激しい雨音。響く雷鳴。

『さあ、誓いの時だ…私の…花嫁』

 薄暗い部屋に男の声が響いた。








Midnight Wedding





「うん…んっ…」

 やけに身体が重たい…そんなことを思いながら、ルルーはゆっくり目を開けた。
 ぼんやりとする頭。けれど感じる違和感。
 上半身を起こすとそこには見慣れない景色が広がっていた。


「ここ…どこよ?」

 一見教会のような場所だと思ったが…教会とは何かが違う。
 光の一切入ってくることの無い真っ黒なカーテン、部屋の中をぼんやりと照らす悪魔を象
った飾台、中央の黒と赤のステンドグラスの窓には普通の教会にならば金色の十字架が
掛かっているところだろうがここには漆黒色の逆十字が下がっている。
 なんだか不気味…というよりは悪趣味だなとルルーは思った。


 それにしてもどうしてこんなところにいるのだろう。
 重い頭で考えてみる。
 自分の記憶に間違いが無いはずなら、ベッドで寝ていたはずである。
 夕食後に異様な眠気を感じ、付き人であるミノタウルスと執事のじいに挨拶をして、ネグ
リジェを着て自分の部屋のベッドに潜り込んだ。
 なので、自分が他の場所にいるのはおかしいことである。
 もしも夢遊病であるならば別かもしれないが、ルルーにはそんな覚えは全く無い。


「それにこのドレス…」

 ネグリジェを着ていたはずなのに、いつのまにか漆黒色のドレスを着ていた。
 胸元が大きめに開いて実にセクシーで大人っぽいドレスである。
 花やフリルが控えめにあしらわれ、スカートにはやけにボリュームがあって…これは、

「まるでウェディングドレスみたいじゃない、黒いけど…」
『やあ、お目覚めかな…?』

 ルルーがまじまじとドレスを眺めていると、いきなり声が聞こえた。
 真正面にあった扉が開かれ、部屋に入ってくる人影。
 
「あんたは…」

 年を刻んだダンディな顔立ちをした、タキシードに身を包んだオールバックの金髪の男
性。
 加えて紳士的な佇まいとくれば、素敵なおじ様と呼んでも過言では無いだろう。
 ただし…人間とは違うとがった耳とその口元に妖しく光る大きな犬歯を覗けば…。

「伯爵…」

 ルルーは苦虫を噛み潰したような顔を自らが伯爵と呼んだ人物にむけた。

 初めて会う相手ではなかった。
 彼は当時16歳だったルルーを誘拐し、血を吸おうとしたのだ。
 結局それは、彼女曰く、世界一素敵で慈悲深くて格好良くてとにかく愛していると言うあ
の方によって事なきことを得たのだが…。
 その後も魔導学校の課題において、たまたまではあるがルルーの邪魔をしてくるなど、
彼女にとっては出来ることなら…いや絶対に会いたくない相手なのだ。

『ドレスは気に入ってもらえたかな?』

 伯爵がルルーとルルーの着ているドレスを見やった。変質者っぽい目をしていると一瞬
思ってしまったが、そういえば。
 ドレス…。どうやら伯爵のプレゼントのようである。なるほど彼がこの服を自分に…

 と思った瞬間、ルルーはあることに気がつき固まった。

『ん…?どうしたのだね??』

「いやーーーーーーー!!!!!!!」


どごかっ!


『うごがぁっ!』

 ルルーがおもいっきり投げたイスが伯爵の顔面に直撃した。

「これを着せるのに、わ、私の服を脱がせたってこと?!眠っている乙女になんてことする
のよ、このど変態!!」

 あまりのショックにルルーはそこら中にあるものを構わず伯爵に投げ続ける。
 かけてあった絵画、置いてあった花瓶、飾台、本棚…などなど、その場にあったありとあ
らゆるものを。

『わ、私では無い!ドレスを選んだのは確かに私だが、着せたのはこの館にいる女中だ
っ!』
「あらそうだったの」


 その言葉を聞いたルルーが、あっさりと手にもった特大のテーブルを元の場所に戻し
た。
 もう少し遅かったら伯爵はこの世にすでにいなかったことだろう。

「それにしても…、あんた。一体どんだけ私にちょっかい出せば気が済むの?全く、こりな
い奴ね〜」
『フフフフフ…キミが私の花嫁になるまでだね』
「はぁ?!」

 ルルーが嫌味をいう。心の底から迷惑という気持ちを込めて。
 しかし、伯爵はそれをものともしない。
 鼻からダラダラと出た血を拭きながらも格好を付け直して言った彼の言葉に、逆に、ル
ルーは思わず変な声をあげてしまった。

「花嫁??あんた、私の血が目的なんじゃないの?」
『どうやら、私はキミに恋をしてしまったようでね』

 鼻血を上品にもハンカチを使ってキレイに拭い終わった伯爵は、恍惚の表情で語り始め
た。
 そんな伯爵にルルーはといえば呆れ気味であるが…。

『君にコテンパンにされてからも、君のことが忘れられなかった…。君のあの私を睨む目付
き、君のそのしなやかな肢体から繰り出される技!思い出すだけでゾクゾクとしたあの感
動が蘇るのだよ』
「…あんた…Mだったのね」

 目覚めさせたのは自分かもしれないということは考えもせず、ルルーが思ったことを素直
に口にする。オマケに嫌悪の表情も付け加えて。
 しかし、伯爵はその言葉を見事にスルーしてそのまま言葉を続けた。


『そう、これは恋なのだと私は気付いた。怪我を癒すため棺おけで休んでいる間、ずっと君
の事だけしか考えられなかった…そして!!』


 伯爵がいきなりルルーの腕をひき、自分へと近づける。
 互いの顔が触れ合うのでは無いかと思うくらいに近づき、伯爵の目がルルーを強い視線
で見つめた。

『キミを花嫁にしようと誓った。無論、キミの血を吸ってだがね…』

 伯爵が紳士的な容貌に似合わないにやりとした顔で笑う。煌く犬歯が厭らしい。

「結局はそれが目的なんじゃない!それに…」

 ルルーの目が伯爵を睨みつける。そして、

「私がそう簡単に従うとお思い!? "風神脚!!"」

 叫んだルルーの声と風を切るような激しい蹴りが伯爵に向かう。
 しかし、

『残念だが』
「!!」

 伯爵は造作も無いと言うように、ルルーの蹴りをいとも簡単に片手で受け止めてしまっ
た。そして驚いているルルーの隙を逃さず、あっさりとルルーの両手を拘束してしまう。

「くぅっ…!」
『キミが私に勝てたのはあの闇の貴公子が私の力を封じたからに他ならない。力さえ戻っ
てしまえば…キミなど敵では無いのだよ』

 確かに。今まで伯爵に勝てたのは、サタンによってエナジー・ドレインをされて伯爵が弱
体化していたり、よくわからない『日光サル集団の舞い』という恥ずかしい舞を踊って伯爵
にダメージを与えられたりしたからこそ。

『前回はペットを助けに来た奴のおかげでキミは助かったかもしれない。しかし、今回は奴
がくる理由はない』
「…!!」

 その事実はルルーの胸に痛みとなって突き刺さった。
 そうだ…。どんなに待ってもあの方が来ることは無い。あの時とは違って、ここにはカー
バンクルはいないのだから…自分を助けに来る必要なんて無いのだ。

『さあ…大人しく血を差し出すがいい』

 抵抗しなくてはいけないと思うが、伯爵に押さえつけられているせいかそれとも別の理由
か…思うように力が上手く入らなかった。
 けれど、伯爵の牙は大人しくなったルルーの喉元に容赦無く近づいてくる。


『さぁ、永遠の誓いをしよう。私の花嫁よ…』


 絶体絶命としか思うことが出来ない。


 その時、


「だ〜れが誰の花嫁だ、このロリコン吸血鬼が」

『「?!」』

 突然伯爵では無い声と気配が現れた。
 ふいに伯爵による身体の束縛が溶けて、その瞬間、代わりに別の人物の腕の中に収め
られる。
 捕らえるという拘束ではなく、守るというために。
 その人物とは端正な顔立ちをし、深緑の髪と金色の角を持った…

「サタン様?!」


 ルルーを抱しめるように腕の中に包む、魔界の王…サタンの姿があった。 

『闇の貴公子?!…なぜ貴様がここに!!!』

 全く想定外のことだったのだろう。焦る伯爵。それに対してサタンは、ふふん、というよう
に答える。

「どこぞの変態吸血鬼が勝手に人の大事なものを拐ったという話を聞いてな。取り返しに
来たのだ」
『ここには貴様のペットはいないぞ!!』
「そんなのわかっとる!!…カーバンクルちゃんは…ずっとアルルのところだしな。くすん」

 サタンが情け無い表情を浮かべた。うっすら涙すら浮かんでいるようだ。そんなサタンの
表情に伯爵すらどうしていいかわからなくなってしまっている。

「とにかく!!今はそのことは関係無い!!」

 サタンの復活は普段に比べてわりと早かった。きっと伯爵はこのサタンのマイウェイな態
度に付いて行ききれていないことだろう。
 そんな伯爵を尻目に、サタンは涙をさささっとふき取り、伯爵に向かってぴしゃりと指をさ
した。

「さあ、どう落とし前をつけてもらおうか!」

 全く格好はついていないが、これでも魔王と呼ばれる男。伯爵は気を持ち直して、サタン
を睨みつける。

『…よくわからないが、そう簡単にやられると思うか!!があっ!!』

 伯爵がサタンに向けて真空の刃を放つ。
 しかし、サタンが溜息を付きながら手を払うと伯爵の攻撃は虚しくも霧散した。

『なっ…!!』

 自分の攻撃が全く相手にならないことを知って伯爵は驚愕する。
 普段はおちゃらけていて馬鹿としか思われていない彼だが、さすがは魔界の王と言われ
るだけはあるということだ。

『ぐぬぬぬ…うがぁっ!!』
 
 半ばヤケクソ気味に伯爵はサタンに襲い掛かる。ルルーを抱えながら、ヒラリヒラリとそ
の攻撃を避けていくサタン。
 いくら伯爵が強かろうと通じるはずが無い。始めから実力が違いすぎるのだから。

「そんなに血と女が好きというのなら…」

 左手にルルーを抱えたまま、サタンが右手に魔力を集中させた。
 すると漆黒の剣…いや、バットのような棒状の魔力の塊が形成されていく。

「看護婦さんのいる病院でお世話になるがいいーーーーーー!!」

かきーーーーーーーーーーん!

 『ナイスホームラン!!』と言いたくなるような見事なスイングでサタンが伯爵に魔力の塊
を叩きつけた。

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

 伯爵は情け無い叫びと共に部屋に大きな穴を開け、遠くに遠くに飛んでいったのだった。









「ふぅ。多分、こっちの方角が病院で間違いなかったはずだが…まぁ、いいか」

 サタンが伯爵の飛んでいった方を見やった。伯爵の空けた穴からは雨の降っている外
の景色が見える。

「あ、あの…サタン様」

 サタンの腕の中で、顔を真っ赤にしたルルーがおずおずと声をかけてきた。

「あぁ…すまんな。痛かったか?」

 ルルーがどうして赤くなっているのかは気にせず、苦しかったのかというくらいに思ってサ
タンは自分の腕からルルーを解放する。

「いえ、そうではなくて…あの…助けて下さって本当にありがとうございました」

 そう言って、ルルーはぺこりとサタンに向かってお辞儀をした。

「いや、お前が無事ならそれでいい」

 奥ゆかしくお辞儀をするルルーに、サタンは可笑しかったのか嬉しかったのか…温かく
微笑んだ。

「でも…どうしてサタン様がここに?」
「ミノタウルスが必死にお前を探していてな、私にお前が攫われたことを教えてくれたのだ
よ」
「ミノが…」
 
 帰ったらミノにお礼を言わなきゃね、とルルーは心の中で思う。
 たが、それ以上にルルーは先程からずっと気になっていることがあった。

「あ、あの…サタン様…」
「ん、何だ?」

 ルルーがサタンに問いかける。
 さっきの伯爵とのやりとりからずっと気になっていたこと…。

 けれど、
 
「え、あの…何でもありません…」
「むっ?問いかけておいて何でも無いというのも変な気がするが…」
「…申し訳ありません…」
「いや、謝ることでも無いのだが…」

 聞こうとして言葉が出なくなってしまった。





―サタン様の大事なものって…私のことですか―





 それがルルーの聞こうとした言葉。
 
 サタンが伯爵に言っていた大事なものは…カーバンクルでは無いということは自分のこと
だったのではないかと。
 だが、ルルーはそれを聞くのをやめようと思ってしまった。

 きっと今聞くべきことではない。
 
 それに…、聞く必要も無い、と思ってしまった自分がいる。


 
「それにしても…」

 サタンがルルーをまじまじと見ながら声をかけてきた。

「何でしょう?」
「そのドレス…似合わんな。ふむ」

 パチンとサタンが指を鳴らすと、漆黒色のドレスは純白のドレスに早変わりする。
 先程とは違って、肌は全体的に覆われるなどレースがふんだんにあしらわれていた。フ
リルや花がたくさん付けられていて、どことなくメルヘンチックなドレスだ。

「これで良い」

 サタンは自分の見立てた純白のドレスに未を包んだルルーを見て子供のように満足そう
に頷いた。そんな彼がちょっと可愛いなとルルーは思った。

「花嫁には白い衣装に決まっているだろうにな。全く、悪趣味としか思えん」
「サタン様ったら…」

 ぶつぶつと文句を言うサタンの姿にルルーは思わず笑ってしまう。
 誰もが見惚れる容貌を持ちながらもちょっと間抜けなところもあったり、伯爵をいとも簡
単に倒してしまう強さを持ちながらどこか情け無いところもあったり、大人の顔も持ちつつ
変なところで子供っぽかったり…


 本当に、



 どうして彼のことを思うだけでこんなに気持ちが暖かくなるんだろう。






 ルルーはサタンを見て優しく微笑む。するとサタンも微笑み返してきた。

「やっと笑ったな」
「えっ…」

 驚くルルーにサタンは近づいた。その表情はとても嬉しそうだった。

「さぁ、屋敷まで送ろう。花嫁殿」

 サタンがお茶目に笑い羽を広げた。そして、ルルーを優しく抱きかかえようとするが…

「待って下さい」

 ルルーが手を前に出し、サタンの行動を制止する。

「ん…。どうしたというのだ?」
「あの…、外は雨がまだ降っててこのままでは濡れてしまいます。だから…」

 心臓がドキドキと高鳴る。でも、このまま自分の思いを抑えることは出来ない。 

 だから、ルルーはサタンの懐に飛び込んだ。
 大胆にも背中に手を回し、サタンのことをぎゅっと抱しめる。

「…ルルー…?!」
「もう少しだけ…このままでいさせて頂けますか。…この雨が…止むまで…」



 このまま帰るのは勿体無い。迷惑をかけるかもしれないと思いつつ、それでもルルーは
こうしてサタンといたいと思った。
 憧れの純白のドレスに身を包んで、愛しい人とこうして2人きりでいる…それがとても幸
せだったから。
 ただの真似事でしかないということもよくわかっている。けれど、こうして2人でいればい
つかそれも叶うのではないかと。
 今と未来に永遠を誓い合えるような気がしたから。


   
「…わかった…」



 サタンはルルーを優しく抱しめてそれに応えた。互いの温かさが伝わり、そして伝わって
くる。

 
 夜の闇が満ちる部屋には、雨の音だけが静かに響く。























 2人を包む優しい雨音。雲の隙間から見え隠れする月の光。


―今はまだ…

 けれど、必ず貴方に相応しい女になります。

 だから次にこんな純白のドレスを着る時は…

 貴方のお嫁さんとして私を迎え入れて下さいね―


 サタンの暖かな腕の中、ルルーは思いを呟くのだった。

 





〜fin〜



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 【スキカッテ】のこぱらさんから素敵な小説をいただきました。
 コメディの中にも真面目さを。こぱらさんはそういうの得意ですよね(笑)
凄く羨ましいです。
 ほのかに甘く、切ないルルーとサタンのお話。
 優しいストーリーにほんのりと心が温かくなりました。サタンさまのルルー
を大切にする気持ちが本当に嬉しかったです。

 サタンさまを心から愛しながらも、思いは届かないと信じてしまったルルー。
そんな彼女の危機に、一滴の躊躇も抱かず飛び込んでいくサタンさま。
 いつも観望者な彼が自ら戦いへと身を投じるのも珍しいですよね。それだけ
サタンさまにとってルルーは大切な存在なんだろうなと感じました。
 普段の彼は努力家なルルーをただ何も言わず見ている。でもこぱらさんの
サタンさまは、ちゃんとルルーの事を見ているなと思えてとても嬉しくなるので
す。
 教師としてでも魔界の王としてでもなく、彼自身として。彼女に期待を抱き、
同時にその期待は裏切られないと確信している。そんな感じがします。心根
から彼女を信用し、愛してるんだろうなと。
 言葉にしてなにも伝えないのは、きっとその現れなんでしょうね。
 何もいわずとも彼女は自分に向かってきてくれるから。自分は彼女が大人
になるのを待っていればいい。時折、その成長を心の中で喜びながら、彼女
が躓きそうになったときは、そっと肩を支えてやればいい。
 言葉の一つ一つも当たり前のようにさりげなく。
 そういう年上の恋愛観ってすごい好きです。きっと、彼女の小さな勇気も、成長
として喜んでるんだろうな。

 ルルーがどんなに不安で切ない想いを抱いていても、本当は傍にいてちゃん
と見守ってくれてるんですよね。ただ、ルルーはまだ幼くて、臆病で、だから気付
かないだけで。こんなにも近くにいるのにね。
 一刻も早く、ルルーがそのことに気付いてくれたらなと思います。

 伯爵は良いやられ役になってくれるし、ミノは良い牛だし、サタルル好きとして
は凄く嬉しい作品です。
 六月、雨、Junebrideのテーマが上手く組み合わさってるのも凄く良いですね。
 同志が少ない中、こんな良質なサタルルに出逢えて本当に幸せです。
 こぱらさん、ありがとうございましたm(_ _)m
 これからもサタルル同志、頑張っていきましょう!そして是非、サタルルを広め
ましょうねw
 素晴らしい贈り物、ありがとうございました。