Rain
&
Thunder
「あぁ〜…帰りどうしようかなぁ…」
「止みそうにねぇぞ?この雨…」
彼、シェゾ・ウィグィィは窓の外に向けられていた視線を頭にタオルを被ったままのアルルに
移し、かったるそうに言う。雨は先ほどよりも強く激しく降り続き、まるで白いヴェールで覆わ
れているようだ。台風でも来ているのか?と思うほどだがそうではないらしい。
「えぇ〜そうなの??むぅぅ…天気予報の嘘つきぃ〜…」
今朝の天気予報では今日は晴れ。しかも今は夏の長期休暇初日…。その最高の状況を彼女が逃
す筈は無く、喜々として趣味である遺跡探索に赴いたものの、この夕立に見舞われ仕方なく目の
前で窓の外を見ているこの変態魔導師の家に逃げ込んだという訳だ。
突然の訪問者。面倒臭そうに扉を開けたシェゾは訪問者の正体を知り驚き、その姿を見て絶句
する。そこに在ったのは全身ずぶ濡れで、その上泥だらけのアルルの姿で、足元ではカーバンクルが
身体に不快なほど纏わりついた雨を振り落とそうと必死に身体を震わせている。
未だに彼女との関係を「敵同士」と称す彼である。自分と彼女との関係を考えると、
このまま追い返すのが妥当だと思われるのだが、その時の彼は何故かそういうことも忘れ彼女を
家にあげた上に着替えまで提供してしまい今に至るという訳だ。
「ばぁ〜か、天気なんて随時変わってるもんだし、天気予報なんてそれを予想するだけ…「恐ら
くそうなるでしょう」の世界だ。必ず当たるとはかぎらねぇだろうが…」
「そりゃそうだけどぉ〜…」
「外れて文句言うようなら最初っから信じるなよ…」
「むぅぅ…」
シェゾの言い分にアルルは何も言えない。確かにこうなったのは天気予報を過信し、もしもの
準備をしてこなかった自分にも責任がある事は解っているのだが、それでも何かの所為にせずに
はいられないのが人間の心理という物だろう。
「あぁ〜ぁ…さっきよりも酷くなってるよ…」
今迄頭に被っていたタオルを足元のカーバンクルに投げ被せ、アルルは自分には大き過ぎる男
物の白いシャツと黒いズボンを半ば引きずるようにとてとてと窓に近づき、シェゾの脇から外を
覗き込んだ。
見るとカーバンクルはぴこぴこという効果音が似合いそうなほど手足を動かし、器用に身体を
拭いている。それを見てよく躾けてあるなとシェゾは思わざるを得ない。尤もこの行動パターン
意味不明の生き物をアルルがちゃんと躾けているのかどうかは謎だが…。
「ねぇ…シェゾ〜…」
「あ?…なんだよ…」
「送ってってv」
窓から離れソファに腰を下ろしたシェゾにアルルは満面の微笑みでお願いする。
「戯け…!何でオレがお前の為に苦労せにゃならん!?雨宿りの場所と着替え提供してやっただ
け有り難いと思え!」
「むぅ〜…」
ソファの肘掛に肘をつき、本を開きながら言い放ったシェゾにアルルは膨れたように批難の声
を上げるが、彼は依然としてそしらぬ振りを続ける。こうなってしまっては何を言っても無駄だ
という事くらい彼女も十分解っている為、それ以上は何も言わず窓の側から離れ同じようにソファ
に腰を下ろし、窓に視線を向け呟いた。
「…帰り…どうしよう…」
「…止めば帰れるだろうが…」
「でも今日中に止まないかも知れないじゃないかぁ…」
「ぐっぐぅ〜」
シェゾを振り返り非難するように言ったアルルに、タオルを被りまるで「おばけ」のような格好
になったカーバンクルが何かを言う。それを聞いた彼女は驚いたような焦ったような表情を浮かべる。
「え?で、でも…カー君…」
「カー公なんだって?」
「…止まなかったら泊まって行けば?って…」
少し躊躇った様に言うアルル。その答えにシェゾは本を手に持ったまま、ぴしっと音をたてて
固まった。
――――ザァァァァァァァ!
どれくらい経っただろうか?未だに雨はその勢いを弱めることなく、一向に止む気配を見せない。
「くしゅんっ!」
微かなくしゃみの音にはっとし、今迄読んでいた本から顔を上げ、そういやぁ居たなぁ…と思
いながらアルルを見る。珍しくあまりにも大人しかった為にその存在をすっかり忘れるところだ
ったのだ。
アルルはソファの隅に自分を抱え込むような形で蹲っていた。その隣ではカーバンクルが彼女
を心配そうに覗き込み、時々小さく鳴く。
「お…おい、アルル?」
「ん…な…に…?」
様子が変だと思い声を掛けるシェゾ。振り向いたアルルは微笑って居たが、その声は小さく弱々
しく、顔色も悪い。そしてその身体は微かに震えているのが解った。
「…もしかして…寒いのか?」
「……ちょっと…ね…でも…大丈夫…」
「馬鹿!だから風呂ぐらい使えっつっただろーが!いつもは図々しいぐらいの癖に…こういう時
に遠慮なんかするからだ!」
「で、でも…」
いつもなら此処で口喧嘩になるのだが、やはり体調が悪いのだろう張り合いが無い。やはり無
理やりにでも風呂に入らせるべきだったと後悔しながら、シェゾは立ち上がり壁にかけてあった
マントを引っ掴んでアルルに投げてよこす。
「それでも被ってろ!今何か熱いもんでも淹れてくる!」
「あ、ありがと…」
イライラしたように言い放ちシェゾはアルルが言葉を言い終える前にすたすたとキッチンに姿
を消す。その後姿を見送りながら彼女はマントに包まり微笑んだ。
「…暖かい…」
それは今しがた投げよこされたマントに対しての言葉か、それとも…。
やかんの中でことこととお湯が踊る。火を消し粗引きにした豆を入れたドリッパーに湯を注ぐ
と、茶色い液体がコップの中を満たし辺りに芳醇な香りが漂い始める。本当は紅茶にしたかった
のだが生憎、茶葉を切らしていた為コーヒーを作ることになったのだ。
「全く…なんだってあんな無茶をしようとするんだよ…アイツは…」
コップの中を満たしていく液体を眺めながらシェゾは誰にともなくぶつぶつと呟く。
青白い顔、弱々しい声、震える身体…言葉とは裏腹にさっきのアルルの姿を思い出し胸が鋭い
ナイフで切り裂かれたように痛む。もっと早くアルルの異変に気付いていれば…もっと気を遣っ
てやっていれば…後悔の念が渦巻く。普段彼女はあんな弱々しい表情を見せる事は無い。だから
余計に…。
本当は解っているし認めてもいる。彼女の事を唯の獲物として見る事が出来なくなっている事
くらい…。自分の気持ちに気付けないほど鈍感ではない。だが、ソレを言うつもりは無いのだ。
少なくとも今は…。
そんな事を考えていると一瞬辺りが明るくなる。家の中の明かりではなく、外からの光によって。
『きゃぁぁぁ!』
「〜っ!?アルル!?」
雷鳴が轟くのとアルルの悲鳴が聞こえるのはほぼ同時だった。淹れたてのコーヒーもそのまま
にシェゾは弾かれたようにリビングに戻る。アルルはさっきと同じようにソファの上に居た。た
だ、さっきとは違い頭からマントを被り耳を覆う様に蹲っていてその身体は小刻みに震えている。
寒さの為ではなく恐怖の為に。
「お、おい…大丈夫かよ…?」
「…しぇ、しぇぞぉ…」
そっと肩に触れるとアルルは恐る恐る顔を上げ、か細い声でシェゾを呼ぶ。その顔は恐怖で歪
み唇は色を失い、その瞳は怯えと一筋の安堵を映し出していた。
「ど……!?」
どうした?そう訊こうとしたが突如として訪れた衝撃にシェゾはソファに尻餅をつくような形
で倒れこむ。アルルが抱き付いてきたのだ。
「お、おい…!」
「…しぇ、しぇぞぉ…か、雷…怖い…」
「わ、わかったから取敢えず離れろ!」
さっきよりも弱々しく途切れ途切れの言葉に戸惑いながらシェゾはアルルの両肩を掴み引き離
そうとする。が、彼女はイヤイヤをするように首を振り離れようとしない。それどころか再び訪
れた光と雷鳴に驚き悲鳴を上げ更に抱きついてくる。
(や、ヤバイ…)
内心そう思った。大き目のシャツから覗く白い胸元、冷えきった躰、未だ湿り気を帯びた髪、
必死に恐怖を訴えるか細い声、怯えた表情、甘い香り…その全てに心臓が跳ね上がり頭がくら
くらする。そういうものが“男”の理性を逆撫でする結果になる事をアルルは知っているだろ
うか?
シェゾの中でどす黒い感情が頭を擡げる。
「ま、待て!落ち着け!」
それは自分に向けた言葉。今にも弾け飛びそうな理性の箍を必死に押さえ込み欲望を封じ込め
ようとする。
「ぐっぐ〜!!」
「い、いてててててっ!や、止めろ!何もしねぇからっ!!」
「ぐぅ〜っ!」
異変に気付いたのかカーバンクルが短い手足を駆使してぽかぽかとシェゾを叩く。それがなか
なか痛いもので、思わず叫ぶ。カーバンクルは彼の言葉を信じたらしく一声鳴いて大人しくなった。
「ったく…この動物は…」
悪態を吐くがそのお陰で気が紛れ、理性を働かせる余裕ができこの黄色い生き物に感謝した。
ふと、アルルが大人しい事に気が付く。未だ雷鳴は鳴り続いているにも関わらず悲鳴を上げる
ことも強く抱きついてくる事もしない。恐る恐る顔を覗き込む。
「…生きてる…よな…?」
アルルの瞳は堅く瞑られそこから頬を雫が伝う。顔は色彩を失ったまま身体も冷たいまま…。
死神に魅入られた様なその姿にドキリとし、自らが発した言葉に不安を覚え抱き寄せる。微かな
呼吸の音と呼吸に伴ない上下する身体にただ眠っているだけだという事が解り安堵した。
全く、いつからこんなにもハマってしまったのだろうかと苦笑する。彼女の一挙手一投足にこ
んなにも心を乱されてしまうのだ、これはもう病気としか言い様が無い。
頬についた涙の痕を指で拭い彼女の身体を抱き直し強く抱き締める。冷えたままの身体を温め
る様に。
「ぐぅ〜!」
「お、おい…」
隣でカーバンクルがしゅたっと手を上げ鳴く。その姿が「後はよろしくっ!」と言っている様
に見えて絶句したシェゾを無視し、カーバンクルはもぞもぞとアルルとシェゾとの間に潜り込み
ぐ〜ぐ〜と寝息を立て始めた。
「……オレにどうしろと…?」
意図が掴めないままカーバンクルの言葉通りになったなと思いながらもシェゾの額を汗が流れた。
いつの間にやら雨は止み朝の光が窓から差し込む。それが少し眩しくてアルルは少し呻いた後
目を覚ました。寝ぼけ眼のままむくりと起き上がりると隣で寝ていたカーバンクルが転げ落ちる。
自分に掛けられたマントを摘み上げ目の前の、少し離れた所で本を手にしている青年を見てのん
びりした口調で言う。
「あれ〜?シェゾ〜どうしてここにいるの〜?」
「どうしてって…お前…覚えてねぇのかよ…」
「あ、そっか、ボクシェゾの家で雨宿りしてたんだっけ…」
昨日の怯え様は何処へやら…目を擦り頭を振って意識を覚醒させたアルルはいつもの彼女に戻
っていた。
少し考え込む様な仕草をするアルル。その様子に昨日の事はあまり覚えてないのかと思いシェ
ゾは少しだけ安堵する。
「……ねぇ、シェゾ…一晩中抱き締めててくれたの?」
「ぶっ!?」
アルルの一言に危うく冷めたコーヒーを噴出しそうになるシェゾ。カップをテーブルの上に置
き咽るその姿に彼女はにっこりと微笑む。
「有難うv」
「あ、あぁ…」
意外な言葉にシェゾは驚きの表情を見せるが少しだけ嬉しかったりもする。…が、この後彼は
地獄を見ることになるのだ。
「でも、この事言ったら君また変態扱いだね〜。それどころかサタンやルルーにバレたら…」
「……な、何が望みだ…?」
引き攣るシェゾにアルルは満面の笑みを浮かべる。
「えっとね〜、先ずはお腹空いた〜。あと家まで送ってねvそんでもって宿題手伝って!それか
ら…」
「………」
アルルの声を半ば右から左へ流しつつ項垂れたシェゾはこの時「絶対に言ってやらねぇ!」と
心に決めたという。アルルが「有難う…嬉しかったよ」と小さく呟いたのも知らずに…。
その後、シェゾはアルルに散々こき使われた挙句、風邪を拗らせた上、結局サタンとルルーの
殴り込みを喰らったと言うのはまた別の話…。
***あとがき***
華車「はい、やっと書き終わりました〜
アルル「キリ番小説一作めだね…やっと…
シェゾ「前書いてたヤツで時間喰ってたもんな…
アルル「死にネタなんかに手出すからあんなのになるんだよ
シェゾ「しかもオレ達の扱いが散々だったらしいじゃねぇか…?
華車「う、煩い!
アルル「今回の小説も突っ込み所満載だよね〜。お題、シェアルのじゃれあいじゃなかったっけ?
シェゾ「…じゃれあってねぇな…どうみても…。しかも雷ネタ書きたいって言っといて…微妙だな…
華車「うぅ…これでも頑張ったのにぃ…(涙
アルル「今日で小説書くようになって一年経つってのに…良いわけ?こんなんで…(溜息
シェゾ「しかもシェアルか自体微妙だしな…(溜息
華車「あぅ…お二人とも…いつにも増して辛口…(滝汗 私だって頑張ってるんですよぉ〜こう見えても〜…
シェゾ「お絵かき掲示板で落書きしてた癖にか?(睨み
華車「え、えへへへへへ〜v(誤魔化し/マテ
二人「………(ぢと目
シェゾ「まぁ…取敢えずこのへタレ小説家が自称「丹精込めて作った作品」らしいから貰ってやってくれ…
アルル「ごめんね〜恭さん…こんな物だけど一応貰ってあげてvそれだけでも喜ぶからvこの凡人はv
華車「うぅ…そこまで言わなくても…(涙 と、兎に角、恭さん…貰ってあげてください…m(__)m
アルル「…もっと修行しなよ…?
華車「…はい…(涙