小説投稿 未完成な音色9〜やさしい雨〜

 

 

「…そういうことだったのか」

ラグナスはアルルから話を聞き、ただ一言漏らすしかなかった。

「うん。でも、エミリアってあまり自分のこと言わないんだ」

「そりゃあそうだろ。普通、ベラべラと自分のこと喋るヤツいるか?」

「そうだけど…」

アルルはシェゾの言い方にむっとしながらも、エミリアのことを考えるとそうも思ってはいられなくなる。

「それ以前に、ここの国は治安状況より王の方が有名だがな」

「王が?」

「エミリアのお父さん…ってことになるね」

「ここの王のザフィケル・フェナ・ヴァレンシスは策士で有名だ。

 ヴァレンシスに攻め込む気満々の国を上手く丸め込んで和平させちまう。おまけに政治も善政といっても過言じゃない」

その話に、二人は唖然とするしかなかった。

「すごいな…」

「うん…」

「まあ王の方はそれで有名だが、王妃はまた違う噂がある」

「お母さんも?」

「ああ…」

アルルが聞くが、どうもシェゾは言っていいのかという感じだった。

「王妃は二年前から離宮に籠もってる。公では病気にかかって静養と言ってるが、実際は違うらしい。

 何者かに呪いをかけられた、何かショックを受けて気が触れた…いろいろ噂が飛び交ってるが、どれも信憑性は皆無に等しいがな」

直後、周りが静かになった。元々人気などないのだが、さらに静寂が辺りを包んだ。

「…じゃあ、エミリア大変だったんだ」

「だな。その一年後にその姉が目的も行き先も知らせずに旅に出た。

 それから今までアイツがどんな風に過ごしてきたか、オレらが知るわけがねぇ」

「…」

シェゾはさも当然の如く言う。それもそうだ、エミリアの気持ちはエミリアにしかわからない。だが、想像は出来る。

姉と母がいない同然で一年を過ごしたエミリア。

父やヴァルキューレ達がいるとはいえ、やはり寂しいだろう。姉がいない分、やらなければいけないことも増えたのだろう。

そう思うと…

(エミリアは、やっぱり強い)

アルルは切実に思った。

なら、あの過去の話をする時の儚い顔はそれのせいだろうか?アルルは思う。

でも、何だか違う気がした。

もっと別なことがあるような、母や姉がいない以上のことが、彼女にあって…

「アルル?」

「ふぇっ!?」

そう考え込んでいると、突然ラグナスに声をかけられ変な声を出してしまった。

「大丈夫か?何か考え込んでたみたいだから…」

「だ、大丈夫!何でもないから」

アハハ…と笑ってみるが、シェゾはそんなアルルの胸の内を見透かしているようで、意地悪な笑みを浮かべた。

それを見て、アルルは内心溜め息をつく。

と、

「あら、こんにちは」

そこへヴァルキューレのフェンネルとリアトリスがいた。

「あっ、リアトリスさんにフェンネル」

にこやかに笑うフェンネルと、相変わらず無表情なリアトリス。

「皆さんでおしゃべりですか?」

「うん、そんなとこ…ねえ、エミリアはどうなった?」

「エミリア様?エミリア様がどうかなさったのですか??」

フェンネルがわからないところを見ると、どうやらエルミナが帰ってきたのを知らないらしい。

「ううん、何でもない…フェンネルはどうしてここに?」

「城下の見回りとフェンネルの占いの本を見に来たの」

リアトリスが珍しく口を開く。

「占い…ああ、フェンネルは占い師だもんね」

「はい、ちょっと気になる本があって…そうだ、時間もありますし占いましょうか?

 手元にタロットカードがあるんです。今後の運勢でも…そちらの殿方二人との相性占いでもいいですよ」

「えっ!?」

『!?』

思わず三人はフェンネルの方を凝視してしまった。

「…そこの二人。アルルのこと、気になるの?」

「なっ…」

「オ、オレは…」

リアトリスのあまりにもストレートな言い方に、二人は言い返すにも言えない。

対して、アルルは顔を真っ赤にしているが。

「えっと…その、ただ聞いてみただけですから」

「変なこと言うな」

「ごめんなさい」

ごめんで済むかとシェゾはボソッと呟き、ダメだよとアルルは小さく言った。

「…」

ふと、リアトリスの視線が一点に集中しているのに気がついた。見れば、それはラグナスに注がれていて、

「ん?」

ラグナスもそれに気づいたのだった。

「あの、リアトリスさん。どうしました?」

「……」

リアトリスはすたすたとラグナスの前に行くと、

ガシッ!

突然その腕を掴んだ。

「ちょっとついて来てもらないかしら?」

「へっ!?」

ラグナスは驚きの声を上げるも、有無を言う前にずるずるとリアトリスに引きずられてゆく。

「フェンネル、そこで話でもしといて。すぐに戻ってくるから」

「は、はい…」

「あの、ちょっと!」

フェンネルは弱々しい返事をし、ラグナスはリアトリスに何かしら聞きたいのだが、

当の本人は完璧無視のようで、アルルとシェゾはそれを黙ってみているしかなかった。

「…どこ行くのかな?」

「さあ…私にはよく…」

「あの眼鏡の女、よくわかんねぇ…」

それぞれその様を呆然と見ているしかなかった。

「あっ、そうだ。フェンネル」

「何でしょうか?」

アルルは気を取り直してフェンネルに尋ねる。

「フェンネルから見てさ…エミリアってどんな人?」

ヴァルキューレから見たエミリア。

アルルは一度聞いてみたかったことだ。

「…とてもお強い人です。どんなことがあっても気丈で、戦場では冷静な判断を下しております。

 ヴァルキューレの隊長として申し分ありませんし、それにとてもお優しい」 

フェンネルは言った。アルルはやっぱりそういう風に見られるのかな…と思ったが、彼女はそれに気づいてか優しく微笑んだ。

「確かに、エミリア様はいろいろ背負いすぎてると思います。

 けれどエミリア様はそれに負けるような方ではないと、私は信じております。でなければ…」

フェンネルは言いかけるが、すぐに口を閉ざす。

「でなければ?」

「いえ…何でもありません」

フェンネルは微笑むが、何か隠しているように見えた。

「おい、お前制約魔法かけてるのか?」

そこにシェゾが聞いてきた。

「あっ、はい…少々強力なのを」

「それだけお前の魔力は強いのか?」

この時のシェゾは薄く笑っていて、アルルは危険を感じたのは言うまでもない。

まさか、例のセリフを言うまいと思うが…

「…でしょうね。まだ、自分でもまだどれくらいのモノかよくわかりませんが、強大であるというのは理解しています」

「わからない?」

「ええ、幼い頃母からその力を制御しきれずに暴走しかけたと聞きました。ですが、その時の記憶はございません。

 それだけ私の身に眠る力は大きいのでしょうね」

淡々とフェンネルは語るが、表情は真剣だった。自分でも把握しきれないほどの力がある。

それは自分を怖れてしまう要因に他ならない。

「…怖くないの?自分がそんな力持ってること」

フェンネルは首を横に振る。

「いいえ、むしろこの力を何とか自分で理解して、役立てたいと思います。

 占いでも、魔法でも…こんな私でも何か出来るはずなんです」

しっかりと答えるフェンネルに、アルルは微笑んでしまう。

「エミリアみたいだね」

「そうですか?クス…エミリア様の影響が出てきましたね、私。

 でも、不思議ですね。こんな話、エミリア様しかお話したことないのに…」

「エミリアしか?」

こくとフェンネルは頷いた。

「エミリア様とは昔からお付き合いがありました。女で歳が近いのは私くらいで、よく気が合いました。

 思えば、自分のことを深く話す人はいませんでしたから、そういう存在を互いに欲していたのかもしれませんね」

フェンネルは苦笑して言うが、それは貴族の娘という身分上、必然なのかもしれないとアルルは思った。

だとすればエミリアも同じで、だから気が合ったのかもしれない。けれどそこで違うのは、エミリアの方が身分が上だということだ。

「アルルさんは、そういう方がおりますか?」

「ボク?ボクは…」

突然聞かれ、アルルは戸惑った。が、少し考えて、

「いる。ちゃんといるよ」

アルルは笑って答えた。

「なら、その方を大切にしてくださいね。人は互いに支えあうものですから」

「うん!」

元気よくアルルが答えると、フェンネルはポケットからタロットカードを取り出した。

「あの、アルルさんを占ってよいでしょうか?」

「え?」

突然の申し出にアルルはきょとんとした。

「何だか、アルルさんのことを占ってあげたくなったんです。

 おかしいと思いますけど…アルルさんを見ていて、そんな気持ちになったんです。

 きっと、アルルさんは人を引きつける魅力があるんですね」

アルルは顔を赤くし、照れてしまう。クッ…とシェゾは可笑しいのか笑っていたが。

「占いますか?」

「お、お願いします」

アルルの返事を聞き、フェンネルはタロットカードをシャッフルし始めた。

 

ラグナスはリアトリスに連れて行かれた先は、誰もいない路地裏だった。

そこに着くと、リアトリスは初めてラグナスを掴んでいた手を離した。

「あの、オレに何か…」

ラグナスがいろいろ尋ねようとしたところ、突然槍を突きつけられる。

「剣を抜いて、そして構えて」

ラグナスは何故と言おうとするが、リアトリスの真剣な眼差しを見て言われたとおりにする。

剣を構えた。瞬間、槍が払われる。

「!?」

ガギンッ!

咄嗟に剣で防御したが、もう数秒遅かったら危なかった。

「い、一体何するんですか!?」

「問答無用」

直後、槍が剣から外れて足払いを仕掛ける。それも難なくガードするも、した瞬間に今度は回って上から振り下ろす。

防がれたら今度は逆回転して勢いをつけ、槍を横に薙ぐ。

(この人…出来るっ!)

次から次へと繰り出される攻撃に、ラグナスはただ受身になるしかなかった。

だが、このままでは防御するのも追いつかなくなるかもしれない。

(ここはどうすれば…)

ラグナスは防御しながら、リアトリスの攻撃を止めさせられるか考える。

リアトリスの動きは早い。おまけに的確に相手の急所や死角を突く。かなりの熟練である証拠だ。

槍によるリーチの長さは、剣にとっては不利。どうすれば剣の間合いを取れるかが問題だ。

(ここは何が何でも懐に入らなきゃな)

ラグナスは槍を止めながらも、懐に入るタイミングを探す。リアトリスは止められたら、すぐに別の手に変える。

よって、力押しでは無理だ。出来れば、隙を突いて槍を弾き飛ばすくらいにしないと。

そう思っていると槍を横に薙ぐ瞬間、僅かに間があった。

 

「!」

 

ラグナスは好機と見て跳んだ。

ブン!

その直後、払われた槍は宙を薙ぐだけで、

「チッ」

すぐさま体勢を変えようとするも、

チャキッ…

その剣はリアトリスの首筋に当てられていた。

「終わり、ですよ」

ラグナスが鋭く言うと、リアトリスはしばし唖然としていた。

が、やがてクスッと笑った。

「なかなかね、いい剣の腕だわ」

「どうして突然オレを襲ったんですか?」

ラグナスは依然真剣だ。

「ちょっと、あなたがどれほどか見てみたかった。…もう戦う気はないわ」

それを聞き、ラグナスは剣を下ろす。リアトリスは槍を拾いに行き、軽く振り回した。

「見てみたかったって…どういう意味ですか?」

「私の興味。一目見て、あなたが出来るみたいだから。それと…」

ヒュン、と槍をまたラグナスに突きつける。

「あなたがどんな人かを見るため」

「!?」

その時のリアトリスの眼差しは何かを秘めているようだった。

とても強い思いを宿しているような…

「どうして見る必要があるんですか?」

「見なきゃいけない。あんな事、もう二度と起こさないために」

「あんな…事?」

スッ…とリアトリスの目が細まる。

「あなた、人を裏切ったことがある?」

「え…」

突然問われ、ラグナスは戸惑う。

「ない?」

「…ないです」

「本当?」

「はい。裏切るなんて、そんな人の信頼を無くすようなことどうして…」

「…」

それを聞き、リアトリスは槍を下ろした。

「あなたは悪い人じゃない。そう思っているのなら、尚更。

 ごめんなさい、突然槍を向けたりして…フェンネル達のところ、戻らないと」

リアトリスは行こうとするが、

「あの、なぜこんなことするんですか?」

ラグナスに尋ねられ、ピタッと止まった。

「あなたは確かリアトリスさんですよね?エミリアから聞きました。これもエミリアに関係あることなんですか?」

何度かヴァルキューレのことを聞いたラグナスは、リアトリスを知っていた。

地下道の事件で一度見ていたし、後はエミリアとアルルから聞いた。リアトリスは背を向けたままだ。

「あの―」

「そう、関係ある。十分に…ね」

ラグナスが再度問いかけようとすると、リアトリスは答えた。その答え方は、どこか思いつめた感じがした。

「あなた、名前は?」

「ラグナス・ビシャシです」

「ラグナス…いい名前ね。あなたなら、エミリア様も……」

「え?」

リアトリスが呟くが、ラグナスは最後の方がよく聞き取れず、彼女は行ってしまった。

「…エミリアも何だろう?」

ラグナスは空を見上げた。僅かに朱色に染まった空に鉛雲が現れていた。

 

 

パラッ。

カードがめくれ、現れた絵柄は二組の男女。下の方に‘恋人’と書かれていた。

「はい、出ましたよ。これは‘恋人’のカードで正位置ですね…楽しさ、恋愛、交際を示します。お二人ともいいご関係なんでしょうね」

『違うよ!』

『違う!』

アルルとシェゾは同時に言った。フェンネルは突然言われて驚いている。

さっき、アルルはフェンネルに今後の状況を占ってもらった。占いはタロットカードを用い、路の脇でやってくれた。

結果は大きな収獲と大切なものを手に入れられると、良いものであった。

アルルはもちろん喜び、フェンネルとそのまま雑談。シェゾはつまらなそうに近くに座っていたのだが…

リアトリスとラグナスは来なかった。

そこで、暇つぶしにシェゾと相性占いをしてみようとフェンネルが持ち出した。

もちろん二人は反対したが、どう転ぶかわからないとフェンネルは言った。

シェゾは何も言えず、アルルもどうせ悪い結果だからと思っていて、やってみた結果がこれ。

恋愛とか交際とか、これではまさに…

「ボ、ボク、シェゾのことなんかそんな風に思ってないもん!」

「オレもだ!誰がこんなお子様と…」

「お子様じゃないもん!!」

二人は激しい口げんかを始めてしまう。

「あの、二人ともケンカは…」

フェンネルは止めようと努力するが、止まる気配などなかった。

そこへ、

「フェンネル、戻るわよ」

リアトリスが戻ってきた。

「あっ、はい…ラグナスさんは?」

「置いてきた。でも、戻ってくると思う」

「あまり手荒なことは…」

「してない。彼は私に勝ったから」

途端、フェンネルの顔は悲しげになる。

「でも、リアトリスさん…エミリア様は、そんなのを望んでおられないかと」

「仕方ない。あんなこと起きなきゃね…」

二人はケンカをやめて、リアトリスとフェンネルのやり取りを聞いていた。それに気づき、フェンネルはカードを片付ける。

「ごめんなさい、もう戻らなければなりません。また、会えるといいですね」

フェンネルは笑顔で言うが、その笑顔は無理に作っているようだった。

「それでは…」

フェンネルは軽く会釈し、二人は行ってしまった。

「…シェゾさ、さっき言ってたのどう思う?」

「さあな。オレらには関係ない」

さらりと言うシェゾに、アルルはむっとした。

「よくそんなこと言えるね!」

「当たり前だ、あいつらの問題はあいつらで解決することだろう。他人のオレらが出てきたところで、何になると思う?」

「でも…!」

アルルが言おうとすると、それ以上言うなと言わんばかりにシェゾが手を前に出して

遮った。

「お前の言いたいことはわかる。’友達’だから、だろう?

 けどな、友人でも出来ることに限りがある。自分のことは自分でケリをつけるのが一番だ。

 お前もそれぐらいわかるよな?」

アルルは何も言い返せなかった。確かに自分が出てきたところで邪魔になるのは明白だ。

「わかる…よ」

「なら、今はそれ以上首突っ込むな」

「…」

アルルは座っているシェゾの隣に来て座った。

「何でそこに座る?」

「いいじゃないか」

アルルはそう言うが、シェゾはアルルと視線を合わせようとはせず明後日の方を見ている。

「…シェゾさ」

「なんだ」

「シオン、っていう花知ってる?」

「知るわけないだろう。花になんざ興味はない」

相変わらずシェゾはぶっきらぼうに言った。そんな彼の言い方も仕方ないと思い、アルルは続ける。

「エミリアに教えてもらったんだ。この前、花屋で見せてもらった。苗だったんだけ

どね、紫色の小さい花で可愛かったよ」

「で、何が言いたい?」

完璧に興味なしといった顔でシェゾは言った。

「それでね、シオンの花言葉は‘追憶’なんだって。あんな可愛い花なのに、何だか哀しい言葉だなあって…」

アルルは空を見上げた。夕方近くで空が朱なのだが、ところどころ鉛色の雲が出てきた。

「雨、降りそうだね」

「だな」

そこで会話が途切れた。アルルも見上げるのを止め、俯いてしまった。

「追憶、ねえ…」

シェゾがポツリと呟いた。

「シェゾも昔を思い出すことあるの?」

アルルは何気なく言った。

「…たまにな。だが、昔は昔だ、思い出しても何にもならない。戻れねぇんだからな」

シェゾはくしゃと前髪をかき上げる。

「昔に縋ってるヤツほど弱いのはいない。ましてや死んだやつに縋ってるのは…もっと弱い」

その言葉にアルルは引っかかった。死んだ人を受け入れるのは、誰だって時間がいる。

ましてやその人が大切な人なら尚更だ。それを弱いというのだろうか?

「…弱いの?その人」

「ああ。いつまでも死を嘆いてどうする、どんな死に方であれ…認めなくてどうする?」

「だって、悲しいよ。人が死んだら」

「オレが言いたいのはそうじゃねえ。死を認めず、ただ泣いて暮らすのを言ってるんだ。

 いつまでも過去に縋って、何になるんだ?」

アルルはやっと理解し、あることに気づいた。

「じゃあ、シェゾは悲しいっていう気持ちがあるんだ」

「な、突然何言ってやがる…」

「闇の魔導師だとかなんだかんだ言ってさ、やっぱりそういう気持ちがあるんだね」

途端、シェゾは顔を赤くした。

「おい、アルル!?」

「アハハ…」

アルルは笑う。そこへシェゾが捕まえようと手を伸ばすが、器用に避けた。

「捕まえてみればー?」

「ヤロー…!」

かくして、二人の鬼ごっこは始まった。

「おーい、戻った…って、何やってるんだ?二人とも」

そこにラグナスが戻ってきた。追いかけっこをしている二人を見て、つい笑みがこぼれてしまう。

「全く、どっちが子どもなんだか…」

空にはまだ矢光が差し込んでいた。

 

 

やがて、夜になって雨が降ってきた。

街からかなり離れた森の中に古びた屋敷があった。

誰も使っていないはずなのに、ある部屋に灯りが点いていた。

雨音が響いていた。

窓辺で椅子に掛けて、一人の男が外を眺めていた。

黒に近い藍色の髪の、魔導師風の男だった。

男は何か思い返しているようだった、近くの机には銀のロザリオが蝋燭の灯で僅かに輝きを放っている。

「もう二年になりますか…」

男は呟く。その黒い瞳はどこか懐かしむような感じだった。

「貴女は…今までどんな風にお過ごしになられたのでしょうね」

笑った。だが、それは優しいようでどこか不気味だった。

「もうすぐ、逢えますから」

静寂だけがその言葉を聞いていた。

 

 

「雨…」

エミリアは城内の音楽室の窓から外を眺めていた。

今までピアノを弾いていて気づかなかったが、空が曇っていてそろそろとは思っていた。

エミリアはしばらく外を眺めていたが、やがてまたピアノに向かい曲を弾いた。

曲名は『グリーンスリーブス』といった。どこかの国の民謡で、物悲しい旋律をエミリアは気に入っていた。

簡単な曲で、すぐに楽譜なしで弾けた。小さい頃はよく弾いていた。

エルミナから、聞き飽きたから違う曲を弾いてと言われるほどだった。

そして、この曲を好きな人がもう一人いた。

「…団長…」

エミリアが呟くが、ピアノの音にかき消される。淡々と曲を弾きながら、エミリアは昔を思い返していた。

 

それはあまりにも自分が無知であったがために起きた―


  BACK  MENU  NEXT