「夏の終わりの……」

 

 

 サタンが花火大会を企画した。

 やっと涼しくなったある夏の朝。

 

 

「急だよねー。」

「そうですわね……。」

「シェゾ遅いなー…。」

「ラグナスさん、今日来て下さるのかしら……。」

「来てくれないのかな……。」

「暑いですわ……。」

 

「一寸は話(アルル あわせてよ)(ウィッチ あわせて下さいまし。)」

 

 

 時はもう夕暮れ。日が落ちて、世界が闇に塗りつぶされる少し前。

ボクと、ウィッチ、ルルー。そして、主催者のサタンはもうとっくに来て、ぽつぽつと花火をしだしていた。

 だけど、シェゾとラグナスがこない。

 ルルーは、サタンの所で何か楽しそうにしてるし。だから、ボクとウィッチは少し離れた所で、二人でシェゾとラグナスを待ってた。

 

「いいなー……ルルーは。」

「今日ガイアースにかえるとか言ってましたわ……。」

「サタンも、良いところあるよね。」

「やっぱり、来てくれないかもしれませんわ……。」

 

 

「だから、話(アルル あわせようってば)(ウィッチ あわせません事?)」

 

 

 本日何度めかの溜息をついて、ボクとウィッチは星が光り出した空を見上げた。

 ルルーとサタンが、いつもと違って仲良さそうに花火をしていた。

 ボクとウィッチも花火をもらって足下に置いてるんだけど。だけど、どちらもそれを取らない。火を付けようともしない。

 

 本当は、今日ボクとシェゾのドッペルも来るはずだったんだけど。

 だけど、夏最後の時くらい二人で居たいらしくて、サタンの誘いを断った。

 

「……ねー、ウィッチー。」

「なんですのー?」

 

 座り込んだウィッチは顔をスカートの裾に埋めていた。

 もうどーでもいーやー。って、いう態度。会いたくて溜まらないんだろうな……。

 

「こないねー。」

「本当ですわねー……。」

「来ないつもりかなー。」

「………………。」

 

 はふ、と。さっきとは違う溜息をつく。

 僕が思ってるほど、シェゾはボクのこと思ってないのかなぁ。なんて、シリアスに浸ってみたり。

 くだらないなぁ……。

 

「ルルー…幸せそうだねー。」

「本当ですわね、今日くらいいじゃありませんか。ルルーさん、いつも可哀想ですもの。」

「そだね……。」

 

 ルルーとサタンが遊んでいるのがわかる。

 っていうか、ルルーの一方通行に見える。だけど、サタンも今日は楽しそうだ。

 

 いつもいつも、ルルーの思いは一方通行で、サタンはなかなか気付かない。

それでも、必死にアプローチして。弱音も吐かないルルー。カッコイイなって思った。

 そのルルーが幸せそうに微笑んでる。

 羨ましかったけど、なんだかホッとするような。

 

「アルルさんー……。」

 

「へっ!?なに?どうかした?」

 

 そんなことを考えてたらいきなりウィッチに呼びかけられた。

 

「私たちも、花火しません?」

 

「んー、いいよ〜。」

 

 どうせ、彼らは来ないもの。一体今なにをしてるのかなー。とか、思いながら。

ボクの魔法でろうそくに火を付ける。

 ユラユラユラユラ……。火が風に乗って、少し揺れた。

 

「本当に来てくれないのかなぁ……。」

 

「いつまでも言ってても、仕方ありません事よ?」

 

「うぅー、分かってるんだけどね……。」

 

 まだ、だだをこねる自分の気持ちに、今ひとつ素直になれないまま。

 す、と花火に手を伸ばす。

 ボクとウィッチが選んだ花火は、偶然にも、線香花火だった。

 

「あら、アルルさんも線香花火好きなんですの?」

 

「んー、他のも好きなんだけど……。今日は何となく…。そうゆうウィッチはどうなのさ?」

 

「私は、線香花火好きなんですの。」

 

 ニコ……と笑ったウィッチが寂しそうに映った。

 きっとラグナスと、やりたかったんだろうなー、なんて思うと少し悲しくなった。

 ボクも、シェゾと花火したかったのかなぁ……?

 

パチ……パチパチパチ……

 

 音をあげて、弾け始めた線香花火。

 闇に一瞬浮かぶ光。すぐに消えてないものとなる。

 

 声を上げて、伝えてみたい思い。

 一瞬迷う心。すぐに諦めるもうひとつの心。

 

 

「あ、落ちちゃった……。」

 

 ぽた……と悲しい音を立てて、光が地に落ちた。

ウィッチは、まだ線香花火を見つめている。何処か嬉しそうな、だけど寂しそうに。

 ぽた……とまた何かが落ちる。花火じゃないそれ。

ウィッチの頬を滑り落ちる、無職のそれは、花火の色をあびて七色に光る。

 

「ウィッチー……?」

 

 心配になって声をかけてみる。

 

「私、線香花火大好きなんですの……。」

 

 繰り返された言葉。嘘偽りはないと、目が語った。

 

「どうして……?」

 

 

 ウィッチのしていた線香花火の火種が、音もなく消えた。

 

 

「線香花火は…たった少しの揺れで、無駄なものへと変わりますわよね……?

 だけど、一瞬本当に一瞬世界が昼に変わるくらい、明るいものへと形を変えますわ…。

 その、一瞬が大好きですの。……こんな私にも、そんな風に輝けるときがあったとしたら…きっと、ラグナスさんの傍ですわ…。」

 

 幸せそうに、目を瞑った彼女の頬をまた一つ涙が滑り落ちた。

 

  「一瞬。輝ける今を、大切にしたいんですわ……。」

 

 ぽつりと、消えそうな声でだけど強さを持ったそれ。

 輝ける今…。短い命の仲で、ボクが一番輝いていられる一瞬。輝いていられる今とは、

一体いつのことなんだろう……?

 

―輝ける今を、大切にしたい―

 

 「今」は、一瞬しかなくて感じる暇もなくもう足早に後へと。

 そんなものを大切にしたい。と、いうウィッチ。

 

「ボクは……一体誰の傍で輝けるのかな……?」

 

 二本目の線香花火へ火を付ける。

もう一度、ぱちぱちと燃えだした線香花火。

 

 一瞬。本当に一瞬。極めて大きく、光が散った。

 

 ビックリした。本当に一瞬のことで、なにが起きたのか分からない今。

 すぐにボクを通り越して闇へと飲まれた闇は、その瞬間光に変わっただろう。

 輝ける今。ボクが輝けるのは、きっとシェゾの傍だろう。

 ボクが輝いていたいと思うのは、シェゾの傍であるから。

 

「ウィッチ……ボク、シェゾの傍で、今を過ごしたかったな……。」

 

「私もですわ……私も、ラグナスさんの傍で……線香花火のように輝けたらいいのに。」

 

 線香花火はずるい。ボク達二人より小さくて儚いものだけど、

その輝きに、ボクとウィッチは叶わないだろう……。

 

「ボク、これから先も、ずっとずっとシェゾの今を過ごしたいな……。」

 

 三本目の線香花火が弾けだす。

 もう一度、あの光を見たかったけどそれは叶わなかった。

 

 ふと、風が吹いたから。

線香花火は弾ける前に地面へと帰った。

 

 

 

「遅くなってごめんな?」

 

「よぉ…………。」

 

 

 

 ウィッチが、顔を上げるのがわかった。

だけど、何となく信じられなくてボクは、ただ落ちて消えてしまった線香花火を見つめた。

 

「ラ、ラグナスさん!?ガイアースに…いったはずじゃ……?」

 

 驚きと喜びの混じったウィッチの声。

それでも、ボクは顔を上げなかった。きっと、今情けない顔をしてるだろうから。

 

「…実はね……花火大会があるって聞いて、ウィッチも来てるかな……って思って。少し遅らせたんだ……」

 

「一緒に、花火を見よう?」

 

 ウィッチとラグナスみたいに、じゃれあって喋れたらいいのに。

心の中では、そんな想いが渦を巻いてる。顔が見たいのに、なんで顔が上げられないんだろ。

 

「はいっ!!」

 

 ウィッチがラグナスと一緒に遠ざかるのがわかった。

横にあった、かすかな温もりが遠くへ行った。

 

「………………アルル?」

 

「キミは……遅すぎるよ……。」

 

 本当には、こんな事言いたいんじゃないのに、なんでだろう?

未だ顔を上げられない自分が、悲しい。

 

「………どうした?…」

 

「ヒドイや、ボクのことなんか……ボクなんか居なくてもいいんだ。」

 

 違う違う違う。こんな事言いたいんじゃない。

会いたかった。とか、

寂しかった。とか、

 そうゆう事が言いたいのに。シェゾは来てくれたのに。

 

ふわ、と、風が吹く。

 そっと、顔を上げれば……

 シェゾが、ボクの横に座ってた。

 

それを見た瞬間。

 

「会いたかったんだよ。来てくれないと思ってた。寂しかったんだ、キミが居ないと寂しいんだ。ずっとずっと……。」

 

 

「キミの傍にいたいんだ。」

 

 

言葉が、台本のように口から出た。

だけど、感情を持った言葉。

今のボクは、輝いているのかな……?線香花火のように……。

 

「悪かったな・・・。」

 

 シェゾは顔をあげたボクの隣で、少しかるく微笑んでそういった。

 

「…………シェゾ、ありがと……。」

 

 ぽつりと呟いた。自分でも信じられないくらい、小さな声で。

 

 

 もう一度風が吹く。シェゾが立ち上がったんだ。

 

「ほら、いくぞ。花火、するんだろ?」

 

 月の明かりを背に受けて、シェゾがボクへと手を差し出した。

その手を、掴んで立ち上がる。それと、同時にそっと、シェゾの頬に触れてみる。

 

手では、無いそれで。

 

「……なっ…!?」

 

 赤くなったシェゾ。ビックリしたような、信じられないような顔をして。

 

「い、いこっ!!皆待ってるよ!!」

 

 それを無視して、ボクは走り出す。もちろんシェゾの手を握って。

 

 

 

 

 ボクは、あの線香花火のように輝けたのかな……?

  シェゾの傍だから…きっと輝けただろうな。

 

 

 この先、冬も秋も春も。そして、来年も

  ずっとずっとシェゾの傍で今を輝いていられますように……

 

 

 こっそりこっそり。心の中で思ったこと。

  いつか、きっと。ボクは、線香花火のように輝いて。

 

 

  

 

 

 ただ、置き忘れられた線香花火が、輝くまでの時間は、きっと後わずか……

 

 夏の終わりの……小さな恋は、夜空に咲く花火のように、いつか……きっと。

 

 

 

………………FIN………………

 

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