未完成な音色7〜恐れるに足らずは〜

 

 

「さっさとくたばれっ!」

 

これがまず、五人が空間転移で着いて聞いた第一声だった。

目の前でアズミが大剣でトカゲ型の魔物を斬り伏せていて、

トカゲ型の魔物は普通のトカゲよりかなり大きく、人間ほどの大きさだった。

性格は獰猛。目の前の敵を喰らおうと迫ってくる。

ヴァルキューレは順調に敵を倒しているが、魔物は一向に減っていないようだ。

「リアトリス、サフィニア!一般人の誘導は終わったか!?」

「ついさっき終わったで!今、加勢したとこや!!」

サフィニアは飛び掛ってくるトカゲに、素早く蹴りを食らわしている。

「数が多いです。どこかで召喚術を施してある可能性があります」

リアトリスは冷静に、かつ敵を槍で一掃しながら言う。

「エミリア様、私は出ます。メリッサ」

「はいはい。ちゃんと援護するわよ」

カルミアは剣を抜き、アズミ達に加勢。

メリッサも呪文詠唱に入った。

「私も行きましょう。アルルはここでメリッサと一緒に魔法で援護を」

「うん!」

アルルは頷くと魔力を高め、精神集中に入った。

「シェゾさんは…」

「オレは好きにやらせてもらう。それがオレのやり方なんでな」

シェゾは闇の剣を抜き放つ。横でメリッサがクスッと笑っていた。

「いいでしょう。では」

「ああ」

エミリアが槍を、シェゾが闇の剣を構えて駆け出した。

 

「もう、うるさいなぁっ!」

「邪魔だよ!」

ドガッ!

ザシュッ!

見事なタイミングで魔物を倒すのはビオラとミズキ。

ビオラはハンマーを振り回し、急所を的確に突いて倒している。

見る限りビオラのハンマーは重くなさそうなのだが、ブォンブォンと唸る音と

一撃で倒れる魔物の姿から見て、相当な重量であるのがわかる。

とてもじゃないがビオラの華奢な身体にはとても似合わず、

思い切り振り回すビオラを見ていると、

かなりの力があるのを思わずにはいられない。

対してミズキは東方の武器・円月輪で、素早い斬撃を繰り出している。

ビオラの大振りな一撃で出来た死角をミズキがサポートしている様は、

さすが隠密担当。

スピードは多分ヴァルキューレ一だろう。

「楽勝!」

「イケるね!!」

二人は余裕そうに言う。と、

ドスッ!

脇にいた一匹を矢が射抜いた。

「二人とも、まだ油断しちゃダメだよ!」

アオイだ。アオイは矢筒からすぐに新しいのを取り、新たにまた仕留めていく。

どうやら、アオイが三人娘のリーダーのようだ。

「ビオラ、油断大敵っていうでしょ?

 この前そうやって一匹取り逃したって、カルミア隊長から聞いたから!」

「アオイちゃん、それどころじゃないよ!」

「そうだよ!」

こんなことを言い合っても、ちゃんと敵を倒しているのだから、

三人娘は只者じゃない。

「とにかく、マジメにね!」

「仕方ないなぁ…」

「ホントホント」

―ドガッ、ザシュッ、ドスッ!

三人娘は同時に敵を倒した。

 

「チッ」

ザシュ!!!

一瞬で繰り出される斬撃で、リアトリスは前線で奮戦していた。

その槍の長さを生かし、一回の攻撃で倒す敵の数は複数。

無駄なく多くの敵を倒す。それがリアトリスの戦い方だ。

「本当…今日は多いわ」

「全くだ!」

そこへアズミが一気に二匹を斬る。アズミも同じ戦い方だ。

ビュッ

突如、二人の背後で疾風がよぎった。

後ろを振り向くと、急所を貫かれた魔物が無残に倒れている。

「…早いな、カルミア」

アズミがそう言った先には、いつの間にかカルミアがいた。

「前にばかり気を取られるな。敵は多い」

さっきのはカルミアの攻撃のようだ。

カルミアは突きによる攻撃を得意とし、剣もレイピアに近い。

カルミア、アズミ、リアトリス。

この三人はヴァルキューレの斬り込み部隊だ。

「アズミ、どれくらい倒した?」

「十匹ぐらい倒したんじゃねぇのかな。コイツら数ばっか多くて、弱ぇぞ」

アズミの話を聞き、カルミアは地下道の先を睨む。

地下道はある程度魔術で明るくはしてあるものの、そんなに明るくはない。

道の先は真っ暗。何があるのか見当もつかない。

そうこうしているうちにも、魔物はまた現れる。

「フェンネルはどこにいる?」

カルミアはまた一匹斬りながら尋ねる。

「フェンネルは上で魔物の発生源を突き止めています。

 突き止め次第、すぐに転移魔法でこちらに来ると」

「そうか」

カルミアがふと何かを察知する。

「二人とも下がれっ!」

『!?』

アズミとリアトリスが後退した。

 

バキィッ!

 

そこへ現れたのは氷槍。

氷槍はかなりの数の魔物を貫いていた。

その後、敵は現れない。どうやら敵の第一波は片付けたというところか。

「メリッサ!魔法を放つ時は一言言えとあれほど言ったではだろう!!」

カルミアの怒号が響く。地下道なので反響して響く。

「あ〜ら、ゴメンなさぁいv っていうか、お嬢ちゃんも加勢してくれたけど」

「ゴ、ゴメンなさい!!」

アルルはちゃんと謝るが、メリッサの言い方は全然反省していない。

「全く…」

カルミアが前に視線を戻す。

と、

フワッ

氷槍を飛び越える人影が二人。

長い金の髪の少女と、短い銀の髪の男。

「エ、エミリア様!」

「カルミア、ヴェルキューレはここで引き続き敵を殲滅。

 私とシェゾさんは奥に進んで魔物の発生源へ向かいます」

「しかし…」

「オイ、隊長。ここで雑魚と相手ばかりしていても敵は増えるばかりだぞ」

シェゾが口を挟み、カルミアはシェゾを睨みつける。

「黙れっ!今、魔物の発生源を突き止めている。

 がむしゃらに行ったところで、地下道で迷うのが関の山だぞ」

「オレを甘く見るな。だが…どうやら奥の方ですごいヤツがいそうだしな」

闇の中をシェゾは一瞥する。

その様はまるで力量不明な敵との遭遇を待ちわびているようだった。

「私もシェゾさんの意見に同意します。

 また敵が出てきそうですし、早めに叩いた方がいいです」

「なかなか場を弁えてるな、姫さんよ」

シェゾは皮肉交じりでエミリアに言った。

「こう見えても、何度も戦場は潜り抜けてきましたから」

エミリアもシェゾに冷たく言った。

「ですがエミリア様、私もついて行きます。

 もしエミリア様の身に何かあったら…」

カルミアはそう言うが、

「カルミア、私はもう一人でやれます。これくらい自分で切り抜けられなくて

 どうするのです」

「エミリア様…!」

エミリアの答えにカルミアは驚きを隠せず、すぐさまエミリアを止めようとする。

「隊長、フェンネル来たで!」

それをサフィニアの報告が止めた。

フェンネルがサフィニアと共にやってくる。

「ご報告申し上げます。魔物の発生源は地下道の奥深く、

 地下水脈の近くにいると思われます。

 さらに魔物の発生源には魔力が感じられました。多分、召喚術の類…

 そして、そこを強い負の力が守っています」

フェンネルは淡々と報告を述べ、小さく呪文を唱える。

光が集まり、フェンネルの目の前に妖精が現れた。

妖精は可愛らしい淡いピンクの髪の少女の姿で、

大きさは手のひらに乗せられるほどだ。

「使い魔です。この者が私の代わりにエミリア様を導いてくれると思います」

「ありがとう、フェンネル。サフィニア、アルルを連れてきてください。

 魔法を使える人が欲しいです」

「了解!」

サフィニアは走ってアルルを呼びに行く。

「…何故メリッサではなく?」

カルミアは尋ねる。

「メリッサは派手にやりすぎて、地下道を破壊しかねませんから」

エミリアの答えに、カルミアは苦笑した。

 

結局、奥へと潜るメンバーはアルル、シェゾ、エミリア、サフィニア、カルミア

となった。フェンネルはまた地上へと戻り、

上から魔物の力を抑えることにした。

「しかし、上から力抑えるなんて芸当出来るのか?あの女は。

 見るからに無理だ」

「フェンネルを甘く見るのはいけへんよ。ああ見えて、潜在魔力は部隊一って 

 言われとるからね」

サフィニアはいつ敵が出てくるかわからないというのに、

笑みを浮かべてしゃべる。

「そうか?オレにはそんな力など感じなかったが…」

「実はな、フェンネルは自分で自分の力を抑えてるんや。

 昔、力でいろいろ苦労しとったからね。だから、制約魔法をかけたんや」

「なるほど…制約魔法は種類によっては、潜在魔力を察知させないものも

 あるらしいからな」

シェゾは何気なく言い、サフィニアも納得してもらえたといった顔をしているが、

カルミアもエミリアも浮かない顔をしていた。

「…ねえ、エミリア。どうしてそんな顔をするの?」

アルルは思わずエミリアに尋ねた。

「え?別に…何でもありません」

「…」

時折、過去について話すとエミリアは決まって浮かない顔をする。

その眼差しはどこか空虚で、悲しみと後悔を混ぜたようだった。

何かあったのだろうかと思うが、エミリアを傷つけてしまいそうで聞けない。

その時のエミリアの顔は人形のように儚いから。

「しかし、ここの国はこんなに物騒だったか?

 噂に聞く限り、比較的平穏って聞くが…」

「ウチらだって予想外や。こんな魔物がぎょうさん出てくるようなったのも、

 つい最近。それも突然出てくるし、ここら辺の生態系無視しとるし…」

「サフィニア、それ以上余計なことは喋るな」

サフィニアは一瞬身を竦ませ、黙り込んでしまった。

「…ともあれ、いずれ調査しないといけません。

 これが終わったら早速取り掛かりましょう。

 カルミア、メリッサとフェンネルを後で召集してくださいね」

「了解」

カルミアは短く復唱する。

そんなやり取りを見ていて、アルルはエミリアがヴァルキューレの隊長なのだと

思わざるをえなかった。

命令の仕方といい、一回だけだが見た一撃といい、

まさに一部隊を率いる隊長そのもの。

守られる立場の人が、守るべきもののために戦う。

それを行動で見事に示していた。

アルルは感心するとともに、ふと引っかかるものがあった。

…エミリアは、何故ここまでして戦おうとするのか?

エミリアが言う守るべきものは、きっと自分の国の人達だと思う。

だが、アルルはそれ以外にもあるような気がしてならない。

それが何であるかは…よくわからないが。

「そういえば、姫様。最近、フェンネルがバイオリンで新しく曲作ったんや。

 カルミア隊長は聞いてたんやよね?」

サフィニアはエミリアに話しかけ、さらにカルミアまで巻き込む。

「立派なもんだな、姫さん」

シェゾがポツリと呟いた。

「うん、ボクもそう思う。ボクより一つ年上なのに、すんごく…」

「まあ、身分を掲げてワガママ三昧なバカな奴らよりはいい方だ。

 だが…やっぱりアイツは姫だ」

「シェゾ?」

アルルはシェゾの言い方が気になり、彼の方を見た。

シェゾは笑みを浮かべていた。だがその笑みは嘲笑のようでも、

哀れんでいるようにも見えた。

「ねえ、それどういう意味?」

「考えればわかるんじゃねぇのか」

「何だよ、その言い方!まるでボクがバカみたいじゃないか!!」

「ああ?お前なあ、第一素直すぎる。もう少し大人になれ」

「言ったなぁー!」

ぎゃあぎゃあとシェゾとアルルは口げんかを始めてしまう。

「何や盛り上がってますなぁ…」

サフィニアは二人に気づき、少し驚いていた。

「エミリア様、止めなくてもよろしいのですか?」

「いいです、二人を止めても無理だと思いますから」

カルミアは呆れたように溜め息をつくが、エミリアは二人を微笑ましく見ていた。

 

スッ…と妖精が止まった。

止まった先は、地下水道の合流地点だった。

水の流れ落ちる音が絶え間なく響き、何故か今まで続いていた明かりはなく、

目の前が真っ暗だった。

それでも音の反響などでかなりの広さなのはすぐにわかる。

「真っ暗やねぇ…」

「フェンネルはもうここを見つけたでしょうか?」

「恐らく」

簡潔な会話、がそれすらも中断させるものの気配が蠢く。

「気をつけろ、来る…」

カルミアは静かに剣を抜く。目の前でザブザブと水を掻き分ける音と、

低い呻き声が反響して響く。

全員が戦闘態勢でいると、

 

『散れっ!』

 

カルミアが叫び、一様に今いた場所から散った。

バゴッ!

瞬間、床に大きな穴が開く。

「なに!?」

アルルは何が起きたのかよくわからず混乱していると、

パァッ…!

突然辺りが明るくなった。

いまいる場所は中央以外はかなり幅の広い通路が四方を囲むように

出来ている。そして、その中央には大きな双頭のトカゲの化け物がいた。

エミリアと初めて会った時に出た熊の化け物並みに大きく、

さっきまで大量発生していたモノが合体したという感じだ。

「でかっ!?」

「こいつ…無理やり合成したものか?」

サフィニアはリアクションを取りながらもちゃんと呪文詠唱準備は完了。

シェゾは出方を見ながら、冷静に分析した。

「フェンネルが使い魔を通して、こちらの様子を見ていたようです。

 だから明るく…」

「なら、時機に上からのサポートが来ますね」

ビュッ!

カルミアとエミリアが話している最中に、トカゲが素早い動きで通路に

這い上がり、尻尾を振り上げる。

尻尾といっても、大きさは太い棒ぐらい。それが鞭のように早い。

二人は難なく避け、カルミアは逆に尻尾を斬りつけ、

エミリアは魔法で発生させた氷の槍で威嚇する。

「サフィニア、アルル、魔法でこちらの援護を。

 シェゾさんは前線でよろしいですか?」

「仕方ねぇ!」

シェゾはそう答えると、爆裂魔法を仕掛けた。

「了解したで!そんじゃ、思いっきり!!」

サフィニアは呪文詠唱に入り、アルルもそれに見習い精神を集中させる。

トカゲは壁を素早く這いあがり、襲いかかってくる。

後方援護のサフィニアとアルルの方へと向かわせないため、

三人は出来る限りトカゲの注意を引く。

ザシュッ!

カルミアはトカゲの尻尾を斬り落とすが、すぐに再生してしまう。

「次から次へと!」

ボワッッ!!

カルミアが驚く暇もなく、トカゲの片方の口から炎が吐いた。

「ッ!」

カルミアは寸前で避け、胴体を斬りつける。

しかし、それにも動じず、トカゲはもう片方の口から冷気を吐き出す。

「ファイヤーストーム!」

カルミアを守るように、アルルの放った炎の風が冷気を遮る。

「アルル、その調子でお願いします」

「うん!」

エミリアはアルルに指示すると軽やかに跳んだ。

トカゲの頭上でエミリアは両手を突き出し、呪文を紡ぐ。

「セイント・ジャベリン」

数本の光の槍がトカゲの身体を貫く。

が、トカゲはまだ動いた。

トンッ!

エミリアはトカゲの後ろに着地するが、再生された尻尾がエミリア目掛けて

振り下ろされる。

しかし、それは切り落とされた。

「おい、気を抜くな」

その時のシェゾは剣を振り下ろした格好だった。

どうやら剣による衝撃波で尻尾を切り落としたようであった。

「でも、しぶといですよ」

「わかっている」

二人の間を冷気と炎が襲う。しかし、二人は難なく避ける。

「だからこそ一時的でもいい、相手の動きを封じればいいんじゃねぇのか?

 その後徹底的に叩けばいいだけだ」

「…確かに」

『全員一度退いてや!』

サフィニアが叫ぶ。

三人が退いたと同時に、

「サンダーボルト!」

雷がトカゲに落ちた。

『グギャァァッ!!!』

トカゲは咆哮をあげ、一度ぐったりと地面に倒れる。

が、間もなくトカゲは立ち上がった。

「どうなってるんや!?」

「ここまで来ると、身体能力とかいう話ではないな…」

トカゲは低く唸りながら、尻尾を振る。

ふと、エミリアの近くにフェンネルの使い魔が現れた。

使い魔は何かエミリアに言うと…

「まさか…」

エミリアは別の道へ走り、暗闇に消えた。

「おい!」

シェゾもそれについて行こうとするが、尻尾が邪魔をする。

「エミリア様!」

カルミアもついて行こうとするも、トカゲは炎を吐き出し、行く手を阻む。

「…アルル、ここはウチだけで魔法何とかしたる。

 だから、姫様を追っかけてくれへん?」

「え?」

「ウチが隙作る。その間にダッシュや、ええな?」

「え…」

アルルが有無を言う前に、サフィニアは呪文を唱え始めた。

カルミアはそれを聞いていたのか、トカゲの注意を引く。

シェゾも勘づいてカルミアとともに行く。

『雷精・エヌムクロウよ、悪しきなる者に聖なる鉄槌を

 ライトニング・ボルト!』

ドォンドォンドォン!!

雷が連続的にトカゲに落ちる。

「今や!」

アルルは駆け出す。すぐ背後では、咆哮が響いた。

 

エミリアは使い魔が急いで宙を駆けるのを、ただ走ってついて行くだけだった。

やがてさっきとはまた違う、地下水道の合流地点に着く。

中規模ぐらいの広さで、すぐさま使い魔が辺りを明るくする。

エミリアが周りを見回していると、反対側の通路に明滅する魔法陣と

支柱に納められた水晶球があった。

「あれですね…」

エミリアは水晶球の所へ向かう。

使い魔はあれのせいで、例のトカゲが強化され、またヴァルキューレ達が

戦っているものも発生されているという。

また、フェンネルが地上でサポートをしようにもあれが邪魔をするというのだ。

「早くしないと―」

そこへ、天井からヴァルキューレ隊が戦っているのと同じ魔物が振ってきて、

エミリアに襲いかかる。

「こんな時に!」

エミリアは槍で、さながら舞を舞っているかのように次々と倒してゆく。

が、出てきたのを倒したと思ったら、今度はそれより二回りぐらい大きなのが

降って来た。

「最後まで、邪魔する気で」

エミリアは素早く一撃を喰らわす。が、致命傷のはずなのに魔物はかまわず

襲いかかってくる。

「なっ!」

予想外のことにエミリアは驚きつつも、次の一撃を喰らわせようとする。

が、遅かった。

『キシャァァッ!』

魔物は甲高く声を上げて、エミリアを喰らおうとする。

それでもエミリアは槍を薙ぐ。急所は確実に突いた。

しかし、エミリアは違和感を覚えた。

(誰か…いる?)

魔物のすぐ背後に誰かいるような気がした。

エミリアは横に避けると同時に、魔物が倒れた。

「君、大丈夫か?」

エミリアがすぐに声のした方を見た。

そこに、黒髪の青年が剣を持って立っていた。

ふと見れば、魔物の背中に剣で切り裂いた跡があった。

どうやら、彼は後ろから攻撃してくれたらしい。

「ええ…あなたは?」

「オレは何ていうか…通りすがりのって言っても不自然だな。

 旅をしてるんだけど、たまたまここの地下道の入り口へ来たら、

 変な感じがして、入ったらトカゲの魔物が出てきて倒していったんだけど…

 誰かに知らせないとって思って戻ったら、魔法か何かで戻れなくなって、

 仕方なく奥に入っていったんだ。そしたら、君が襲われそうになって」

魔法か何かで戻れなくなったと聞いて、その時既にフェンネルが魔物が街に

出ないよう結界を張ったのだとすぐにわかった。

「君はどうして?」

「え、あ…」

エミリアは青年に何から話そうか困っていると、

「エミリアー!」

元来た入り口から、アルルがやってきた。

『アルル!』

二人は同時に名前を言った。それに互いに顔を見合わせる。

「君、アルルの知り合い!?」

「あなたも?」

「ラグナス!?どうしてここに!!」

青年ことラグナスは、アルルに会えた嬉しさと把握しきれない状況に

曖昧な笑みを浮かべた。

 

「そういうわけだったのか…」

アルルから簡潔な説明を受け、ラグナスはすぐに納得した。

エミリアもこの場所に来た理由を言った。

「シェゾとカルミアさんとサフィニアさんが何とか持ちこたえてるんだ。

 だから、早く…」

「わかりました」

エミリアは槍を構えると、水晶球を払った。

パキーン!

水晶は真っ二つに横に割れ、魔法陣の明滅は止む。

「これであの魔物も弱まって、魔物の発生も止まっているはずです。

 後は戻って退治するだけ」

「じゃあ、急ごう!」

二人は駆け出そうとするが、

「待ってくれ!オレも…行っていいかな?」

ラグナスは二人を引きとめ、アルルを見る。

アルルはどう言えばいいのかわからず、エミリアに視線を向ける。

エミリアは黙っていたが…

「…構いません。行きましょう。私はエミリア・クリスタ・ヴァレンシスです」

「オレはラグナス・ビシャシだ」

かくして、三人は最後の一匹を倒しに向かった。

 

「だあーーっ!何でこないに強いんや!!」

「やかましいっ!」

何かと騒ぐサフィニアを叱咤しつつ、カルミアは吐いてくる炎と冷気を避けていた。

「チッ、あの姫とアルルはどこ行ったんだ!?」

シェゾはこのままでは埒が明かず、苛立ちながらも、魔法で応戦していた。

「首を切っても、身体を幾ら斬りつけても復活するやなんて、大体有り得へん!」

サフィニアは当然のごとく‘有り得ない’と言った。

その一言に、シェゾは気づいた。

「有り得ない…なら、その有り得ないをやるのが魔術じゃねぇのか?」

そう呟いて、シェゾは魔法を放とうとするが、

ビシュッ!

バキィッ!!

剣によってトカゲの身体が斬られ、さらに氷の矢と吹雪がトカゲを襲う。

「間に合った!」

そこには魔法を放った直後のアルルとエミリア、

ラグナスが剣で斬りつけた後だった。

「おい、ラグナス!お前、どうしてここにいるんだよ!?」

「それはこっちの台詞だ!それにしても、随分苦戦してるみたいだけど」

「コイツ、斬っても魔法で倒しても復活するんだよ!」

何やら口げんかのような状況説明をしているシェゾとラグナス。

それはアルルにとって微笑ましいものだった。

「エミリア様、どこへ行っていたのですか!?」

「奥に魔法陣と媒体がありました。それが魔物を強化し発生させ、

 フェンネルも邪魔されていました」

『グギャァァァァッッッ!!!!』

途端、トカゲは苦しそうにもがきだす。

「何か苦しそうだよ!?」

「ははーん、今まで魔法で感じなかった痛みがここで突然来たんや」

サフィニアが説明した途端、トカゲを取り囲むように白い魔法陣が浮かび上がる。

「フェンネルだな…上で魔物を浄化させる術をかけている」

カルミアは冷静に言った。

 

『光の精霊よ 我が前に集え その光の呪縛で 悪しきものを束縛せよ

 

 その鎖 決して解けることならず 

 

 主は導き 天の御使いは命に動く それは絶対

 

 鎖は聖なる炎を帯び 悪しきものを滅せん…』

 

地上でフェンネルは描いた魔法陣に手をつき、呪文を詠唱していた。

使い魔を媒体とし、魔物がいる地点を正確に捉えながら。

フェンネルは懐からタロットカードを取り出す。

出したカードは‘正義’。それを魔法陣の上に乗せる。

気を引き締め、より精神を集中させ、最後の詠唱を紡ぐ。

 

『裁きの女神の名のもと 制裁をここに』

 

リィン…

突如、エミリアの槍が淡く光り始めた。

「エ、エミリア!槍が光ってるよ!!」

「大丈夫です。これはフェンネルの術が槍に宿った証です」

エミリアは淡々と言った。

「それをどうするの?」

アルルがエミリアに聞くと、

「こうするだけです」

トンッ!

エミリアがそう言った直後、彼女は跳んだ。

そして、トカゲの心臓部に槍を突き刺した。

『ギャァァッッ!!』

トカゲは悲鳴を上げるが、それは短いもので、

すぐにぐったりとなる。

エミリアは槍を引き抜いて離れると、トカゲはすぐさま白い炎に焼かれ、

あっという間に灰一つ残らず消えてしまった。

「これが浄化です。魔物の強さによっては術者が一人で行ったり、

 または媒介を使って行ったりとやり方が違います」

「すごい…」

「なっ…」

アルルとラグナスは呆然と見ていたが、シェゾは何の感情も示さず見ていた。

「…戦乙女かよ」

シェゾは呟いたのを、アルルは聞き逃さなかった。

‘戦乙女’…エミリアが戦っていたのを見た時に真っ先に思った言葉。

アルルはそう呼ばれた彼女を、ただ見ているしかなかった。

 


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