部屋に入ってくるなり、サタンはコート掛けに外套(マント)を掛けた。
無造作に引っかかる外套を少し調え、辺りを見回して眉を寄せる。
塔の中で一際本に埋め尽くされたこの部屋は、実は書庫ではなく書斎であり、彼の仕事場である。
壁の蜀台で炎が揺れるシックな部屋。暖かな仄暗さが丁度良く、しかしそれで彼の気が休まるわけでなかった。
魔導師名門校、魔導学園の校長として学園会議に出席し、魔王に戻って尚、怠けていた分のツケが回ってきた事に気付いたのだ。
部屋に一つだけある木製の重厚なデスクで、山と詰まれた書類の束が浮いた白さでしなくても良い自己主張をしてくる。
重い気のまま渋顔で近づいていく。
しかしデスク上で本に埋もれていたのは書類だけではなかった。
見開かれる紅眼。
過密に積み上げられた本が形作る壁に護られる様に、白いドレスの背が静かに上下していた。
青く長い髪が広げられた教科書の上に流れ、書き潰されたノートの上でペンを握ったまま眠るルルー。
引き結ばれた唇は勤勉の名残であり、閉ざされた瞼は安らぎの証。
開きっぱなしの教科書は学園で習う教科の一つ、召喚学と歴史学。棚から引っ張り出したのだろう、他にも幾つか関連した本が傍に詰まれては、元々あった本たちに溶け込んでいる。
――これでは仕事ができない。
机上に君臨した眠りの王女様に、サタンは半ば慌て半ば安堵の苦笑を漏らした。
彼の思いなど知る由もなく昏々と眠り続ける少女。
おもむろに、紅爪の白皙が青い髪を撫で、夢の中ですら表情険しく拗ねる彼女に、安閑の微笑みと癒された溜息。尖った犬歯が無防備に覗く。
普段見せることのない甘い眼差しは堕天たる所以か。
深緑の髪がさらりと落ちて、薄色の唇がゆっくりと、儚げな頬に降りていき……、
しかしあと数ミリの距離でぴたりと止まった。
瞬刻にサタンが振り向く。
二人と目が合う。
「……えっと、見つかってしまったみたいですヨ、サキュバス」
「……あぁ、と。べ、別にそのまま続けてくれても良いわよぉ〜、魔王様。アタシがしっかりちゃぁんと見守っておくから〜♪」
インキュバスとサキュバス。
デバガメ悪魔が、二匹。
愛想笑いを浮かべた女夢魔の手では、映像記録用の小型水晶が"撮影"を表して赤く輝いていた。
「…………」
魔王の視線が急冷却。
揃って本物の汗を垂らす男女の夢魔。
爆音が閑寂なる夜を引っ叩き、二人は当然の如く夜空の星。
「んぅ、……どうかなさいましたかぁ? サタンさまぁ?」
開きすぎた風穴から美しい夜景を目前にして、大粒の汗をかきながら肩で息をするサタン。
寝ぼけ眼をこすりこすり半身を起こし訊いて来るルルーに、彼は何も答えなかった。
THE END
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