もう何も……残るモノはない。

 

 

 

 

「そこに誰もいない」

 

 

 

 全てが終わったとき、一人だけ終わらず残った人がいた。

魔界のプリンス。自然を愛し続けた、世界を愛していたたった一人の優しい人が。

 遠い過去に、最愛の人を残して生き続けた男が。

 

 

 時空の歪みに、彼女が飛び込んでいったときから分かっていた。

 この少女はやり遂げるだろうと。最愛の男のために、きっとやり遂げるだろうと。

 運命からすべての人を解放するために、きっとやり遂げるだろうと。

 すべてのものが自由になって、解放され、無に戻るその瞬間を何度夢に見ただろう。

それと同時に何度切なさがこみ上げただろう。

 それも、運命だと決まっていたから。そう思って、捨ててきた想い。きっと運命だと。

 

 一人……一人の人間の少女は、私を愛してくれた。

 最後のその時まで。光の少女がやり遂げるまで。

 「あぁ……終わりましたわサタン様……。愛していましたわ……。」

 やり遂げた瞬間。徐々に消えていく世界が目に入って、ヤケにいたかった。

 ただ、青い髪の彼女は微笑いながら、自分へと手を伸ばして……

 「愛していますわサタン様……。ずっとずっとルルーの心は貴方の傍に……。」

 微笑みながら、無へと帰っていく彼女の手を握りしめることしかできなかった。

 「サタン様……。愛しています……わ……。」

 すと、なくなった。何もなくなった。声が残るのみで、何もなくなった。

 彼女の手から滑り落ちた指輪が、パンと弾けて宙に舞った。

 

 結局、何も伝えられぬまま、一言も喋らないまま。

 本当の想いを伝える暇もなく、皆が帰っていく。無へと。私を一人ここに残して。

 光の少女は、今一人で。闇の青年も今は一人で。きっと、きっとお互いを想って、泣いているんだろう。

 光の勇者も、小さな魔女の子も。そして、人ではないモノとして創られた二人の少女と水晶も。

 天使の羽根をもつ子も、寂しがり屋の鱗魚人も。元気な商人達も。

 私の愛していた世界にいきた、たった一つの大切な命が……

 いまやっと、今やっと。やっと……

 

 自由になれる。解放される。

 やっと、運命から逃れられる。

 

 

私一人を……ただ……ここに置いて……。

 

 

 

 闇の青年よ、お前の願いは叶ったか?

 運命とやらを憎み、縛られ苦しみを抱えて生きたものよ。

 お前の願いは……叶ったんだと想っていいか……?

 お前の願いは……叶ったんだよな。叶った……んだ……な。

 

 

 光の勇者よ。お前は此処で朽ちて良いのか?

 故郷に戻らぬと言い張って、最後まで魔女のこと一緒にいた勇者……。

 ただ、優しい嘘を付いて、自分を傷つけてまでして

 守るモノが……守るモノがあった……。

 

 

 

 世界が崩れ落ちる。世界が、私の愛した世界が。

 ただ運命に縛られ、ただおもちゃのように創られた世界が。

 

 だけど、皆がいた「世界」。

 皆が生きた「世界」。

 

 

 光の少女……。今お前は何処にいる?

 怪我をしていないか……?一人で寂しくないか……?

 きっとすぐに、お前の最愛の人が、お前の元へと逝くだろう。

 すぐに、会えるだろう……。きっと、すぐに会えるから……

 いま暫く、静寂を………………。

 

 

 

 もう二度と、繰り返さぬ方が良いのか。もう二度と、創らぬ方が良いのか……?

 何故、私は此処にいるのだろう。この無の中に ここには誰も居ない……?

 青髪の彼女の残した指輪だけが、今だ手に残っていて。

 砕け散ったモノ。彼女のモノだったモノ。今はもう持ち主は存在しないモノ……。

 何故、こんなものを私は未だ持っているのだろうか…?まだ…未練が残っているのか……

 

 その指輪は、何処か砕け散った世界に似ていた。

 これが契約だった、世界が創られたときから変わることなく続けられた契約だった。

 だから……何も口を出すことは出来ないけれど。

 私は此処にあり続けるのだろうか。いつか、またあの者達に会えると信じてはいけないのだろうか?

 光の少女。闇の少年。対照的に創られた二人のモノたち。魔女の子、呪いをおった勇者。

 泣き虫の少女。神殿を守る聖者。歌の好きな天使。……

 もう二度と会えないのだろうか。今さっきまで此処にいたのに……此処にあったのに。

 運命に逆らって生きようとしたもの達の亡骸すらもここにはなくて。

ただ、光の少女が勝ったことだけが分かって。運命から逃れられて。

それが終わりを示すことを知っていたのに、それで全てが終わると分かっていたのに。

何故私は迷っている……?

 

 

光の少女が旅立つ前に言っていたこと。当たり前のことなのに、妙に悲しいモノだった。

ちょっとだけ、いつもより弱く微笑みながらぽつぽつと言いだした少女。

強そうに見えていたけれど、本当は弱くて小さい人間なのだと……。

「サタン…ボクね、ボク…。キミのことも、皆のことも大好きだったよ…。」

少し俯き加減に、手に持ったカップをいつまでも握りめる手。

 

「だから……今…少しだけ後悔…してるんだよ。」

「出来ることなら……時を戻して…何も…何も知らなかったときに戻したいんだ…。」

「みんなと……シェゾと…もっと一緒にいたかったなぁ……。」

 

 ぽたぽたと、カップの中に涙が落ちる。

 この少女は、知ってしまっていて。すべての終わりの意味を。

 主催者を殺せば、自分達の行く末が確実に決まっていることも…。

 

 「え…えへへ……。なんてねっ!!ボク、もういかないと!!サタン、まだ暫く時があるね!!まだ会えるんだよね!い、一緒に、過ごそうね……。皆と一緒に、たっくさん思い出つくろ……。」

 

 大きく笑いながら席を立った彼女の目からは、大粒の涙が頬伝っていて。

「あ、あはは…。ボク、もっと強くなれるかなぁ…。なれる……かなぁ…。」

そう呟いて、そっと風が吹き抜けるように去っていた彼女の背中に、愛しい闇の姿が見えてヤケに胸

が痛かった。

 

本当に幸せになって欲しかった。

 私の愛したこの創られた「世界」のなかでも。

運命に縛られ生きていく中にも、幸せを探して、捕まえて。

 

その世界は、もう今や砕け散ってここにはない。

愛しいあの者達も、何処か遠くへと帰って行った。帰って……逝った。

 

もうここには、誰も居ない。

 

 

 

 あぁ、主催者よ。お前の望みは叶ったのだろうか?

 まだここに、お前の作り出した末裔は残っている。私という姿を残して。

 なんで、私は無へと帰らなかったんだろう。無へと返して貰えないのだろうか。

 コレもまだ運命なのか、それとも、……化せられた使命なのか。

 

 もう一度世界を創ったとしても、もう二度と同じ事は繰り返されない。

 ただ創っては、それを見て嘆くくらいなら創らなくても良い。

 

 人の人生は一度だけだから、輝くモノ。だから……

  もう二度と、あの者達を起こしてはいけないんだろう。

 

 会いたい……逢いたい……アイタイ。

 もどれるならば、戻らせてくれ。

 いもしない神に問うてみても、答えなんか返ってこない。

 もうここには何もないのだから。神など、存在しないモノ。ただの……全てただのモノ…。

 

 

 愛しきひとよ。この無の空間に一体何を見ろという?

 皆が帰っていった、空虚な空間がただ其処に黙って横たわっている。

 そう、もうここには誰も居ない。 誰も、居ない……。

 

 私は、何処へ行けばいい?青髪の少女が、残した指輪に問うてみる。

 帰ってこない返事を期待して。馬鹿らしいと分かっていても……

「私の元へ帰ってきてほしいですわ。一緒にいたいんですの。

 

 愛してますわ……。」

 ききたい返事は、その一言。だけど、やはり何も聞こえぬまま。

 

嗚呼、私は何もかもなくしてしまった……

 

 

 「……愛していたさ……。」

 「皆を……」

 

 「お前を……。」

 

 願いを想いを……声に出して。

 そうしたら、一気に熱いものがこみ上げた。

 おいていかないでと、誰かが頭の中で叫んでいるのも聞こえた。

 ただ、感情に流されるのも、悪くないなと……、そう感じた。

 

 

 

 

 

 もう何もない、その世界に生きた少女。生きた青年。命をもつもの達よ。

 いつか私がそこへ行くまで、どうかどうか、安らかな眠りを。

 どうかどうか、静かなる幸福を。

 

 次に生まれるその日まで。

 命の炎が再び燃えるその火まで。

 

どうか、次に生まれるその日まで……

 

 

 見えなくなっていった視界。 すと、目を閉じれば思い出す。

  幸せな時を。皆といた時を。 私が「生きて」いた時を……。

 

 

 

 

 

運命から逃れられた「世界」

       もうそこには誰も居ない。


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