ずっとそばに…
「サタンさまぁ〜?」
いつもよりもいくらか大きな声で呼ぶが返事がない。
はぁっと深く溜息を吐き、青い髪の女性(っと言っても年齢的には少女なのだが)は辺りをきょろきょろと見渡す。
「…一体どこにいらっしゃるのかしら…」
青い髪の女性…ルルーは今日もサタンの城を訪れていた。
しかし、いつもは名を呼べば何らかの返事をよこす魔王も今日に限って返事が無い。
それどころか何処を探しても姿も見えず、気配すら感じないのだ。
「どんなに遠くに居てもサタン様を見つけ出せる」と自負している彼女である。
こうも見つからなくてはショックも大きいだろう。
「えぇっと…玉座、寝室にはいらっしゃらなかったわ。書庫、客室にもいらっしゃらなかったし…」
一つ一つ周った部屋を思い出して見る。
毎日のようにここに訪れているのだから彼女にとってここは自分の家同然であり、知らない場所など無い筈だった。
しかし、城の部屋を隅々まで探してみてもサタンを見つけ出す事が出来なかったのだ。
「…出かけてしまわれたのかしら…」
もう一度大きな溜息を吐きそう呟く。
「まさかアルルの所!?」「いいえ!そんな筈はないわ!」などと独り言を言いながらたどり着いた部屋は
最初に訪れた玉座の間。
カーバンクルのぬいぐるみが辺り一面に散らばっている。が、当然のように彼の姿はない。
「サタン様…」
座る者の居ない玉座を前に数秒間途方にくれたルルーは、ふと何かを思い出したようにカーバンクルのぬいぐるみを
掻き分けながら玉座の裏へと回りこむ。
一際大きなぬいぐるみを得意の体術を駆使して退けると、その下からは青白く輝く魔法陣が姿を現した。
「…そういえば屋上にはまだ行ってなかったわね」
呟きながらルルーは魔法陣に乗る。軽い眩暈のような感覚と共に視界が歪む。
数秒か一瞬かの後に鮮明になり始めた視界の奥には…
「サタン様!」
「…ん?」
やっと見つけたこの城の主を目の前に嬉しそうに駆け寄る。
その声にサタンは首だけ振り返る。
「おぉ、ルルーか…。呼んでくれれば出迎えたのだが…」
「何度もお呼びしましたわ。お返事がないのでお出かけになられたのかと…」
隣に並び苦笑するルルーに「そうか…すまなかったな」と同じように苦笑で返す。
ふと、ルルーはサタンの手に握られた紙切れを見て不思議そうに首を傾げた。
「手紙…ですの?」
「うむ…」
一瞬深刻そうな顔をし頷き、次の瞬間サタンは手に持っていた手紙を魔導の炎で燃やしてしまった。
手紙はぼっという音を立てて激しく燃え上がり、灰となって地面に舞い落ちる。
その行動に驚いているルルーに体ごと向き直り苦い笑を浮かべながら。
「すまんなルルー…用事が出来てしまったのだ…」
「そう…ですか…」
残念そうにうなだれるルルーに少しだけ考え、サタンは。
「古い友人に逢いに行くのだが…良かったら一緒に行くか?」
「え!?よ、宜しいのですか…?」
ルルーの言葉に「うむ…」と頷く。その様子は何かに少しだけ戸惑っているように見えたが、
サタンからの誘いが嬉しくて、ルルーはそれに気付く事が出来なかった。
「では…行くか?」
「は…はい!」
差し伸べられた手に少しだけ頬を染めながらルルーは手のひらを重ねる。
魔法陣の時と同じような軽い浮遊感と視界の歪み…。
おそらくサタンが転移魔法を唱えたのだろう。
目の前が次第に鮮明になり辺りを確認できるようになると、そこはルルーの家にも負けるとも劣らない豪邸の前だった。
くすんだ白い壁と青い屋根がたどってきた歴史を想わせる洋館。
玄関の前にはアーチ型の門があり、その上にはバルコニーが見える。
周りを見渡すとそこは鬱蒼と茂る森で他に建物は見当たらない。
まるで外界から隔離された様な空間に少しだけ寂しさを覚える。
「………」
「…ぁ」
無言で歩き出したサタンに慌てて付いて行く。
玄関をくぐり、豪華なシャンデリアが館内を照らすエントランスから階段を上がり、長い廊下へ…。
迷う事無く進むサタン。さっきから一言も喋らないサタンを不思議に思いながらも半歩遅れて付いて行くルルー。
やがて一つの扉の前で立ち止まる。何か緊張したような面持ちで深呼吸をするサタンを横目で見ながら疑問は増すがルルーは何も言わない。
少しの間の後、意を決したように扉を開く。サタンに続いて中へ入ると、そこは寝室のようだった。
ベッドと机、そして本棚だけが置いてある質素な部屋で、ステンドグラス張りの窓が一つ有るが、それだけが外の光を招き入れる
たった一つの手段のようだった。
「…サタン…か…?」
不意にベッドの方から声がした。弱々しく小さな声。辛うじてそれが男性の声だと解る。
その声を聞き、サタンはベッドに歩み寄る。ルルーもサタン続く。
ベッドには一人の老人が横たわっていた。しわくちゃの顔に白い髪。
身体は痩せ細り、肌の色は血色が悪く青白い。
「うむ…久しいな。リクセンよ。しかし、随分老け込んだものだな」
「はっはっは…全くだ…ワシも随分年を取ってしまった…しかし…お前は相変わらずのようだな…」
リクセンと呼ばれた老人の声に応えるサタンの声はいつもの彼となんら変わりはない様に思えた。
さっきまで様子がおかしいと感じたのは気の所為だったのだろうか?
ルルーがそんな事を考えていると…。
「…ん…?そこのご婦人はどちらさんかな…?」
「あっ…、わ、私はルルーと申します。今日はサタン様のお供を勤めさせて頂いていますわ」
はっと我に返り、慌てて自己紹介をするとぺこりとお辞儀をする。
それを聞いたリクセンはくすんだ茶褐色の目を細め、弱々しいながらも楽しそうに言った。
「…そうかそうか…ルルーさんと言うのか…サタンのヤツもようやく身を固める気になったのかな…?」
「なっ!?そ、そういう訳ではっ!」
「わ、私は只…!」
慌てて弁解しようとするサタンと頬を真っ赤に火照らせながらも言葉が続かないルルーとを見やり
リクセンは弱々しく、しかし楽しそうに笑う。
「…しかし…本当に久しいな」
「ふむ…お前と逢わなくなってざっと50年近くなるさなぁ…」
「そうか…もうそんなに経つのか…」
「…懐かしいのぉ…」
リクセンは目を細め、ベッドに横たわった状態のまま本棚に目を向ける。
サタンとルルーも自然とリクセンの視線を追った。そこには一枚の写真が立てかけられている。
サタンと一人の青年…。ライトブラウンの長い髪を後ろでまとめ、分厚い本を片手に微笑んでいた。
それが若かりし頃のリクセンなのだろう。
「あの頃のお前は天才軍師などと呼ばれていたな」
「…今はすっかり年老いたがな…」
「…不敗の…リクセン…?」
呟いたルルーに二人の視線が集中する。その名は聞いた事があった。
もう何十年も昔の話だが、とある国に有能な軍師がいたと。
「…知っていなすったか…」
「えぇ…話に何度か…。そうですか…あなたがあの…」
「いかにも…ワシが不敗のリクセンと呼ばれていた男よ…」
「こいつはな…50年ほど前に妻を戦乱で亡くしてから軍師を辞めてしまったのだよ…」
「…所詮ワシには戦いの道は不向きだったのよ…」
遠い目をして言うリクセンにサタンは少しだけ茶化すようにいう。
「お前は昔っからドジでマヌケだったからな。忘れたとは言わせんぞ?釣りに出かけた時
うっかり足を踏み外し溺れかけたのをな」
「ははは…覚えているさ…。だが、お前も人の事は言えぬのでは無いか…?
覚えているか…?森に狩に出かけて…」
「あぁ!?それは言わんでいいっ!」
ルルーはそんな二人の昔話を微笑みながら聴いていた。久しぶりに逢った筈なのにそれを感じさせない二人の会話。
本当に仲が良いのだろうと思う。同時にリクセンが少しだけ羨ましかった。
彼は彼女の知らないサタンを知っているのだろうから…。
それからしばらくの間二人は昔話に花を咲かせていた。ほとんどが二人のドジ暴露大会だったが、
楽しそうに話す二人を見ていてルルーも楽しかった。
やがて笑がおさまり、一息吐くと。
「…ふぅ…久々に喋りすぎてしまったわい…そろそろ休ませて貰うとしようかの…」
「…そうか…」
「…今日は本当に有難う…逢えて嬉しかったぞ…」
「…なに…また来るさ…」
「はは…そう言って貰えると嬉しい限りだなぁ…。…ルルーさんや…」
「は、はい…」
突然名を呼ばれ、驚いたように返事をするルルー。
リクセンを見るとくすんだ茶褐色の瞳と視線がぶつかる。
「…サタンの事…宜しく頼みましたぞ…?」
「?…え、えぇ…」
何の事やら解らなかったが取り合えず頷く。なぜかそうしないといけないような気もしていた。
それを聴いたリクセンは満足そうに頷き、短く「…お休み…」と言って目を閉じる。
「あぁ…ゆっくり休め…ゆっくりとな…」
呟くように言ったサタンの声は何処か苦しげだった。
踵を返し扉へ歩き出したサタンを振り返るが、その表情を見る事は出来なかった。
外へ出て行くサタンを見送り、もう一度老人を見る。
その瞬間ルルーは気付いてしまったのだ。一人の人間が一つの人生にピリオドを打ったのを…。
「…っ!?サタン様っ!?」
慌てて今しがた部屋を出たサタンを追い、部屋を出る。
今度はサタンを直ぐに見つける事が出来た。
彼は部屋から出た直ぐ目の前にあるバルコニー(おそらく外から見えた場所だろう)に一人佇んでいた。
「…サタン様…さっきの手紙…まさか…」
「あぁ…余命が短いという知らせだった…。ヤツの末息子からのな…。しかし…それが…今日…とは…」
数歩離れて立つルルーを振り返らずにサタンは言う。
その声はあまりにも苦しげでルルーは胸が締め付けられそうだった。
「…人の死を見るのは…慣れないものだな…。…私は今迄多くの人間と関わってきた…
しかし…皆私を残して逝ってしまう…人間の命とは…なんとも儚いものか…」
ゆっくりと話し出すサタンに、何も言えずに只もどかしさが募る。
そんな自分に苛立ちを覚えながらもルルーは言葉を紡ぐ。
今の自分には何も言えないし、上手く言葉に表す事もできない。
しかし、今の自分の想いだけはしっかりと伝えたかった。無責任だろう事は承知の上だ。
「…らしくないですわ。そんな暗い顔…リクセン様も見たいとは思わなかった筈ですわ」
「………」
「…サタン様がお望みなら…ルルーはずっとサタン様のお側におりますわ…
今迄サタン様が出逢って来た方々の代わりは出来ませんけど…」
その言葉にぴくりとサタンの肩が震える。
しかし返ってきたのは否定的な言葉。
「…無理だ…お前も所詮人間…いつ私から離れて行くか解らん…
それに…今はそうでも…いつ心変わりが有るか解らんだろう…?」
「それはサタン様の考えですわ。私の考えは違いますもの…。私はサタン様と一緒に居られる方法があると信じていますし、
必ずその方法を手に入れてみせますわ。…例えそれがアルル達を敵に回す事になったとしても…。
…心変わりも有りません…それともサタン様は私がそんな軽い女だとお思いですか…?」
解っている。もし本当にアルル達と敵対するような事があったなら、この魔王はそれを許しはしないだろう。
しかしルルーには例えそういう状況に陥ったとしても、必ず目的を達成させる自信が有る。
迷いが生まれない訳ではないだろう。だが自分にはそれを振り切る事ができる。
恐らくそれは自分にしか出来ない事で、アルルに勝てる唯一のものだとも思うし、それを誇りだとも…。
「…もし…貴方と出逢えなければ…もし、貴方を愛さなければ…今の私はここには有りませんわ。
アルルや…他の皆とも出会う事は無かったでしょう…。だから…私は貴方から離れられないし、離れてはいけないのです…。
…受け入れて欲しいとは言いません…只側に居させて下さい…それしか私には出来ませんから…」
歩み寄りサタンの腕にしがみつく。少しだけ自分の気持ちに嘘を吐いた。
出来る事なら自分だけを見て欲しい。他の誰でもなく、自分だけを…。
そう思うと胸が苦しくなり鼻がつん…と痛くなる。涙が溢れそうなのを必死に堪えながら、
この想いが変わる事ははたして有るだろうか?と思う。
「…ずるいな…私は…」
サタンは呟き、そっとルルーの頭を撫でる。子供扱いされるのを極端に嫌うルルーだったが、それを拒むことはなかった。
何となくサタンが自分をここに連れて来た理由がわかった様な気がした。
それは多分、死に逝く友人を前に一人で居られる自信がなかったのだろう。誰かに側に居て欲しかったのかもしれない。
それは自分じゃなくても良かったのかもしれない。だけど今ここに居るのは紛れもなく自分なのだ。
同じ哀しみを、同じ苦しみを、同じ場所で分かち合えるのは他でもない自分のみ…。
それがルルーにはそれが嬉しかった。例えそれが偶然の産物で有ったとしても…。
「人は…孤独では生きてはいけないと言います。…サタン様も…そうなのですね…?」
「………」
ルルーの頭に手を置いたまま、サタンは何も答えない。
沈黙は肯定。この魔王も自分となんら変わりないのだとルルーは思う。
種族は違えど、想いは同じなのだと。
今迄遠いと思っていた存在。その距離が少しだけ縮まったような気がした。
「…側に居ますわ…」
「…あぁ…」
「逃げたって無駄ですわよ?私は何処までもサタン様を追いかけて行きますわ。
例えそれが…魔界の果てだとしても…」
「あぁ…そうだな…」
ルルーの言葉にサタンは微笑む。その顔を見て安堵するルルー。
自分の存在が彼にとって癒しになれるのであれば、それ程嬉しい事は無い。
「帰ったら…美味しい紅茶とお菓子をご用意いたしますわ」
「あぁ…楽しみにしていよう」
微笑んで言うルルーに、同じように微笑み答えるサタン。
「…側に…いますわ…。ずっと…側に…」
絡めた腕に少しだけ力を込めながら、ルルーはもう一度そう呟いた。
***あとがき***
一応サタルルですが…サタンとルルーが限りなく偽者っぽい!(爆
いや、サタンって何か社交的なイメージが有るからこんなシチュエーションもいいかなぁ〜?っと…(何
サタンの孤独とかそういうの書きたかった筈なのに見事玉砕してしまいました(死
サタンファンさん、ルルーファンさんごめんなさいっ!!
こんなんで「読んで『このCP好きv』って言ってくれる人が増えるような小説が書きたいわ(はぁと)」
などと言ったら確実に殺されるでしょう(何
えっと、一応この小説には元になった…というか、イメージした曲があります。
佐田真由美さんの「ever after〜もしもあなたがいなければ〜」ですv(タイトルだけで解る人って何人居るんだろうか?)
某ドラマで流れてた曲なんですが…もう最高に良い曲ですw
何故かこの曲聴いて無性にサタルルが書きたくなったv(何故
普段、小説を書くとなると、例え短編でも何日も掛けてしまう私が…この小説に掛かった時間は何と…たった2日!(遅
出来は…どうなんだろうこれ…と言う感じですが、まぁ時間が経てば「結構良い小説だ」と思える日が来るでしょう。
多分…(マテ
こんなんでも気に入ってくれる人が居るなら嬉しい限りですw
でわでわv