闇へと落ちる かすかな希望

   月へと延ばす 小さき腕を……

 

私は一人で 何が出来るの……?

 

 「月の大通り 8」

 

 

 腕の中に突然振ってきた冷たいものが、メルちゃんの身体だとわかるまでボクはしばらくかかった。

 

 

 ひっくひっくと、ただ嗚咽が漏れる。

 ボクの腕の中に、アメジストの髪があって……。

 

「メルちゃん……?」

 

 目を見開いた。身体が硬直して、動かない。

 

『アルル……姉ちゃん…。シェゾ…おにっ…ちゃ…。』

 

 僕の目を見上げてくる、翡翠色の目。大粒の涙があとからあとから……

 

「メルっ!お前、でれたんだ……!」

 

 シェゾの声。喜びと驚きとが混じった声。

 ボクはまだ、腕の中の存在が信じられくて、固まったまま。

 

「メル……ちゃん……。」

 

『アルル姉ちゃん……!メル、でれた!でれたよ・・っっ!!』

 

 小さく震える肩。嗚咽混じりの声。

 

 

 あぁ……この子は……やっと…。

 

 

 一気に力が抜けた。カクンと、膝が折れる。

 シェゾも、一気に緊張が緩んだのかな…。ボクと同じように、座り込んで、メルちゃんの頭を撫でてる。

 

「やっと……やっとでれたね……。」

 

 ボクの頬を何か熱いものが、伝っていくのがわかった。

 腕の中の小さな精霊は、ただただ頷く。

 

「辛かったでしょ……?寂しかったよね……。哀しかったでしょう…?怖かったでしょ……?」

 

 あふれ出す言葉。

 もう二度と離すものかと、腕に力を込めて精霊を抱き締める。

 

「やっと、やっと…七年間もっ…我慢して…っ」

 

 いつの間にか、声が震えて、嗚咽が混じる。

 シェゾは優しく微笑んで……

 

「良かったねっ……良かったねぇ……メルちゃん…!」

 

 ボロボロボロボロ…涙が溢れる。もう止まらなかった。

 こんな小さな精霊が、こんな小さな身体で…ただ独り闇の中……

 

『うわぁぁぁーー!』

 

 せきを切ったように、声を上げて泣く小さな精霊をボクは抱き締めることしかできな

かった。

 だけどそれが一番良いんだ。と、シェゾは微笑んでくれた。

 メルちゃんと同じように泣き出している僕の頭をシェゾはずっと撫でてくれた。

 

「メル……帰ろうな?今度こそ、オーラリーの待つところへ帰ろう……。」

 

 シェゾが、優しく言った。

 ただそれに頷くメルちゃんがとても愛しく思えた……。

 

 そして、闇に一人のこされた月は静かにこちらを見下ろしていた……。

 

 

 

「メル、アルル…朝が来る前に、月の道へ戻ろう…。」

 

 ひとしきり泣いて、少し落ち着いたころを見計らってシェゾはボクとメルちゃんにい

った。

 よく見れ場当たりは銀褐色に染まっている。きっともうすぐ朝が来る……。

 

「……うんっ!メルちゃん、帰ろう!」

 

『……ウン………。』

 

 やっと帰れるというのに、何故かこの小さな精霊はとても悲しそうだった。

 

「どうした……?」

 

 それに気付いたシェゾが声をかける。

 それでも、メルちゃんはただ弱く微笑んで首を振るだけだった。

 

『なんでもないよ…ね、早く帰ろう…?』

 

「……あぁ、そうだな。ホレ、連れてってやるからのりな…。」

 

 シェゾがかがむ。

 

『…………??』

 

 メルちゃんが首をかしげる。その様子が、また可愛くて思わず笑みが溢れた。

 

「ずいぶん歩いてねぇんだろ?おんぶしてやっから、のりなっていってんだよ。」

 

 シェゾが、少しだけ笑っていった。

 メルちゃんは、ありがとう。と、呟いてシェゾの背中に身体を預けた。

 

 その様子が、とても綺麗で、まるで兄妹みたいで…

 

「ふふ……いいお兄ちゃんがいて、良かったね。」

 

 シェゾにおんぶされてるメルちゃんにいった。

 少しだけ恥ずかしそうに、こくんと頷いたメルちゃんが本当に可愛くて、小さく見えた。

 

『……シェゾ兄ちゃん、アルル姉ちゃん…助けてくれてありがとう…。』

 

 微笑んで、メルちゃんがそういった。

 折角、泣きやんだのにまた涙が溢れた。

 

「いいんだよっ……?お礼なんか言わなくて…。」

 

「…ったりまえだ。お前のこと、ずっと待ってるヤツが居るんだからな。」

 

 シェゾとボクの言葉に、メルちゃんはもう一度微笑みを見せた。

 

 

 暫く歩いて、月の大通りに戻った僕らはその辺りに腰掛けた。

 シェゾは、メルちゃんを膝の上に載せて、月を見上げていて……

 

『お月様、もう独りぼっちじゃないね……。』

 

 ぽつりと呟いたメルちゃんの言葉。

 

「あぁ……なんたって、こいつが月のこと見てるっていったしな…?」

 

クス、と笑ってシェゾがボクの方を見る。

 

「シェゾも、メルちゃんもオーラリーさんも、これから毎日ずっと月を見ようね。

 四人で、月を見てくらそう……?」

 

 ボクも月を見てそういった。

 銀褐色の世界の中、やっぱり月は一番輝いていた。

 美しいとは、こうゆう事なんだと、心の中で思った。

 

「あぁ、それはいいな……。」

 

 シェゾが微笑んでそういった。

 なんて優しい顔をするんだろう。昼間なら、こんな顔しないくせに……。

 

『……………………。』

 

 メルちゃんは、寂しそうに俯いて…。

 なんでだろう、何か不味いことでもあるのかな……?精霊だから、やっぱりもう会えないのかな……。

 

「メル?どうした……?一緒に見るの、いやか?」

 

 シェゾがメルちゃんにいった。少しの間があって……

 

『…………ウン……見ようね…。きっと…。』

 

 消えそうな声でそういった。

 少しだけ、ボクの心に不安がかげった……。

 

 

「お、もう夜が明けるぞ……?メル、ほら。」

 

指しだしたシェゾの手。ボクを支えてくれた手。

 今度は、小さな精霊を支えようと差し出した。

 

 ボクにもできるかな? そう思って、ボクも手を差し出した。

 

「メルちゃん、一緒に帰ろうねっ。」

 

 その手を小さな手が握り替えした。

 怖いのだろうか、小刻みに震える驚くくらい冷たい手。

 

 だけど。

 決してその手の冷たさが怖さからではないをボクはまだ知らない……。

 

『オーラリー……。』

 

 呟く、メルちゃん。少し遠くを見るような、寂しげな瞳。

 外見はとても幼くて、本当に小さい子に見えるのに、瞳だけはとても幼いとは言えなかった。

 深い深い悲しみの色。誰かと同じ、切ない瞳。

 

「メル、分かってる。分かってるから……。怖がるな……。」

 

 シェゾが、メルちゃんの背中を優しく叩いた。

 美しいと思う銀の髪。それに光るアメジストの髪。その色彩を、ボクは羨ましいなとふと思った。

 ボクのこの茶色い髪は、闇の中では輝かない。ただ暗くそこにある……のみ。

月の光で少し光るけれど、目を引くような色を持っては居なくて……

 

「……アルル、どうした?」

 

 いつの間にかふさぎ込んでいたボクを眺めて、シェゾが言った。

 メルちゃんも心配そうにこちらを見ていて……。

 

  ボクは、弱い……。闇の中では、なにもできないんだ……。

 

 それでも。それでも。シェゾも、この幼い精霊も、ボクのことをけなさない。

心配して、見つめる瞳。ボクはこのままでいいんだ……。

 

「なんでもないよっ!あっ!日が上がってくる!」

 

 目の前に、金色の光。幾本もの光の光線。

午前四時の色彩。淡く光る、その光の数。薄く見えるは虹の陰。

 

「綺麗……だな……。」

 

 ぽつりともらしたシェゾの言葉。一瞬のうちに光に飲まれた。

この愛しい闇の魔道使は、全てを闇にうったわけではないと、光り輝く日に向かうシェゾの背中が語っていた。

 寂しい背中。幾つも陰を背負う。

 

『凄い……オーラリー……』

 

 メルちゃんの口から漏れた笑みと言葉。その言葉にかかる哀しみの音。

幾年間も、闇の中をさまよって生きた。苦労の陰が、瞳の奥に染まりついてて。

 月を恨まぬその姿勢。閉じこめた相手を緩そうとする心。

  幼い精霊がそこまで考えているのだと……

 

「おはよう……お日様。」

 

 そう、今居ることを幸せに感じている少女もまた光り輝いていた。

たくさんの使命をその小さな細い背に背負い、それでも笑顔を絶やすことなく、光の中で生き続ける。

 すべてのものを愛して、すべてのものを癒す。それが運命だと分かっていても。

この少女以外の誰に、それができるのだろうか。重い使命、真っ直ぐな金色の瞳。

 ただ、希望を持ち、ただ未来を見つめて進む。ただひたすらな想い。

 

「朝は、不思議だね……。」

 

 全てのものが光に代わり、全てが希望に見える。

  何もかもが、全て幸せなものにかわり、命の息吹をあげるものが動き出す世界。

 

アルルは、その世界が大好きだった。

 

「本当だな………闇の魔道使の俺なのに…朝は嫌いじゃない…。……眠いけど…。」

 

シェゾもまたその世界を愛していた。

 

 身体は闇へと変わった。だけどシェゾは心までは闇に渡さなかった。

 彼の心にはいつも。光だったころの記憶が眠っている。

 

ただ独りの 優しい精霊に 見せられた記憶。

 

『……綺麗…。オーラリー、メル……今帰るからね……。』

 

 光へとこだまする声。握りしめられた手。

 

 すぐに、帰ってくるから……

   光へ、溶け出した声。小さな呟きはただ月にだけ届いた…。

 

 

朝日を目の前にし、生きる希望を見いだした光と闇は、優しく微笑みながら…

悲しき標を残し、帰り道を探し、月の傍にあった小さな精霊は……一体何を想って…

 

 

ただ一つ、後ろ髪を引く思いを残し、

 

三人は…光の波へと飲まれていった。

   どこからか、聞こえてくるオーラリーの歌声にのって……

 

 

   ほら……夜が明ける……

    涙が光へと変わる

   ねぇ、歌おう。もう一度だけ。

 

   残酷な世界に、光が満ちる。

    冷ややかな想いに、温かい雪が落ちる。

 

   朝は 不思議で温かくて。

    すべてのものに 惜しむことなく与えられる。

 

   朝は夢見る いつか夜にあう時を

    いつも追い掛けて。いつも間に合わなくて。

 

   深夜 四時。 朝と夜が会う一瞬のこと。

     光と闇のさかい。貴方は一体何を見る……?

 

    ほら……夜が明ける……

      絶望が姿を変える。

    ねぇ、信じて。もう一度だけ。

 

     そう、願って。何度でも、果てしない光を信じて……

             永遠を……信じて……

 

 

………続く………

 

はぅ〜!8書けた〜!やっと、メル救出!!

  もうすぐ最終回!! 乞うごきた……げふっ……!!(殴

 

 

 それでは〜。できるだけ早く九話書こうという姿勢だけ(!?)は、あるので

  どうか、見放さないで下さいませ……(涙        空

   

 

 

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