たっぷりのクリームチーズに ほんの少しのブランデー
ふわふわのスポンジと生クリームに コーヒーとココア
そして チョコレート
それは
甘くてほろ苦い「恋」のように…
ティラミス
「わぁ〜っ、美味しそう!ルルー、料理上手になったよねっ!」
ヴァニラの香り漂う暖かなキッチン。珍しくいつも通りの穏やかな時間が過ぎ去った後、
彼女の作品を目にした魔導師の卵は感嘆の悲鳴を上げた。それを見て彼女…ルルーは満足
気に微笑む。すっきりとした軽やかな甘みと、深いコクと爽やかな苦味を持つそれはルルー
自身も上出来だと思える程の作品だったのだ。
「そりゃそうよ。私だってそう毎回毎回オーブン爆破させたりなんてしないわ」
ちょっと前までは毎回毎回オーブンを爆破させていたルルーが、白いエプロンドレスの
腰に手を当て得意気に言う。アルルは驚いたような関心したような表情で、眼をキラキラと
輝かせルルーの自信作“ティラミス”を食い入るように見つめていた。
「あんたの方こそ今回は良い出来じゃない。少しは上達した?」
「まぁね、ボクだって失敗ばっかりしてられないよ〜」
ルルーの言葉に、アルルがほら、というようにまだ暖かいチョコレートブラウニーを
ティラミスの傍に並べ笑って言う。しかしそのエプロンには「苦戦した」と言わんばかりに
茶色いシミがあちらこちらにこびりついていた。
今日は2月の14日。世間では「バレンタインデー」と呼ばれ、巷で騒がれる大イベントの日だ。それ
は二人にとっても例外ではなく、ルルーとアルルも数日前からの打ち合わせ通り、朝早く
からアルルの家でチョコレート作りという激しい戦いを強いられてきたのである。
ルルーは出逢った瞬間から追いかけ続けてきた大切な人の為に。
アルルは「仲間」という名目の下、掛け替えのない人の為に。
「あとはラッピングだね!」
「その前に、コレ…でしょ?」
「あ、そっか!」
軽くウインクしたルルーの手には二枚のクッキープレート。これも二人のお手製であり
これが無ければ二人の作品も完全ではない。プレートには可愛らしい柄やメッセージが
チョコレートによって既に描かれている。
「あれ?ルルー、書いたのそれだけ?」
「え?えぇ」
それは素朴なものだった。プレートは線や丸で縁取りがされ、ただ「サタン様へ」と。
「ルルーなら『ILOVE YOU』とか『愛しのサタン様』くらいは書くと思ってたのにな〜。
飾りも結構シンプルだし…」
顎に手を当てルルーのプレートを見つめるアルル。
派手好きなルルーの事だ、飾りも相当派手なものになるに違いない。そう思っていたから意外
だった。そして返ってきた言葉も。
「そんな言葉、要らないわよ」
冷めたの?
なんだかそっけないような気がして不思議そうにそう問うと、ルルーはまさか!とプレートを
乗せたティラミスを手に取り笑った。
「あのねぇ、冷めたんだったらこんなにも真剣にチョコレート作りなんてしないでしょ。
違うわよ。好きだからこそ、愛しているからこそ書かない…いえ、書けないのね…」
「ん〜〜?」
少しだけ遠い目をして言ったルルーの言葉に不思議そうに首を傾げる。アルルにとってプレート
の類は伝えたい言葉を書くメッセージボードのような物だ。例えばクリスマスなら「Merry Xmas」
誕生日なら「Happy Birthday」という風に逢って直ぐに伝えたい言葉を書くものだと思っている。
しかしルルーにとっては違うのだろうか?
アルルの表情にルルーは解らないかしら?と言う風に肩をすくめた。
「いろいろあったのよ」
「いろいろ?」
「そう、いろいろ…」
ティラミスを箱の中に置き、テーブルに凭れかかりながらルルーは溜息を吐き夢見心地に言う。幸せを
含んだ溜息。そしてそれはまるで幼い子供におとぎ話でも聞かせてやるような口調だった。
「サタン様に出逢っていろいろあったわ…。逆に有りすぎたくらいにね。家を出て行く所行く所追いかけて、
髪を伸ばして本格的に格闘技を覚えて」
「サタンに逢ってからなの?格闘技覚えたの」
「えぇ。まぁ元からある程度は使えたけどね。本格的に修行をし出したのはサタン様に逢ってからよ。
…旅もしたしね」
同じようにテーブルに凭れたアルルを見、くすりと笑うとルルーはまた遠くを見つめるように言葉を
続けた。
「嘗ての私なら旅なんて到底出来なかったわ。世間知らずのお嬢様だったもの。外の世界になんて目を向けず
に、貴族階級なんていう小さな世界で燻っているような…。頑張れたのはサタン様の存在があったからよ。
お料理も真剣に勉強した。家に居た頃は料理人たちが全てやってくれてたから、どういう風に料理が出来て
いくのかなんて全然知らなかったものね。料理っていうのがどんなに大変な事かも。
…そして世界を見たわ。それで知ったのよ。あぁ、世界って本や新聞の中の世界とはこんなにもかけ
離れた物なんだって…。
いろんな人との出会いもあったわね。ミノとも出逢えたし…こんな私でも信頼して頼ってくれる人が居る
って思えた。
ライバルも現れたし…ね!」
「それってボクの事〜?」
ずいっと顔を近づけて言ったルルーにアルルはむぅっと拗ねたように問いかけるが、その表情は楽しげだった。
ルルーも笑いながらそれに応える。
「当然でしょ〜?あんたが現れてくれたお陰で、私のサタン様Getの夢は遠ざかっちゃったんだから!
サタン様ったらあんたに夢中で全然私の事見てくれないし…。踏んだりけったりよ。
…でも……ほんと…いろいろあった…」
深く溜息を吐く。しかしそれは辛いものでも悲しいものでもなく、むしろ過去を懐かしみいとおしむような。
アルルはそんなルルーの言葉を静かに聴いていた。
「初めて名前を呼んで頂いた時なんて、嬉しくて…胸がどきどきして…。凄く、幸せな気持ちになった。
呼ばれもしないのに塔にお邪魔して、料理を作って、紅茶を淹れて、一生懸命振り向いてもらおうと…
気を引こうと頑張って…。
でもサタン様、そっけない態度でしょ?凄く傷ついたし、人知れず泣いたことだってあった。
……憎んだ事もあったわ。
全然私の事認めてくださらないんだもの…それどころか、あの方が見るのは私じゃなくて他の娘ばかりで…
悔しくて、悲しくて、どうしてなのか解らなくて…。『大嫌い!』って罵った事もあった。
諦めてしまおうかと思ったことさえあったわ。
でもね…」
「でも…いろいろあったからこそ解るの。私はサタン様を愛しるって…。愛してるのよ…サタン様を…。
この想いはこれからも変わらないし、変える気もないわ。例えこの先、この想いがあの方に届かない
としても…ね」
一旦言葉を切り、深呼吸をするように息を吸いゆっくりと言葉を続ける。まるで自分の気持ちを一つ
一つ確かめるように。両の手を胸の前で組み、祈るように目を閉じたルルーはいつもよりももっと大人びて
見えて、アルルは羨ましいと思う。真剣な想いが、偽りのない言葉が、優しげな表情がルルーをより「女性」
として魅力的に魅せる。そんなルルーを見ているとアルルはルルーの事を真剣に応援したくなるのだ。
大人びた魅力と幼子のような純真さを持つこの少女を。彼女の気持ちを知っているから尚更。
「解ったでしょ?私の想を描くにはこのプレートは小さすぎるのよ。だから『サタン様へ』だけで十分。
飾りなんて必要ない。私の想いは着飾れる程薄っぺらじゃないの。想いを詰めるとしたら寧ろこっち」
「ティラミス?」
「そう、ティラミス」
アルルの言葉に、ルルーは悪戯っぽく笑った。
「私の恋はね、ティラミスそのものなのよ」
「ティラミスが恋??」
「えぇ、金粉も、なんの工夫も施されてないティラミス。でもそれはね、苦いけどほんのり甘くて、素朴だけど
ゴージャスで甘美なもの。一口食べればもっともっとって直ぐに欲しくなってしまう。衝動を止められなくな
ってしまうの。私の恋はそういうものだったのよ。このティラミスにはね、私の恋心がいっぱい詰め込まれて
いるの。だから、これを食べればサタン様も私のと・り・こ、よ!」
ルルーは笑う。まるで小さい子供が大好きなお菓子を貰ってはしゃぐように。その言葉にルルーらしいやと
アルルも笑った。
「あんたの方こそ、『ずっと友達』なんてチンケな事書いてないで『IWANT YOU』とでも書いておいたほうが
良かったんじゃないの?あのヘンタイなら喜んで飛びつくとおもうけど?」
「え?い、いいよ!ボクはただ、シェゾなんてチョコ一個も貰えないんだろうから可愛そうだなって思って…」
「あ〜ら、私はヘンタイとは言ったけど、シェゾとは一言も言ってないわよ?」
「あ…っ!うぅ…もう!ルルーの意地悪ぅ〜〜っ!!」
「全く、こういう時だけは素直じゃないわね!」
拗ねたようなアルルの反応にルルーは愉しげに大きな声で笑う。アルルもなんだか可笑しくなって、ぷっと吹き出し
一緒に笑っていた。
「…さっきの話だけどさ」
「なによ?」
笑い声がある程度冷め、短い沈黙の後口を開いたのはアルルだった。少し戸惑ったように前で組んだ指を見下ろし
静かに言葉を紡ぐ。
「ルルーの気持ち、サタンに届くと思うな」
「? どうして?」
「だって…さ」
「だってサタンの一番のお気に入りはルルーだもん!見てて解るし!」
向けられたのは輝かしい笑顔。まるで親友の幸福を心から祝福するような。ルルーの顔には驚き、戸惑い、喜びの
表情が次々と浮かび上がり、ホントに?と呟いたようなその声にアルルは力強く頷く。
ルルーは喜びで体が震えるのを感じ、自分の体を抱きしめた。
「…ありがとう、アルル。あんた、本当に最高の友達よ!」
「わわわっ!く、苦しいよ!ルルー!!」
まだ体の震えが納まらないなか、ルルーはアルルを力一杯抱きしめる。「お気に入り」その言葉がルルーにとっては
途轍もなく嬉しかった。今までどういう風に思われているのか解らなかった。知るのが怖くて訊けなかった。その答え
を目の前の友人はくれたのだ。追いかけ続けた男性から直接聞いたわけではないけれど、それが彼女にとってどんなに
嬉しかった事か。
アルルは苦しげにじたばたしながらも、無理にルルーを振り解こうとはせず、友人の抱擁に身を任せている。
「さぁ、自信もついたし最後の仕上げ…」
「「ラッピング!!」」
声を揃えて言い合い、同時にラッピングに取り掛かる。その間、この二人の間で幸せな笑いが途切れる事はなかった。
「んじゃ、この成果は明日ねっ!」
「えぇ!あぁ…どんな顔をして食べてくださるのかしら?楽しみだわ」
「頑張ってね!応援してるからさ!」
「ふふ、有難う、アルル」
「えへへ、ま、ボクもサタンが黙ってくれたほうが気が楽だしさ!」
「あら、あんたって結構策略家だったのね。ま、頑張りなさい」
「えぇ〜?何の事かなぁ?」
「もう、しらばっくれっちゃって…まぁいいわ」
「あはは、じゃぁ、また明日ね!ルルー!」
「えぇ、また明日。アルル」
それぞれ逆の方向に歩き出す。それぞれが目指す場所に向かって。数メートル進んだところで振り返ると、
アルルと目が合い、大丈夫!という風にウインクしたアルルに笑顔を返して、また前を向いて歩き出す。
その足取りは軽く速く。そしてルルーの腕には”“恋心”の入った箱がしっかりと抱きかかえられていた。
ルルーは思う。サタン様に感謝しようと。アルルと、シェゾと、ミノタウロスと…そして他の皆との出逢
いをくれた事に。恋心を、そして愛をくれた事に。何も知らなかった自分に『厳しい優しさ』を教えてくれ
た事に。この幸せをくれた事に。
そして逢ったらこう言おう…
『わたくし諦めませんから!覚悟しておいてくださいね!』
『恋』
それは甘くてほろ苦い ティラミスの様に…。
Fin
***あとがき***
バレンタイン企画だった物(笑
今更ながらアップです。いや、別に忘れてたわけじゃないっすよ?(ぇ
アルルとルルーは本当に仲良しであって欲しいvって思います。
そしてルルーさん…サタン様を諦めて欲しくないなぁ…v
サタルル…いいですよv(何ぇ