「そういえばこれも返さなきゃね」
席に着くなりラグナスはそれを襟元から引っ張り出した。
ウィッチの道具屋、その後ろに繋がる実験室を兼ね備えた彼女の居宅。薬草や怪しい薬材・釜などの器具に埋もれていない唯一部屋らしい部屋の明かりが、彼の持つオパールのペンダントに反射し虹をつくる。
「あら、それはさしあげたものですわ」
「え、でも大事なものでしょ」
「そりゃ大事なものですわよ。だから大切にしてくださいましね」
焼き魚を並べながらきっぱりとウィッチは言う。そよ風の口調で「返されても受け取りません」、はっきりと。
複雑そうに眉を寄せるラグナスは知らないふり。さっさと椅子に座り魚を突っつき始める。
魚の上を漂うバターと香草と野菜の香りにそそられる二食分の食欲。
さほど大きくない本棚には薬の本がびっしり。中央には小さな円卓が一つだけ、片隅にはこれまた小さなベッド。溶け込めていない鏡台だけが女の子の部屋を主張するそこは、一人暮らしにしても質素すぎるかもしれない。
「じゃぁさ、これあげる」
眉間を押さえう〜んと唸っていたラグナスがぱっと顔を上げた。
取り出された小さな輝きが狭い円卓の上にぽんっと置かれる。
「え、それって」
手を止め釘付けになった。木目の真ん中にぽつりとある輝きに。思わず身を乗り出してしまう。
「多分ダイヤ」
軽い調子。
フォークを取って魚にぐさっとぶっ刺すラグナスを一瞥、多分ダイヤと称された石がついた指輪をまじまじと見た。
っと、眉を寄せる。
「もしかして、王城から持ってきたんですの?」
「うん」
やっぱり軽い調子で頷かれる。
……目眩がした。
「ラグナスさん」
「派手に騙されたからね、それくらいの仕返しは必要でしょ」
呆れるほどの無邪気。
「それってネコババ」
思わず頭を抱える。
この勇者は常識人に見えて時々限りなくどこかがずれている。
しかも確信犯。彼はそれが悪いことだなんて少しも思っていないのだ。
自然に考えてることを自然に実行しているだけ。あまりにも掴み所がない。
(もしかして、ラグナスさんが勇者って方が嘘なんじゃ……)
脳裏に過ぎった考えは、しかし口に出される事はなく。
ウィッチは円卓に視線を落とした。
アダマスという語源を持つその鉱石を見る。
(ラグナスさんの石……)
淡く金色掛かった透明。目に映る石の印象はまさしくそれ。
変質することのない純粋無垢。小ささにも関わらず計り知れない気高さ。どんなに打ちのめされようが砕かれることのない意思が乱反射する。
謙虚でいるかと思えば強烈な存在感をもって目に焼き付き、一度捉えられたら最後、忘れるなど不可能。
輝ける地上の太陽。
……天においては唯一絶対なる神の象徴。
「…………」
オパールは太陽に脆い。僅かな光芒など熱き光輝にはひとたまりもなく消され色を無くしてしまう。
あらゆる色を内包する石でさえ、あの輝きだけは支配できない。あの輝きだけは捉えることができない。
それでもオパールは彼と共にありたいと願うのだ。同じようには輝けなくとも、その高潔さを損なわせたくないと願う。それができるならば、たとえ灼熱の光にこの身を灼き尽くされようとも、強すぎる想いに全てを失うことになったとしても構わないとさえ思えた。
まだ幼いながらも、彼女は確かに魔の一族。
手を伸ばし小さな指輪を手中に収める。
ちりちりと疼く指先。しかし抗することなく手のひらに乗ったダイヤモンド。
ひっそりとした、可笑しいほどの温厚篤実。
Adamas――征服せざる者。
目線を上げれば大きな魚にかぶりついている黄金の勇者。
指輪を嵌め組んだ手に顎を乗せて眺めていると、ぴたりと動作を止めた彼がどうかしたのと目で問うてくる。
ウィッチはにっこりと笑った。
「やっぱり、あなたには自由な剣がお似合いなのですわ」
THE END
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