安らぎの許に

 

 

Dシェ〜?Dシェゾ〜!」

 

 これで一体何度彼の名を呼んだだろう?辺りは森のざわめきと鳥達の騒ぐ

声が聞こえるだけで、返事の方はというとさっぱりで。

 

「…全く、何処へ行ってしまったんだろう…?」

 

 立ち止まり呟く。

書斎には居なかった。地下書庫にも…。またリビングのソファに転がってるのか

とも思ったけれど、そうでもない。ましてやベッドの下になど居るはずはなく…。

 

周りを見渡すといつもと変わりない庭。しかしそれは日々変化し続けるもの。

良く見れば、ポストの周りの草が少し伸びていたり、二人で育てている菜園のトマトが

昨日よりも少し大きくなっていたり。

それはまるで、私達が共に過ごした時間を暗示しているようで、「草刈りしなきゃ」

と思いつつも自然と笑みが溢れ出る。

過去の自分には出来なかっただろう不思議なほど自然な微笑み。私を変えたのはただ

一人の愛しい男。変わらない想いをくれたただ一人の。

 

 目を閉じ、お気に入りの赤いワンピースの胸元に手を寄せる。感じるのは漆黒の光を形

作りし魔力の波動。伝えてくるは胸で煌く黒き水晶。

 元は彼の一部であった其れは、彼の魔力と共鳴する事によって私にその存在を伝えて

くれる。

…どうやらそれ程遠くへは行っていないらしい。その事を確認すると、私は真っ直ぐ前を

見据え歩き出した。

 

悠然と後ろへ流れ行く木々の景色。静かに草を踏む一人分の足音が何処か寂しい。

 胸の黒水晶は淡く漆黒に輝くけれど、彼の姿を見つけられずに回りに視線を奔らせる。

頭上を見上げてみたり、木の影を覗いてみたり。空振りを喰らうたびに溜息を吐いてはまた

歩き出す。繰り返し繰り返し。

 

「…あ……」

 

 本当に何処へ行ってしまったんだろう?寂しさが苛立ちへ変わり始めた頃、一際大きな

木の根元に見つけた一つの影。

 

「…こんな所に居たんだ…」

 

 小走りに近づいて、木の下で仰向けに寝転がっているその姿を見つけ、安堵を覚える。

さっきまでの寂しさなんて、すっかり忘れてしまっていた。

 

無造作に投げ出されたその体。紅い瞳は今は固く閉じられ、風が軽やかに銀色の髪を撫でる。

本を持ち込んでない所を見るとただ涼みに来ただけらしい。徹夜続きだったからだろ

うか?それで睡魔に襲われ、そのまま眠入ってしまったのだろう。

 

「……外に出る時くらい一言言ってくれれば良いのに…」

 

 気持ち良さそうな寝顔、寝息。木漏れ日が彼の髪の上で弾けて煌々と輝き、木の葉

の影が彼の浅黒い肌の上で悠然と揺れる。

 その顔が愛らしくて、この瞬間が愛しくて、隣に座りながら静かに笑った。

 

「…自分だけ気持ち良さそうにしてて…狡いよ…?」

 

 悪戯を思い付いた子供のような気分。心が躍るような、胸が熱くなるような。

 ゆっくりと胸の上にうつ伏せ、身体を預ける。

聞こえてくる確かな音。彼の中で流れるリズム。このまま重ねて解け合えたらどんなに良い

だろう?なんてこと、共に歩んだ時間の中で一体何度思った事だろう。

それでもそんな事できる筈などないから、私達は二人で一つなのだと。

 

「…ん……Dア?」

 

 彼が眩しそうに顔を顰め、ゆっくりと開かれたまだ眠たげな紅が私を見下ろす。

 

「…おはよう、Dシェ、随分気持ち良さそうに眠っていたね?」

「…あぁ…いつの間にか寝てたんだな……」

 

 少しだけ頭を擡げ覗きこみ、大きく欠伸をしたその姿にくすりと笑った。

 目を擦る仕草はまるで起きるのを渋る子供の様。私だけが知る事のできた彼の愛しい幼さは

私の想いを優しく掻き乱す。

 

「…まだ眠たい…?」

「……あぁ…」

「…もう少し寝ていて良いよ…?」

「……お前は…?」

 

今にも閉じられてしまいそうな紅い瞳が真っ直ぐ私を見つめる。頬を優しく撫でる大きく暖かい手は

ただそれだけで熱く甘い息苦しさを私の胸に刻みつけ、切ない安らぎでこの躰を満たした。

 

「…私も少し寝るよ。なんだか眠くなってしまったから…」

「…ん……そうか…オヤスミ…」

 

 再び閉じられた紅い瞳。腰の辺りに腕の重みを感じてお休みの口付けを落とす。少しの間その寝顔を

見つめてから、首筋に顔を埋め私も眼を閉じた。

 

暖かい風が少しだけ強く吹き、運んできたのは花の香りと彼の匂い。

 鷹揚に流れ行く時の中、安らぎの許には

 私と君と二人のみ。

 

 たまには二人で日向ぼっこも悪くないね。

 

 

***あとがき***

何かが言いたかった訳じゃないけど何となく書きたくなったほのぼのSS。

奇跡的に一日で書きあげたと言う…。まぁ、短いから当然と言えば当然かも…(苦笑

短すぎっていうツッコミは無しですよ(焦

闇乃彼方様のイラストに触発されてしまいましたv(笑

イメージ違う?(焦

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