混沌を這い回る者

 

 

フレアがパーティーを離れて一週間が経過した。

他の二人にはともかく、ラグナスにとっては精神的にきつかった。

今までずっと共に戦ってきた。そして、立ち直るきっかけを貰った人だ。

その人が突然、姿を消したのだ。

誰であろうとも、落ち込んでしまうだろう。

「大丈夫ですか、ラグナスさん」

「ああ、大丈夫だよ」

それでもラグナスは、笑うのだった。

フレアとの約束を守るためだった。

ずっと前を見据えるという、約束を―――

 

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一方、ここはある村があった場所。

今は廃墟がただそこにある。

そんな廃墟の真ん中で、トランプをする一団がいた。

「予定時刻はあとわずかだぞ。数は間に合うのか?……ババ引いた」

「さあな。俺は担当じゃないからさっぱり分からん。お、そろった」

「え〜と……我輩はむしろ、あの話が気になるのぉ。ああ、またババか……」

「ああ、唯一の生き残りの話か。さあな。ただ、ある意味運がいいのだが、俺たちにとっては(、、、、、、、、)ある意味で運が悪い。だから早めに終わらせたいのだ。上がりだ」

「あー、また負けた。結局雷覇のひとり勝ちか」

「お前はこれで連続十二回最下位だな」

「ま、まだそうと決まったわけでは……!」

しかし、最終結果は十八回連続で最下位だった。

「次、ダウトするぞー」

「俺、降りま」/「駄目」

 

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「ちょっと!お兄ちゃんたち!」

一方ラグナスたちは、一人の少女に呼び止められていた。

「なんだい?」

「その剣貸して!」

ラグナスたちは、以外な発言に驚いていた。

改めてよく見てみたが、身なりは極普通の少女で、背丈からしてまだ十歳前後だろう。

子供ラグナスのように剣術の心得がある子供にも見えない。

当然答えは決まっていた。

「君みたいな子が剣を使うのはまだ早いよ」

「お願い!どーしても、必要なの!」

「あんたみたいなガキンチョが、なんで剣なんてブッソーな代物が必要なのよ!」

「どーしても、駄目なの?!」

少女は目を潤ませて懇願してきた。

その哀れっぷりは、普段のラグナスなら間違いなく要求を呑んでいただろうが、今回は状況が違った。

「事情は知らないけど、君に貸すわけにはいかないよ」

「そう………ごめんなさい!」

少女は持っていた袋の中から、大量の粉をばら撒いた。

「な、この粉……は………!」

ラグナスたちは、その粉がなんであるかを知った。

知った時には遅かった。

それは麻酔薬の粉末だったのだ。

「なんで………君が…………そん……な…………も………………」

予想外のことで、粉を多量に吸い込んだラグナスたちは、たちまち眠りについてしまった。

「ごめんなさい……」

そういって少女は、ラグナスの剣に手を伸ばした。

 

 

 

「―――いけない少女じゃのう」

 

 

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ラグナスたちの目が覚めたとき、そこには少女と、謎の女性がいた。

身長はそれほど高くないが、底の厚い変わった靴を履き、全体的に蒼い色で統一された異国風情の服装をしていた。顔はとても美しく、けばけばしくない程度の化粧をしていた。

「気がついたか。まだ立てまい。その薬はそもそも水で薄めて麻酔に使うものだ。原料のままでは少々強かろう」

「あなた……は?」

「妾はナミネ。なに、偶然通りかかっただけじゃ。妾も急ぎの身故、汝らの体が回復したならば、もう用は無い。ああ、あと、そこに水を置いておいた。飲んでおくが良い。ではさらばじゃ」

そう言うと、ぽこぽこと足音をさせながら、その女性は去っていった。

「うう……大丈夫ですか、ラグナスさん……」

「いや……まだ頭が………」

ラグナスたちが薬の後遺症に悩まされている中。

「さーて、こんなことまでして何がやりたかったのかしら?」

ルルーはとっくに活動していた。

「ルルー、もう大丈夫なのか?」

「あー、さっきまで頭ガンガンいってたけど、そこの水飲んでみたらすっきりしたわ」

信じられない話だが、ためしに飲んでみた。すると、さっきまでの痛みが嘘のように消え去った。

「ね、何者か知らないけど、あの人のおかげで助かっちゃったわ」

「……それで、君は何がしたかったんだい?」

「………村の皆の、敵討ちがしたかったんだ」

その言葉は、十数歳ほどの少女から発せられたとは、にわかには信じられなかった。

「敵討ち?」

「うん。昨日の昼頃なんだけど―――」

 

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なんてことはない、ただの静かな森の昼下がり。

その少女の名は、リリル。

彼女は村の長老に頼まれて、薬の貯蔵庫にいた。

村人の傷や病気を治す、様々な種類の薬草を保管する倉庫は、村から少し離れた森にあった。

リルたち子供の中の一部が、交代で番をするのが慣わしだったが、リリルはもう一週間近く番をしていた。

珍しいことではないが、まだ時期ではなかった。

リリルはその日、ふと村の方角を見た。

 

黒い煙が、立ち込めていた。

 

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「………私はそれから、急いで村に戻ったの」

「それで、村は……?」

「…………私が村についたときには―――」

 

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リリルが村についたとき、すでに村中に火の手が上がっていた。

「……!」

熱気がリリルの顔を撫でたが、リリルは無視して走り出した。

「父さん……母さん……長老!」

リリルは自分の家目掛けて走った。ただひたすら走った。

倒れた家に押しつぶされ、息の無いもの、焼け焦げた死体。

突然の非現実が、リリルを襲う。

それでも少女は走った。

自分の家目掛けて。

しかし、ふとリリルの足が止まった。

赤ん坊の泣き声が聞こえたからだ。

「お願いだ!せめて娘だけは……!まだ赤ん坊なんだ!!」

その声は、彼女が立ち止まった場所にあった一軒の家だった。

確か二ヶ月前に子供が生まれたばかりのはずだ。

「頼む!子供だけでも………ぎゃあああああああ!!」

耳を引き裂くかのような絶叫が、響いた。

しばらく、恐怖で足が動かなかった。

それから少しして、赤ん坊の泣き声が、消えた。

「あ………ああ…………」

リリルは、まだその場から動けなかった。

しかし、叫ぶことも、泣くことすら出来なかった。

あまりにも唐突過ぎる不幸に、体も心も麻痺していた。

そして、その家から誰かが出てくる気配を感じて、リリルはやっと走り出すことができた。

 

自分の命の危機を、本能的に悟ったから。

 

 

そしてリリルは、やっと家にたどり着いた。

そして、そこでみた光景は―――――

 

ドゥン!!

 

家の存在を確認した途端、家が()()()()()()()()()()()()()()()

「………え?」

そしてそれが、かつて自分の家があった場所の目の前に立つ、男の手から放たれた光によって破壊されたのだと気付くのに、数秒かかった。

リリルは、もはや自分でも感情の収集がつかなくなっていた。

恐怖よりも、何よりも、頭が現実として受け入れなくなっていた。

だから、男がリリルの方を見たときも、まったく反応していなかった。

「た………頼む………その娘だけでも…………リリルだけでも…………」

男の足に、しがみついていた人物がいた。

「長老………」

リリルは、半分眠っているかのような状態だったが、その言葉をよどみなく発した。

「頼む………その娘は…………だから………助けて…………」

男は冷たい顔のまま、手を長老に向けた。

一瞬光ったと思うと、長老がいた場所は、消し飛んでいた。

長老と一緒に。

「長老………?」

ここに来て、やっとリリルの心が動き出した。

「長老―――――!」

少女は叫んだ。今やっと、自分の感情を吐き出したのだ。

そして同時に気がついた。自分が、次のターゲットであることを。

「あ………」

男がゆっくりと、リリルへ向かって歩き出した。

恐怖よりも、生命的な危機感が早かった。しかしそれはどうでもよかった。

リリルは、走って逃げ出した。

が、逃げていく方向に、黒い集団がいた。

「あ……」

手に手に血塗られた武器を持った、黒いローブの集団だった。

コツ……コツ……

後ろから、男の足音がやけに大きく聞こえてくる。

もはや声も出なかった。

前に狼、後ろに虎の状態である。

そして、男はゆっくりと、少女の前に立った。

「…………………」

男は少女に向かって手を伸ばした。

「!」

リリルは覚悟を決め、ぎゅっと目を瞑った。

 

が、思いもよらぬことが起きた。

 

 

「忘れろ。全てを。ここの記憶も思い出も、昨日の面影も、蜻蛉も。蜃気楼の如く、すべての記憶を消せ。代わりに命は助けてやる。そして、これだけは忘れるな。二度とこの場に帰ることあたわぬことと、お前の命を救った老人のことを………」

 

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「……気がついたら、森の外れにいたの。もちろん、村のことは全部覚えているわ。忘れることなんて………出来るわけ、ないし………」

少女は膝を強く抱いた。それだけ衝撃的な出来事だったのだ。

「だから………皆の敵討ちがしたかったんだ」

「それで、剣を貸してほしかったんだ」

「うん。いくら強くても、あの薬で眠らせることが出来れば、なんとかなると思ったの」

「でも、その男たちは今どこにいるのかわかってるの?」

「うん。あの連中、まだ私の村の近くにいるんだ」

「なんだって?」

「しかも、黒い連中はどこからか十字架を担いで、村に入ったり出たりしてるの」

「なんでまたそんなことを?」

不可解である。村を滅ぼした人間が、村中の人の墓を作っているとでもいうのだろうか。

「どうするんですの?ラグナスさん」

「……決まってる、この娘の村に行こう」

困っているものを見捨てない。

それが勇者の誇りであり存在意義なのだ。

 

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そして彼らは知るであろう。

 

 

 

この物語が、終わりであり始まりであると言うことを。

 

 

 

 

 

 

プラウダは今、一人の少女と対峙していた。

空に浮き、見下ろす形で対峙していた。

それは、ある意味絶対的な力差による優越感から見下しているようにも見えた。

少女の名は、アルル・ナジャ。

そう、彼が体を与えた、死んだ少女である。

年齢で言えば、女性と言っても差し支えは無いのだが、プラウダの嗜好か、それとも何らかの意図か、仮初の体は魔導学校在校時の姿を模していた。

そして心もまた、成長はしているが、少女のままといって差し支えは無かった。

「………………………」

プラウダは無言で眼下の景色を一瞥した。

 

 

何のことはない、つい二日前と同じだった。

 

 

自分でやったことではないか。

 

 

 

 

 

プラウダは、今まさに、眼下の町を破壊していた。

ある確固たる信念と目的を持って。

 

 

 

 

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

 

 

 

 

「なんで……ですか………………………」

「二度とアタイの前に現れるな、といったはずだ」

「なんじゃ、フレア。お前の知り合いか?以前妾は言ったであろう?不必要に人とかかわり、苦しむのはお前自身だと」

ナミネと名乗った女が、フレアに話しかける。

「フレア、プラウダから話は聞いておろう……我らはプラウダ配下武神、『五柱神』。『宰の雷』雷覇」

「同じく『過去の風』サウラ」

「同じく『現在の水』ナミネ」

「同じく『永久の土』サイド」

「そして『未来の火』フレア」

「何故……………………………あなた達が!村一つ滅ぼしたのですか!!?」

ラグナスが絶叫する。

「もはやプラウダは断を下されたのだ。この世界はすでに『ニャルラトテップ』によって浸蝕されている」

「なによ?新しい幻獣?!」

「このままでは、この次元は『グリード』の手に落ちる。その前に、消さねばならん」

「これでも、妾らはそうならぬよう色々やっておるのじゃ。たとえ0に出来ずとも、犠牲者を減らす方法を、な」

「だが……もう『グリード』の気配が漏れ出しちまった…………あと少しで、この世界は核から食われる」

「だから俺たちが全員ここにこれた。本来干渉できぬはずのプラウダも、来ている」

「なんでだ…………なんですか、『グリード』って。教えてくださいよ………フレアさん!!」

 

 

 

「ジャマをするというのであれば……どうせ全て滅ぼすのだ、今消えろ」

 

 

 

子どものような背たけで、色黒で、髪が長く後ろで一つにまとめた少年「雷覇」。

黄金の昆を構え、体から雷を迸らせた。

 

色白で背が高く、騎士のような服装の男「サウラ」。

両手に鉤爪のついた手甲をはめ、つむじ風を纏う。

 

蒼で統一された和服を着た、美しい女性「ナミネ」。

水が彼女の体を這い、そしてそれが一振りの日本刀となって、彼女の手に収まる。

 

樫の木のような老人の「サイド」。

その体に似合わぬ鉞を担ぎ、大地がかすかに揺らぐ。

 

 

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「みろ、アルル・ナジャよ」

プラウダは、切り落とした町人の腕を掲げた。

その切り口から、血に混じって灰色の「何か」が滴り落ちていた。

「これこそが『ニャルラトテップ』。滅びを告げる『グリードの使者』だ」

やがて腕は、灰色の腕の形をした『蠢く肉隗』となった。

 

 

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「やめてくれ!!」

叫んだのは、フレアだった。

「たのむ、ころさないでくれ、そいつらは、まだ………」

フレアは泣きそうな顔で叫ぶ。

「情にながされたか、フレアよ。だからお前は甘いのだ」

「よせ、雷覇」

ナミネが止める。

「フレアは妾たちの中で、お前の次に若い。そして、お前と違って生まれついての天才でもないのじゃ。使命は使命、しかし、プラウダはそのために、妾らに心をすてよとは言わなかった」

「………………ならば絶望を教えろ。何が起きているのか全て話してやるがいい。そっちのほうが、どれほどの地獄だろうか知らぬがな」

雷覇は武器を収めて座り込んだ。

「さあ、話してやるがいい、フレアよ。じゃが……後悔するな」

 

 

「ああ、話すよ。プラウダが何をしているのか………アタイがここに今いる、本当の理由を………」

 

 

 

 

And when the world is over

 

 

 

 

 

おひさしぶりです。

内容がハードになりすぎ、書いてる本人が地獄を見ました。

本当に救いようの無いラストへ向かっております。

泣いてもワラっても、これが最後です。

次で、全てが終わります。


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