全てが終わった後で・b
「全てが滅んだ後、俺たちはどうなるんだ?」
そう問うた。
「………それを聞いてどうするのだ?『異界の勇者』よ」
藍の髪が風に煽られ舞う。その黒い瞳が、勇者を捕らえる。
「いや……なんとなく、さ」
「なんとなく、か…………」
男はゆっくりと振り返り、今しがた埋葬した少女の墓前に、跪くかのように屈んだ。
「終わった後のことは、俺は知らん。俺も三世代前の俺の記憶はあるが、それ以前は知らん。全てが終わった後で、また新たに始まり、そして俺は最初の罪で、再び神として世界を見守り、永遠にそれを繰り返す」
「最初の罪……だと?」
墓前にゆっくりと光る粉を振りまく。何を意味するのかは、まったくわからない。
「………俺の中で永遠に消えない記憶がある。それが『罪』の記憶だ。俺は出してはならないモノを開放してしまった…………かつて安定していた世界は乱れ、別れ、散り散りになり、そして、今の形にとりあえず収まった。いや、俺の一族が治めたのだ」
男はゆっくりと立ち上がった。
「俺は生み出しもするが、破壊もする。役目は兄に譲ったが、もともとは俺が転生と崩壊を司る神だ。俺は全ての真実を背負い、そして封印し守る義務がある。だから、たとえ知っていたとしても教えられんのだよ………」
黒い瞳に映る勇者は、悲しげな顔でまたたずねた。
「―――アナタは知っていて、何も話さないんですね………」
「……………そうだ、それが俺の役目だ。…………『ただ紡げ。ただ噤め。真実という名の絶望を。人は明日なきこの世界に、偽りと言う名の闇を抱いて逝け』。………人は絶望の時を知らずに、希望を信じるのだよ。そうして人はまた栄える。生きる。絶望を知っても『進む』ことが、人の美徳なのだよ」
唄うかのようにそういうと、男は勇者に問い返した。
「何か不満かな?『異界の勇者』よ」
「…………いや、わからないものは、わからないままのほうがいい。未来は消したくはない」
男はその答に満足も不満足もないらしく、それ以上は言葉を発さなかった。
話が終わったのを見計らって、今まで少し離れていた所で傍観していた二人と一台が、二人に近づいてきた。
「あの、すみませんが、そろそろボクの世界に帰してもらえませんか?」
「この世界だと、おちおち走っていられないし」
「わかっている。君たちは、俺が責任をもって元の世界に返そう」
「ありがとうございます」
「どうもねー」
男はとても少女に見えない少女と、一台を連れて、ゆっくりと、その空間に消えた。
その様子をずっと見ていた赤毛の少女が、不意に勇者に話しかけた。
「………………………………で、アンタはどーすんだ?ラグナス・ビシュ、ビスァ、えー………」
「ビシャシだよ」
ああそっだったと、赤毛の少女は呟いた。
「で、ラグナス、アンタはこれからどーすんだ?」
まだ出合ってから数時間だというのに、すでに呼び捨てにしているその少女は、見た目は勇者―――ラグナスより年下だが、はっきり言って実際年齢はサタンより上だ。
「俺は………………………」
ラグナスは一瞬迷った後、
「俺は……シェゾを探してみるよ」
そう、言った。
「俺はシェゾを探してみるよ。会って何をするわけでもないけど、それでも、会いたいんだ」
「そうかい」
少女はそう呟いた後、近くの木に立てかけておいた、少女の身長ほどはある巨大の剣を肩に担いだ。刃の部分をショルダーガードの上に置く。
「じゃ、アタイも探してみるか」
「え?」
「アタイもね、このもっとも不安定な魔導世界の様子を観察するよういい使って来たんだよ。アンタと一緒に行動すりゃ、なんかでかい事件にでもぶつかりそうだしな、実際暇なんだよね、アタイらも」
そう、勝手に個人の都合を言った後、
「と、言うわけで、勇者のパーティーに一時参加させてもらうぜ」
無理矢理パーティーに加わった。
「…………………………………………」
まだ出合ってから半日も経っていないが、彼女が物凄く短気で強引で、そして強いことを理解しているラグナスは、反論せず、首肯した。
「じゃ、行きましょか」
でかい事件にぶつかる。
その言葉が、本当に実現するとは、誰も思っていなかった。
たぶん、あの男を除いては。
全てが終わった後で・a
シェゾが家を出ていってから、約二日後。
「……………………」
一人の男が、クリスタルの棺の前に立っていた。
男の身長は二mほど。剣を差し、青い旅行マントと藍色の髪がやたらと目立つ。
「馬鹿だな、あいつは………」
男はゆっくりと棺に近づき、コインを棺の上に置いた。
表には、黄金で太陽を描き、裏は純銀で月を描いた、細工の細かいコインだ。
「せめて安らかであれ………太陽に染まった闇の魔導師よ………」
男はそう呟いて、誰かに話すかのように、言葉を発した。
「時空の乱れは思ったより大きいようだ。お前はこの世界に留まり、一年ほど観察しろ。俺は調べごとが終わったら帰る。念のため、あいつらをこの世界に何人か残しておくぞ」
男はそれだけ言って、アルル・ナジャの棺に触れた。
ぼう、と、青い魔力光が、棺にともり、そして消えた。
男は、アルル・ナジャ埋葬の準備を始め、その日の昼頃には、作業を終えた。
―――それから七ヶ月後―――
世間はクリスマス。もちろん、勇者だってお休みしている。
ここ、ガイアースのラグナス宅では、ラグナスが旅仕度をしていた。
「これでよしっと」
クリスマスぐらい、魔導世界で仲間たちと(得にウィッチと)過ごしたい。彼はそんな思いから、久しぶりに魔導世界を訪れる気になったのだ。
「さーて、あとはっと」
ラグナスは、青い秘宝石、アゾルクラクの力を発動させた。
「……………………………」
時空転移したラグナスには、今問題が三つある。
一つは、目的だったウィッチの家からかなり離れた所に着いてしまったこと。
もう一つは、アゾルクラクを失くしてしまったこと。
最後に―――見たこともない格好をした少年と、丸い輪が二つついた、謎の機械の存在だった。
「………………え〜っと………………」
何を話したらいいか、双方まったくわからないらしく、どちらも話しかけようとはするが、途中でつまってしまう。
「…………キノ、とりあえず、この人が誰なのか、あとここは何処なのかを聞いたら?」
「うわぁ!!しゃ、喋った!!」
「シツレイな」
慣れている人間ならまだしも、見たこともないものが突然喋りだしたら、誰だって驚く。
「えーっと、ボクの名前はキノ。これは相棒のエルメス」
「よろしくー」
「…………」
まだエルメスのショックから抜け出せていないラグナスは、それでも何とか口を開いた。
「俺はラグナス。ラグナス・ビシャシだ」
「ラグナスさん、ですね。失礼ですが、ここはどこでしょうか?たしか、十字路の真ん中に立っていたはずなんですが………」
「ここはどう見ても丘の上の一本道だよね、キノ」
そこはなだらかな丘の上で、眼下には村も見える。
ラグナスが口を開こうとした、その瞬間だった。
「ここは魔導世界。君たちは、時空の乱れに巻き込まれ、別の世界に連れてこられたのだよ」
男の声がした。
声がした方を見ると、いつの間にか、一人の人間がいた。
男 (だろう)は、髪もマントも青く、唯一ピエロのようなお面だけが、ダークレッドに塗装されていた。
「ここはもともと時空が不安定な世界。そこに、時空を超える力が加わった結果、まったく関係のない世界に時限の裂け目ができ、『異界の旅人』が引き込まれてしまったのだよ。その力をつかったのが……『異界の勇者』。他ならぬお前だ」
ピエロはラグナスを指差した。
「そして、その力の源こそが………これだ」
男の掌から少し浮いた状態で、蒼い石が出現した。
「それは、『アゾルクラク』!!」
「返して欲しいか、『異界の勇者』よ。そして、元の世界に戻りたいか?『異界の旅人』よ」
男は仮面から唯一見える黒い瞳を光らせた。まるで獲物を狩る獣のような鋭さだ。
「ここで旅をしてもいいですが、とりあえず、戻りたいですね」
「キノにさんせー、燃料もなさそうだし」
「その石がないと、元の世界に帰れないんでね。もちろん………返してもらうよ!」
ラグナスは、相手の実力を確認するために、ピエロに切りかかった。
ラグナスの剣に、手ごたえはあった。
その手ごたえが、途中で消えた。
「!?」
「せっかちだな、『異界の勇者』……」
その声は、真上から聞こえてきた。
ピエロの仮面は半分割れていた。それを気にすることもなく、普通に話しかける。
「バカな………そんなバカな……………」
ラグナスは驚愕していた。話しかけられるまで気配に気付かなかったことで、ピエロが相当の実力者であることはわかったが、仮面に斬撃を喰らいながらも、空中に何事もなかったかのように移動するほどの、技量の大きさと余裕は、はっきり言ってラグナスを時限レベルで越えた強さだった。
そして、常識ではありえない動きだった。
短距離の時空転移によって、相手の攻撃を回避する技があるのは知っている。だが、相手が至近距離にいて、なおかつ攻撃を受けている状況では、時空転移は間違いなく失敗するはずだ。
どうやったのかなど、ラグナスの知識ではわからない。
「あの村に『紅の待ち人』がいるはずだ………」
ピエロは丘の下の村を指差した。
「会いなさい。そして、見届けなさい。この世界に起こりつつある『真実』を。たどり着くことができれば、汝らの願いを叶えてやろう」
ピエロはそう言うと、踵をかえした。
「『定められし娘』の墓標にて、待っているぞ………」
そのまま男は、空に消えた。
後に残ったのは、「異界の勇者」と「異界の旅人」とその相棒だけだった。
ナカガキ
とりあえず、続編。華車さんの許可をとって、あの旅人を使用しました。
ナカガキなので、もちろん続編アリ。てか、まだまだこの話は終わらない。
「全てが終わった後で」が終わっても、まだそれは、始まりでしかないから。
では、今回はこれで。