魔導師寝たきりの神

 

 

八月。ひたすら暑苦しい時期の話だった。

俺の名はシェゾ・ウィグィィ。守るべき者を守れなかった大馬鹿者さ。

そんなこんなで、俺は今名も知らぬ場所にいた。

ただ、果てし無き青空と太陽光が眩しい大海のみの世界に。

 

 

「お兄ちゃん!お願い!!」

海岸を歩いていた俺は、突然声をかけられた。

「お願い!この子を助けて!!」

その少女は、頭の先からつま先まで、白一色の少女だった。

黒い瞳と紅色の頬だけが、唯一色素が存在していた。

その少女は、傷だらけのシードラゴンにすがり付いて、そのシードラゴンを助けて欲しいと訴えるのだった。

「他の奴に頼め」

「お願い!!」

「そうぉですよー」

『……………………』

突然、別の男が乱入してきた。

「その子、泣きそうじゃぁないですかー?助けてあげなきゃぁ、ねぇ?」

妙に語尾が長いその男は、少女と違って上から下まで真っ黒だった。病気としか思えないような白い顔に、微妙に人懐っこい笑顔が逆に不気味だった。

「お願いします!!」

「ほぉら、聞いてあげないと、近所に女泣かせって言いふらすぞぉ〜」

「…………………………………」

 

 

「なんで俺がこんなことを……」

「まあ、人助けだと思ってぇ、ねぇ」

結局その少女の願いを聞き得れてしまった。

なんでもシードラゴンの傷に効くという薬草は、その海岸から少し沖へでた小島の山の頂上付近にしか生えないらしい。

そういうわけで、俺はお荷物()()を連れて、その島の頂上目指して歩く羽目となった。

そう、二人だ。

「ありがとうございます!」

「いいですよぉ、実はなんであそこにいたのかもぉ、わかんないですからぁ」

「その割には暢気だな、お前」

「まぁ、記憶なくても困りませんしぃ」

暢気にも程があった。

「まあ、死なない程度に頑張りますよぉ」

 

 

その少女曰く、採取した後が大変なのが、この薬草の難しいところらしい。

「とにかく、全速力で走ってください」

その理由は、五秒後に分かった。

『ギィィィィィヤァァァァァァァァ!!!』

巨大な鳥が現れた。

それは「ガルダ」などと言った巨鳥モンスターとは違い、まるでお邪魔ぷよのように半透明なのだ。

また、そのサイズも定まっていなかった。

見上げれば見上げるほど、大きくもなる。しかし少しでも目を離した瞬間、急に小さくなるのである。

「へぇ〜、面白いですねぇ。これはモンスターじゃあないですよ」

「そう!大昔の人が、あの薬草独り占めしようとして作った罠!攻撃しちゃだめですよ!!」

「なんでだ!」

「あの鳥、よくは知らないケド、攻撃するたびに凶暴化しちゃうの!!」

「じゃあどうしろと!!」

「お兄さん魔導師でしょ?その魔力の質から見てもかなりのものでしょ?あの海岸まで移動できません〜?」

「無理だ!!障害物が多すぎる!!」

「私が!あなた達に頼んだのは………」

突然、少女が立ち止まった。

「お、オイ!」

「あの子が助かれば、それでいいから………」

「―――――――!!」

死ぬ気だ。この少女は死ぬ気なのだ。

自分がここであの鳥に襲われている間に、あのシードラゴンに薬草を届けて欲しいというのだ。

「どうする〜?」

「お前はどうするんだ?」

「俺はね〜。ほっとけ無いんだよね、あの子。なんか、知らない子に思えなくてね」

そう言うと、簡易空間転移呪文で、大鎌を取り出した。

「おかしいよね?俺記憶無いのにさ」

「………名前くらい覚えているのか……?」

「…………忘れたね」

その男はそれだけ言って、元来た道を引き返した。

「………俺は…………」

俺は、どうしたいのだ?

 

 

「そぉれ!」

大鎌は、その巨鳥の首を薙いだ。

しかし手応えは無く、ほとんど空を切ったような感覚しかない。

「う〜ん、全然だめだなぁ」

巨鳥本体への物理的なダメージは不可能と見た。

「だったらコレかな?」

先ほどと同じく、大鎌で首の辺りを薙いだ。しかし今度は、薙いだ部分が消え去った。

「やっぱり、コレは効いたかぁ」

どうやらその鎌は単純な打撃武器ではないらしい。

『ギュアアアアアァァァァァァアア!!!!』

「!」

巨鳥の口に光の粒子が集っていく。

「あれは流石にやばいかもねぇ……」

本能かどうか知らないが、その男は自分がそう簡単に死なない体であることを知っていた。そしてその巨鳥から放たれるであろう攻撃が、そんな自分にとっても危険であることを感じ取った。

その男は回避できる自信があった。その巨鳥が、()()()()()()()までは。

「何!?」

巨鳥の口から太い光線が放たれた。

その先にいる少女を滅せんと、光の速さで進んでいく。

それよりも速く回り込んだ男は、自ら盾となって攻撃を防いだ。

「……痛ぅ………」

「大丈夫ですか!?」

倒れこむ男に駆け寄る少女。

しかし巨鳥は攻撃をやめようとしない。再び粒子を口の集中する。

「…………!!」

少女は引かなかった。巨鳥という、強大な敵の前に立ちふさがった。

しかし力の差は歴然で、そのひ弱な盾を貫かんと、光が放たれた。

「―――――アレイアード!!」

強大な闇の塊が、巨鳥の攻撃とぶつかり合った。

相殺。

『ギュアア!?』

「大丈夫か!?」

「な、んとかねぇ。まあこの位じゃ死なないよ。いや、死ねないよ」

「………心配して損した気分だ………」

「ま、まあいいじゃないですか!」

「そ・れ・にぃ〜、ま〜だアレは片付いてないんだしぃ」

男は何事もなかったのように立ち上がると、巨鳥の方を指差した。

「まあ、自分でも驚きなんだよね、この丈夫さは」

軽い口調でそう言いながら、大鎌を構えなおした。

「まあ、いい。それより、どうすりゃこいつを倒せるんだ?」

「なんで聞くカナぁ?もう分かってるんでしょ?『闇と言葉を継ぎし月』さん」

「なんだ?それは?」

「いやぁ、何となく、さぁ。ま、分かってるならそれでいいよ。俺が隙を作るからさ♪」

軽い口調だったが、目はまるで笑っていない。記憶があったころはどんな人間だったのか―――その瞳は戦士の眼だった。

「……任せたぞ」

「りゃジャー!!」

男は鎌を大きく上段に振り上げた。

「月が朧と消ゆる時、我汝に乞わん。時の契約のもと、闇より刃出でん」

その男が唱え出した呪文は、シェゾにある種の親近感を覚えさせた。

似て非なるもの、はたまた非すも似るもの。

大同小異とも表現できる。

「その刃、如何なものでも断ち切らん。思い、記憶、呪い、絆、その魂でさえも」

巨鳥も、その男が放つ異質な気配に()()()()()()

―――おびえていた?そう、感情などあるはずもない幻影が、である。

「すべてのものに命を、生き行くものに終わりを―――閉じる音をもって、この刃にて断たん」

 

「デスサイズ!!」

 

 

それは、強大な術でも何でもなかった。

その呪文にあったのは、無。

唯一絶対なる運命―――死、消滅そのものだった。

鎌が振り下ろされた所の草木が枯れ、みるみる辺りに「死」が広がっていった。

巨鳥の姿もかすんできた。そして、見えた。

「アレイアード!」

その巨鳥の姿を具現化していたクリスタルを、アレイアードが砕いた。

 

 

「やっとたどり着きましたねぇ」

「はやくあの子を!!」

少女は急いでシードラゴンの元へと行くと、傷口に葉を貼り付け始めた。

しかしそうしている間にも、どんどんシードラゴンは弱っていく。

「ここまで……ここまで来て………」

少女は半分泣きそうだった。

男もシェゾも、ただ見るしか出来ない。

「お願い……!」

そして、呟く声が聞こえた。

「……止まった」

「え?」

その声は、男の口から発せられていた。

「いやぁ………死んじゃいやだぁ……」

少女の大粒の涙が、そのシードラゴンの命の灯火が消えたことを物語っていた。

 

「結局、駄目でした、ね……」

男はこんなときでも笑顔だ。不謹慎としか思えない。

「………大丈夫ですよ………」

 

「大丈夫ですよ。その子はちゃあんと向こうに行きました。その子はあなたに『ありがとう』って言ってましたよ」

 

「なんで分かるんだよ」

「さあぁ〜〜〜??」

「いいんです……それだけで………」

「……もしかして、助けられなかったことで自分せめてません?」

「!」

「大丈夫ですよ。あなたは頑張ったじゃぁありませんかぁ?その頑張りだけで、充分救えましたよ」

 

「その子も、こっちの子もね」

 

「どういう意味だ」

「分かってるんじゃないですか?自分で。そしてあなたも解放されたはずですよ。助けられなかったという『罪』ではない『罪』から」

「―――く!」

「あははは!」

 

 

そうなのかもしれない。俺は確かに救われたのかもしれない。

あの少女の姿と、あの男の言葉に、あの時の悪夢から、救われたのかもしれない。

「あ、名前聞き忘れた」

まあ、いいか。男の方は記憶無かったし。

「………ん?あいつなんで記憶無かったのに呪文唱えられたんだ?」

……………………………………

「ま、いいか」

 

 

「あ、そうだ」

少女は何かを思い出したようだ。

「どうしたんですかぁ?」

少女は砂の中から巨大なハンマーを取り出し―――

「えぇ―――い!!」

思い切り男を殴った。

ぐわわわわわわわわわぁぁぁぁ〜〜〜〜んん!!

 

 

ぐわわわわわわわわわわわわわわわわわ……

「起きたか、兄者」

「………ん?ふあぁぁぁぁぁ……ああ、おはよう」

「また寝たまんま下界に落ちてたようだな。精神だけ」

「ん〜、そうみたいだな」

「また俺やユキに迷惑をかけおって……」

「すまん……」

「まあ、よしとする。もともと、あの男を励ますために送ったのだからな……」

「………相変わらず苦労性だな」

「……………誰のせいだぁ!!」

 

 

「これで、いいんだよね、プラウダ(アナタ)……」

『くぅーん』

「はいはい、君もご苦労さま!」

少女―――ユキの後ろには、シードラゴンの魂があった。

 

 

END

 

 

 

 

オマケ

ラグナス(以下ラ)「そういえば、フレアさんって職業ってあるんですか?」

フレア(以下フ)「ああ?RPGみたいなのか?無いことも無いぞ」

ラ「どんなのですか?ちなみに俺は勇者です」

フ「言わなくとも分かるわ!アタイは『カグヅチ』っていうんだ。カグヅチってのは火の神のことでな」

ラ「へぇ〜」

フ「ちなみにプラウダは『荒ぶる神』クロノスは『月詠』ユキさんは『巫女』だ」

ラ「そういえば、今回でたユキさんって何者なんですか?」

フ「プラウダの嫁さんで、一応アタイらよりも上の神だ」

ラ「ええ!あの人結婚してたんですか!?」

フ「それ書きたいがために書いたようなもんだからな、この話」


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