未完成な音色6〜巡る偶然〜

 

兆候はその夜のこと。

とある建物の中、月明かりすら差し込まないある部屋の中、

光といえば蝋燭の灯りと、魔法陣の明滅のみ。

魔法陣と蝋燭以外、部屋は机と山積みの本しかない。

男が一人そこにいた。

整った顔立ち、黒に近い藍色の髪。

ローブを纏い、近くに宝玉を埋め込んだ杖があることからして、

多分魔導師。

男は呪文を詠唱していた。

その口が言葉を紡ぐのを止めると、魔法陣は一瞬強く光り、

明滅は止んだ。

「これでいいですね」

男が杖を持って軽く振り払うと、魔法陣が跡形もなく消えた。

蝋燭の灯りは男が笑っている様をくっきりと照らし出す。

「さあ、どう出ますか? 貴女なら…」

男はそう呟くと、部屋を出て行った。

途端、蝋燭の明かりが消えた。

消える瞬間、煌くものがあった。

それは、銀のロザリオだった。

ロザリオはその輝きを放つ光などない空間の中、

ひっそりと机の上に置かれている。

あるのは懺悔のためか、ただの飾りか、

それとも…

 

 

同時刻、とある国の酒場。

夜も随分と更けたというのに、一人酒を飲んでいる女がいた。

客は女しかいない。

見事な赤い髪、容貌からして剣士。

かなりの美人で、勝気そうなのは見た感じでとれる。

だが、それとともにどことなく気高さも持ち合わせていた。

「お客さん、もうそろそろ閉店の時間なんですがね」

酒場のマスターは、日が沈むと同時に来た女に言った。

女は三本目のワインの瓶を空にし、注いだ酒を飲み干すと、

僅かに紅い顔で笑みを浮かべてマスターを見た。

「へえ…客なのに、その言い方かい?」

「アンタ、相当飲んでるだろ?もうやめた方がいい」

「…結構他人思いなんだね」

マスターは黙々とコップを拭いている。

「そうだね、もうやめにするよ。」

女はコップやら瓶を脇にどかすと、頬杖をついて窓の外を見た。

「もうこんな時間か」

「それにしてもアンタ、酒強いな」

「ははっ、そりゃあどうも」

女はケラケラと笑った。

「アンタ、剣士みたいだけどどこから来た?」

すると、女は急に冷めた顔になる。

「…ヴァレンシスよ」

「ヴァレンシスか。いい国なんだろう?いろいろ話を聞いているが、

 皆口を揃えてそう言うよ」

女は目を細めた。外は静かで、月明かりが差し込んでいた。

「いい国か…」

「お客さん、何か嫌なことでもあったのかい?」

「ううん、別に。ただ嫌ーなこと思い出しただけ」

女は、フウ…と一息ついた。

「お客さん、旅の剣士なんてやってると大変だろう?

「まあね。けど、自由だからいい。いろいろな場所に行けるし」

「しかし、勿体ないな。アンタ、かなりの美人なのに剣士とは…」

「お世辞どうも。けど、アタシだってやることあって剣士やってるから」

女は懐からお金を取り出すと、マスターにやった。

「はい、お勘定。美味しかったよ」

女は軽く髪をかき上げ、席を立った。

「また来るよ」

「毎度」

外に出ると、夜風が心地よかった。

女は空を仰いだ。

「…そろそろ帰るかな」

女は歩き出した。

目指すは自分の生まれ故郷。

そして、出来ればもう会いたくない人がいる場所。

 

 

翌日、ヴァレンシス―イルシア

 

アルルとエミリアは今は人気のない街角にいた。

エミリアは舞が終わった後で、普段着なのだろう白のローブに着替え、

二人は他愛ないおしゃべりをしていた。

と、

「ここにいたのか…」

そこへシェゾが現れた。

「シェゾ!まだここにいたの?」

「おい、それはどういう意味だ?」

アルルの言いようにシェゾは不機嫌な顔になる。

「だって、ボクはてっきりシェゾがもう用済ませてどっか行っちゃったって

 思ってたんだもん。シェゾは探し物見つけるの早いし」

「悪かったな、今回は遅くて」

ぶっきらぼうにシェゾが言った。

「って、あっ!そういえば、シェゾ…自己紹介してないでしょ!?」

「はあ?」

「自己紹介!エミリアにだよ」

「ああ…」

シェゾがエミリアを見ると、彼女はにっこりと笑みを浮かべていた。

「…シェゾ・ウィグィィだ。魔導師をしている」

「よろしく、シェゾさん」

エミリアはにこやかに、シェゾは無表情で言った。

しかし、シェゾの視線は何か暴こうとしているように見えた。

「おい、エミリア」

「なんでしょう?」

「お前、魔術は習得していないって言っていたな」

それに、エミリアは笑みを崩さず、

「それが何か?」

シェゾを真っ直ぐと見て言った。

「…そうか。これはまた見事に‘演技’だな」

シェゾは嘲るような笑みを浮かべた。

「ちょっ、シェゾ!エミリアに何てこと言うんだよ!!」

「アルルは静かになさって。…シェゾさん、‘演技’だなんて一体何があって

 そのように言うのですか?」

エミリアは静かに尋ねる。

「白を切るのが上手いな。お前、本当は魔術を使えるのに上手く魔力を

 抑えて、一般人になりすましていただろう?

 最初、オレは見事にそれに騙された。だが、よくよく考えてみれば

 あれは紛れもなく‘演技’だ。どれだけ上手く魔力を抑えたところで、

 勘のいいヤツはすぐに気づくぞ」

シェゾはニヤと意地の悪い笑みで、

「だろ?お姫さん」

さらりと言った。

アルルはただ絶句するしかなく、エミリアは平静を装ってこそいるものの、

驚きを隠させない様子だった。

「図星か?」

「…素晴らしい洞察力ですね。賞賛に値します。

 シェゾさん、あなたの言うとおり私はこの国の姫です。

 魔術も扱えますし、武術として槍も扱えます」

「エ、エミリア!」

アルルはエミリアのこれ以上の発言をするが、エミリアは手をスッと

上げ、抑えるように合図するものだから何も口出し出来なかった。

「ほお、潔いな。しかし、魔術を抑えるのは並みの魔術師でも困難だ。

 それをやってのけるのは、お前は相当なヤツみたいだな」

すると、エミリアはクスッと笑って、

「ええ、とてもいい方に就いていましたから。

 それにしても、私が姫だって何時お気づきに?」

「名前と赤い髪の女騎士と話してるのを見てな」

「ああ、カルミアと…勘がよろしいことで」

「それよりもだ、名前をそのままにするな」

「あら、どうして?エミリアなんて名前、普通じゃないですか」

「本名なのに下の名前だけ変えたら、誰だって偽名だって思うぞ。

 まさか、自分の‘演技’に自信持ってるわけじゃないだろうな?」

それに対してエミリアは、

「はい、持ってますよ。第一、シェゾさんは例え私の本名を知っていても、

 あの時すぐに姫だということに気づいて?」

シェゾは返す言葉もなかった。アルルもシェゾと同じだ。

名前だけでは、エミリアが姫であるのかどうかわからない。

この国の人がエミリアを、多分‘姫と同じ名前の舞姫’ぐらいにしか

思えないだろう。

おまけに実年齢より2、3歳高く見えるくらいだ。

それほどにまで、エミリアの演技はすごい。完璧な役者だ。

「敢えて下の名前しか変えなかったのは、私を姫ではなくエミリアとして

 見てくれるからです。姫という肩書きしか見られないことは、

 悲しいです。だから変えなかった。それが理由です」

エミリアが薄らと笑みを浮かべて言うのに、

アルルは納得し、シェゾも半ば呆れたように見えるが納得したようだった。

何せこの会話、周りに人がいないからこそ出来るものだからだ。

「とんでもない姫だな…役者、魔術師、武芸者か」

「己の身を守るだけの力量はありませんと。いざという時のためにです」

「すごいや…」

そこまで自分の信念を決めているエミリアを、アルルは感心するしか

なかった。

そこへ、

 

ブォン!

 

空間転移独特の低音が鳴り響いた。

その場に現れたのは、メリッサとカルミア。

「エミリア様!」

「カルミア…どうしました?」

「大変です。裏街の地下道で魔物が発生しました」

「!?」

カルミアの報告に、一瞬だけ驚きを顔に表す。

だが、すぐに平静に戻る。

「フェンネルの占いですぐに予知できましたか?」

「発覚する数十分ほど前に。今、リアトリスとサフィニアで一般人の

 誘導をし、残りは魔物の討伐に」

「わかりました。行きましょう」

「さっさとして。魔物の数多そうだから」

メリッサが淡々と言い、エミリアは槍を出した。

その表情は戦乙女の時と同じだった。

「エ、エミリア行くの?」

「ええ。ヴァルキューレの隊長ですから…」

「ねえ!ボクも一緒に行っていい?」

「オイ!」

アルルの申し出にシェゾが止めるが、アルルは真っ直ぐエミリアを

見ている。エミリアはしばし厳しい表情だったが、

「…いいです。許可しましょう」

「ありがとう!」

「エミリア様!」

アルルの満面の笑みとは反対に、カルミアはエミリアに詰め寄る。

「いくら友人とはいえ、一般人を…」

「アルルは魔導師です。魔導師が多くいれば、その分討伐の効率も

 上がるでしょう」

エミリアはにっこり笑って言った。

「アッハハハ…今回はお姫サマが上手みたいね。

 あっ、ならばアタシも提案。そこの銀髪のカッコイイお兄さんも連れて

 行きたいわ」

「はあっ!?」

シェゾは突然のメリッサの提案に驚き、扇子を扇いでいる彼女を睨む。

「おい、そこの女!何でオレが魔物退治なんか…」

「だって使えそうだしvアンタ魔術師でしょ?

 アンタ、図書館でいろいろ調べてたみたいだし… 

 それにかなりのやり手ね。アタシにはわかるわ。

 なーんか、勿体無いわね…」

メリッサはトントンと扇子で軽く手を叩いて考えていると、

「じゃあ、報酬出すわ。

 アタシの魔術書、幾つか貸してあげる。

 アタシの魔術書は結構高等なモノ多いからv」

「うっ…」

シェゾはたじろいた。

「早く返答してね」

メリッサの催促で釘を刺し、その結果、

「わ、わかった…協力する」

シェゾは渋々協力することとなった。

「ありがとv というわけで、決まったわ。

 お姫サマいい?」

「いいでしょう」

エミリアは了承するが、カルミアは一人不機嫌だった。

「じゃあすぐに飛ぶけど、準備はいいかしら?」

「いつでも」

エミリアの答えに、メリッサはにいっと笑い、

「それじゃあ行くわよ。今日はどんな風に暴れてようかしらv」

ブォン!

五人は転移する。

 

その先は、まさしく戦場。

 



  BACK  MENU  NEXT