日記掌編

No 9. たった ひとことが いえなくて


 高く昇った日差しを遮る白いパラソル。
 若葉の匂いを運んでくる南の風は緩やかに流れ、小鳥達が木々のリズムに合わせて陽気に歌う。
 雀が一羽、足元に降り立って細かく首を動かしながら寄ってきた。
 靴先で軽くあしらうと小さな羽をぱたぱたと跳ね上がり、寄ってきては跳ね上がりを繰りを返す。

 雀から目を離し遠くを見やれば、眼下の街にはまばらながらも行き交う人々。
 サタンはパラソルのささった円卓に頬杖をつき、足を組んだまま溜息を吐く。
 きっちりと隙なく整えられた深緑の髪。頭の両脇から生えた黄金の双角も黒い竜の翼もそのままに、高貴さを表出したかのような赤衣を着込んだ魔王様。
 胸元のスカーフには煌くルビー。
 
 彼は紅い瞳を横にずらし、向かい側に座る人物を見た。
 緩やかな波を描き流れる青い髪。長い睫を有した翠の双眸が何処か楽しげにこの沈黙の彼方を見つめている。行儀良く伸びた背筋に纏った白いドレス。聖女のようでもあり、魔女のようでもあり……。
 しかしこの少女は女王様。
 男なら誰彼構わず否応無しに投げ飛ばす暴走女王。

「…………」

 サタンは再び遠く下方の街へと視線を移し、

「今年の夏は一斉に極寒スキー大会と行きたいのだが、どう思うかね」

 声に驚いたのか雀が飛び去っていった。
 ルルーが翠の瞳をこちらに向け、にっこりと笑う。

「お気の召すままに」

 
 目を細め鼻で笑った魔王は、密かに口の端を釣り上げた。




 ――数刻後。

「だから、ルルーから何か言わせようったって無駄ですってば、サタン様」
「そうですヨ。大体女性から切り出してくるのを待つなんて男らしくないデス。自分から行動しなけれバ」
「これじゃ当分進展しそうにないわね……」
「煩い。黙れ貴様ら」
「じゃぁお聞きしますガ、翡翠の髪留めは渡せたのデ?」
「…………」
「ほ〜ら、渡せなかっ……ダァ!!?」

 部屋に響く大音響。
 サタンがインキュバスに投げつけたのは、お高い値打ちの花瓶だったそうだ。


 THE END


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