こ の 先 の 未 来 に 、 

 

君 が 居 な い ま ま は 終 わ れ な い よ 。

 

 

 

 

                               僕 ら の  跡

 

 

 

 

 「待っていてね。」

 

 

 片付いた白い部屋に、抑揚のない声が響いた。

静かに息を潜める、ただ白いシーツを身に纏ったベッドがもう今晩にはここで眠ることのない主を探しているみたいだ。

時計の針が、八時二十一分をさしていた。窓の外には満天の星。

秒針がまるでタイムリミットをささやいているみたいで、僕は時計の電池を捨てた。

 

 

 

 

 「…………。」

 

 

 広い書室で1人息を潜め、何度も読んだ魔導書を見詰める。

 何かをしないと落ち着かなかった。

 だから、こうして本を読んでいるというのに、本の内容はひとつも頭に入ってこない。そもそも、読まなくても覚えているのに。

 だけど、何かをしないと落ち着かなかった。

 読むことをやめて、字をただ目で追った。

 何気なくめくった先には多少薄汚れてはいたが、自分の字を表面に浮かべる白いメモ。

 白。白。白。

 俺はひとつ舌打ちをして、本を思い切りとじた。

 

 

 

 

 

遠い街で魔物と魔導士の戦争が起きている。

今朝、アルルの元に一通手紙が届いた。差出人は明記されていなかった。

不審に思いながらもアルルはその手紙の封を開けた。

最初に、乱雑な少し癖のある文字で書かれていた言葉。

アルルは眉を潜めながらも続きを追った。

内容は簡単なもので、戦争が起きていることと、力を貸して貰えないかと願いをこう手紙だった。

今現在、どちらが有利なのかも書かれてはいなかったが、こんな離れた街にまで頼りをよこしているということは、おそらく不利な状況なのだろう。

だけど、なぜ自分が?

考え込んだアルルの目に入ってきたのは、手紙の最後に書かれていた文字。

戦争が起きている街の名前。

自分の生まれ故郷の街から二つはなれた街だった。

 

 

 まだ幼い頃、初めて外泊を要求されるお使いを頼まれていった街だ。

 自分が産まれた街からも少し遠く、森を抜けていかなければならなくて、途中で何度も家に帰ろうと泣きべそをかきながらも歩いて、やっとの思いでついた街だった。

 小さな町ではあったが、とても賑やかでいつも通りには活気があふれていた。街を出れば、自然が拡がっていた。

 その街から少し離れた場所に、高くも低くもない山があった。

 魔物が住んでいると言われていて、なんとなく不穏な空気が漂っていたが、街の人々がいうには干渉しなければ、向こうも何もしてこないという話だったので誰も恐がりはしていなかった。

「街にだけ行きなさい。」

「山に入ってはいけないよ。」

家を出るとき、何度も言い聞かされた言葉。

なるほど、そういうわけだったのか、と、幼いながらも納得した。

 

 

 その街で、今戦争が起きている。

 自分の故郷からは離れていたし、なんの連絡もないということは多分故郷にまではまだ被害が及んでいないのかもしれない。

 早まる心臓に言い聞かせながら、アルルはひとつ息を吐いた。

 だけど、いつその戦争が拡がっていくかわからない。

 自分の故郷まで及んだら。そう考えると、血の気が引いていった。

 

 

(いかなきゃ。)

 

 

 (戦争に加わるかどうかは後回しだ。でも、どうなっているのか、みにいかなきゃ。)

 

 

 アルルが決意を固めるまではそう時間はかから無かった。

 

 

 

 

 

 サタンに事の次第を説明し、こうして荷物をまとめあげると、自分の思いたったらすぐ行動という性格が目に見えてわかって、アルルは1人で口元をゆるめた。

 静かに一人、部屋で止めた時計をみていると、サタンに言われた言葉が蘇ってくる。

 

 

「本当に、行くのか?」

 

 

(うん。いくよ。だから、こうして荷物をまとめたんじゃない。)

 

 

 

「戦争には、参加、するのか?」

 

 

(…事の次第によったら。)

 

 

 

「気をつけていくんだぞ。」

 

 

(うん。)

 

 

 

「帰りを、待っているからな。」

 

 

(うん。)

 

 

 何も戸惑うこともなくいった自分の言葉。

 軽く口に出していたけれど、確かに事の次第によったら戦争に参加することもあるかもしれない。そうなれば、生きて帰ってこられる保証はない。

 つまり、この街に帰ってこられるかどうかわからないのだ。

 

 

 (あいつにも、もう会えなくなるのかな。)

 

 

 アルルの頭の中に、一人、人物が浮かんだ。

 

 

 

 

 

 黒いカーテンをひき、外を見るとも月が半ばまで上がっていた。

 書室にある時計は電気を消してしまったから読めない。だけど、多分十時前後だろうとシェゾは想った。

 

 

(聞きたい訳じゃなかった。)

 

 

 空に浮かんだ満点の星を見上げて、ふと浮かんだ否定の言葉。

 

 

(むしろ、聞きたく、なかった。)

 

 

 ガラスの窓に爪をたて、意味もないのに空をにらんだ。

 烏だろうか。闇の空を、影がよぎっていった。

 

 

(あいつが、出ていくだと?)

 

 

 

 アルルがサタンの城へ来た同時刻、実はシェゾもそこにいた。

 資料を探して、サタンの城へときていたのだ。

 書庫から、必要な資料を探し出し、サタンの元へいこうとドアに手をかけた時、アルルの声が聞こえてきた。

 シェゾは、ドアにかけようと伸ばした手をそっと下ろした。

 

 

 『僕の故郷の近くで、戦争が起きているみたいなんだ。

  様子を見て、くるよ。』

 

 

 アルルの声は一本の筋を通したようだった。

 サタンが、そうか。と、返答をする声が聞こえた。

 暫く家を空けることになるかもしれないから、かーくんをよろしくしたいんだ、と、アルルが言っていた。

 わかった。と、いつになくマジメにサタンが答えた。

 カーバンクルの声はしなかった。

 寝ているか、それとも落ち込んでいるのだろうと、推測した。

 

 

 『参加は、するのか?』

 

 

 サタンの声。

 何に、とは、言わなくともわかる。

 少し間はあったものの、アルルは先ほどとかわらない声で「うん。」と、答えた。

 その後、何か話している声が聞こえたが、シェゾの耳にはもうなにも入っていなかった。

 

 

 

 (死ぬかも、しれねぇんだぞ。)

 

 

 気が付けば、書庫に引き返していて、外を見れば夕方だった。

 手にもった書類は、机の上に重ねてあり、早く帰ろうと思って、出てきたときと変わらない荷物を持って俺は書庫をあとにした。

 

 

 サタンの元で、これだけ借りていく。と、呟いた俺に、サタンは、何も言うなよ。と、幾分辛そうな表情でいった。

 

 俺が、止めるとでも?

 

 皮肉に笑っていうと、サタンは視線をそらした。

 

 俺に、止める権利なんてあると思うか?

 

 ドアを開けながら呟いた俺の声は、サタンに聞こえたかどうか解らない。

 

 

 

 借りてきた資料が散らばっている机へと向き直り、資料を揃えておいた。

 

 

 (結局あいつの所為で、何も頭にはいらなかったじゃねぇか。)

 

 

 (いや、あいつは何も悪くねぇだろ。)

 

 

 自嘲めいた笑みがこぼれたのが、なんとなくわかった。

 

 

 (何を、そんなに動揺している? 闇の魔導士さんよ。)

 

 

 

 

 

 空に満天の星。明日はきっと晴れる。よかった。

 

 僕は、そっとそう思ってカーテンを引いた。

 途端に暗くなる部屋に、白いシーツだけがぼんやりと見えた。

 その裏側に、独特な笑みを浮かべる人をみた。

 

 

 (さっきから、あいつばかり。)

 

 

 どうするだろう、と、思うと止まらなかった。

 それから今までの時間、闇や、時計盤の黒い文字や、静かすぎる部屋の中、繰り返し頭に浮かぶ一人の男。

 

 

 (シェゾ。)

 

 

 おかしいなぁ、と、笑ってみたけれど、頬が引きつった。

 

 

 (永遠のお別れじゃないじゃない。)

 

 

 だけど、そうかもしれない。

 

 さっきから、堂々巡りをくりかえす思考。

 僕の頭の中を占領しないでよ。

 僕は、そっと目を閉じた。

 

 

 

 

 (好きだから、なのかな。)

 

 

 認めたくなかった。

 ずっと前から、なんとなくわかってはいたけれど認めるのがなぜか悔しくて、今日いままで考えないように自然に避けてきた疑問。

 

 

 (今じゃなくても、いいのに。)

 

 

 例え、好きだったとしてどうするの。

 自分は今から、遠い街へいく。帰ってくる保証もない。

 そんな、相手に今さら告白されても困るだけじゃないか。

 

 

 (だけど。)

 

 

 (きっと。)

 

 

 暗い部屋。シェゾの皮肉な笑いかたが脳裏にうかんだ。

 口元が何か言葉を言っているような気がした。

 

 

 (今、じゃないと、ダメ、なんだ。)

 

 

 希望を初めから捨てているような気がして、なんとなく悔しくなった。

 今じゃないと、決められない。

 そう、思った。

 

 今、決めないときっと自分は後悔する。

 もしかしたら、二度とこんな風に真面目に考えられる時はこないかもしれないのに。

 

 僕は、シェゾが好きなのかな。

 

 立ち上がって、シーツに手を掛けた。

 今、何時だろう。時計は止めちゃったから、わからない。

 月が空の中心に近づいているのを、視界の端っこにみた。

 

 目を閉じた。

 彼が見える。   『 逃 げ る の か よ 。 』

 

 

 目を開けた。

 満天の星灯りが窓から入りこんで僕の手を照らしていた。

 

 

「逃げないよ。」  (後悔しなよ、シェゾ・ウィグィィ。)

 

 

 

 身を包んでいる衣服を取り払って、丁寧にかけておいたシーツをひろげて、身体に巻き付けた。

 空には満天の星。月はまだのぼりきらない。

 

 

 「逃げない。」

 

 

 呟いて、僕は家を飛び出した。

 

 シーツ一枚、纏った姿で。

 

 

 

 

 

 

 書室の電気をつけた。途端に明るくなった部屋に、軽く眩んで目を薄く開けた。

 探し求める本を選んで、目を通す。

 これでもない、あれでもない、と、何冊目かの本を取ろうと手を伸ばした途端。

 

 

 「!!?」

 

 

 ばーん! と、玄関の方から破壊音が響いた。

 思わず落とした本をひろうのも忘れて、俺は早足に玄関へと向かった。

 

 

 

 

 はぁはぁと息を切らしたアルルを目の前にシェゾは固まっていた。

 

 

「やぁ。」

 

 

アルルは、シーツがめくりあがるのを防ぎながらにっこりと笑っていった。

 おそらく吹っ飛んで消えた玄関の先、見える星空のいかに光り輝くことか。

 シェゾは目眩を感じながらも、ああ、と、返事を返していた。

 

 

 「…とりあえず、入れ。」

 

 

 眉間に指先をあてながら、シェゾは低く呟くと、アルルはまたにっこりと笑った。

 裸足で駆けてきたアルルの足は、露と少しの泥で濡れていたが気にならなかった。

 

 

 

 ソファに座ったアルルは自分の身体に纏ったシーツの裾を指でもてあそびながら、隣の部屋から香る珈琲とココアの匂いに満足感を覚えていた。

 全体的に黒い部屋に、ここはシェゾの家なんだ、と、一人笑っていると、気持ち悪いな、なんて呟きながらカップをもったシェゾが自分の目の前に座った。

 

 黒っぽい部屋に、アルルのシーツがよくはえる。

 そんな、とんちんかんな事を思いながら、シェゾは珈琲を啜った。

 目の前で同じようにココアを啜るアルルと視線がかちあった。

 目をそらそうとする前に、アルルはまた笑った。

 カップを手の内にちんまりと納めて、シェゾ、と、アルルは呟く。

 シェゾは自分のカップを机の上に置きながら、時計をそっと観た。

 十一時四十七分。

 もうすぐ、明日になる。

 

 シェゾ。と、もう一度アルルが呼んだ。

 

 

 

 「すき」

 

 「すき」

 

 

 

 「だいすき」

 

 

 呆気にとられる自分がアルルの琥珀の目に真っ直ぐ写った。

 アルルも同じように、シェゾの蒼い瞳に写る。

 なんとも嬉しそうな自分を見詰めては、アルルは何度も、すき、と、くりかえした。

 シェゾが目を閉じた。

 もう一度あけた瞳には、戸惑いがあふれていたけれど、微かな笑顔の兆しをアルルは捕らえていた。

 一つ、溜息を吐いて、シェゾはかすかな微笑みを浮かべた。

 

 

 「シェゾ」

 

 

 すき、と、繰り返すのをやめて、アルルがさっきよりもはっきりをシェゾの名前をよんだ。

 シェゾは、視線で先を促す。

 

 

 「けっこん、しよー」

 

 

 まるで小さな子どもみたいな言葉。

 思わず吹き出したシェゾに、アルルは本当に子どもみたいな笑みを浮かべた。

 純粋すぎる微笑みにシェゾが、声を上げて笑った。

 

 時計の針が十二時を指した。

 

 

 

 

 「その、シーツは、ウエディングドレスとかその類か?」

 

 

 くっくっ、と、笑いを堪えながら、シェゾがいった。

 

 

 (何故、俺はこいつがいるだけで)

 

 

 「そうそう! 僕、白い服なんてそんなにないしさ。

 

  結構、いいでしょ?」

 

 

 ひらひらと、シーツの裾をアルルが揺らして笑う。

 襲われたらどうすんだよ、と、笑う俺を見越して、その他は考えなかった。と、アルルは笑ったままいった。

 暖かい空気が流れているのを、アルルもシェゾも心の中でそっと感じ取っていた。

 

 

 (なんで、僕はシェゾがいるだけで)

 

 

 

 

 「で、どう?」

 

 

 アルルがココアを一口飲んで、微笑みを浮かべて聞いてくる。

 白いシーツのドレス。

 亜麻色のまじった髪のいろ。

 琥珀の目。

 それから、笑顔。

 

 

 「まぁまぁじゃねーの?」

 

 

 シェゾはコーヒーに目を落としつつ、だけど確かに声色を柔らかくしながら答えた。

 アルルは思わず吹き出すのをはじまりに、シェゾもまた笑った。

 

 

 「そうじゃ、なくっ、てっ!!」

 

 

 笑いすぎて息が切れて、切れ切れにアルルがいった。

 シェゾは笑うのをやめて、静かに微笑んだ。

 アルルも微笑んだ。

 

 秒針が時を刻む。月は空の真ん中。

 

 

 

 

 「ばーか」 (答えなんて、) (決まってんだよ。)

 

 

 

 

 優しく笑うシェゾを前に、アルルは太陽みたいな笑みを浮かべた。

 

 喜びに煌めく二人の目は、家の電気で揺れて輝く。

 二人の間、通じた心。 邪魔をするものはなにもなかった。

 

 

 (こんなに、幸せ、なんだろう。)

 

 

 (こんなに、みたされるんだろう。)

 

 

 

 

 一つかけていた自分が見つかったような、ならなかったオルゴールがなりだすような、海に朝日が輝くような。

 言い表せない暖かい幸せが二人の上に降った。

 

 

 

 (今なら、 何があっても、 何が起こっても、 平気)

 

 

 

 

 

 

 

 「んで、式場はどこにするんだ?」

 

 

 ニヒルな笑みを浮かべてシェゾが立ち上がった。

 アルルは、シェゾを見上げた。

 シェゾの姿を頭の先から足元までじっとみたあと、もう一度微笑してシェゾを見上げた。

 

 

 「君の衣装は、そのままで大丈夫だね?」

 

 

 「黒いしな。」

 

 

 顔を見合わせて、軽く笑う。

 今だ湯気をたてているカップ二つでさえも、笑ったようだった。

 

 

 「花道、つくるか。」

 

 

 ふと、思いついたようにシェゾが呟いた。

 なんか呟きながら、シェゾが別の部屋に入っていく。

 アルルは、首をかしげながらシェゾが消えた部屋をみていた。

 さっき自分が壊した玄関からみえる星空が、これから行われようとしている結婚式を見守っているようだった。

 

 

 (あ…。)

 

 

 

 アルルがぼんやりと外を眺めていると、シェゾが腕に深紅の肩掛けやら色々服や布を抱えて戻ってきた。

 アルルは振り向かず、ただ外を見詰めていた。

 そうだ。此処がいい。 自然だけのものがある。

 

 

 「ねぇ、シェゾ。 式場さ、外はどうかな?」

 

 

 シェゾに気付いたかどうかはわからなかったが、アルルが呟いた。

 一瞬外に目を向け、シェゾがアルルに向かって微笑む。

 

 

「いいんじゃねーの?」

 

 

振り向いたアルルの嬉しそうな笑顔を受け止めながら、シェゾが玄関から外に抱えていたものを並べて深紅の道をつくった。

丁寧に、まるで壊れ物を扱うかのように敷き詰められていく。

暗い夜の世界に、いびつだけれど一本深紅の道が浮かび上がる。

家から漏れだした光が、僅かに深紅をひからせる。

上からは、自然の光をいっぱいに降り注ぐ満天の星空と月。

 

僕らの式場にしたら、丁度いいんじゃない?と、アルルが言ったら、シェゾは、マントと闇の剣をそっと机の上に置いて、上等だ。と、返した。

シェゾが指しだした手に自分の小さな手を重ねてアルルがシーツのウエディングドレスを纏って立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

 深紅の道。空の星。 新譜も観客も、誰もいない結婚式。

 夜の世界に、確かに浮かび上がる白と黒。

 

 

(最高だね。)

 

 

(上等じゃねぇか。)

 

 

 

隣を歩くのが、あなたならそれだけで幸せなんです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「誓いの言葉。」

 

 

 

 アルルが、呟いた。

 

 夜空のしたは、家の中よりも静寂がまして。

 アルルはツバをごくん。と、飲み込んだ。

 澄んだ空気を吸ったりはいたりするアルルの方にシェゾがそっと手を置いた。

 

 アルルは一度微笑みを彼に向けると、誰にいうでもなくただ一人の人を見詰めていった。

 

 

 

 「僕、…私はこの命を失っても、何もかもなくなっても、例え、嫌われても、生涯シェゾ・ウィグィィにつきまとうことを誓いまーす。」

 

 「なんだよ、それ!?」

 

 「素敵、でしょー。」

 

 

 

 に、と、アルルがシェゾをみて悪戯をした子どもみたいに笑う。

 シェゾもあきれ顔はしているものの、何処か嬉しそうに笑った。

 

 緊迫した空気は消えてしまったけれど、代わりに生まれた微笑みにふたりは笑う。

 

 

 

 「嫌うわけねーだろーが。 生涯、な。」

 

 「えー、そっちこそ何なのさ、それ!!」

 

 「誓いの言葉。」

 

 「…ほんき?」

 

 

 

 笑い声が夜空に響く。

 ぱちぱちと瞬きをくりかえす星空も、暖かい光を投げかわしていた。

 

 

 どちらかがというわけでもなく、途端にふたりは静かになった。

 

 

 シェゾがアルルの顎を上に向けた。

 視線が交差する。 優しい光をたたえて。

 風さえも、息を止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 「誓いの、…キスを。」

 

 

 

 

 

 

 どちらともなく、呟いた。

 

 

 

 

 何度も何度も、啄むように口づけを交わす二人を空で星や月が見守っている。

 

 

 静かすぎる世界に、二人の鼓動だけ響く。

 

 

 

 

 

 

 

 何回でも、足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 唇を話して、向かい合った。

 最後にもう一度、軽く口づけをかわして僕はいった。

 

 

 

「シェゾ、僕、人を助けにいってくる。

 

 僕の街の近くで、戦争があるんだ。 守りたい。助けてあげたい。

 

 僕、戦争に参加するよ。故郷も守りたいけれど、やっぱり街の人達も助けたい。

 

 帰ってくるから。だから、待っててね。」

 

 

 

 一気に言い切った僕の頬には涙は流れなかった。

 だけど、シェゾが僕の頬をぬぐいながら、何度も頷くもんだから、視界は簡単にぼやけてしまった。

 

 だけど、泣かないよ。 お別れじゃないんだ。

 

 

 

 

 

 「アルル」

 

 

 頬にキスをおとされた。

 シェゾはそのまま自分の服の裾をかんで、一本の黒い紐を作った。

 僕の手を取って、左手の薬指に結んだ。

 夜風にはためく黒い布。 

 

 

 

 「…夫婦、だろ?」

 

(当然じゃねぇか。)

 

 

 

 僕も同じように、シーツの裾をかんで、裂いた。一本のいびつな白い紐。

 裸足の足先を伸ばして背伸びして、シェゾの頬にキスをして、彼の左手の薬指に同じように結びつけた。

 

 

 

 「そうだね」

 

 

 「ばかなこと、きくんじゃねーよ。ばぁか。」

 

 

 

 シェゾの憎まれ口も、そんな笑顔みたら優しい一つの言葉になっちゃう。

 飾った言葉なんていらない。

 僕らは僕ららしい言葉で。

 

 作り物の言葉よりも、聞きたかったのはその言葉。

 

 

 (いつだって、そうだったね。)

 

 

 

 

 

 

 

 星空の見守る中で、僕らは何十回もキスをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウエディングドレスは、シーツだったから純白じゃなかった。

 

 花婿の衣装も、真っ黒じゃなくて、闇の魔導士のローブだった。

 

 花道は寄せ集めて作ったものだった。

 

 観客も誰もいなかった。 聖書を読み上げる神父も、音楽もなかった。

 

 

 

 ただ、僕らの大切な幸せな思いだけがそこにあった。

 

 

 

 

 僕らは、それで幸せだった。

 

 それで、上等だったんだ。

 

 最高の結婚式。 式場は屋根も何もない、だけど自然の命あふれる場所。

 

 

 

 

 

 

 

 (僕らに、お似合いの場所だね)

 

 

 

 

 

 

 翌朝、旅立つアルルの左手には黒い指輪がはためいて、窓からそっと様子をうかがうシェゾの左手には、白い指輪が輝いていた。

 晴れ渡る二人の心を移しだしたような快晴。

 アルルは大きく踏み出した。

 旅立つために。 そして、帰ってくるために。

 

 

 

 

 

 純白のドレスを纏いながら、ふざけながら、追いかけっこ。

 

 憎まれ口は、僕らを繋ぐもの。

 

 飾らない指輪こそ、僕らなんだ。

 

 

 

 

 そうして、手に入れたのは、幸せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

  歩 く 道 の 先 で 、 

 今 日 も 君 と 僕 で 幸 せ を つ く ろ う 。

 

 

 

 

 

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