世界が終わるその瞬間まで…
「時空の狭間…かぁ…」
その空間を見てボクはぽつりと呟いた。始めて見る光景と身体全身に伝わってくる不思議な感覚に感嘆の溜息がもれる。
目の前では赤や青、黒といった光の粒子が濃い霧の様に渦巻き、形を変えながらも留まることなく漂っている。
その光景は普段のボクなら禍々しさを感じて恐れていたかもしれない。だけど、今のボクは「恐怖」と云うより、「ここまで来ちゃったんだなぁ」って言う思いと、これから起こる事への「緊張感」で目の前の光景を見つめていた。確かに怖くないわけじゃないけど、それ以上に“孤独りじゃない”という思いがボクには有ったから。
『いよいよだな…新たな主よ…』
『相手は手強いよ?心して行かなきゃ』
「ぐぅ〜!」
頭に直接響くような二つの声。そしてそれに続くように元気に鳴く小さな友人。今、ボクが共に戦うべき仲間…心の支え。
ボク両手に持った一振りの杖を力を込めて握り締めた。元は二振りの剣だったそれは、とても軽くまるで初めて持ったとは思えないほどしっくりとボクの手になじんでいた。こくりと頷き前を向いたままその声“達”に応える。
「うん、わかってる。これが最後の戦いなんだからね。ダークネス!リアクター!宜しくね!それにカー君も!」
『…応!』
『了解!主様v』
「ぐっぐ〜!」
自分の声に応えてくれる仲間達の声を聞きながら、ボクは微笑んで自分の指に視線を移す。
そこには小さな“証”。それを見る度に思い出す事ができる。最後にボクの背中を押してくれた人…いつもボクを守り支えてくれた人…そして今も“地上”でボクの帰りを待っているであろう彼の事を…。もう、二度と戻る事ができないかもしれないボクの事を…。
その話を聴いたのはいつだっただろう?つい先日だったようにも思う。ずっと前だったようにも思う。
此処に来てからというものとうに時間の感覚は失われてる、日にちは勿論の事、分という短い時間の感覚すら解らなくなってしまった。
ボクはゆっくりと目を閉じた。こうすれば思い出せるんだ。あの時の事…。
魔導世界では何日も雨が続いていた。だけど普通の雨じゃない、どす黒い不吉な雨…。空は黒く厚い雲に覆われ、世界は日の光を浴びる事ができなくなってた。その状況に何かを悟ったらしいサタンはボクらを集め全てを話してくれた。それはボク達にとって衝撃的な物だった。
輪廻…運命…ボクの役割…全てが信じられなかった。だけど信じるしかなかった。頭の中で何かが告げていた…全てが真実だって…。
ボクは酷く残酷な選択を迫られる事になった。
定められし運命に任せ流され生きるか。運命に逆らい世界を滅ぼすか…。二つに一つ。
それを選べるのはボクだけ。『輪廻外生命体』という“資格”を持つボクだけだって…サタンは言ったんだ。
創造主と戦う事になれば世界は滅びを迎える…大好きなこの「魔導世界」を自分の手で壊す事になる。それはとても耐えられない事だと思った。
だけど、何者かに勝手に決められた運命に翻弄され大切な人達と戦わされる事はもっと嫌だと思った。
自分で定められない運命なんて欲しくなかった。そして「彼」の居ないこの世界も…。
ボクは選んだ。運命を受け入れるよりも、「破壊」と言う名の「解放」を。まぁ、それも運命によって決められてた事なのかもしれないけどね。
それでもそうするしかないって思ったんだ。「創造主」を倒す事だけが「運命」を自分の手で切り開けるたった一つの方法だって…。
旅立ちを前にボクはやりたい事…やらなきゃいけない事が有った。それは……彼に想いを伝える事…。
バカで、アホで、陰険で、変態で…でも誰よりも不器用で優しい闇の魔導師…シェゾ・ウィグィィに。
もしかしたらそのまま旅立った方が良かったかもしれない。でもボクはそれをしなかった。
このまま旅立ってしまえば彼はきっとボクの事を忘れてしまう。だから少しでもボクの事を覚えていてくれるようにと…。
それはボクの勝手な我侭。でも忘れて欲しくなかった。どんな形でも良いから、少しだけでも覚えて居て欲しかった…せめてこの世界が終わる時までは…。
ボクは全てを吐き出した。思っていた事、考えていた事、不安、哀しみ、彼への想い…全部…。
彼の答えなんてどうでもよかった。笑われてもいい…受け入れてくれなくても良い…でも…二度と逢えないのなら…そういう想いで…。
シェゾは静かにボクの話を聴いていた。隣で何も言わずに…いつもの仏頂面で…。
全てを吐き出して肩で息をするボクに彼は「ばぁ〜か」と一言。同時にボクの視界は黒いモノで覆われた。
それが彼の服で、抱きしめられてるんだって気付くのにたっぷり5秒はかかってしまった。
「受け入れられた」そう思った瞬間お腹の底から熱い物が込み上げて来て、ボクは泣いてしまった。
その時初めてボクは創造主に感謝した。
彼が生まれてきた事。ボクが生まれてきた事。ボクと彼が出会った事。彼がボクを受け入れてくれた事…全て。
例えそれが「運命」で決まっていた事だったとしても。
でも、だからって許してなんかやらない。確かに創造主には感謝してる。だけど他人の運命を勝手に決めて、弄ぶなんて絶対に許せない!
彼やボクの大切な人達をその掌の中で躍らせている訳にはいかない!
創造主を倒して本当の自由を手に入れる。その先に新しい別の世界が有るかどうかなんて解らないけど、有るって信じようってそう決めたんだ。
このまま終わりになんかしたくないから…。
サタンは数日の猶予をボクらにくれた。その数日間はボクにとってかけがえの無い、幸せな時間となった。
ボク達は色んな事をした。二人で出かけたり、他愛も無いお喋りをしたり、一緒にお料理作ったり。
限られた時間でこの先出来ない事を全てやり尽くそうとするように…。
降り続く黒い雨の中、ボクらはささやかな「儀式」をした。
それはルルー達が催してくれた物で、衣装や飾りつけも全て自分達で用意した物らしかった。
直前にそれを聴かされてとても驚いたけど、凄く嬉しかった。同時に罪悪感もあった。ボクはもう直ぐ居なくなってしまうのだから…。
「儀式」には沢山の人達が来てくれて、みんな心から祝福してくれた。
泣く人も居た。静かにボクらを見守る人も居た。大きな声で祝福の言葉を投げ掛ける人…シェゾに対して悪態を投げかける人。色んな人が居た。
ボクは笑っていた。シェゾも微笑っていた。心から「幸せだ」と言うように。
いつも煩いサタンでさえ、この時ばかりは静かに「おめでとう」って言ってくれた。
その心遣いが嬉しくて、泣きそうになるのを堪えながらボクは精一杯笑って「ありがとう」って言った。
儀式が終わり、カー君も眠ってしまって、静かな二人きりの時間が訪れる。でも、この時はいつもと何かが違っていた。
今日が最後の夜…ボクはそう確信していた。もう後伸ばしになんか出来ない。これ以上伸ばしてしまったら決意が揺らぐだろうから。
シェゾもそれに気付いていたのかもしれない。ボクを抱き締めて「お前が欲しい…」と。
言葉の真意を知ったボクは少し恥ずかしかったけど、頷いてそれを受け入れた。
その日ボクは「誰かのものになる」という痛みと慶びと幸せを知る事になったんだ。
全てが夢のように思えた。優しく囁く声も、この温もりも。自ら漏らしているであろう声も、この痛みさえも…。
でも目が醒めると目の前にはシェゾが居て、もう一度きつく抱き締めてくれて…。
幸せな気持ちと、哀しい気持ち。相反する気持ちが渦巻く中、痛む身体を抑え付けながら旅支度を済ませ家を出た。
サタンの城までの道を目に焼き付けるようにして歩く。肩にいつもの重みと半歩後ろに愛しい人を感じながら。
サタンは「何もこんなに早く…」と言ったけど、ボクの決意は変わらなかった。
旅立ちを聴きつけ集まってくれた仲間達を前に、これから行く事を宣言する。
その時、共に行くと名乗り上げてくれた者が居た。
シェゾの「闇の剣」と、ラグナスの「光の剣」。そしてシェゾに預けて行く筈だったカー君。そして…ボクのドッペルゲンガー…。
でもボクは共に戦いたいと言う彼女の申し出を断った。彼女の後ろ、少し離れた所でボク達のやり取りを見守るシェゾのドッペルを一瞥して。
ボクの運命共同体であるらしい彼女には幸せになって欲しかったから。
一番大切な人の側に居て欲しかったんだ。ボクには出来ないことだから…せめて彼女だけは。
彼女からは魔力を少し分けて貰った。「これだけで十分だから」と微笑んで、何も言わずに俯く彼女に背を向ける。「これで良いんだ…」と胸の中で呟いて。
闇の剣と光の剣が合わさり変化した杖を持ち、カー君を連れてボクはサタンが用意してくれた門を見つめた。
「もう戻って来れないかもしれない」そう思うと胸が苦しくて息が詰まりそうになった。
背後ではウィッチが泣いているのや、ルルーが静かに見守っているのが振り返らなくても伝わってくる。
少し躊躇しているボクの背中に不意にそっと暖かい物が触れた。シェゾの手だと直ぐに解る。
ボクは知っている。背中に触れた手…その薬指にはボクの指で光っているそれと同じ物がある事を。
「行って来い…」そう呟いた声に安堵した。振り返らなかったけど、その顔はきっと微笑んでいたと思う。
「うん、行ってくるよ」そう言ったボクにもう迷いは無かった。勢い良く飛び込む。それを待っていたかのように、門が閉じるのが解った。
完全に閉じる瞬間「またな…」そうシェゾが言ったような気がした。
ボクは目を開けもう一度、左の薬指にある銀の輪を見る。
これだけが今、彼との繋がりを示す唯一の物。目の前の光景に怯えずに済む理由でも有った。
彼と過ごした時間が強さに変わっていくから…。
左手のそれに口付けを落とし、ボクはキッと前を向いた。
空間が揺れ、同時に全身に押しつぶされそうな程の圧力を感じる。
『…来るぞ!』
『来るよ!?』
「ぐ〜〜!!」
三つの声が同時に叫ぶ。
ボクも圧力に押しつぶされない様に精一杯叫ぶ。
「いっきま〜〜す!!」
ボクは空間を“蹴り”走った。本当の自由を手に入れる為に、最後の戦いへ向かって。
唯一つの“想い”と“願い”を胸に…。
――――次の世界では幸福になろうね…。