踊り子の息の根を 月の光で止めて

     貴方のその手を  闇に打ち付けて

 

     二度と戻らぬなら 二度と繰り返されぬなら……

 

 

 「月の大通り 7」

 

 

 月の記憶に 鍵かけて  もう一度だけ もう一度だけ……

 

 哀しく響く声に、ボクとシェゾは目を覚ました。

 今まで眠っていたのだと、その時やっとわかった。

 

「メル…、なんであんな記憶を見せた!?」

 

 

 

 ボクがまだボーッとしてる間にシェゾはもう覚醒して、銀の髪を振り乱して、闇に向かって叫んでいた。

 シェゾが叫んでいるほうに見えたのは・・・

 

「メル…ちゃん!!」

 

 思わず目を見開いて、ボクは叫んだ。

 

 身動きひとつしないで、ただ、小さな光り輝く箱に鍵をかけているアメジストの髪を持った精霊……。

 ぽつりぽつりと、歌われるその歌は、闇に浮かんでは消える……

 

 月の記憶 永久に輝く光と共に

     いざ舞い上がらん… 星の光に……

 

「メル!!聞いてんのかコラ!!」

 

「シェゾ、うるさい!!」

 

 今にも殴りかからんとするシェゾを必死に押さえつけた。

 彼はいったい何の夢を見たのだろう……?一体どんな記憶を辿ったのだろう…。

 

『シェゾと、アルル……だね。』

 

 初めてこっちを振り向いたアメジストの髪の精霊……。

 そのあどけない表情に、無邪気な笑顔。本当に本当に幼い……

 

『一体、此処まで何をしに来たの……?こんな月の裏側に…。月の記憶は、語り継がれたよねっ……?』

 

 こんなに無邪気な子が、ずっとずっとこの闇に一人……。

 

「月の記憶……?」

 

 目に映るもの全てが 貴方への道……

    たった一筋 せせらぎと共に……

 

 メルちゃんは歌う。悲しい悲しい声で。

 いつになったら、この響きが消えるのかと思うほど、長い長い時間が流れた。

 

 無音の時。無音の空間。

 フラッシュバック。最初と同じ……

 

 

静寂を破ったのは、ボクだった。

 

「メルちゃん……一緒に帰ろうよ……。」

 

 差し出したボクの手は絶対震えていただろう……頬を何か熱いものが伝っていくのを

感じたから。

 ただの闇の中、ボクはこんなに弱くて……

 

『アルル姉ちゃん、なんで泣いてるの…?』

 

 覗き込んでくるメルちゃんの姿が、涙でぼやけてよく見えない……。

ボクは自分でも本当になんで泣いているのか分からなかった。

この幼い精霊が、本当に七年間こんな所にいたと思うと、涙が止まらなかった。

だけど、たったそれだけのこと。何故僕は泣いてるんだろう。

 

ボクは、メルちゃんに弱く微笑みかけることしかできなかった……。

 

 

しばらくして、ボクが落ち着いたころ、月は少し傾いて、月の道が光っているのが見えた。

 

「メル、なんで俺たちのことを知ってるんだ?」

 

 急に、シェゾが落ち着き払ってメルちゃんにいった。

 

 月の記憶 星の記憶 数多の記憶が募った闇に 

   願いは届かぬ 思いは届かぬ

 手にはいるのは 現実と、絶望………

 

 メルちゃんはシェゾに向かって歌った。 

語りかけるように、だけど何処か強く。何処か哀しく。

 

「さっきの歌はお前のものだ……違うか?」

 

 シェゾは、ただメルちゃんの目を見つめて話す。メルちゃんはそれを見つめ返して話す。

 

『月の記憶の封を切ったの……。シェゾ兄ちゃんとアルル姉ちゃんへの、歓迎だよ。』

 

 シェゾの目をとらえて話すメルちゃんの目は、本当に幼かった。

だけど、そのそこから湧き上がるものは、身震いするほど深かった……。

  深い深海の底の闇。例えるなら、それくらい深いもの……。

 

「何故、あんなものを見せた…。」

 

 怒りを帯びたシェゾの声は稟として闇に響く。

 この闇が壊れてしまうのではないかと思うくらい、強い……

 

『貴方にとっての大切な記憶だからだよ……。シェゾ兄ちゃん、忘れちゃいけない。

 記憶の中で、記憶は生きる……。』

 

 記憶の中で記憶は生きる……。頭の中で妙に反響した……。

 それと同時に、こみ上げてくる熱くて切ないもの…。

 

 

「メルちゃんの記憶に大切な人が待ってる……。」

 

ボクは、気が付けば話し出していた。

 

「たった一人で、メルちゃんをまってる。」

 

 驚くくらい、真っ直ぐにとびだす言葉。闇に響く……

 

「歌にかたって、記憶にとどめて、……泉のほとり、光の中で……。」

 

 ボクはもう何を言っているのか分からなかった。

ただ、月が少しかげったのがわかった……。

 

 

しばらくの沈黙。月がまた照ってきた。

 

『オーラリー……?』

 

そして、メルちゃんの口から漏れた弱々しい声。

 

「オーラリーが一人で待ってる。お前の帰りを待ち望んでる……。」

 

 シェゾがメルちゃんにいった。ハッキリとした口調で。

 それを聞いたメルちゃんの顔が、悲しくゆがんだ……。

 

『シェゾ兄ちゃん……メルね…忘れて欲しくなかったの……。シェゾ兄ちゃんの母様は、

 すごく素敵な方だったんでしょう……。他の精霊達から…色々聞いたよ。

 シェゾ兄ちゃんからしたら辛い……記憶だけど…でも、素敵な記憶だから…。だから…』

 

「あぁ……わかった…。もう…忘れないから。」

 

 シェゾはそういって、メルちゃんにほほえみかけた。

 月明かりに照らされて、本当に綺麗だと……一体何回思ったんだろう……

 メルちゃんが、そっと胸を撫で下ろすのがわかった。

 

『アルル姉ちゃん…覚えてて欲しかったんだ。メルはきっといつか忘れるから、メルとオーラリーの記憶を。哀しい記憶も、楽しい記憶も、全部全部。』

 

 次に、メルちゃんはそういってボクをみた。

 本当に幼いその笑顔は、尽きることなく溢れ出す。

裏に見える、哀しい表情を隠しているのだと、その時分かって…胸が痛んだ…

 

「メル……帰ろう。」

 

 シェゾがそういって手を差し伸べた。

 だけど……

 

 

『メル、帰れない…。』

 

 メルちゃんはそういって、寂しそうに笑った。

 少しうつむいて、さっきから持ってる光り輝く、月の記憶の箱をもって。

 

『メルが、帰ったらね。お月様独りぼっちになっちゃうの……。』

 

 そういって、また微笑んだ。

 ズキンと、心が悲鳴を上げた。

 

「そんなっ……メルちゃん、帰ろうよ!オーラリーさんが待ってる!!」

 

 オーラリーと響きに、メルちゃんはピクンと反応したけど……。

 

『アルル姉ちゃん、メルね、出られないの…。』

 

 そういって、こちらに手を差し伸べた。だけど……

 

『ほら……ね?』

 

 差し伸べた手の回りに闇がまとわりついた。

 闇がメルちゃんの回りに、バリアを張ってるみたいだ……

 

「メル、本当に出られないのか……?」

 

『うん……。』

 

 シェゾの問いかけにも、迷うことなく返事を返す。

哀しい笑みを浮かべて。こんな幼い子が、何故こんな目に遭うの……?

 

「…月が、お前を離さないのか……?」

 

『お月様はね、メルが居ないと、記憶を無くすから……。この箱を開けることが出来ないから…。』

 

「何故お前は、こんな所に来たんだ!?出られなくなると分かって入ったのかっ…?」

 

シェゾの辛そうな顔。いつもこんな表情を見せないシェゾが……

必死になって……

 

『月の歌が聞こえた。メル、知ってた。分かって入った……。』

 

「何故だ!?何故そんなことをする…!」

 

 シェゾの問いかけにメルちゃんは答えなくなった。

 

それでも。

 シェゾは、メルちゃんに何かをずっと問い続けた。

 シェゾの声が闇に響く。メルちゃんの哀しそうに俯いた顔が、光に照らされて…

 

 どれだけそうしていたか分からない…。ふと聞こえたのは小さなか細い声。

震える肩を自分で抱きながら、そっと呟いた一言……。

 

『メル……帰りたい…。』

 

小さなその背中は、哀しく震えて。

だけど、それを抱き締めてあげることも、なんにも出来ない。

月がメルちゃんをここに繋ぎ止めている限り…闇で縛っている限り…

 

メルちゃんに自由は……無い。

 

 

 ボクは月を見上げた。そして睨んだ。心から湧き上がるのは憎悪と怒り。悲しみと、傷み。

 ボクは月を呪った。―メルちゃんを帰せ―と。

 それと同時に湧き上がる。―ひとりぼっち―という、言葉。

 

  壊れた硝子は 戻らない

    砕けた光は 輝かない

 

  願いも思いも祈りさえも……

     届かないのは 月の道……

 

 ふと、沈黙が破られた…

 

 メルちゃんが歌う。闇に響く声。

辺りが、白く輝きだした……。

 

 

『もう朝が来る……。』

 

 

 ぽつりと呟いたメルちゃんの言葉。

 

それと同時に、シェゾの声が響いた。月へと真っ直ぐ向かって……

 

「…お前は一人じゃない。お前は……いつも、何かに愛される……。」

 

 月へと語るシェゾの横顔が、切なく映る。

 

「お前は、一人だなんて思っちゃいけない。 本当の一人とは……。」

 

 シェゾの顔が曇る。だけど俯くことなく月へと向けられて……

 

「誰からも、愛されなくなることだ!!俺は、愛を失った。遠い遠い過去に!」

 

 シェゾが月へと叫ぶ。一つ一つの言葉が、痛い痛い痛い……

 

『シェゾ兄ちゃん……。』

 

 メルちゃんが立ち上がって、月に向かってシェゾと同じように叫ぶ。

哀しい声が、闇に響いた。真っ直ぐ月を見上げるその目には、涙が浮かんで…

 

『お月様!!メルは、帰りたいの!!オーラリーが、ずっと待ってる!!メルのこと、ずっとずっと待ってるの!』

 

 大粒の涙が、メルちゃんの頬を伝った。笑い顔が、一瞬で壊れた……

 月の光に照らされて、アメジストの髪が、更に輝く……

 

 シェゾは月を見上げていた。泣いているのかな……って、そう思った。

シェゾが、何を夢に見たのか今、わかった。彼の記憶の旅は、辛く悲しいもの…。

 

 

「……ねぇ、ボクが愛してあげる。ボクがずっと傍にいるよ……。

 もう、誰かを縛っても、募っていくのは寂しさと虚しさだけだよ……」

 

 誰にいうでもなく…

 

 そう呟いた瞬間。

一瞬でメルちゃんの回りの闇が壊れた…

 

 

―ありがとう…―と、残して……

 

 

 

………続く………

 

 

 

後書き〜

 

はぅあ!七話書けた!!ついに後半戦〜♪

……この話は結構ってか大分暗いような……(汗 そんなこと無いですか……?(聞くな

そして、なんだか微妙なところで終わっておりますな……(滝汗

 

…こんな所まで読んでくださっている方々、改めてお礼申し上げます!

ありがとうございます!!心から、感謝しております〜

次も、なんとか書くので、もしもお時間がありましたら、読んでやって下さい!

 

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