日記掌編

No 20. いつもと変わらぬ

 
 吹き荒れる風、横殴りの雨。
 大木はしなり家壁は軋む。
 窓が脅え、人々は息を潜め――。

 台風の夜とは大抵退屈な物である。
 そんな中、我々は一体何をすべきなのか……。




「というわけで、避難をしてみようと思う」

 今朝からの雨と風に冷やされた空気が漂う一室。
 ドッペルアルルは今しがた思いついたように人差し指を立て、言う。

「避難って……地下に、か? 意味あるのか? それは」

 湯気の消えかけたコーヒーを喉に流し込みながらドッペルシェゾが訊ね、

「特にナシ」

 しかし即答。
 遠くで高鳴る風音が近くに聞こえる。

「……で、避難とは何をどうすれば良いんだ?」

 カップを皿に戻して溜息を吐き、同居人が訊てくる。
 彼女の気まぐれは、何も今に始まったことではない。

「地下に使われてない部屋があったでしょ」
「あぁ、あったな」

 気にした風もない彼女に、やや上を見、思い出したような呟き。
 この家は以前魔王により贈与されたものだが、何をどう間違えたのか、無駄が多い。
 そうそう無いがドッペルアルルの『ラグナロク』を喰らってもびくともしないし、第一二人暮らしにしてはあまりにも広すぎるのだ。どう考えても。

「今夜はそこに泊まってみようと思う。それぞれ大事なものを持って、」
「大事なもの……」

 その無駄の一つを活用してみよう、というのが今回、ドッペルアルルの気まぐれな訳だが――。
 ドッペルシェゾが徐に立ち上がる。

「退屈はしないように……って何故私を担ぐの?」
「……大事なモノ」
「…………」







「で、具体的に何を持っていけば良い」

 真っ赤に張った頬をさすりながら問うてくる銀髪紅眼。

「そうだね、大事な物で退屈しのぎになるようなもの。キミなら本とか、」
「やっぱりお前g」
「自分で歩けるから大丈夫だ!」
「…………」

 ドッペルアルルに睨み付けられ、しぶしぶ後ろを向くドッペルシェゾ。
 本やらなんやらを亜空間に放り込み始める。

「…………」

 彼の様子をしばし眺めていた彼女は、突如ぽんっと手を叩いた。

「ああ、そのテがあったか」



▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲



「だからといってこんなに持ってくる必要はないだろう」
「みんな大切なものだ。置いておく訳にはいかないよ」
「家なんぞそうそう潰れるもんじゃない」
「もし潰れたらどうする」
「お前の魔法を喰らっても平気なんだ、台風の一つや二つで潰れる訳がなかろう」
「それは一体どういう意味だ!?」

 使う者が居ないにも関わらずきっちり整った部屋。
 シーツの掛けられたベッドはセミダブル。室内もそこそこに広く、快適。

「言ったとおりの意味だ。全く、此処でオーケストラでもやるつもりか?」

 ……の筈だった。
 並べられた楽器の数々さえなければ。

「キミだって。部屋を出れば倉庫が直ぐそこにあるじゃないか」

 積み上げられた魔導具の数々もなければ。

「倉庫にあるやつらと一緒にするな」
「何が違うのさ」
「…………」

 沈黙。

「まぁ、」

 ――何はともあれ。

「持ち込みすぎたな」
「うん……」

 足の踏み場もなく、ベッドの上から動けない二人は背中合わせで反省。

「どうする?」
「どうする、と言われもな」

 ドッペルアルルは天井を眺め、ドッペルシェゾが頭を掻く。
 彼らの頭上には淡く輝く魔導の光がふよふよ漂う。

「全部また亜空間に放り込む?」
「面倒くさ……」
「だよね」

 言うや否や、ベッドに転がるドッペルシェゾ。
 ドッペルアルルは溜息を吐きかけ、

「わっ!? ちょ……っ」

 腕を引かれて倒れこみ、そのまま抱きすくめられる。

「明日だ、明日。今日は寝るぞ」
 
 細い身体を捕らえる腕。
 首筋にかかる吐息。
 その後直ぐに口付けられる。

 後ろから抱きしめられる格好のドッペルアルルは苦笑を浮かべ、

「何か、あまり意味なかったね」
「まぁいいだろう。たまには」

 
 結局解った事は、『何処でもやる事は決まっている』
 という事らしい。

「ちょっと、コラ、どこ触ってる!?」
「んあ? ――痛てっ!!」


 THE END



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