流されてしまった―― 結局はそういう事なのだ。


HAPPY BIRTHDAY



仕事らしい仕事もなかったので、折角だからとウィッチの店やら魔導具を扱う店やらを巡り薬品・薬草・その他諸々を大量に買い付けたその日、家に戻ると鍵が外れていた。
物理的・魔法両面でかけた筈の鍵が両方とも外れているという事は、少なくともこの中に忍び込んだ輩は魔導師に違いない。
で、俺の留守中にこんな無礼を働く奴の心当たりは一人しかいない。
その内に秘めた魔導力を狙い、未だ奪えず終いな俺の獲物。
自分のテリトリーへの侵入を許した訳ではないのに、何故か勝手にずかずか土足で踏み込んでくる礼儀知らずなあの娘。
今この瞬間だって敵同士には変わりがないのに。
そのある意味命知らずな行動を平然と取れる獲物に苛立ちを抑えきれず、少々乱暴に扉を開け音を立てながらリビングへと向かう。
リビングへと通じる扉を開けると予想に違わず、魔導力を狙っている獲物が緊張感もなく勝手に茶を啜っていた。
「あ、お帰りシェゾ。お前が欲しいって来ないから、今日は遺跡にでも行って帰って来ないのかと思ってたよ」
「……おい、アルル」
「はい?」
「何故にお前がここで暢気に茶してるんだ?」
「んー、なんとなく」
その理由になってない理由に全身から力が抜けたのが判る。それと同時に沸々と怒りが湧いて来て、大人気ないと思いつつも自然声が荒くなる。
「……っテメ、そんな理由があるかっ! それが勝手に他人の家に上がり込んだヤツの言う……」
「……なーんてね、嘘。本当はちゃんとした理由があるんだ」
「科白……は? なんだって?」
「だから。ここに来た正当な理由ならちゃんとある」
理由になってない理由で沸点に達した怒りは、その次に発せられたアルルの科白で虚を突かれ行き場を失った。
「……理由、ってのは……?」
自分の科白をようやっと搾り出すまでのほんの数秒、俺の思考回路はこれでもかとフル稼働する。
こいつが敵同士である筈の俺の家に来た事、その危険性、それを鑑みてもやって来る程の重大な用事とは一体……!?
そう思い巡らせたのに、更に募られた科白に今度こそ本当に全身から力が抜けた。

「あのね、お誕生日のお祝いを……お誕生日おめでとう、って言いたかったの」


「……まさかアルル、お前それだけを言いに……?」
「え、いけない?」
何事かと思えばそんなくだらない事。俺自身すら忘れていた事だってのに。大体幾つになったかなんて、覚えてる事すら馬鹿馬鹿しい。
あの日……闇の魔導師になった瞬間に、そんな人間らしい感情なんて捨てて来た。長い永い時間(とき)の中、そんなもんを記憶の片隅に留めておく事すら苦痛だ。
なのに、その苦痛をよりにもよって獲物からもたらされるとは思ってもみなかった。

軽く痛む頭に無意識にこめかみを押さえた俺を無視し、彼女は勝手に話を進める。
「だってさ、キミってそんな事面倒臭いと思う方じゃない? でも折角なんだから、もっと生まれた事に感謝した方がいいと思うんだ」
「……は……闇の魔導師として運命付けられた生に感謝すれと? それとも“神を汚す華やかなる者”等という嗤える名前つけられた事に対してか? どちらにしても感謝等という戯言ちゃんちゃらおかしいな」
甘く生きてきた娘の甘っちょろい戯言、どこをどうひっくり返せばそんなくだらない科白が出て来るのか。
別段ここまで生き永らえた事に関して文句がある訳ではない、逆に感謝したい位だ。どんな形にせよ『俺』をこの世に刻み込む事が出来たのだから。
だが、だからと言って即感謝なんて事には到底なり得ない。この生活が嫌ではないとしても感謝する必要はどこにもないのだから。
だが、アルルにとって俺のこの科白は到底受け入れられるものではなかったらしい。喧しくも意見を述べてきやがった。
「なぁんでそんな否定的になるのかなぁ!? キミがここにいる事は充分感謝に値するじゃないか! 全くどうしてそんなに可愛くない事ばっかり言うんだよ!」
「生憎可愛いなんて形容詞はとっくのとうに卒業した歳なんで」
「……本当に嫌味ばかりで可愛くない態度だなぁ。そんな事言うならプレゼントあげないっ」
子供のように膨れ面のアルルを呆れながら見下げつつ、それでもいちいち会話に付き合ってやるとは俺も随分甘くなったものだと苦笑する。
「プレゼント? それはまた殊勝な……。

で、何をよこしてくれると言うんだ? ものによっては素直に受け取ってやらん事もないぞ」
「……貰う立場な癖に妙に偉そうなのが引っ掛かるけど……ま、いいか。で、プレゼントなんだけど…… 実は考えてない」
珍しく俺の方から会話を促してやったってのに、それに対する返答は到底理解不能なものだった。
「……おい、貴様喧嘩売ってるのか!? そっちから言い出した癖に“考えてない”ってなんだそれは!?」
「って言うかね、キミの欲しいものって本当マニアック過ぎてさー、何選んでいいか判んないんだよ。
だからキミから直接訊いた方がいいと思ってさー。
……で、何が欲しい?」
何の警戒も見せず小首を傾げながら放たれた言葉。その無邪気さに軽い頭痛が中程度の頭痛に昇格したのは気の所為じゃないだろう。
「おい、アルル。お前敵だ何だと言ってる相手にだなぁ……」
「ボクは敵とは思ってないもーん。オトモダチにお誕生日プレゼントあげるのは至極当然じゃないか。
だから何がいい? ちゃんとリクエストのもの素直にあげるから」
「……っち、しゃあねぇなぁ、それじゃお前の魔ど」
「但し! 魔導力は却下ね!」
「…………ちっ、先越されたか……」
そこまで訊くなら欲しいものを言ってやろうじゃないかと口を開いた途端、釘を刺すように注釈がつく。
即行でしかも有無を言わせない勢いで欲しいものを却下され暫し悩む。
大体学生の身分で他の俺が欲しいものなぞ買えやしないのだ。
いつぞやに見かけた逆鱗、他にはオリハルコン、それ以外なら古書店にある非売扱いの四大元素合成にまつわる古代魔導時代の書、それから後は……。
「……どっちにしてもお前にゃ買えん代物ばかりだな……」
「……貧乏なキミには言われたくないけどねー。
何考えてたのか知らないけれど、そんな非現実的なものよりもっと現実を見据えて決めた方がいいと思うよ」
うんうんと頷きながら、一人勝手に納得しながら話を進めている。
その心得たような顔にお前俺の欲しいもの知らんだろうが! と咽喉まで出かけたが、ふと気紛れな悪戯心が疼いた。
「何勝手に一人納得してるんだ? 大体非現実かどうかは言ってみなくちゃ判らんよなぁ?」
「え? 何、もしかして普通に売ってるものな、の……っ!?」
わざと笑顔を見せながらその場にアルルを組み伏せる。案の定警戒していなかった彼女は素直に床に抑え付けられた。
「えっと……これは一体なんの真似? 魔導力ならあげない、って言ったよね?」
「ああ、言ったな」
「じゃあ何? それ無視して奪おうって卑怯な事考えてる訳?」
「いや、残念ながら違うな」
「だからじゃあ何、って……ちょ、っ……!」
その喧しい唇を俺のそれで塞ぐ。これは一種の脅しであり警告。あまりしつこくまとわりつくとどうなるのか、という見せしめ。
舌を捻じ入れ暫し弄び、強張った身体から力が抜けた頃に解放する。
「……っは、ぁっ……い、一体どういうつもり……!」
「魔導力が却下ならこっちはどうだろうと思ってな」
「こ、こっち、って……?」
「魔導力じゃなくお前自身を……有態に言えばお前を身体毎よこせと言ったらどうする? と訊いてるんだ」
見る見るうちに朱に染まる頬。その顔を見て内心北叟(ほくそ)笑む。
この後予想される展開は一瞬の放心のち罵倒。『だから変態だと言われるんだよ!』か『からかうなんて酷い!』か。
どちらにしても、その罵倒を軽く受け流し魔導力を付け狙う敵に対してそんな易々と懐くもんじゃないと嘲笑を浴びせそして―― 何時も通りの関係に戻れば良い。
その為にわざと挑発的に笑ってやり突飛とも思える行動に出た。自分がどれ程危険な相手と対峙しているか自覚させてやる為に。
「……それ、キミが本当に欲しいモノ……?」
頬の赤みが退かぬまま、それでも怪訝そうに尋ねて来る。
「……そうだ、と言ったら?」
気丈にも挑まれたので追い詰める、只一箇所の逃げ道以外は使えない方に。
ここまで―― 表面上とはいえ―― 真剣に対峙されたら、よっぽどの阿呆以外は真剣に受け取り考えどうにか逃れようとする筈。
そして互いの間には敵対関係しかないのだとその心に刻み込めば、もうこれ以上無駄な戯言に付き合う必要もなくなる。
お前の望む関係はどこにもないのだと、だからさっさと『オトモダチ』等というくだらない感情を捨て去れと、その甘い感情を打ち砕く為にあえて卑劣な脅しをかけた。
なのに。
「……いいよ、本気で欲しいならね」
「っ!?」
……一瞬、本気で何を言われたのか判らなかった。
突き放す為に、敢えて腕力(ちから)で抑えつけた。絶対的な不利の中、それでも逃れようと罵倒してくると踏んで追い詰めた。まさか……こちらに向かって来るとは思ってもみなかった。
「……まさか……そう、来るとは、な……」
一筋縄ではいかないヤツだと知っていたのに油断した。虚を突かれ言葉に詰まる。
「……そっちが欲しいと言ったんでしょ? 何? まさかやっぱりアレってボクをからかう為の冗談?」
挑発とも愚弄とも取れる視線を投げかけながら、アルルはふんと鼻先で嗤う。
「そう言えば慌てふためいて取り乱して逃げ帰るとでも考えた? 全くキミらしい陰険な方法だねぇ」
心底呆れたように吐かれた科白。
頭の冷静な部分がこんな挑発に乗るのは馬鹿げているとせせら笑う。だけど、俺の感情はそんな冷静さを受け入れられる筈もなく、素直に、それこそ情けない位いとも簡単にその拙い筈の挑発に乗る。
「……ふん、誰が冗談だと言った? いいだろう、その覚悟があるなら結構だ」
「……本気?」
「なんだ? テメェで挑発しておいて今更怖気づいたのか?」
「……まさか……」
「なら四の五の言わず……っ……」
言いかけた言葉はアルルの唇で塞がれ止められる。挑むような視線媚びるような笑顔、近過ぎて焦点が合わないにも関わらずその試すような雰囲気がひしひしと伝わり、その挑発を打ち砕くように結局は流された。



晴れているのに月のない夜、夜風に当たる為に外へ出る。
頭痛がする。何を考えているのか皆目見当のつかないアルルに対して、結局突き放せず簡単に挑発に乗ってしまった自分に対して。
「今更……」
冷静になって改めて考える、何故あんな拙い挑発に乗ってしまったのか何故突き放せなかったのか。
確かに先に挑発し煽ったのは俺で、だからと言ってこんな形で『手に入れる』つもりは毛頭なかった。
欲するのは只魔導力のみで、器であるあいつに興味など更々なかった、筈だ。
なのに。
嬌声が耳に残る。熱を帯び汗ばむ身体、鼻にかかった甘い声、押し殺す悲鳴、それら全てが俺に纏わりついてがんじがらめにする。
初めて知った子供(ガキ)じゃあるまいに、手の中にある『器』に夢中になった。
「どうして……」
殆ど気を失うと言って良い形で眠りに落ちたアルルを、それでもまだ欲して腕を伸ばし触れたく望む。
魔導力のみが目当てな筈なのに。なのに器を手に入れただけでもう満足だと錯覚する自分がいる。
いつからこんな勘違いをするようになった? 目的を摩り替えて満足するような、そんな誤魔化しを覚えた記憶などない。
あまりにも馴れ合いの期間が長かった所為か? 奪えず悔しい思いがどこかで壊れてしまった?
考えても考えても出てくるのは何故とどうしての二言で、自分にすら納得いく答えが見えて来ない。
だが、魔導力を欲しているのは疑いようもない事実、そうでなければここまで焦がれる想いに苦しむ事などない筈だ。
「何が一体……」
纏まらない考えに軽く首を振ったその時、寝ていた筈のアルルが背後に立っているのに気が付く。
「……いつからいた」
「ん? つい今し方。二、三分前かな、多分」
初めての体験に体力を過剰に奪われ、気を失うように眠るアルルが起きて来れたのにも少々驚いたが、それよりなにより。
「……ご丁寧に……」
「何が? って……コレ?」
今着ている服の胸元を軽く引っ張り、彼女は小首を傾げる。
普通なら喜ばしい格好なのだろうが、今の俺から見ればその姿は頭痛が酷くなる以外の何物でもない。
「どこから引っ張り出したんだ……」
「椅子の背にかかってたヤツ。洗濯したものかどうかは判んないけど、一寸借りるだけだからなんでもいいかなぁって」
普段いつもローブの下に着ている白のカッターシャツ、袖を何重にも折り裾も普段こいつが身に纏っているスカートの長さ程の所まで来て、改めて自分より一回りも二回りも小さい身体だなと認識する。
「自分の着てくりゃ良かったろうが」
「えー、だって面倒臭い。精々この周囲探すだけだもん、これで充分」
誰を、とは言われないが、その科白だけで『誰』を指すかは必要にして充分だった。
「……何故探す?」
「……家の中に気配なかったからさ、どこに行ったか一寸疑問に思って。もしかして逃げたのかな? って」
「は……何故俺が逃げねばならん?」
「後悔してるんじゃないかなぁってね……」
「……それはお前の方じゃないのか?」
どう考えてもより後悔するのは俺ではなくアルルの方。特に初めてなら尚更。押し殺した悲鳴と竦む身体とそして何より……鮮やかな赤い色。
俺の挑発に乗り自らも挑発した挙句の自業自得としても、理性と感情は別のもの。
なにより、自分が後悔したからこそこちらも後悔していると思ったのだろうと見当をつけた。
「んー、確かにねー、一寸後悔したかな」
「……だろうな……」
「何で今日勝負下着着けてこなかったのかな、折角綺麗なの用意してたのにな、ってね」
―― 今日何度目かも判らない絶句。
どこもかしこも後悔するには充分だが、よりにもよってそこだとは……。
頭痛どころか眩暈まで起こした俺の顔をアルルは不思議そうに覗き込む。
「……どうしたの? もしかしてどっか具合悪かった? だから外の空気吸いに出た?」
「…………いや、そういう訳じゃねぇ。只、後悔の為所が常人とかなり違っているなと……」
「ま、ね。だってアレ冗談だから。……強ち冗談とも言えないけど」
「……要は誤魔化した、って事か。……いい加減にしろ、後悔云々はあるんだろう?」
確かに後悔している最低だと言われようが、今更時間は戻せない。起きてしまった事は仕方のない事。
それで責められようと罵られようと、挑発に乗ったテメェが悪いと責任転嫁をするつもりだった。
なのにはぐらかすように茶化され誤魔化され、そんな義理はないのに苛立ち始める。
このまま何事もなかったかのように振舞いいつも通りに日々を過ごして、それは確かに希望していた展開だが、それをこいつも望んでいるなら面白くない。
全く自分勝手も良い所だが、今迄通りに振舞うのは俺のみでこいつにはいつ何時どうなるかと日々ビクついていて貰いたい。
或いは怨み憎み心底から罵しり嘲り、それすら自身で招き寄せたと、葛藤に悩み苦しみ悶えれば良い。
結局俺は意趣返しをしたいのだ、瑣末で矮小なプライドを満足させる為に。
いつまでも翻弄されている悔しさ情けなさを、歪んでいるにせよ味遭わせたいのだ、きっと。
だからこそ後悔して欲しい、取るに足らない事だと達観なぞさせたくない。自分の身に受けた屈辱を噛み締め抜けない楔とし、そして俺に対峙すれば良い。
その為にこんな卑劣な方法を取ったのだから。
「正直に言えよ、後悔してるんだろ?」
「……キミと同じ位にね」
なのにまたはぐらかすような答えが返って来て、益々苛立ちが募る。
「……貴様……そうやってはぐらかすな」
「はぐらかしてなんかいない。後悔してるよ、キミと同じ位……後悔してる」
「そうやってまた……狡いだろうが」
「キミほどじゃない」
言葉遊びで緩んでいた空気がぴん、と張り詰める。今迄明るく軽口を叩いていたアルルが凛、と俺を見据える。
「ボクはキミほど狡くも卑怯でもない。いつも言ってるし今日も言った。『ボクはキミを敵だとは思ってない、オトモダチだと思ってる』って。
なのにいつも拒絶して敵同士だ軽々しく近寄るなって言って、なのに馴れ合ってこんな後ですら突き放さず話に付き合ってくれて。
キミこそなんなんだよ、相手してくれるなら敵同士なんて言わなけりゃいいじゃないか、そんな気更々ないならさっさと魔導力奪えば良いじゃないか、何そんな中途半端にボクを振り回すのさ……!」
「敵同士なのは本当の事だし、振り回してもいないだろうが。大体お前が勝手にじゃれついてるだけだろう? それが嫌ならお前こそ本気で俺と対峙しろ。いつまでも甘い幻想に振り回されずにな」
「……だから……いつでもボクは本気だって……!」
「!? え、あ、おい、っ!?」
俺を見据えていたアルルの表情が険しくなった、かと思った瞬間、左手を取られこいつの首に押し当てられる。
「……何をする気だ……?」
「……いいよ、もう魔導力あげる。ここまで言ってここまでの事されて、なのにそこまで突き放そうとするのなら、もういい、ボクがどれだけ本気か教えてあげる」
このまま力を入れて縊れば、魔導力もボクの生命(いのち)も簡単に奪える。そう言って挑むように睨みつけ唇を噛み締める。
「ついさっきまで『あげない』なんて言ってたヤツの科白とは思えんな」
「だから、もういいよ。そこまで拒絶されるなら魔導力護っていても無意味だし、そんなに頑なな態度取られるならボクがキミをどう想おうと無駄だから。
もう誤魔化しも嘘も吐けない、目を瞑る事もなかった事にするのも無理、認めるしか道はない。だけどキミはボクを突き放すだけだし、ボクも今更元には戻れない。
それにキミももう追いかけっこは飽き飽きでしょ? だからもういい、これ以上進みも戻りもしないなら苦しくて疲れるだけだ」
「……お前……まさか……」
俺の手を掴みながら放たれた科白の意味を、全く見当もつかないと言えるほど朴念仁じゃない。
だが、それを俄かに受け入れられるほど互いの間は可愛らしいものじゃない。
「それは……俺に何を求めて……」
「……何も……今更何も求めないし、情けなんかいらない。
それとも何? こんな事言われて怖じ気付いた? 憐憫でもかけた? 闇の魔導師ともあろう者が、こんな事位で獲物を諦める……?」
「……まさか。そこまで言うならありがたく頂戴するまでだ……」
そう言い科にぐ、と手に力を入れる。
先の科白がどこまで本心かは判らない。だが、俺を挑発し本気にしようとした事だけは理解出来る。
本気で挑んで来たのなら、それに真摯に応えるべきなのだ。
命乞いするでもなくまっすぐ見据える目を極力見ないようにしながら、更に手に力を込める。
視界の端に苦しげに歪む顔が映り、だけど抵抗の欠片すら見せない。正直こんな簡単にあれほど焦がれた魔導力を手に入れられるとは拍子抜けすらする。
意識が朦朧とし生と死の狭間で無意識の抵抗すら失った瞬間魔導力を奪ってしまえば、と更に力を込めたその時、俺の手の中でこふっと音が鳴る。
意識を手放しかけたアルルの息が詰まる音、ここから後ほんの少し力を入れるだけで全てが奪えると確信した瞬間―― 弾かれたように手を離しアルルを突き飛ばした。

「……何故……っ……!」
地面に突っ伏しながら激しく咳き込むアルルの横で、無様にへたり込みながら誰にともつかない怨嗟を吐き出す。
「どうして、こんな俺が……っ! 一体なんだと言うんだ、っ!!」
咳き込む合間に嘔吐ともおくびともつかない音を吐き、その苦しむ姿に『生きている』と何故か安堵の溜息が出て、それも混乱に拍車をかける。
あのまま力を込めさえすれば全てを奪えた。女の細い首は片手で縊るのも苦ではなかった。何より、抵抗らしい抵抗をされず、それどころか積極的に差し出されさえされた。なのに。
「……帰れ」
「……っはっ、な、んで、っ……っごほっ……」
「もういいだろう? 生命(いのち)を賭けに使う事の愚かさを身を以って知ったんだ。
生半可な挑発をすると……って!」
アルルから目を逸らし、極力寛大な大人として振舞い自分の内にある説明のつけられない感情からも目を逸らそうとらしくもない言い訳を始めた直後、後頭部に異様な衝撃を受ける。
慌てて衝撃の来た方を見ると、アルルが仁王立ちしながら肩で息をしつつ、真っ赤な顔で涙と涎とを拭っていた。
締められた所為で回らなかった血液が一気に循環したのか、色白だし咳き込むのと相まって余計に赤く見えるな等とくだらない事をぼんやりと思い、何故苦しい中でも無理矢理立ち上がり見下げているのかと軽い屈辱感を覚える。
「っ、キミは、っ、一体ボクを、なんだと、っ、思ってるのさ、ぁっ!」
「な、なんだ、とは……」
未だ呼吸が整わず途切れ途切れに話すアルルの様子は鬼気迫り、言葉を挟む事すら憚られる。
一度言葉を止め数回深呼吸をし息を整えた後、まくし立てるように言い募って来た。
「そうやって、っ! いつもいつも逃げてるのはどっちだよっ! ボクは認めた、そして覚悟を決めたっ!
本気で魔導力が欲しいならボクを殺してでも奪えば良い、それが出来ないなら敵同士だなんて誤魔化して突き放すような事言わなければ良い。
どっちかしかないのに選びもせず中途半端な馴れ合いを続けたのはキミの方だ、今この瞬間でさえっ!
奪う事も受け入れる事もしない癖に振り回されていると嫌な顔をして! 選ばないでフラフラしているのはキミでしょうっ!?
なのに何でボクに責任転嫁するんだよ、偉そうに訳知り顔しながらさっ! そんなの分別なんて言わない、只の臆病な逃げ腰だっ!!」
「いってぇっ!」
言い終えた途端アルルの右足が綺麗に振り抜かれ、俺の後頭部にきっちりと決まる。
さっきの衝撃はこれだったのか、ルルーにでも教わったか飲み込みいいな畜生等とずれた所で感心をする。
「キミは……キミは、っ、どこまで卑怯なんだよ、っ! 逃げて逃げて馬鹿にして、なのに肝心な時にはちゃんと強くて優しくて……それじゃ嫌う事も出来ないじゃないかぁ、っ……!!」
自分で自分の言葉に興奮したのか、アルルの()からまた涙が溢れる。
その涙を拭こうともせず俺の横にしゃがみこみ、そして。
「……おい……」
さっきと同じように首に俺の左手を持って来る。
「一体今度は何だ……?」
「さっきと同じ。さっさと選んで。いつまでもいつまでも逃げてボクに恥掻かせないでよ、もうこのままじゃ済まないの判ってるでしょ!?
誤魔化しなんかいらない、ここで全ての決着つけて。ボクは甘んじてソレを受け入れるから」
ぼろぼろと涙を零しながら不貞腐れたように睨み付ける金茶。
さっきより顔が赤いのは激昂の所為かそれとも今更の恥じらいか。
先と同じ事を繰り返され、だけどこのまま同じ事を繰り返せはしないと判ってる。流石にそこまで馬鹿じゃない。
だが……俺はどうすれば良い? このまま魔導力を奪いそのまま打ち捨ててしまうか、それとも―― この判らない、知りたくもない感情に身を任せるべきなのか。
多分もう魔導力は奪えない。奪えるならつい今し方でとっくのとうに奪ってる。
では、この判らない感情に流されるべきなのか? 知る必要のないと切り捨てた感情を今更受け入れろと?
―― 受け入れる、等と考える段階で既に答えは出ているようなもの。なのに未だ到底認められなくて打消し、しかしそう足掻いている段階でどうしたいのかは決まったも同然。
なのにくだらないプライドがそれを認めたがらなくて、いつまでもこのまま馴れ合っていた方が結局は互いに傷付かずに済む筈だと自分を納得させようとする。
一夜の過ちとして手放せば……手放せるのか? 本当に? 強く自制しなければならない程触れたがっていた癖に?
決まっている筈の答えにすら戸惑って目を背けるなんてまるで何も知らない赤子のようだと自嘲し、それでも素直に受け入れられる程温い人生を歩んで来た訳じゃない。
だから俺はどうすれば良い? どうしたなら満足し納得するんだ?
掌に感じるアルルの体温と息遣いが自分のそれと区別がつかなくなる程長い時間考え、それから。


アルルの零す涙が先程のよりも煌いて見えるのはきっとこいつの笑顔の所為だと、拭っても拭っても乾かない頬に触れながらぼんやりと思った。



流されてしまった―― 結局はそういう事なのだ。







ぬくぬくほこほこな話を書く予定が、なにをどうしてそうなったらこうなったのでしょうか、な展開に。
一応ラストは甘い、んじゃないかな? 程度には甘いと思っているのですが、しかしそう言い切ってしまうにはあんまりだよなぁとかなんとか……(ごにょごにょごにょ)。
いいんです、私の書くシェゾさんはヘタレが定番ですから!(開き直りやがった)。

*フリー小説です。
私が書いたものだと判るようにして下されば、後はご自由にどうぞ。

大鷹 海凪

 list  author