uncompletion of melody
もう二度と歌わないで
他の誰に愛されても
その体朽ち果てて行くのを
ただ待ち続けてる私のもとへ…
彼女は詠う
嘗て幸福だった刻何気なく詠っていた音色
それに今自らを重ね合わせ
嘗ての友を前に
嘲笑うかのように薄く笑みながら…
「…此処か…」
漆黒の髪が風に揺れ、黄金の鎧が光を受けて輝く。
ラグナス・ビシャシは空高く聳え立つ塔を目の前にして呟いた。
久々に吸うこの世界の空気。本来なら彼を落ち着かせ安らぎを与えてくれる筈のソレを満喫する暇も無く駆り出されたラグナスは、彼にしては珍しくあまり機嫌の良い様子ではなかった。
「折角戻って来れたのに…」そう心の中で呟く。思えばアルルやシェゾ達と別れて一体この世界ではどの位の年月が経ってしまったのか。
半ば強制的に元の世界に呼び戻され、仲間達に別れも告げられずに様々な世界に勇者として駆り出され、無我夢中でその「使命」を果たしてきた。そのお蔭(と言って良いのだろうか?)で、ラグナスの姿は当時の17歳のままであるにも関わらず、嘗てとは比に成らないほどの力を手に入れていた。
が、当然この世界では彼が居なくなってからも時間が流れているわけで…。
シェゾやサタンとは違い、普通に歳を取っているであろうアルル、ルルーなどはそれなりに成長している筈だ。
旅をしている間も彼らの事を忘れた事など一度もなかった。自分を『勇者』としてではなく一人の人間『ラグナス』として見てくれた仲間達。
「やっと逢えると思ったのに…」
呟き塔を睨みつける。強い魔力を放つ黒い塔。勿論それはサタンが造った物ではない。もしそうであればラグナスがここまで苛立ちを覚える必要も無かっただろう。いつくもの冒険を経て魔導世界に“戻ってきた”彼だったが、『勇者』という肩書きは仲間との再会を喜ぶ暇さえ与えてはくれなかったのだ。
やっとの思いで帰ってきた彼を待ち受けていたのは町の人々の歓迎と一人の老人だった。老人と言ってもぱっと思い浮かべるような腰が曲がり杖無しでは歩けない…という類のものではなく、背筋は伸び筋肉も程ほどに付いていて禿げ上がった頭を除けば見た目は初老の男…と言った方が正しいような気がした。
だが、それでも今年86になるというのだから驚きだ。彼はこの町の町長らしく、深刻な悩みを抱えているらしかった。
「…それで、話というのは?」
「…はぁ…実は…一人の魔女を退治して頂きたいのです」
魔女…その言葉にラグナスは淡い懐かしさの様な感情を抱く。
魔女と聞けば一人の少女を思い浮かべるのだ。
この世界を出る前、自分を親ってくれた輝くような金色の髪と大空のような蒼い瞳を持つ風の様な少女。
「大魔女の孫」という肩書きを背負い、幼い自分を殺してまでも周りの期待に応えようとしていたいたいけな少女。その健気な姿に嘗ての自分を重ね側で見守っていてやりたいと思っていた。しかしそれを果たすことが叶わなかった魔女の少女…ウィッチの事を。
彼女はどうしているだろうかと思う。もう一人前になれただろうか?箒は自由に操れるようになっただろうか?魔法は上達しただろうか?
本当は直ぐにでも逢いに行きたかった。しかし辿り着いた先は住み慣れた町には程遠く、休息を余儀なくされた為立ち寄った町では魔女退治の依頼…なんとも皮肉なものである。まぁ、それもこれも子供たちにせがまれたとはいえ旅の話をしてしまった自分にも責任があるのだが…。
「その魔女というのは?」
「えぇ…数ヶ月程前からこの町の北に有るカントール平原に塔を建てそこに居座っているのです。どうやらその魔女は魔物を操り、周辺の村や町を襲っているようでして…この町の者も何人かやられてしまっているのです」
「本当にその魔女が原因なのですか?」
もしその話が本当であれば放っては置けない。だが今の話を聞く限りでは本当にその魔女が魔物を操り、人々を傷つけているいるのかどうか解らなか
った。確証めいたものがこの話には見当たらない。
しかしだからと言って目の前の老人が嘘を言っているようにも見えない。恐らく魔物が近くの町や村を荒らしまわっているのは事実なのだろうと思う。
実際、町のあちこちで何かに荒らされた形跡が見つかった。
だがその魔物と魔女とが関係有るのかというとそれは謎であるし、魔物が突然凶暴化するというのも良くある話である。
「えぇ、塔が現れた時期と魔物が暴れだした時期が見事に一致します。
それに魔女は魔性の者であり、私利私欲の為に他人を惑わし陥れ、様々な災厄を呼ぶと古くから良い伝っております」
つまり魔女だからというわけか…。舌打ちしたいのを必死にこらえる。
町長の言っている事は「魔女だから」「未知の種族だから」と言う理由で、大した調査もせず他人に罪を擦り付けているように思えて気に食わなかった。
だが、だからと言って町長を責めるわけにも行かない。
伝承や伝説などによって人々の魔女に対するイメージが好ましくないものであることは知っている。それはラグナスとて例外ではなく、最初は「魔女」
と聞くと多少警戒したものだし、彼も数々の冒険のなかで「魔女」と呼ばれる者達と戦った事もある経験者である。
今だからこそこの事に関して疑問を抱くものの、ウィッチと出会う前の自分ならば何の疑問も抱かずに喜んで魔女退治に出掛けただろうから一概には言えな
いのだ。今ではそんな過去の自分に嫌悪感を抱いてしまったりもするのだが…。
「あと、数ヶ月前に王都が魔女達の反乱に遭い大きな被害を受けたとも聞き及びます」
「…らしいですね…それが本当なら、魔女狩りが行われたというのも事実ですか?」
それは今回、ラグナスが苛立ちを憶える要因の一つでもあった。
魔女の一族の村が反乱を起こしたために大掛かりな魔女狩りに遭い滅ぼされたと…。
単なる噂。なんの信憑性もないそれはしかしラグナスを不安にさせるには十分だった。
その魔女の村というのはもしやウィッチの…?まさか、何かの間違いだろうと思うのだが…しかし…。
他にも、先日二人連れの魔導師がこの町を訪れたという噂を耳にし、淡い期待を抱いたがそれは直ぐに打ち消した。
この世界に二人連れの魔導師など五万と居るだろうし、今現在もあの二人が一緒に居るとは限らなかったからだ。
もしそうであったとしても既にその二人はこの町を去っている。ここで逢うことはないだろうと思う。
「さぁ…その事に関しては私どもには…」
その言葉を聞いて安堵する。少なくともその噂が真実ではない可能性が出てきたからだ。
もっとも、偽りだという確証が持てたわけでもない。それでも真実だと断言されるよりは幾分かマシというものである。
本来ならウィッチの安否を確かめ、事の真相を確かめたい所なのだが…。
「…お受けします」
この時ラグナスは自分の眼前の事を放っておけないという性格と馬鹿正直さを呪ったという。
一陣の風が吹き抜ける。
尚も塔を睨み付け動かないラグナス。刹那、ぱんぱんぱんっと自らの顔を叩く。そこに現れたのはいつもの彼の表情。
「…考えていても仕方ないな」
苦笑する。こんな所に突っ立っていても何も始まらない。重要なのはとっととこの仕事を終わらせ、仲間のもとへ『帰る』事だ。それに…
もう一度塔を見上げる。
もしかしたらこの塔の主から何か聞けるかもしれない。
暴れまわっている魔物の事…無関係ならば協力を求める事もできるだろう。関係あるのであれば…やはり戦わなくてはならないかも知れないが…。
反乱と魔女狩りの事…同じ魔女なら何か知っているかも知れない。真相を確かめる事もできるかもしれない…。
そう考えると少しだけ気が楽になった。今は目の前の事に集中すればいい…そう思える。
「…良し!」
一声気合を入れて歩き出す。真実を知るために――。
―――キィンッ…!
「…くっ!」
金属の触れ合う音が辺りに響く。火花が飛び散り辺りの壁を一瞬浮き上がらせるが、それは直ぐに周辺の闇と同化してしまう。
鋭い爪と牙を受け流し、剣を握る腕に鈍い痺れを感じながらも後方へ跳び退く。
『グォォォォォ!』
咆哮し腕を振り上げるダークドラゴン。その攻撃を寸前で右に跳んでかわすと、今まで彼がいた地面が大きく裂ける。
「ライトスラッシュ!!」
一閃すると光の刃が目の前のドラゴンを切り付けた。一瞬行動を止めた黒い竜の巨大な身体は次の瞬間、どしゃっという音と共に崩れ落ち、見事なまでに紅い池を作り上げる。
「はぁ…はぁ…」
ドラゴンが倒れたのを確認すると、壁に凭れ乱れた息を整える。
血の匂いと消え去る事のない屍…それが、これがイリュージョンではない事を物語っていた。
この塔に入っていったいどれだけの魔物を倒してきただろうか。一気に駆け上がってきた為か、最初の20体ぐらいまでは覚えているのだが、その後から記憶が曖昧だ。
塔の中は結構広く、魔物もなかなかに手強く、数々の死線を潜り抜けてきた彼でも一筋縄ではいかなかった程だ。しかしトラップやこういう塔にはありがちな謎掛けなどは殆どと言って良いほど見当たらず、わりとスムーズに事が進んでいるように思う、が一向に先が見えない。
「…なんなん…だ?」
ずるずると座り込み呟く。塔の主の意図が読めない。侵入者を受け入れたいのか、拒みたいのか…。
前者ならば魔物をここまで強くする必要も塔を広くする必要もないだろう。後者であればもっと強力な結界やトラップを作るだろうし…。
そういう疑問が外で暴れまわっている魔物達とこの塔の主との関係を更に曖昧にしてしまい、ラグナスを混乱させる。
果たしてここの主は敵なのか味方なのか…いやこの表現は正しくない。倒すべき相手か否か…。
「…っ!?」
左腕に手をやるとぬるりとした感触と共に激しい痛み。見ると服の袖は裂け、赤黒く変色しつつある液体が服と手を濡らしていて、どうやら先刻の戦いで負傷したらしい事を知る。
無理をしすぎた…そう思い後悔するのはいつもの事で、結局は同じ事を繰り返すのだ。それを「死に急いでいるように見える」と指摘され心配されたことを思い出し苦笑する。
相次ぐ戦いの疲労と傷の痛みとでやや虚ろになった目を奥へと向けると、燭台が取り付けられた壁が奥へと伸び、その更に奥は暗闇に閉ざされよく見えない。
「…行くしかないか…」
剣を杖代わりにして立ち上がる。この先が長いのか短いのかは判らないがここまで来てしまったのだ、後戻りはできないだろう。もっとも、後戻りする気などないのだが。
それよりもとりあえず、何か疲労と傷を癒す方法は無いかと荷物を探っていると、ふと足元に転がっているダークドラゴンに目を止めた。
「…………」
―――〜〜♪
「…?…唄?」
あれからもラグナスは魔物を倒しつつ進み続けている。塔を昇るごとに魔物は強く戦いも激しさを増して行った。キマイラ、ケルベロス、ワイヴァーン…etc.…。勿論それらはイリュージョンなどではなく、異界からこの塔の主によって召喚されたものだろう事が判った。
全く、これだけの魔物を召喚し配下に置くなどこの塔の主は一体どんな精神の持ち主だろうかと思う。持って来たアイテムを殆ど消費し、先ほど手に入れた竜の肉も底を尽きてしまい、塔を降りる時の事を心配していた矢先のことである。
どこからともなく聞こえてくる音色…それはとても寂しげな旋律。そして…
「…この唄…どこかで……こっちか?」
唄に導かれるように足を進め、薄れていた記憶の中の思い出を探る。何処かで訊いた唄、何処かで訊いた音色、一体どこで…?
歩みを進めるにつれ、はっきりと聞こえてくる唄とそれを紡ぐ声。
(これは……まさか!?)
ラグナスは走った。何かに弾かれた様に声のする方へ。そうであって欲しい。違っていて欲しい。相反する想いに胸の中を支配されながら。
―――哀しい唄ですわね…。
薄く霧が掛かっていた記憶は次第にその姿を露にする。
―――まるでこの人は死ぬことを望んでいるようですわ…。
一言一言が頭の中で響く。記憶の中の後姿を思い描きながらひたすら走る。
やがて大きな扉が眼前に聳え、ラグナスはそれに飛び込むように扉を開いた。
―――あなたは…ずっと私の側にいてくださいな。ラグナスさん。
「お待ちしてましたわ…ラグナスさん」
凛と響く声。
今、記憶の中で振り向き微笑んだ少女と目の前で笑んだ少女とが重なる。
複雑な気持ちの中、半ば放心した様にラグナスは彼女の名を呼ぶ。
「…ウィッチ…」
それは紛れもなく彼が心から逢いたいと思った少女の姿。そこは大聖堂を思わせる広いホールで、床には様々な色の光を放つ魔方陣が幾つも描かれている。恐らくこれで魔物を召喚したのだろう。
ウィッチはそのホールの中央に佇んでいた。昔と同じ姿。しかしラグナスは気付いてしまった。彼女は変わってしまったのだと。
以前よりも大人びた顔と声だけではない。記憶の中にも有る黒いローブは今のラグナスと同じくらい血に濡れ、露になった長い金色の髪は乱れ、手に持った愛用の箒は邪悪な気を放っている。
巨大な魔力。彼女から感じる圧力。辺りを取り巻く血の臭い。そして…
「!?シェゾ!アルル!?」
ウィッチの足元には床に突っ伏す様にして動かない女性と、それを庇う様にして倒れている青年の姿。
それがラグナスが町で噂を聴き淡い期待を抱いたが直ぐに打ち消した、あの二人であることは着ている服装でも明らかだった。
見るとその床では紅い血がじわじわと自分の領土を広げている。
「えぇ、ちょっと騒がしかったものですから…黙らせたんですの」
何故!?というような表情でウィッチを見るラグナス。ウィッチはくすくすと笑いながらそう答えた。
ぞくりとするような微笑い、まるで全てを嘲笑うかのような。
「…君が…やったのか…?まさか…村や町を襲う魔物も…全部君が…?」
「それがどうかしまして?」
苦しそうなラグナスの問いに平然と答えるウィッチ。
「どうして…!?…何故、君がこんな事を…!?」
「復讐…ですわ…」
「復…讐…?」
真っ直ぐにラグナスを見つめウィッチは言う。その表情は怒り、悲しみ、苦しみ、全てが入り混じった様な表情で、ラグナスは問いかける事しか出来なかった。
「ええ、復讐ですわ。全ての人間に対する復讐…。私達魔女は「魔女」と言うだけで、古くから人間に迫害を受け追いたてられてきましたわ。
でも、私達魔女はただ平穏に暮らしていたかった…放っておいて欲しかった…。だから人目の付かない森の奥に村を造り、外界との交流を絶ち暮らして来ました…なのに…人間たちは…」
「じゃぁ…あの噂は…」
「人間達は私から全てを奪っていきましたわ。故郷も、父も母も、ライバルの魔女達や幼馴染の魔法使い達も…
そして…おばあちゃんも…」
彼女の脳裏に浮かぶは焼き払われた家々と血の臭いの記憶。そして地に倒れ動かない肉親達の姿。
「ウィッシュさんが!?彼女は英雄の筈だろ!?」
俯きつぶやく様な言葉に愕然とするラグナス。ウィッチは静かに言葉を続ける。
「だからですわ。彼らは怖かったんですの。おばあちゃんの力が。そして魔女の力が。だから私の村を滅ぼしました…。
でも…私は助かってしまいました。私だけは村を出ていましたから…。私は人間が許せないんですの。私から全てを奪った人間達が…!」
「…でも、だからって…何もシェゾやアルルまで…!!」
倒れて動かない二人に視線を移す。本当にウィッチが二人を?この現実を目の前にしてもそれを信じられない。
床に広がる鮮血と、ウィッチのローブにこびり付いている血がそれを肯定しているというのに、頭では理解していると言うのに、感情がそれを認めようと
しないでいる。この出血ではもしかしたらもう…。頭を振り、その考えを排除しようと試みる。胸が締め付けられるように苦しい。それが怒りからなのか悲しみからなのか、ラグナスにも解らない。
「私にはやらなければならないことがあります。それを止めると言うのであれば、何方でも容赦は致しませんわ。
それが…例え貴方であっても…。私が止まるときは私が死ぬか人間が滅びるか…その時だけ…。貴方に私が殺せて?優しい勇者様?」
「………」
箒を構え、真っ直ぐ見つめる。その唇から紡ぎ出された嘲るような挑発するような響き。もう何も考えられない。どうすれば良いのか…どうしたいのかさえも。
ただ、自分の中の、言葉には言い表せない全ての感情が入り混じったような想いが弾け出しそうで…。
「一つ…聞かせて欲しい…本当に君たちは王都を攻撃したのか…?」
半ば思考力を停止させたままラグナスは問う。訊いた所でどうなる訳でもない事は解っている。だが、気付けば訊いていた問。絶望の中で一筋の希望を捜す
ように。だが…。
「……話す事は有りませんわ…行きますわよ!」
「…ウィッチ…!!」
ウィッチが素早く呪文を唱える。もう戦いは避けられない。
「ファイヤーアロー!!へブンレイっ!!シューティングスター!!」
「!!?」
一度に三つの魔法がラグナスを襲う。強い魔力の波動。素早い詠唱。どれもこれもが彼女が昔とは違い巨大な力を手に入れたことを物語っていた。
それは恐らく、祖母であるウィッシュよりも強い力。
瞬時に後方に飛び退いてしゃがみ直撃を避ける。魔法は今まで彼が居た地面を爆破させ、砂塵を巻き上げる。腕で目を庇い、足を踏み締め爆風による転倒を回避するともうもうと立ち上る煙の中、ウィッチが箒を掲げるのが見えた。
―――ガキィィン!
武器同士がぶつかり合う鋭い音。振り下ろされた箒をラグナスは剣の鞘で受け止める。
「止めてくれウィッチ!!俺は君と戦いたくない!」
そのまま弾かれたように後方に跳び間合いを量るウィッチに叫ぶ。
「では大人しく死んでくださいまし!ラグナスさん!!」
そのまま呪文を唱える。痛々しいラグナスの表情。それに追い討ちを掛ける様に魔法が降り注ぐ。
「くっ!何故…何故俺達が戦わなきゃならないんだ!?」
「運命だからですわ。これが私達の運命!人間達に忌み嫌われ、それ故に復讐を望んだ魔女と人間の守護者として人間を護らなければならない勇者との!!望んではいけなかった!求める事は許されなかった!私達はこうなる運命だったんですわ!さぁ!剣を抜いて正々堂々と戦ってくださいまし、ラグナスさん!!」
魔法を寸前の所で避けながら叫ぶラグナス。それに答えるウィッチの声は何かを悔いているようで何故か焦っているように聞こえた。
しかし攻撃は留まることなく降り注ぎ、ラグナスには彼女の真意を知る事はできない。ただ悲痛に叫ぶ事しか…。
「俺は君を傷つけたくない!!」
「ならば私はあなたを殺しますわ!!スティンシェイド!!」
「うわっ!?」
ウィッチの魔法はラグナスにこそ当たらなかったものの、その足元を吹き飛ばしその爆風によりラグナスを吹き飛ばす。
壁に強か背中を打ちつけ、ずるずると地に落ち咳込む。痛い。腕が、足が、背中が、体中が悲鳴を上げているのが解る。痛みで朦朧とする意識の中、こつこつという靴の音だけが妙にはっきりと聞こえた。
「…これで終わりですわ…」
「………」
目の前に立ち塞がるウィッチ。彼女の名を呼ぼうとしたが、言葉にはならなかった。冷徹に見つめる顔、瞳。ウィッチは掌をラグナスに向け呪文を詠唱する。
近い距離。だがそれはとてつもなく遠い様に思える。
今剣を抜けばラグナスの剣は確実にウィッチを捕らえる事が出来るだろう。しかし…
「…俺…は…君を…傷付…け…な…」
目を閉じ搾り出した声は彼女には届いただろうか?
「…メテオ!!」
呪文は完成され、辺りに耳を劈くような破壊音が響き渡る。
幾多もの流星が降り注ぎ、ラグナスの身体は無残にも燃え滾る天体に押しつぶされる…筈だった。
「……?」
幾ら待っても訪れない衝撃を不思議に思い、目を開ける。目の前にはウィッチが相も変わらず立っていた。
ただ、その腕は既に下ろされ、大きな蒼い瞳からは彼女の想いが形を変え、白い頬を伝い零れ落ちている。
彼女の魔法は、天井の一部を破壊し、彼らの居る部分を残して破壊の限りを尽くしていた。床や壁、天井には亀裂が走り、ぱらぱらと細かい石が降り注ぐ。
床に描かれた魔法陣は急速に光を失い、今の魔法で彼女が全ての魔力を使い果たした事を知らせる。
「どうして…どうして剣を抜いてくださらないの!?どうして戦ってくださらないの!?…どうして…私を殺してくださらないの……!?」
激しく責め立てるような声は次第に小さく震える。儚く、哀しく何かを訴えるようなそれは今にも消え入りそうであまりにも痛々しく、ラグナスはただ呆然と泣きじゃくる彼女を見つめる事しかできない。今目の前に居るのはさっきまでの復讐心に囚われた魔女ではなく、彼の良く知っている孤独を生き、それ故に一人になることを恐れていた幼い魔女っ子のウィッチだった。
「…それが…君の本音…?」
もし…この塔の構造が彼女の“迷い”を表しているなら。もし、今までの攻撃が彼を“その気”にさせる為の演技であるなら。
彼女が望んだのは復讐ではなく即ち…。
ラグナスは理解した。彼女がどういう想いであの唄を詠ったのかを。
「ウィッチ…君は…」
「…確かに…人間は憎いですわ…」
ラグナスの言葉を遮るように言葉を紡ぐ。
「だから私は力を求め、それを手に入れました…でも…私は…貴方まで憎む事なんて…できな…かった…」
「…ウィッチ…」
「…シェゾさんもアルルさんも…まだ生きてますわ…」
「…え?」
慌てて二人が倒れていた場所を見る。そこには二人の姿は無く、血のこびりついた床が有るだけだった。
さっきの戦いの最中、彼女は塔の外へ二人を転送していたのだ。自らが編み出した時空転移の応用魔法によって。
一体何処にそんな余裕が有ったと言うのか。彼女は攻撃の手を休める事はしなかった。にも拘らず魔法の発動を悟らせず、速やかに詠唱と実行をやってのけたのだ。それを知り彼女は天才だと思わざるを得ない。
「ウィッチ…今ならまだ間に合うよ…一緒に帰ろう?皆の所に…」
真っ直ぐに彼女を見つめ、静かに言ったラグナスの言葉にウィッチは頭を振り「否」と答える。
「…もう手遅れですわ…私の手は既に血に塗れています。今までに知る限りの村を襲った人間達を殺めてきましたもの…。私はもう、貴方の知っている純粋に一人前になる事だけを望んでいた魔女っ子ではありませんわ…。復讐を誓い幾人もの生命を奪った悪しき魔女…もう後戻りなんか出来ない…」
哀しく微笑うウィッチ。その笑みには自嘲も含まれてたのかもしれない。
彼女は確かに復讐心に駆られソレを果たそうとした事もあった。その為に力を手に入れ、情報を集め、知る事が出来た限りの者達を次々と倒して行った。
しかし、それでも彼女の心は晴れるどころか、逆に虚しさが胸の中を満たすだけで。
いつしか深い悲しみと後悔の念に心を鷲掴みにされ、彼女は死に場所をさがし彷徨うまでになっていた。
そして彼女が望んだのは大切な男の手によってその生涯を終える事だったのだ。
「……そんな事!」
「良いんです!…もう…良いのです…。あの日、私は村と…皆と運命を供にする筈でした。私は充分生きましたわ。それに…私が居なくなった方が全て丸く収まりますもの…悪しき魔女は散り、新たな勇者の伝説が生まれる…それだけですわ…」
一息吐き、更に言葉を続ける。
「もう直ぐこの塔は崩壊しますわ…。さようなら…ラグナスさん…お元気で…最後に貴方に逢えて…良かった…ですわ…」
手を翳し呪文を詠唱する。聞いたことの無い呪文だったが、それが何であるかをラグナスは直ぐに理解した。
「!?止めるんだウィッチ!……ディスペル!!」
咄嗟に呪文を唱える。それは相手の魔法を打ち消すものだった。他の世界で対魔導師戦用として必死に会得した彼が使える数少ない魔法。
それがまさかこんな所で役に立とうとは…。
ウィッチの魔力は完成を間近にラグナスの魔法を受け弾け飛ぶ。魔力の四散を知り愕然とするウィッチ。
「な!?ラグナスさん…何て事を…!?これがどういう事か解って…!?」
「…あぁ…解ってる…」
ウィッチが唱えていたのは転送魔法だった。転移魔法の応用として彼女が考えた魔法。それは対象だけを別の場所に移動させる為の魔法で、そしてそれは魔力を殆ど使い果たした彼女にとっては最後の魔法。しかし、それを使わせる事は彼女の死を明確な物にするという事。
そして、それを打ち消したという事は…。
ラグナスは重い身体を持ち上げ、引きずる様にウィッチに近づく。一歩一歩、いつも自分の身体の一部のように身に着けている鎧が重量を増し、重く圧し掛かっているように思えた。
一歩後退る彼女の腕を引き強引に抱き寄せる。懐かしい温もり。必死に離れようともがく彼女を強く抱き動きを封じる。
「確かに…他の人達にとってはそれだけの事かも知れない…でも…君に置き去りを喰らった俺は…どうすれば良い…?」
最初に置き去りにしたのは自分の癖に…。何という我侭だろうかと心の中で自嘲する。
しかしそれでも想いは止まらない。
離したくない、離れたくない…もう二度と…。
「ら、ラグナスさん…!?お願いします…離して…!貴方は直ぐにこの塔を脱出し…」
「嫌だ!!」
「…ラグナスさん…」
言い放ったラグナスはまるで母親の側を離れようとしない幼子の様で。こんな風に我侭を言う彼をウィッチは知らない。
何時も我侭を言うのは彼女の方で、彼はただ笑ってそれを受け入れてくれた。
彼に我侭を言われた事が無かった彼女はただ困惑するばかりで…。
「俺は…君の側を離れたくない…!離れない…もう二度と…君を独りにはしない…。俺は知ってるから…君がどんなに意地っ張りで…寂しがりやかを…。だから…ずっと…側に居るよ…。」
「………」
呟くような声、苦しい位の抱擁。ぱらぱらと小石が天井から降り注ぐ。
どうしてこの人はこんなにも自分の事を理解してくれるのかと思う。
本当は怖いのだ、独りになるのも死ぬのも…。だがそれ以上に罪を背負い、虚しさと後悔を背負って生きていく自信が無かった。
それは自分勝手な我侭で、逃げていることにしかならない事は解っている。それも全てを彼に押し付け自分は逃げようとしているのだから最低だと思う。
しかし彼女にはそれしか選ぶ事は出来なかった。密やかに死を望むことしか。それほどまでに失った物は大きかったから。
冷たい雫が彼女の頬に落ちる。それが自分の物ではない事を知ると心臓が跳ね上がるような衝動に駆られた。
「ラグナス…さん…?泣いて…るんですの…?」
そっと手を伸ばし頬に触れる。ソレはまだ暖かく、ウィッチの手を濡らす。
ラグナスは濡れた彼女の手を握り締めた。細く、小さく、そして冷たい手。何故この手を離してしまったのだろう?彼女は何時も訴えていたというのに…。
「この手を離さないで…」と。詠う事によって。勇者としての使命?そんなモノよりも今、目の前に居る少女の方が大切だというのに…。
「…っ!ラグナスさん…泣かないで…!私の為になんか泣かないでくださいまし!これ以上…優しくされたら…私は…!!」
「…違う…。これは俺の…自分の為だよ…。俺はそこまで強くない…。」
彼は時々嘘を吐く。それはいつも彼女を安心させようと、彼女の荷を軽くしようとする為の優しい嘘で。その嘘にどんなにハラハラさせられ、どんなに救われただろうかと思う。
握り締めた手は大きく、熱いくらいで。紡がれた“嘘”は彼女に過ぎ去った過去を想い起こさせる。
いつも側に居てくれた人。父の様に、兄の様に、友の様に、弟の様に…全てを受け止め、包んでくれた人。
誰よりも愛しく恋しかった。この想いを憎しみに変えることが出来たならどんなに楽だっただろうか?
知らなければ良かった。思い出さなければ良かった。彼の温もりなど…。優しさなど…。そうすればこんな“望み”など抱かずに済んだのに…。
今彼女の胸に在るは、黒き欲望か、白き願いか…。
「…私は…沢山の罪を犯して来ましたのよ…?貴方と供に在る資格なんて…」
「罪を背負ってるのは…俺も同じだよ…」
ラグナスは今迄に様々な「敵」を倒してきた。その中には人間も居たし、魔族も居たし、……魔女も居た。
もしかしたら中にはウィッチの様な子も居たかもしれない。なのにどうして彼女だけを責められようか?
自分と彼女では何が違うというのか?ただ、「勇者」か「魔女」か…それだけだ。
いや、寧ろ様々な世界を旅してきた分だけ自分の方が罪が重いのではないかとすら思う。
捉えていた手を解放し、彼女の頭を引き寄せ抱き締める。もう抵抗の色を見せない彼女に安堵感すら覚えた。
「…好きだ…ウィッチ。…愛してる…もう決して…君を離さない…」
「……っ!」
ウィッチの瞳が大きく見開かれる。
耳元で囁かれた言葉。初めて彼から聴いた愛の言葉。彼は言わなかった。どんな時も。どんなに一緒に居ても。
彼は異界の勇者で、彼女はこの世界の魔女で。彼は何れこの世界を去り行く存在。彼女はこの世界に留まらねばならぬ存在。
言葉にしてしまえば別れが辛くなるからと。しかしそれは無駄な努力に過ぎなかったかも知れない。
お互いがお互いの中にあまりにも当たり前の様に存在していたから。近づき過ぎていたのだ。もう既に…。
一度引き裂かれれば壊れてしまいそうな程に…。そうでなければ突然の別れの後、必要以上に強さを求める事も無かっただろう。彼も…彼女も…。
彼女の頬を再び涙が伝う。彼の言葉は彼女が封じ込めていた想いの鎖を無残にも引き千切る。もう抑えられそうに無い“願い”。
それを叶えられるのは彼だけで、彼女は震える手で彼の身体を抱き締める。
「…お願い…!側に居て…!もう何処にも行かないで…!独りにしないで…!離さないで…!…ラグナス…!」
抱いてしまった望みは堰を切ったように彼女の唇より流れ出る。それは黒き欲望であり、白き願い。
共に在りたいと想う白き願いと、それ故に彼の死を望む黒き欲望。片方に在る生よりも、共に在る死を。
望んではいけなかった願い。自分の幼い我侭で彼を殺すなど…。それでも、一度解放してしまった想いは留まる事を知らなくて。
「有難う…」
ラグナスは更にきつくウィッチを抱き締め瞳を瞑る。初めての彼女への我侭は彼女によって受け入れられた。
ウィッチもラグナスを抱く腕に性一杯力を込める。二度と離れない様に。
天井から降る石の雨は次第にその大きさと量を増していく。
「…ラグナス…愛してますわ…」
微笑む。作り微笑いではない、心からの微笑み。
二人の唇が重なる。これから終わるというのに、心は驚くほどに穏やかだった。
彼の温もりを感じながら、彼女の耳の奥であの唄が鳴る。
みつめ合うこと許されず
この闇を抜け出すこと
二人には重すぎた罪を
超える事はできなくて
唄は告げる。それでも二人は幸福せだったと。
それは二人の為の鎮魂歌。
彼女の視界の隅には、崩れ行く天井が映った。
信じあうには幼く
強く望むには足りない
密やかに勤めを果たすように
この世界を去りました…
***あとがき***
ラグウィで死にネタ(汗
やっと書き終わりました…(滝汗)今日こそは完成させる!とか大口叩いたわりには完成が先延ばしに…(汗
しかも時間無くてUPも遅く…(死
これ書くのに一体何日掛かってるんだか…しかも、意味不明な部分多々有りな上、わぁ〜突っ込み所満載☆って感じだし(汗
ラグナスとウィッチが限りなく偽者っぽい…(死
ウィッチがかなりダークで弱いですね(滝汗
しかもウィッシュさんが…(滝汗)まぢごめんなさいっ!って感じですね(汗
実はコレ、バイト中に思いついたネタ。何となく何か無いか考えてたら勇者+魔女=魔女狩りという方程式が…(何
それにガネクロの「未完成な音色」の歌詞をプラスしてみました。だって歌詞が何となく死にネタっぽかったから…(マテ
ってな訳で書いてたらこんな話しに…やたら長いですね…後半が…(滝汗
因みにタイトルは未完成な音色を英語にしただけ…しかもこれで有ってるのか解らないし(爆死
感動的なストーリーにする!って意気込んで書いてたら…最後らへんバテました(爆
これ読んで泣いてくれる人って居るのだろうか…(遠い目/いねぇよ
しかも手直しする暇というか、気力がなくなった為一発書きです(>д<)b(マテ
って言うか手直ししてももう修正不可能(爆
でもネタ的には結構気に入ってるので、この小説を気に入ってくれてしかも感想まで書いてくれて、その上挿絵まで描いてくれる人が居たら幸いだなぁ〜っと…v(マテ我侭
まだまだ修行が必要ですね…(焦
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しかも二枚もvもう嬉しいです〜Vv
漫画っぽくて素敵なイラストです〜Vv
きゃぁ〜〜vvこぱらありがと〜〜vv
かなり感謝Vv
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この小説をモチーフに空さんが詩を書いて下さいました〜vv
かなり素敵です!もう読んで涙ぼろぼろでしたv
リンクはこちらですv