prayer

 

 決して叶うことの無いもの……

 

 

 

 風の吹き抜ける中。夜はボクのもの。

  夜はキミのもの。

 

 

 優しく吹き始めた秋風の中、赤い瞳の少女が一人草原の中佇んでいた。

最初とは違い優しげに光る赤い瞳。険しかった彼女の瞳を変えたのは一体誰だったのだろう。

 

 彼女は誰かを探していた。自分と同じ赤い瞳を。

時空の水晶が、シェゾという少年の魔力をすって形となったもの。

 彼もまた雰囲気も、目の光りも穏やかなものへと変わっていった。だけど、底冷えするような瞳の奥に眠っている哀しみの色を一度も絶やすく事はなかった。

 

「……どこへ、いってしまったのかな?」

 

 ぽつりと、少女の声が漏れる。

 通称Dアルル。探しているのは、Dシェゾと言われる人。

 

 さくさくさく……

 草原を、軽い足音を立てて歩く彼女の姿は、この彼女の原型とも言えるアルルという光の少女より落ち着いていて、目を奪われるような強い何かがあった。

 彼女は闇だった。闇の中で独り覚醒を望んでいた。

 

 ふぅ……と溜息が漏れる。彼女の探している人はなかなか見つからない。

ふと居なくなってしまう。それが寂しくてならないと彼女の心は嘆いていた。

 何の気もなく、空を見上げた。

最初、まだ薄暗かった空が今では闇の色へと姿を変えていた。

ふ、と口を緩める。この闇から解放されたこと。それを彼女は彼女自身の中で誇りに思っていた。

 だけど、それと同時に少し寂しくなる。ここに一人だと思い知るから。

 

「彼がいれば、……独りじゃないのにね……。」

 

 自分に自分で言い聞かせる。彼を捜すのはそうそうたや易いことではなくて。

 今日もまた、何時間もかかるのかな……と、心の中で思った。

 

だけど。その思いは、思ったよりも早く叶った。

 

「Dシェゾ……?」

 

 いつも彼がいないような場所。少し高い丘の上。

いつの間にか星を見上げて歩いていた彼女が行き着いた場所。彼女を一番見かけるこの丘は、静かに風が吹き抜けていた。

その中に、赤いバンダナが見えた。彼の原型の青年と色違いのもの。

 

「あ……?Dアルルか…。」

 

 少し身を起こして、彼がDアルルを見る。

それと同時に、彼女の心に安心が降った。独りじゃないという現実と、彼に会えて嬉しいという両方からのもの。

 

「一体、どうしたの?キミが此処にいるのは、珍しいね……?」

 

 寝そべって、空を見上げる彼の横に彼女は座った。

 秋の風が二人の頬をかすめていった。

 

「…………?」

 

 何も言わない彼の横顔を見つめた。

彼女と同じ赤い瞳は、今一体何を見ているのか。彼の瞳の哀しみの色は、今あふれかえって今にも弾けそうだった。

 似合わない、悲しい横顔。オリジナルである彼なら、絶対に見せないだろうな…。と、彼女はこっそり思った。

 

「…願をかけてた。」

 

 消えるような声で呟かれた一言。

 秋の風が、あと少し煩かったら何も聞こえなかっただろう。

なおも彼は星を見ている。真っ直ぐ通る赤い瞳は、揺るぐことはない。

 

「願いを……?七夕にしたら、遅いよ。」

 

 季節はずれの願い事。

彼女も彼と同じように寝そべって、空を見つめた。

 もう夏が終わるな。と、心の中で彼女は思った。

 

 夏が終わるころなのに、未だ空に天の川は流れていて。

 

「…ねぇ、Dシェゾ?一体、何をお願いしたの?」

 

 Dアルルの声に、Dシェゾがぴくりと反応を示した。

少し間があって。いつの間にか風は止んでいた。

 

「……叶わない…事だ。俺が俺である限り、叶うことの無い願いだ…。」

 

 ぽつりぽつり。草原に言葉が募る。

叶うこと無い願い。矛盾した願いにも思える。

 

「叶うことの無い……?何故、そういいきれるの…?」

 

彼女は聞き返す。

闇に似た二人。遠いようで近くにあって、同じように闇に生きる。

不思議なほど重なる同調。奏でられる、軽やかで深い唄……。

 

「俺が……水晶だからだ。「生きて」いないから……。」

 

 思わず核心をつかれたように思った。

彼女が、一瞬動きを止めた。ずれ始めた薇、違うリズム。

 

「そ、そんな……?キミは、此処にいるよ…?」

 

 狂い始めた薇。ゆっくりと動く彼女の心。

だけど、彼の薇は動かない。動くことはない。

 

「…「いる」のではなく、「在る」のだ。」

 

 無機質な声。もどかしいくらい痛い言葉。

こんなことを聞くのであれば、大人しく家にいれば良かったと彼女は思った。

 この水晶の彼は。こんなにも冷たかった。

 

 黙り込んでしまった彼女を彼は引き寄せた。

刹那……。彼女の身体が、こわばった。怖がることなどないのに。

 ゆっくりと当てられた、彼の胸の上。なんだろうと、耳を澄ませた。

 

「聞こえないだろう……?命の音が。」

 

 彼の声が、押し当てられた胸を伝って彼女に響いた。

声は、いくらでも届く。だけど……聞こえてこない

 「命」の音が。

 

「……………………。」

 

 何も言えなくなってしまったDアルルの髪を無意識に撫でながら、彼はぽつりと呟いた。

 

「わかっただろう……?俺は、水晶だ。命を持つ物ではない。」

 

「だけどっ!!今、一緒に生活して、悲しんで、此処にいて!それだけじゃぁ、ダメなの?

 「生きて」居ることよりも、今一緒にいることのほうが大切じゃないの?

キミのその思いはキミのものだよ。キミが、感情を持った証拠だよ!」

 

 Dシェゾの声を破って、Dアルルの声が草原に響く。

 悲しい音を帯びた声。ずれた薇……いや、彼の薇は、動いていない。

彼女の涙を涙が滑って彼の服へとしみこんでいった。悲しそうに、伏せられた彼の目。

 その目が今彼女の方を向いた。

何か大切なものを見つけたように、喜びという感情が、彼の目にあるのを彼女はみた。

 

「生きているよりも……大切なもの……?」

 

 彼の問い掛け。期待を帯びたそれ。

彼女は微笑んだ。涙はもう流れない。

 

「ボクがキミのことを、好きだという事実。今、一緒にいること。」

 

 キリキリキリ……

彼の薇が、きしみながら螺子をまく。

 たった一人の少女の涙と言葉。

 

「Dアルル……。俺も、お前が……」

 

 とくん

 

 

 最後までいう前に、彼女の思いと、彼の思いが重なった。

そっと触れあった唇は、温かいと彼女は感じた

 

 

 とくん

 

 

彼の中で、薇が回り始めた。

同じ早さで回るそれ。彼女の薇がそっと彼に触れた。

 同じリズム 初めて奏でられ始めるメロディ

 

「キミは、キミであるから。心配はいらないよ……?」

 

そういって微笑む彼女に彼は素直に微笑みをかえした。

目のなかの哀しみの色は。少し和らいで見えた。

 彼女にはそれが何よりも嬉しかった。

 

 秋の風の中で、二人の陰が重なった。

 ―温かいな……―

彼女は一人心の中でそう思った。赤い目の少年には、ちゃんとした温もりがあった。

 それは、確かなもので……

 

 

夜の闇の中。同じ運命をもつ彼と彼女は、秋の風に包まれて。

 静かに響くは愛の唄。初めて奏でるメロディ。

 薇が動くようにと螺子を巻いたそれは、軋みながらも回り始めた。

 まるで一つのもののように聞こえるメロディ。

 願いを込めた彼の音。希望を持った彼女の音。

 それぞれ一つに流れるそれに、邪魔をするものはない。

 

 彼らは、自由だから。

 

 

 

 

 

 

 

「Dアルル〜〜!」

 

「オイ、ドッペルゲンガー起きろ!風邪引くぞ!!」

 

 赤い瞳の彼と彼女の頭の上から降ってくる声。

 それは、彼らの原型とも言えるオリジナル達だった。

 

「ン……?」

 

「……ぁ!?」

 

 いつのまにやら眠っていたようだ。

 彼の胸の上で眠っていたDアルルが慌てて飛び退いた。

 

「ったく、ビックリしたぜ。お前ら、生きてるんだからもう一寸気を付けろよ……」

 

 溜息混じりに蒼い瞳の青年が言った。

 

―生きてる―

 

 

 とくん……とくん……

 

 その言葉に、Dシェゾは反応を示す心に気付いた。

 身のうちから湧き上がるくすぐったい気持ち。今までない感情。

 

「本当だよ!!風邪引くよ〜?もう夏も終わるんだから!」

 

 金色の瞳の少女が笑いながら言った。

 秋のはじまるその季節。外で寝るにはもう遅いから。

 

 

 生きているから風邪を引くのか。

 生きているから感情を持つのか。

 

 

 そんな想いを頭の中で巡らせていた赤い瞳の青年に、同じ色の瞳の少女がクスリと笑って微笑みかけた。

 まるで母親が子供に接するような笑みだった。

 

「もうっ…ボクとシェゾがどれだけビックリしたか分かってないでしょ〜!?」

 

「アルル、こいつらにいうだけ無駄だ。ったく、世話のかかるやつだなっ……。」

 

「ごめんごめん、一寸散歩しててゆっくりしてたら眠っちゃったみたいなんだよ…。」

 

「風邪が気持ちいもんで、つい……な。」

 

 秋の姿へ形を変える草原に、自由である彼らの笑い声が響き渡った。

 

 

 

―自分も 形は違うけど生きてるんだ……。―

 

 

 回り始めた薇は、もう決して止まることはないだろう。

 彼の心には彼女の薇が噛み合わさりもう二度と外れることがないのだから…。

 

 ただ秋の風が吹き抜けていった……

 

 

  Prayer彼の願いは 決して叶うことはないけれど

        命あるものが願う 美しき祈りの形

     

       決して無駄ではない 決して無駄ではないもの。

      いつの日か そうわかる日が来ると信じて。

         

       純粋な彼らに 永遠の幸福が 神のご加護がありますように……

                ただそれを 神という存在に祈る……

 

 

………………FIN

 

 

 後書き(言い訳)

  

  ふと書きたくなったもの。とりあえずDシェDアル……。

 最後はHAPPYENDのつもりッス〜(一応

  Prayerって言葉、空の大好きな言葉なのです^^

 

                    

 

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