雨の音を聞きながら眠るのが、
小さい頃から好きだった……。
【春時雨】
雨の音が聞こえる。
薄暗く質素な部屋の中。一つだけある棚には本が隙間無く並べられ、余った物はその上に低く積まれている。きちんと整頓された木製の机。真っ白なシーツが掛けられたベッド。
遠慮がちに薄い硝子を叩き、木造の壁を流れる音、音、音。
そんな中、アルルは目を覚ました。
普段パッチリとした鳶色の眼が半分だけ開き、気だるげな体を起こす。
衣擦れの音。
肌寒さを感じてシーツを手繰り寄せて包まると、辺りをきょろきょろ。
……確か、自分以外にもう一人居たはずだが、はて?
首を傾げるのと扉が開くのとはほぼ同時で。
「目ぇ覚めたか?」
入ってきたのは一人の男。
「シェゾ……」
半ばぼんやりとその名を呼ぶ。
銀髪蒼眼、黒服の魔導師。
闇の魔導師。
「朝から?」
「どうせ昨日のがまだ残ってるんだろ?」
アルル――鳶色の髪と瞳の女魔導師である――の視線は彼の手元で止められていた。
赤ワインのボトルとグラス。
昨日シェゾがどこぞから仕入れてきたもので、確かあれが五本目で最後の一本。
男魔導師が笑いながらベッドに腰を降ろす。
なるほど、この気だるさは昨夜の名残か。
「二日酔いか?」
「ん〜……一歩手前」
それほどがぶがぶ飲んだわけでは無いはずなのだけれども。
言いながらもグラスを受け取る。
やはり年代物は味に比例して違うのかも知れない。ふとそんな事を思うが、こんなときは飲みなおすに限ると結論づける。
ボトルの中で液体が揺れる。
小気味良い音と共に広がる香り。雨の音にまみえ、彼女の部屋に幻想を築く。
赤く満たされるワイン・グラス。
恍惚とした、嘆息。
注がれたアルコールをアルルは一気に飲み干した。
自分の中に溶け込んでいく心地良い苦味と芳醇な香り。
体が温度を取り戻していく。
今度は自分からワインを注ぎシェゾに渡すと、彼も同じように飲み干したちまちワインの残りは空っぽに。
「なんか勿体無い気がするな」
未練がましく薄い唇を指で拭いながらシェゾが言う。
「もう少し味わいたいもんだ」
「残ってないよ? もう」
見上げて言うと、細い指が柔らかく顎にかけられた。
蒼い瞳がにやりと笑う。
「まだこっちが残ってる」
体を起こしてベッドに方膝を上げ、抵抗する気も間もないまま、腰に腕を回して深く口付けてきた。
そして何度も角度を変えてついばまれる。
雨音に重なる水音。
熱に浮かされる体は酒の所為か、それとも。
「気が済んだ?」
「まだ、だ」
首筋へ降りていく唇。
何時の間にか閉じていた目を開き、アルルはシェゾの腕を解く。
「…………」
「…………」
訝しげに眉を寄せる彼の胸に頬を押し当て、
「ちょっと寒いから暖めてよ」
「そのまま寝るからだろ、馬鹿者」
呆れたように言いながらも抱きしめてくれる。
頭の上に手が置かれ、暖かい鼓動と大きな腕の温もりが包み込んでくれる。
降り続く雨の音。
その中で眠るのが小さい頃から好きだった。
世界を覆う冷たい音とは対照的に、体を包む暖かさ。
「もうちょっとだけ。眠い……」
闇のような優しさに、
"護られている"
そう、思えた。
THE END
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