっきりとした姿など存在しないんです。あれは、わかりやすくするためのもの。それより、こちらの能力ですよ」
 ルーンロードは、うっとりとした顔で三体を眺めた。
 「記憶喰いは、喰らった記憶を材料に、このような『実態ある幻影』すら生み出せるようになったのです。あなたちの記憶に潜む、つわものの記憶を奪い、そして、不死たる幻影の兵にかえる……そして………」

 武人の斧がラグナスを捕らえる。思わず受け損ねるラグナス。





 「幻影が与えたダメージに比例し、記憶を失う………」

四十二話闇と化した仲間
「なんだ…なんともないじゃないか…ぐぁぁぁぁぁぁぁ!」
ラグナスは一体の記憶喰いに攻撃を仕掛けようとしたがー
「効果発動…ですね…」
ルーン・ロードはおもしろそうに笑う。
「オプションをつけましょう…光の勇者、ラグナス・ビシャシは…」
「ぐあぁぁぁぁぁぁ!」
「ラグナス!?」
「ルルー!行っちゃ駄目だ!」
そんなDシェゾの声もむなしくー
「そこのシェゾのように私に忠実に従う闇の勇者となり、そこのお嬢さんは闇の格闘女王となる!」
ごおぉぉぉぉぉ…!
「くっ!」
ばしゅぅぅぅ!
ルルーの破岩掌をDシェゾはかろうじて避ける。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
「アルル!?」
アルルの悲鳴が聞こえる。
「くそっ!スティンシェイド!」
Dシェゾは闇の魔法を放つが今は二人とも闇の塊。あまりきかず、ラグナスが攻撃をしかけてくる。


四十三話ドッペルとドッペル
「…」
ザシュゥゥゥ!
ラグナスの剣をDシェゾはギリギリでかわす。
「アルルノトコロ…イカセナイ…」
片言となっているラグナスの言葉。それを聞く度、Dシェゾは自分の甘さを覚えていた。
ーこんな奴、すぐに倒せると思っていたのに…Dアルル…俺はどうすればいいんだ?なぁ…教えてくれよ…Dアルルー
「アナタヲ…タオス」
「しまった!女王乱舞だ…!」
Dシェゾはできる限りよける。既にパンチが当たっている為、記憶が無くなっていく。
ーDシェゾ…何してるんだい?キミはこんなところで、やられる奴じゃないだろう?
大丈夫…ボクがキミのそばにいるから…今あの二人とアルル、それから…キミのオリジナルを救えるのは…キミだけだから…!ー
「Dアルル…うおぉぉぉ!」
Dシェゾはルルーから攻撃し始めた。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ!目を覚ませぇぇ!」
ルルーは頭を抱えて苦しみ始めた。そして…
「…Dシェゾ…?」
「ルルー!記憶が戻ったんだな!?」
「な…お、おかしい!そんなことはないハズだぁぁぁ!」
ルーン・ロードは叫び狂った。


四十四話心の強さ
「ジュゲムっ!」
ガキィ!
ボクのジュゲムは闇の剣で受け止められた。
「…アレイアード!」
「キャアァァァァ!」
駄目だよ…こんなトコで負けちゃ…Dアルルと約束したじゃないか…また会おうねって…Dアルルがボクを助けてくれたようにボクはシェゾを…
「助けるっ!ダダダダダイアキュート!ジュゲムっ!」
突如、ジュゲムから、なんだろう…優しい光を放つような光がシェゾにまとわりついた。
「………………ッ!?」
シュウウゥゥゥ…
「な、何かと思えばただの光じゃ…ね…ぇ…か…!?」
シェゾは苦しそうに顔を俯かせた。でも、普通に喋ってくれているということは…元に戻り始めたってことだよね!?
「えぇぇい!ばよえ〜ん!」
ごうぅぅぅ…
また光がシェゾにまとわりついていく。
ーおい、アルル!聞こえるか?ー
「シェゾ!?」
なんと頭の中にシェゾの声が響いてきた。
ー心だけ解放されたらしい。俺は今お前の隣にいるー
隣をみると闇の色をした光がういていた。
「な・に・を・ご・ちゃ・ご・ちゃ・い・っ・て・・い・・・る・・・・・」
肉体だけ取り残されたシェゾの方は突然ー
「アレイアード・スペシャル!」
襲いかかってきたー


四十五話思い出した歌
途端、糸が切れた人形のように、崩れ落ちるシェゾの「身体」。
「え?……な、何が、起こったの?」
アルルが呆けたような声を出す。


「ここは……ありえない願いをありえるように見せかける世界………その全ては記憶喰いの力………当然、本体が傷付けば、力も薄れ、消える……」


その声は、あの白い少女のものだった。
「ちょ、アンタ!一体何を……!!」
ルルーが、信じられないようなものを見たような顔で絶叫する。


少女は、自分の腕に、ナイフを突き立てていた。
「ようやく思い出した……わかった、と、言うべきかな?」
苦しそうな顔で、それでも少女は笑う。
「私が覚えていた歌……名前も知らない歌。それこそが、この世界の全て………私が、私こそが、『メモリーイーター』だったのよ」
皆、その言葉に、凍りついたように動きを止めた。ルーンロードだけが、怒りに身を震わせていた。
「記憶喰い……『ソールイーター』は、人の心の中でしか、長生きできないの。だから、記憶を少しだけ食べて、そこに住み着くの。害は無いし、記憶が少しなくなるだけ。だけど、あの事件以来、記憶喰いは迫害された。……記憶は無いけど『歌』が教えてくれる」
それから彼女は、少し小声で何か呟いた。歌から真実を、必死に引き出しているのだ。
「そして私は、記憶喰いそのものとなった……『犠牲魔導』とは即ち、誰かが記憶喰いそのものとなる魔導。全ての記憶は私の血肉。血は……全ての幻影の源。だから、私が傷付けば、流れた血の量だけ、幻影は消える。そして、記憶は、元の主のもとへと還る」
そして彼女は、また自分の傷をナイフで抉った。鮮血が流れ落ちる。
「そして、幻影の中で生きる私は、幻影のナイフでも傷付くことができる……。私が死ねば、この世界は全て終わる。………ルーンロード、もう、愚かな夢は……終わらせましょう!!」
そして、ナイフを勢いよく、自分の腹につきたてた―――





「そうはいきませんよ!!」
突如現れた触手が、少女の体の自由を奪った。
「たしかに、あなたこそが犠牲魔導。ですが、まだこの世界の主導権は私にある!!」
三体の影が突如消え、別のシルエットが浮かび上がる。


その体は、甲殻類の甲羅のようで、背中には巨大な翼が生えていた。肩から細い腕のようなものが生え、その顔はズル剥けの人間のよう。
上半身はあるていどしっかり揃っているが、下半身、及び両腕は奇妙奇天烈だった。
片腕は異常に長く、先端は剣のようで。片方の腕は普通なようで、しかしビクビクと脈打ちながら、伸び縮みいていた。
足は右足は普通だったが、もう片方は足すらなく、長いワイヤーのようなものが二本生えていた。
そして、その体全てが、全身ズル剥けの、アンデットのようなモンスターだった。


「な、なんなのよコイツはー!!」
ルルーは思わず後ずさる。どうやら、この手のモンスターは苦手らしい。
「さあ、最後の勝負です。この少女を私から奪い返し、記憶を取り戻すか、ここで私に、全ての記憶を奪われるか!!」


その言葉に反応し、モンスターは襲い掛かった―――

四十六話決着
「みんな逃げて!!」
アルルは涙声だ叫ぶ。
『うるさい!お前は黙ってみていろ!』
モンスターはアルルに横殴りをくらわし、アルルはただただ泣いていた。
自分の無力さがくやしい・・・。アルルの涙にはその思いがでていた。
『さぁ、おとなしく私に記憶を寄こせぇぇぇ!』
モンスターは鋭き爪と馬鹿でかい口を開き、シェゾ達の中へと飛び込んできた。
ガッシャーーン!
大きな音たて、床が無惨に砕け散った。
「な、なんだ!この力の差は!!」
シェゾの顔が青くなった。
いままで、色んなモンスターと闘ってきた。
が、これほどの力をもった奴は見たこと無い。
『逃げるだけですか?』
モンスターは不適に笑う。
勝ちは無いに等しいといいたそうな笑みだ。
どうする・・・。俺・・・。

「僕はみんなをまもりたい!!」

その声と共に赤い炎がモンスターを包む。
『なっ・・・貴様』
モンスターは激痛に耐えながらアルルの方を向く。

『こしゃくな小娘!!
 その命消し去ってくれるわ!!』
鋭い爪が飛んでくる。
しかしアルルは逃げなかった。
『うぉぉぉぉぉぉ!』

カキーーーンッ!

『なっ、お前はさっきの一撃で・・・』
「消えるのはお前だぁぁぁぁ!」

ザシュ! ズサッ!

モンスターが切られた音がした。


四十七話再生、そして最悪の選択
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……やった、か?」
ラグナスは肩を上下させながら、荒く呼吸した。
モンスターは胴体が真っ二つにされていた。
「どうやら、私たちの価勝ちのようね」
ルルーがルーンロードの方へと一歩出た。
「……んふふふふふふ………」
「何がおかしい、ルーンロード」
ラグナスが、不気味に笑うルーンロードに向かって言い放つ。


「気をつけて!そいつはまだ再生する!!」


磔にされた少女が叫ぶ。
モンスターの方を振り返る一同。切断面から無数の触手が伸び、生理的に嫌な音をたてながら、絡み合っていた。
「ひぃぃぃ!」
思わず叫び声をあげるルルー。他の皆も、それを直視できずにいた。


そして、上半身と下半身は、あっというまにくっついた。
『く、くっくっくっくっくっくっくっく……』
「特別にお教えしましょう……彼の名は『三不人化』……かつてアルル、ルルー、ラグナス。そして我が後継者の四人がかりで倒した合成魔人……本来感情も知性も無い破壊獣だったのですが、私好みにすこし改造しました。その最も恐ろしい能力は、超再生能力」
モンスター―――「三不人化」は、いやらしく笑いながら、ラグナスに近づいた。
剣となっている腕を振り上げ、激しく切りつける。
「く、くそ!反則じゃないか!!」
『はははは!!おとなしく、死ぬがいい!!』
「てやぁあ―――!!」
ルルーも全身に「氣」の力を溜めつつ飛び掛る。
しかし渾身の力を込めた蹴りは、長く伸びた腕によって阻まれる。そのまま足を掴み、強かに床に叩きつけた。
「………痛!…………」
ぎぃいん!
ラグナスも剣を弾かれ、喉元に切っ先を向けられた。
『これで……終りだ………』




「アルル!私を殺して!」





白い少女が叫ぶ。
「私が死ねば、その魔物も消える!ルーンロードの野望は終わるわ!だから、私を殺して!!」
「いけませんよアルルさん!」
ルーンロードも叫ぶ。
「その少女を攻撃すれば、今すぐそのお二人の命を絶ちましょう!何もしなければ、まだあなた方は生き延びる手段はあるのですよ?」
「駄目!今すぐ私を殺して!!」
「今、勇者さんとルルーさんの命は私の手の中にあります……当然、他の人たちの命もね!」
「そんな言葉にのっちゃ駄目だよ!私が死ねば、全て収まるんだから!!」
「さあ、どうします、アルル・ナジャよ!!」


「ぼ、ボクは………」



選べるわけがない。
自分の命を投げ捨ててまで、自分たちを助けようとした少女。
自分にとって、大切な大切な、親友、仲間。

どちらなかど、選べない。


「決定権はアルルさんにあります。魔王方々も、動かないように」
「アルルさん……」
デウスが心配そうにアルルを見つめる。
「おのれ……!!」
サタンは苦々しげにルーンロードを睨みつける。




「ボクは………ボクは………」





―――ボクは、どうしたらいい?―――


四十八話優しい鎮魂
少女は泣く。自らが切り裂いた腕の傷から、血を流して。けれど切り裂けなかった自らの命の悔しさに、涙を流して。
 少女は泣く。「殺して」と訴える幻影の少女に、手を下せなくて。「命は私の手の中に」と脅される仲間たちを、助ける手段を思いつけなくて。
 青年は不思議だった。視界に映る少女たちの姿が、心に痛くて。けれど、それが何故だか解らなくて。

『主よ』

 混乱する青年──シェゾ──の思考に、声ならぬ声が呼びかける。存在を気にするまでもなく馴染んだ右手の剣、今も握ったままのその柄が震えたようにも感じられた。

『我の声が判るなら──為すべきこともお判りだろう。我が主よ』

 音ではない声は、そのくせ人間臭く温かい口ぶりで所有者に語る。
 その温かさに、子を思う親のような、弟子を心配する師のようなお節介めいた温かさに、はっきりと自分を取り戻したシェゾは薄く笑いながら、剣の柄を握り締めた。剣の震えが納まる。

『そうだな』
 ──なぁ、だから──

 薄い笑みを、シェゾはそっと視界の少女たちへと向けた。それは、誰も気付く者などない仕種。

 ──お前ら、いい加減泣くのなんて止めろ──

 シェゾの右手から重みが消える。彼が命じた、声ならぬ声に意志を持つ剣が応えて。

『闇の剣よ、貫けェッ!』
『応ッ』

 聞こえたのは小さな風切音。それからとんと軽そうな落下音、ぴちゃりと飛沫が弾ける音。
 白いワンピースの少女を拘束していた触手が数本、突如として現れた水晶の刀身の剣に断ち切られて落ちた。少女の胸から生えた透明な刀身は、彼女を戒める触手を斬り、彼女の胸を貫き、赤い血を滴らせていた。
 白いワンピースは見るみるうちに鮮血の赤に染まる。

 その様子をまるで他人事のように冷静に眺めていたワンピースの少女は、ふいに咳き込んで血を吐き出した後、落ち着いた表情で視線を上げた。

「私たちの勝ち、ね……ルーン、ロード。これ、で……『幻影』たちハ、消エる」

 ルーンロードは表情を歪めた。歪んだ勝利への愉悦から、敗退への憤りへと。

 白いワンピースを染め、なおあふれ続ける血は白い空間へと流れ出る。流れて、けれど白い空間のどこかへと落ちる前に、赤い血はどこへともなく掻き消える。

「これ、で、終ワる。『幻影』も、『愚かな夢』も……終わ、ル」

 圧し掛かっていたモンスターが薄らいで、ルルーが跳ね起きた。喉に突きつけられた刃のような腕だけで牽制されていたラグナスも飛び退いて再び剣を構える。

 白いワンピースの少女は振り返った。今も泣きそうな顔の少女へではなく、黒衣の青年へと。咳き込んだ血にまみれた顔に、微笑みを浮かべて。

「アり、が──」

 今となっては支えだった触手までも消えかかり、バランスを失った少女の身体はぐらりと傾いた。とっさにシェゾとアルルは駆け出すが、必要はなかった。固い床に横たわるよりも早く、少女は白いワンピースごと風に吹かれる砂のように消えた。

四十九話脱出
「は、はは、はははは……あはっ、はっは、ははははは………」
消え逝く少女を眺めていたルーンロードが、突然狂ったように笑い出した。
「とうとう本格的に壊れたわね……」
ルルーが冷淡に言い放った。
「ははは!あはっ!んふふふふふふふふふははははははは!!………お前ら、皆、道連れだぁぁぁぁああ!!」



ルーンロードの叫びに呼応するかの如く、空間が軋んだ音をたてて、歪み出した。



『そうか!この世界は記憶喰いの世界!!あの少女が消滅したことにより、この「魔鏡空異」そのものが崩壊を始めたんだ!!』
サタンが叫ぶ。ルーンロードの狂った笑い声が、軋む音とともに白い空間に木霊する。
「早く脱出しなければ……!」
「でも、どうやって!まだDアルルの無事だって確認してないのよ!!」
皆が焦りで怒鳴りあいを始めた、まさにそのときだった。




―――る―――



「え……?」



―――アルル―――



「君、なの……?」

―――大丈夫、こっちだよ。彼女も待ってる―――

「皆!」
皆、声の主―――アルルを見た。
「あの子が呼んでる!!こっちだよ!!」
そういって、白い空間に突進していくアルル。
「お、ちょい待て!!アルル!!」
その後を、シェゾを筆頭に皆で追いかける。
「どういうことですの!?アルルさん!」
ウィッチがやや苛立たしげに話しかける。
「呼んでるんだ……あの子は……まだ消えてない!」
そうしてアルルを先頭に、一行はどこがどこだかさっぱり分からない、白いだけの空間を走っていった。
時々右に曲がり、左にまがり、Uターンしたり、何故か階段のようなものを登ったり下がったり。
もはや方向感覚は完全に狂い、今どこにいるのかすら分からない状況。
そんな中、アルルだけが、なんの疑いもなく走っていた。
「ねぇ、シェゾ」
アルルが突然口を開いた。
「なんだ?」
「どうして彼女を殺したの?」
シェゾは一瞬無表情になった。
「……あのままじゃ、ラチがあかなかったからな。あれ以外方法もなかった」
「そう」
皆、首をかしげた。いつものアルルらしからぬ反応だった。


―――あとはここをまっすぐ行けば、出られるわ。よかった、間に合って―――
「うん、ありがとう」
―――……実はね、私、記憶喰いじゃなくなったから、記憶が戻ってきたの―――
「え?それ本当!?」
―――うん。でもね、私は本当は、もう時間が止まった存在なの。だからね……―――


―――私の名前だけ、教えさせて―――




―――私の名前は、×××××―――




不思議なことに、その言葉は、その場にいた全員が聞こえたという。

そして、ヒカリが全てを包んだ……



グガァァァアアアアァッ!!!

何かの声が聞こえた。
いや、それは声と言っていいものなのか分からないほど恐ろしく、
そして、




何処か悲しいものだった。



そして。
声が聞こえ、ゆっくりとその声は小さくなっていき―――
次に眼を開いたとき。
そこは図書室だった。

     ☆

「・・・え?何で、ボク達、ここに・・・?」
アルルが呆然と呟く。何故、ここなのか。
と。

―――私の名前だけ、教えさせて―――

―――私の名前は、×××××―――

その、声を思い出して。

「・・・×××、××・・・」
ゆっくりと、その言葉をつむぎだす。
それはまるで、魔法の呪文―――

「ありがとう・・・ボクは、ボク達は―――君を絶対、忘れないよ・・・」

     ☆


「・・・アルル」

刹那、声が横手からかかる。
アルルは一瞬、誰の声か分からなかったが、すぐに答えを見つけ出す。
その、いつのまにか図書室の端にたたずんでいた、

―――ディーアと呼ばれた少女を見つけて。


「ディーアッッッ!!!」


アルルが声を上げる前。
ディーシェと呼ばれるようになった青年は愛しい人の下へ走り出した。
そして、二人はまた出会った。
「ディ・・・、シェッ、ディーシェ・・・ッ!」
「ディーア・・・ディーアッ!」
二人で抱き合い、顔を涙でぐしゃぐしゃにしながら、ただお互いを求める。
「馬鹿ぁッ・・・ばか、ばか、ばかぁ・・・」
「お前こそ・・・勝手に・・・消えやがって・・・」
ぐす、と皆が涙ぐんでいる。あのルルーさえ瞳に浮かぶ涙を拭い去った位だ。
そう。
この、奇跡に感謝をして。

「あー・・・。そこ、の、二人・・・」
しばらくして。
サタンが居心地悪そうに声をかける。
「あの・・・そのバカップルなのは分かったから、ちょっと良いか?後でずっとイチャイチャしてていいから」
「んだと、牛魔王!お前こそ格闘女にベタボレじゃねぇか!」
「なっっっ!?」
「ちょっと、ディーシェ!サタン様になんて事言うのよ!」
ルルーも参戦して、皆笑って。
「もう、熱々なんでぅすね〜皆さん」
いつのまにか、アルルの横に立っていたデウスが微笑みかける。アルルに。
「あはは、そうだねっ!」
「馬鹿な程熱いですわ。アルルさんのように」
ウィッチは、その反対側にたつ。そして腰に手を当てて、
「ウィッチ!それってどういう意味だよ!」
「べっつに〜、何でもありませんわ。・・・さ、ラグナスさん、デウスさん、ルシファーさん、私達はそろそろおいとましましょう。あ、変態さん、貴方は残ってよろしくてよ」
さらっと受け流し、ウィッチは勇者の手をとって図書室を出て行った。
「ちょ、ウィッチ!?」
「おい、まて見習い魔女!お前ナニが言いたいんだ!」
ずっと皆のやり取りを見ていたシェゾは、アルルの横に立ち、それでもそこから動かないで反論。が、そこはやはりずるがしこい魔女。聞く耳持たない。
そして、扉からでる直前。
「アルルさん、貴方も―――よくやりましたわね」
と、呟いたのは。
しっかりアルルの耳に届いた。
「さぁ〜て、サタンさんも、ルルーさんも、皆退散でぅすよ〜」
「そうだな。ドッペルの皆さんも、ホラ・・・行きましょうか」
「なっ!?デウス、ルシファー、お前はこやつの味方・・・・・・ああ、そういう事か。じゃあ行くか、ルルー」
サタンもあっさりデウス達の声に納得し、二人で腕を組みながら出て行く。
ルシファーも一緒に歩いていく。
「アルル君。それじゃあ、また。―――ありがとう―――」
ルシファーは、そう言って出て行った。
「それじゃあ、アルル、―――ありがとう」
「サタン様と同じ、あたくしからも言わせてくれる?―――アルル、本当にありがとう」
そしてラブラブオーラを出しながら出て行ってしまった。
「あー、もう、ギャップが激しすぎるよ、あの二人・・・」
「ディーア、行こうか」
そういって立ち上がるディーアとディーシェ。
「あ、う、うん。オリジナル・・・いや、アルル。・・・・・・あ、ありがとう」
「俺からも礼を言う。アルル、ありがとう」
「う、ううん、そんな礼を言われる程・・・」
「けっ。さっさと行っちまえ」
アルルが真っ赤な顔で弁解する前に、シェゾが辛口で言う。
そんな二人に、“影”達はくすくすと笑った。
「応、さっさと行くさ」
「大丈夫。誰も邪魔しないよ、ふふふ」
それじゃあ。そう言って、二人も帰っていった。

     ☆

「あー・・・皆、行っちゃったね・・・。ボク達も、行こっか?」
「え、あ、ああ・・・アルル!」
すたすたと歩いていくアルルに、シェゾは真っ赤になって引き止める。
ゆっくりと、こちらに向き直ってアルルは微笑んで問う。
「どしたの、シェゾ?」
「あ、あぁ・・・いや、な・・・・・・“×××××”、の、こと・・・だが」
「・・・・・・・・・・」
途端に、アルルが無表情になる。
「・・・どうして、あの時、殺したの。―――ルーンロードは、“ボクに”選択を求めていたのに」
「っ・・・アルル、それは・・・」
「ねぇ、どうして。もしかしたら×××××も死なないですんだかもしれないのに」
有無も言わせない、気迫。
「・・・・・・・・・闇の、魔導師」
そして。
シェゾは、かろうじてその言葉だけつむぎ出せた。そして、ぎこちなく続ける。
「闇の魔導師は・・・愛する事も出来ない。ただ、闇と破壊しか出来ない」
「・・・だから、なに」
「―――お前に、人を殺す役目なんていらない。似合わない。・・・その役目は、俺一人で十分だ」
「・・・・・・・・・だから、それがなにって言ってんだけど?」
「え」
気がつくと、アルルはいつもの―――満面の笑みで居た。
「えへへっ、ボクに似合わないとかそんなのより、自分の心配してよ、ねっ♪ボクはねー、君が“闇の魔導師”でいるのがいやなんだってば。だからこうやって―――助け出したんじゃない」
そう言って、ぐる、と図書室を見渡す。
「そーいえば・・・此処って、今回の事件の始まり、だったよね」
「・・・あ」
「ボクもさっきまで気づかなかったんだ、何で此処なんだろう、って」
そう言って、本棚に眼を向ける。
「あー・・・懐かしいなぁ。この本ね、昔読んだ時この文字を間違えて読んじゃってさー。ルシファー先生に注意されるまで気がつかなかったんだよ」
そうか。シェゾは心の中で呟く。
この学校で、俺の知らない“アルル”が居たんだ。
俺が知らない、アルルが。
「ア、この本はね、眠くて眠くて、それでうっかり欠伸しちゃってその時・・・」
「アルル」
力強い、声に引き止められて。
「―――きっと、×××××だって―――俺達が知らない“×××××”がいたんだろう。
そして、“あの声”は―――」
はっ、と思い出す。
ルーンロードが倒され、そして光が全てを包んだあのとき―――
聞こえた、あの、恐ろしく悲しい声を。
「―――きっと、あいつの―――心の叫びだったんだろう」
気がつくと。
アルルは、シェゾの胸に飛び込んでいた。
「あぁっ・・・うぅぅ・・・ぅう・・・ああ・・・あぁぁぁっ!!!」
それは、アルルの心からの―叫び。
「だから―――お前も、今だけでも―――泣いて、叫べよ」
「うあぁぁぁっ・・・!×××××っっっ・・・ごめん・・・・・・ごめん、なさいっ・・・!」

―――ごめんなさい。―――そして、

―――ありがとう―――


     ☆


―――ありがとう、アルル・・・そして皆―――

―――私、凄く幸せよ―――

―――私もやっと、眠れる―――


―――本当に、ありがとう―――


それは、歴史書に載らないほど小さな、


そして、大事なお話。


THE END

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