未完成な音色5〜彼女の事情〜

 

「じゃあ、まず何を話しましょうか?」

エミリアはアオイ達が出してくれたお茶を飲みながら尋ねた。

ヴァルキューレ達もお茶をそれぞれ飲んだり、

ビオラが出したクッキーを食べたりしながらも、

アルルに視線をやっていた。

「う、うーん…とりあえず、あの森にいたことかな?」

アルルもお茶を飲みながら言うが、ヴァルキューレ達の視線のせいで、

お茶が美味しいとかそんなもの感じる余裕などなかった。

そんな時、

「…隊長、やっぱあたし達いない方がいいですよ」

「何か威圧的ですし…」

「これのどこが重苦しくないんですか?」

沈黙していたヴァルキューレで真っ先に口を開いたビオラ、アオイ、ミズキ

の三人娘は立て続けにカルミアに言った。

「やかましい。エミリア様の意向だ、仕方ないだろう」

「カルミア、お前また機嫌悪いな…何かあったか?」

「少しな」

カルミアはアズミに気にするなと言わんばかりだが、

その声はやはりどこか怒っている。

「全く、神経質ねぇ…」

「黙れ、メリッサ!元はと言えばな」

「はいはい、そこまでや。お二人さん」

メリッサの一言でカルミアが剣を抜きかけるが、いいタイミングで

サフィニアが止めた。

「あの、これではエミリア様がお話しようにも…」

「静かにして」

フェンネルが何とか静かにしようとしていた時に、ちょうどリアトリスが

ピシャリと言った。おまけにエミリアがヴァルキューレに目で静かにと

訴え、これには一同口を閉じた。

「え、えーと…」

「すみません、話を戻しましょう。

 私とヴァルキューレがあの森にいたのは、父から魔物討伐の任を

 受けたからです。アルルが襲われかけた時、私が倒したあれが

 最後の一体でした」

「ま、待って!お父さんってことは、王様でしょ?

 何でエミリアがヴァルキューレと一緒に魔物を倒しに行くの?」

「それは、私が実質的にヴァルキューレの隊長だからです」

そこでアルルは一度固まった。

「隊長!?だ、だってヴァルキューレの隊長はカルミアさん…」

「確かに、私はヴァルキューレの隊長だ。だが、それは部隊の名目上で

 あって、エミリア様が戦場へ出る場合は私はエミリア様に付く」

カルミアは淡々と言った。

「つまり、私が戦わない場合はカルミアが隊長です。

 私が戦う場合、ヴァルキューレの隊長は私で部隊を指揮します」

「でも、ヴァルキューレの本当の目的はエミリアを守ることでしょ?

 なのにその守られる人が戦いに出るなんて…」

途端、エミリアの眼差しが鋭いものに変わった。

「…そうですね、矛盾しています。

 でも、アルル。一体誰が姫は守られるべき人と決めたのでしょう?」

「え…」

「姫が自ら武器を持って戦ってはいけないのですか?

 ただ守られているだけなのですか?

 それで何が出来るというのですか?

 私はそれが嫌だから、戦場へ赴きます。

 姫であっても、守るべきものを守りたいのです。

 それにいざという時に頼りになるのは、やはり自分ですから」

エミリアの口調はとても厳しいものだった。

それを真剣な顔で聞いているヴァルキューレ。

「けどよ、オレらも姫さん一人で戦わせるなんてこれっぽっちも思って

 ねぇよ。ヴァルキューレは姫さんを守るのが役目だ。

 姫さんがヤバイ時は、死んでも守る」

アズミの言葉は覚悟を決めたような言い方だった。

「まあ、アタシは別に国家に忠誠を尽くしているワケじゃないけど…

 お姫サマには借りがあるからね」

メリッサはお茶を一口飲んで言った。

「そうか…ごめん、悪いこと聞いちゃったね」

「構いませんわ」

エミリアは笑みを浮かべて言った。それにアルルは安堵した。

「っていうか、エミリア様強いんだよー!

 多分、ヴァルキューレ隊最強?みたいな。

 エミリア様の槍はカッコイイし、魔法も引けも取らないし、

 もうパーフェクトって感じだし!」

「ビオラ」

ビオラは目をキラキラさせて語る。

アルルはそれに苦笑いし、エミリアは自分のことを言うのはやめるよう、

静止する。

「そうだ、エミリアはどこで魔法習ったの?」

「ある方に。その方はとても魔法に精通していて、

 言わば私の家庭教師みたいものでした」

「フーン…」

アルルがふとカルミア達を見たが、

カルミアは苦い顔をし、メリッサも気に喰わぬといった顔をしていた。

何故あんな顔をするのだろう?とアルルは思ったが、

今、それを聞くと何だか恐いことになりそうなので、敢えてやめた。

「他に聞くことは?」

「えっ!?エ、エミリアはいつもあの場所で踊ってるよね?

 あれはどうしてかな…って」

アルルは何とか質問を言って誤魔化したが、幸いアルルの視線に

二人は気づいていない様子だった。

「ああ、あれは私がお忍びで。ああやって城下を見て、いろいろ耳にした

 方が世間を知る上でいいんです。

 世間知らずな姫ではいたくありませんし…

 それに舞が得意なので、舞姫でいるのは身分を隠すのに丁度

 いいですしね。」

「姫様の舞はホンマ綺麗やでー…アンタも見たやろ?」

「はい!とても綺麗ですよね」

サフィニアはうんうん頷く。この分だと、ヴァルキューレ達はエミリアの

お忍びを容認していることになる。

まあ、それもいいことだとアルルは思ったが。

「そうだ、エミリアは第二王女だよね?

 ということは、お姉さんいるの?」

ピクッとヴァルキューレが反応した。

エミリアは薄く笑みを浮かべている。

「…いますよ」

「そのお姉さんはどこ?」

ヴァルキューレ達の視線がエミリアに集まる。

エミリアは一息つくと、エミリアは目を細めて、

「旅に出ていますの。ちょっと行ってくるって言ったきり、城を抜け出して。

 どこに向かったかはわかりません。もう一年になりますけど…」

そう言った。

「あっ……」

アルルは言葉を失くした。そして、どうして聞いてしまったんだろうと

後悔した。

「何か…悪いこと聞いてばかりだね…」

「アルル、本当にいいんです。聞くのは当然ですから」

エミリアはヴァルキューレたちを見回す。

自分を気遣うメンバーに、笑みを向けて。

「…そのお姉さんの名前は?」

「エルミナ・ラピス・ヴァレンシス…私や父と母と違って、髪の色が赤

 なんです。姉さんは剣が得意で」

「へぇ…」

アルルはどんな人なんだろうと想像を巡らす。

エミリアと同じく綺麗だろう。剣と赤い髪と聞いて、カルミアを連想する。

カルミアのように厳しい人なのだろうか?それとも…

「それにしても、あの森に魔物が出るなんて驚いたわ」

リアトリスが突然口を開いた。

「そやなー…あそこ、全然いなかったのに何でやろ?」

サフィニアはクッキーを食べながら首を傾げる。

「また精霊の属性変動じゃないですか?」

「この前だってありましたよ」

ねー、と同意するようにビオラとミズキがハモった。

「占いでそう出てましたから、まずそうでしょうね」

「ほら、フェンネルも言っますし。属性変動もいつものことですよ」

フェンネルを後押しするアオイ。

「おいおい、ここでその話しするこたぁねぇだろ」

「しかし、気になるな…メリッサ」

「はいはい、わかってるわよ。レポート提出すればいいんでしょ」

手を軽く振り、うんざりとした顔をするメリッサに、

こんなので盛り上がっていいのかと疑問に思うアズミと、

これから何か思案しているのだろう、難しい顔をしているカルミア。

そんな会話の内容に、アルルは当惑してしまう。

「…アルル、これは私達のことですから」

「うん…」

アルルは窓を見た。もう外はだいぶ日が傾いてきている。

「ボク、そろそろ行かなきゃ。日も落ちてきたし」

「そうですね。私はこれから用事がありますから、カルミアとアズミで

 アルルを送りましょう」

「いいよ!ボク、一人で…」

「だが、私たちと行かないと不法侵入で捕らわれるぞ?」

「うっ…」

カルミアの一言にアルルは返す言葉もなかった。

「まあ、気にすんなや。オレらは別に構わねぇしさ」

アズミはアルルの肩に手を置いて言った。

「じゃあ…お言葉に甘えて」

「では、アルル。また明日…明日もあの場所で踊ってますから」

「わかった!じゃあ、明日ねー!!」

アルルは手を振ると、アズミとカルミアに付き添われて城を後にした。

 

「アルル、これから姫さんと仲良くしてくれや」

「私からもだ」

「もちろんです!」

アルルが元気に答えると、アズミとカルミアは笑みを浮かべた。

 

 

「チッ…見つからねぇな…」

その頃、シェゾは一人ヴァレンシスの図書館で探し物をしていた。

「あの情報はデマか?だとしたら、かなり時間を無駄使いしたな…」

シェゾは本を閉じて棚に戻すと、窓を見た。

もう朱色の光が差し込んできている。

「今日はここまでか…」

シェゾは呟くと、図書館を出た。

街は夜の賑わいを見せ始めている。

「それにしても、あの金髪の女…とんだ食わせ者だな」

シェゾは城を一瞥すると、人ごみに紛れて行ってしまった。

 

そして、もう一方で…

「何とか日が暮れる前に着いたな」

一人の黒髪の剣士がイルシアに入った。

「さて、今日の宿でも探そうかな…」

剣士は夜の様相へと変わっていく街の中を行く。

彼の名はラグナス・ビシャシ。

こうして、知らず知らずのうちに運命は廻るのであった…

 

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