吹き荒れる風、横殴りの雨。
大木はしなり家壁は軋む。
窓が脅え、人々は息を潜め――。
台風の夜とは大抵退屈な物である。
そんな中、我々は一体何をすべきなのか……。
「というわけで、避難をしてみようと思う」
今朝からの雨と風に冷やされた空気が漂う一室。
ドッペルアルルは今しがた思いついたように人差し指を立て、言う。
「避難って……地下に、か? 意味あるのか? それは」
湯気の消えかけたコーヒーを喉に流し込みながらドッペルシェゾが訊ね、
「特にナシ」
しかし即答。
遠くで高鳴る風音が近くに聞こえる。
「……で、避難とは何をどうすれば良いんだ?」
カップを皿に戻して溜息を吐き、同居人が訊てくる。
彼女の気まぐれは、何も今に始まったことではない。
「地下に使われてない部屋があったでしょ」
「あぁ、あったな」
気にした風もない彼女に、やや上を見、思い出したような呟き。
この家は以前魔王により贈与されたものだが、何をどう間違えたのか、無駄が多い。
そうそう無いがドッペルアルルの『ラグナロク』を喰らってもびくともしないし、第一二人暮らしにしてはあまりにも広すぎるのだ。どう考えても。
「今夜はそこに泊まってみようと思う。それぞれ大事なものを持って、」
「大事なもの……」
その無駄の一つを活用してみよう、というのが今回、ドッペルアルルの気まぐれな訳だが――。
ドッペルシェゾが徐に立ち上がる。
「退屈はしないように……って何故私を担ぐの?」
「……大事なモノ」
「…………」
「で、具体的に何を持っていけば良い」
真っ赤に張った頬をさすりながら問うてくる銀髪紅眼。
「そうだね、大事な物で退屈しのぎになるようなもの。キミなら本とか、」
「やっぱりお前g」
「自分で歩けるから大丈夫だ!」
「…………」
ドッペルアルルに睨み付けられ、しぶしぶ後ろを向くドッペルシェゾ。
本やらなんやらを亜空間に放り込み始める。
「…………」
彼の様子をしばし眺めていた彼女は、突如ぽんっと手を叩いた。
「ああ、そのテがあったか」
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲
「だからといってこんなに持ってくる必要はないだろう」
「みんな大切なものだ。置いておく訳にはいかないよ」
「家なんぞそうそう潰れるもんじゃない」
「もし潰れたらどうする」
「お前の魔法を喰らっても平気なんだ、台風の一つや二つで潰れる訳がなかろう」
「それは一体どういう意味だ!?」
使う者が居ないにも関わらずきっちり整った部屋。
シーツの掛けられたベッドはセミダブル。室内もそこそこに広く、快適。
「言ったとおりの意味だ。全く、此処でオーケストラでもやるつもりか?」
……の筈だった。
並べられた楽器の数々さえなければ。
「キミだって。部屋を出れば倉庫が直ぐそこにあるじゃないか」
積み上げられた魔導具の数々もなければ。
「倉庫にあるやつらと一緒にするな」
「何が違うのさ」
「…………」
沈黙。
「まぁ、」
――何はともあれ。
「持ち込みすぎたな」
「うん……」
足の踏み場もなく、ベッドの上から動けない二人は背中合わせで反省。
「どうする?」
「どうする、と言われもな」
ドッペルアルルは天井を眺め、ドッペルシェゾが頭を掻く。
彼らの頭上には淡く輝く魔導の光がふよふよ漂う。
「全部また亜空間に放り込む?」
「面倒くさ……」
「だよね」
言うや否や、ベッドに転がるドッペルシェゾ。
ドッペルアルルは溜息を吐きかけ、
「わっ!? ちょ……っ」
腕を引かれて倒れこみ、そのまま抱きすくめられる。
「明日だ、明日。今日は寝るぞ」
細い身体を捕らえる腕。
首筋にかかる吐息。
その後直ぐに口付けられる。
後ろから抱きしめられる格好のドッペルアルルは苦笑を浮かべ、
「何か、あまり意味なかったね」
「まぁいいだろう。たまには」
結局解った事は、『何処でもやる事は決まっている』
という事らしい。
「ちょっと、コラ、どこ触ってる!?」
「んあ? ――痛てっ!!」
THE END
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