LOVEPEACE

 

 

「……でね〜、そしたらウィッチが――」

「へぇ……ラグナスも大変だね……」

 春の日差しが舞い落ち、色鮮やかな緑を照らし出す。そこに咲いた花々は、笑顔に頬をほころばせ、風に笑う。

 晴の青、光の金色、全てが満たされているような世界で、にわかに咲いた二つの花も、その青と赤の花弁を揺らして今を生きる喜びを分かつように微笑んでいた。日の高く昇った昼空に弾ける笑声(こえ)は、そこにいる全ての人々の鼓膜を満たしているかのような。

 平穏が言葉の壁を蹴破り現実にその姿を現したような光景を、置いてけぼりを喰らったように、ややつまらなそうに黙々と見つめ続けるのはこの空と同じような蒼の彩り。

「随分楽しそうだな。あの二人は……」

 相も変わらず呑気に話しかけてくる。

 聞きなれたその声に、シェゾは今まで眺めていた少女達から視線を外して振り返った。雪の輝きを模したかのような銀色の髪が煌き、白を基調とした魔導法衣と共にさらりと風に揺れた。珍しく青い肩当てと外套は薄緑色をした絨緞の上に無造作に投げ出されているらしい。

「……休日だからな」

 答える声は溜息交じりの退屈そうな声。相当相手にしてもらえないのか、もしくはきゃっきゃとはしゃぐ少女達に付いていけないのだろうか、闇の魔導師といういかにも物騒で暗そうでその上不幸そうな肩書きを持ちながらも、すっかり平和そのものの風景に解け込んでいる彼は、端正な顔に眉根を寄せて憮然とした面持ちで目の前の人物を見据えた。

 その先で、この陽の光りですら吸収してしまいそうな漆黒が揺れている。

「その割にはお前は楽しくなさそうだな。まるで3匹目を積まれた紫ぷよの様な顔をしてやがる」

 彼の表情にくっと唇の端を吊り上げ、泰然とした態度で並ぶ青年を、もしこの場に初めて見る者があれば驚く者も居たかもしれない。それほどまでに彼らは目の前で談笑を続ける二人の少女同様に瓜二つだった。

尤も、片方は青い瞳に青いバンダナと白い魔導法衣。もう片方は赤い瞳に赤いバンダナと黒い装束という一目瞭然な姿なのだが。

「どういう比喩だ、それは。素直に『暗い』と言えば良いだろうに……」

「ほぉ、俺の言いたい事がよく解ったな」

「貴様の言いたいことなど、そんなもんだろうがっ」

 青い瞳に不機嫌をちらつかせて、シェゾは隣に佇む己のドッペルゲンガーと呼ばれる青年を睨み付ける。が、当の本人であるドッペルシェゾは何食わぬ顔で、シロツメクサに囲まれ楽しそうに笑い合う少女たちを眺めながら。

「そう怒る事もあるまい。アルルに相手にされないのが寂しいのは解るが……」

「な、誰が……っ」

 言いかけてシェゾは、彼らから数メートルほど離れた場所で自分のドッペルゲンガーと呼ばれる少女と共に、白いシロツメクサを手に取りながら他愛もない日常の話題に花を咲かせている金無垢の瞳をした少女に視線を移す。

 今現在、『恋人』という位置付けにあるはずの男の事など気にした風もなく、まるで関係ないとでも言うように久々に逢う友人と笑い合うアルルの姿は、確かにシェゾを苛立たせているらしい。

 

休日の公園はカップルや家族連れでごった返し、その人込みに眩暈すら覚える。というのが一般的なイメージではあるが、最近はそうでもないらしく、広場も平日より多少人が多いくらいの程度で収まっていた。それもこれも街外れに某魔王が建設した遊園地のお陰だと言えばそういうことになるのかもしれないが。

 この日、シェゾを誘ったのはアルルの方である。休日では毎度の如く朝っぱらからシェゾの家にあがりこんでいたアルルだが、手乗りゾウと遊ぶことにも飽きたのか、たまには外に出ようと言い出した。最初は外に出る事を渋ったシェゾだったが、お散歩を強請る子犬のようなアルルの可愛らしさに騙されてその要求を呑んだのだった。

 しかし、完成したてで貴重な一日の半分以上を待ち時間に費やすような遊園地なんぞには行く気になれず、必然的に公園という選択に至ったわけだが、いざ公園についてみると一人ベンチで同居人を待つ自分のドッペルゲンガーを見つけるなり、アルルはドッペルアルルとの会話に夢中になりシェゾの事は放ったらかし。というわけだ。

 アルルと二人きりでのんびり散歩なんていう夢物語を想い描いていたがそれがあっさりと崩れ去った上に、すっかり仲間はずれにされてしまったシェゾの機嫌はどん底のようだった。

「お前がD(ディー)アルルを一人で置いておくからだぞ」

 ジトーっとドッペルシェゾを見る。

 実を言うとこの場で四人が鉢合わせするのは初めての事ではなく、公園を訪れる人達にとっては結構顔馴染みだったりする。
 しかし二人のドッペル達――ドッペルゲンガーと言っても彼らは霊的存在ではなく、ドッペルシェゾは元は時空の水晶と呼ばれる魔導具であり、ドッペルアルルに関してはその正体は不明なのだが、彼らにも生活がありそれを護るために仕事をしなければならないため、最近では不在な事が多かった。最初一人で居るドッペルアルルを見つけたときは、シェゾ自身も珍しいとは思ったのだが、今ではそんな思いは遠い空の彼方だ。

 せめて最初からドッペルシェゾが居れば、アルルも気を遣うであろうし、シェゾは晴れて休日のデートを楽しめたはず。それを今更出てきやがって、と言うようにむすっとした表情で睨み付けてくるシェゾに、ドッペルシェゾは半ば呆れたようなバツの悪そうな表情を褐色の肌をした横顔に浮かび上がらせた。

「恨むな。仕方がなかろう……、サタンに呼ばれたんでな」

「サタンだと? 何故また……」

 サタンの名を聞くとついつい身構えてしまうのは長年の経験からの事だろう。彼は何かと騒動を起こすのが好きらしく、この世界に起こる怪奇現象の3分の2は彼の手によるものだと噂されるほどだ。そうでなくともシェゾやアルルは今まで散々暇つぶしという厄介事に付き合わされてきたため、サタンの名が出てくるとつい警戒してしまうのだが。

シェゾは嘗てサタンが起こした“暇つぶし”の一つを思い出しうんざりしたように言う。

「……まさかまたわくぷよランドなんてもんを造る、なんて言い出すんじゃないだろうな?」

最近サタンがめっきりぷよぷよ地獄を起こさなくなった上に、遊園地なんて物を造り上げた事。そして突然ドッペルシェゾを呼び出した事からそういう発想に至ったのだが、シェゾの言葉を聞くなりドッペルシェゾは心底嫌そうに顔を歪めた。

「あんな馬鹿げた事、二度とするか。……遺跡調査の依頼だ」

「ヤツがか? 珍しいな……ん゛?」

 どうやら、自分が暗躍していたとは言えドッペルシェゾ自身もあの事件にはあまり触れたくないらしい。自分の居場所を見つけたために、ダンジョンやテーマパークを造ってまで魔力を集める必要がなくなった、という事もあるのだろうが。

ほれ、と調査する内容が事細やかに書かれた書類を差し出すドッペルシェゾ。それを流し読むなりシェゾはある異状に気付き訝しげに顔を歪める。

 書類に貼り付けられた誓約書――おそらくサタンの方でも同様の物が保管されているのだろう――は魔界にしか生息しない水馬ニーグルの皮で作られ、さらさらと心地の良い肌触りであり、インクも魔界直輸入なのであろう上等なもので滲みもない。文字なんぞは古代魔導最盛期辺りの物が使われ、しかも読み難いほどに達筆。正に一等物である。

と、それは良いとして、遺跡調査に赴く契約者及びそのメンバーの欄、ドッペルシェゾとドッペルアルルの他に……。

「……おい、ちょっと待て、何故俺とアルルの名まである?」
 そう、そこには見まごうことなき自分達の名が記されていたのである。

「人数は多い方が楽で良いだろう?」

 何か問題でも?というようにしれっと言い放つドッペルシェゾに、シェゾの誓約書を持つ手が震える。

「……こういうモンは本人の了承としてサインが必要な筈だか……?」

「ほぉ〜、そうだったか〜それは知らんかったな。サタンはすんなり容認してくれたが?」

 明らかに知っている態度でわざとらしく白々しい。

 必死に掠れた声を絞り出したシェゾだったが、ドッペルシェゾの言葉にピシッと固まってしまった。

 暫しの石化状態の後、声を張り上げる。

「き、喜様らグルだな!? 絶対そうだ、この期に及んでまた俺を厄介事に巻き込む気なのか!? そうなのか!? そうなんだな!? えぇ!!?」

「そう卑下することもあるまい。お前が如何に不幸で陰険で変態かなんて事くらいそこら辺のゾンビでも知ってることだぞ」

「誰が変態だ!! ソレは関係ないだろうが、ぶっ殺すぞ貴様っ!!」

 肩で息をするシェゾを哀れみを含んだ紅い瞳が見つめる。その後ろをくすくすと笑いながら幾人かの人が通り過ぎ、またもや固まるシェゾであった。

「と、兎に角、俺は行かんからなっ。何が楽しくて貴様と仲良く遺跡探索なんぞ……」

 書類を破り捨てたい衝動を何とか抑え、自分を落ち着かせてから突き返す。

受け取った書類をくるくると丸めつつ、腕を組んでそっぽを向いたシェゾから、視線をアルルとドッペルアルルが織り成す和みの園に移し代えて、ドッペルシェゾはいつものようにのんびりと言う。

「誘ったらアルルは喜んでついてくるだろうがな」

「……ぐっ」

 未だ彼らのやり取りなどお構いナシに談笑を続けるアルルに、ドッペルアルルに誘われ尻尾を振ってじゃれ付いてくる子犬の如くくっついて行く彼女を想像してしまい言葉を詰まらせる。

「……今回の依頼は楽に終えられそうだ」

シェゾの様子を横目に、ニヤリと意地悪く笑むドッペルシェゾを卑怯だと罵ると、どうも。と軽く返されなんとも云えない気分に陥ってしまった。まさに俎板の上の鯉ならぬ俎板の上の変態。

 不満そうに何やらぶつぶつ言っているシェゾ。ドッペルシェゾがくっと笑う。

「本当にアルルには弱いな、お前は。さっきのなんぞ、側からみればストーカーだぞ」

「いつもDアルルばっかりにくっついてるテメェに言われたくないんだが?」

 ジト目で睨まれ、ドッペルシェゾは意外そうな表情を作る。シェゾにでも解るほどわざとらしく。

「愛しい女を追いかけるのは男の性であろう? それの何処がいけないと?」

「テメェの場合は過剰過ぎるんだよ!! 同じ顔でイチャつかれるコッチの身にもなれっ!!」

「お前たちもいつもやってることだろう? そう怒鳴ってばかりいると血圧上がるぞ」

「怒鳴らせてるのは何処のどいつだ!? ってやってねぇっ!!」

「……なんだ、羨ましいのか」

 そうかそうかと勝手に一人で納得している自分のドッペルゲンガーに、シェゾは眩暈を覚えこめかみを押さえる。

「いやなに、普段あんな風に気丈に振舞ってはいるが、二人で居るときは自分から求めてくることもあるのだぞ、Dアルルは。どうやら独りでは居たくないらしくてな、離れて寝ているといつの間にか俺のベッドに潜り込んでくる事もあったりしてな。そういう所が可愛くて……」

 シェゾの事を気にした風もなくぺらぺらと喋り出すドッペルシェゾ。彼はこういうときに限って饒舌になる。

 目の前でニヤケながら惚気るこの気色悪い変態野郎を“どうにかしてくれ”と思いながらもシェゾは自分の中で何かが狂い出すのを感じ取っていた。ずるずると地を這うようにゆっくりと頭を擡げる『何か』。それを抑えなければならない事は解っている。が、しかし押さえ込もうとすればするほど、抵抗を弾き返すかの如くそれは膨れ上がってくるのだ。

 なす術もなくぐるぐると巡る意識の中、どろりとしたモノがシェゾを包みこむ。

 

 ……生暖かいと感じられる風が花の甘ったるい匂いと共に駈け抜ける。遥か遠くでドッペルシェゾの楽しげな声が聞こえ、その瞬間シェゾの中で何かが大きく弾け飛んだ。

 

「――はぁ!? 何言ってやがる。アルルだってなぁ、普段はキャンキャン子犬みたいだがそれも可愛いんだが、夜は目ぇ潤ませて擦り寄ってきてそれがまた子猫みたいで無茶苦茶可愛いんだよ。真に可愛いと言う事がどういうことか? それはアルルの事を言うんだ、解ったかっ!!?」

 

 頭に血が昇ったシェゾ――ついでに目も据わっていたりする――は、この時滅多に他人には漏らさない本音をぶちまけたのである。幾人もの人々が行き交う公園の、しかも一番賑わっている広場のど真ん中で。

 

 

 

「ほぇ? あ、またやってる」

「……ん? あぁ、本当だ……」

 風の流れが変わった。なんとなくそう感じてアルルが振り返ると、シェゾ達の周りを遠巻きに人だかりができていた。風に揺れる木々や人の声で構成されたざわめきが邪魔をして聞こえ辛いが、よく耳を済ましてみると、Dアルルがどうだのアルルがどうしたのという会話(怒鳴り声?)が聞こえてくる。

「また……、こんな民衆の前でなにやってるんだろうね。あの二人は……」

 立ち上がり呆れたように腰に手を当てるドッペルアルル。赤いスカートと髪留めのスカーフが風にふわりと揺れる。

「ほんと、飽きないよね〜あの二人ってさ」

 溜息を吐きながらアルルものんびりと立ち上がりると、ぽんぽんと青いスカートを払い目の前で口喧嘩をおっ始めている二人の男共を見つめる。金無垢の瞳にはドッペルアルル同様に呆れの色が浮かんでいた。

「どうする?」

「黙らせる?」

「そだね」

 変態魔導師と変態水晶から目を逸らさぬまま素早く意気投合。流石は古代魔導学園都市切っての双子姫と呼ばれるだけの事はある。

 ちらりと視線を通わせる。金無垢と琥珀がぶつかり合い互いにニッと微笑むと、二人は寸分違わぬ動作で前を向き呪文の詠唱を開始する。魔導を構成させるときに発せられる気の流れによってできる薄い魔導障壁がアルルとドッペルアルル、二人の身体を包み込み、少女たちの異変に一早く気付いた人々は、これから起こる惨劇を予期し、蜘蛛の子を散らすようにその場を開けた。

 しかし哀れ、彼女自慢と惚気話に夢中になってる男達はそれに気付くことができないのだ。運命は残酷物語。

 正眼の位置に、それぞれ違った発色の魔法陣が浮かび上がる。
 己の中で膨れ上がる力。やがて呪文を詠唱する少女たちの可愛らしい唇が最後の言葉を発音する。と同時に意識を自らの中から外に向け、アルルはシェゾに、ドッペルアルルはドッペルシェゾに、それぞれ狙いを定め。

『ジュゲム!!』

『ラグナロク!!』

 その“名”を叫ぶ瞬間にとてつもない量のエネルギーが解き放たれ、辺りは一時的に真っ白な闇に閉ざされる。

 

「……は?」

「……あ?」

 広場の中心で愛を叫んでいた青年達が、何かがおかしいと直感的に思ったのは恐らくほぼ同時。異変に気付き振り返ると、目の前にはどでかいエネルギーの塊。それがなんであるか理解するよりも早く、彼らの身体を爆音と浮遊感が襲った。

 後にまで余韻を残す轟音と共に、二人の男が地表から遠ざかって行き、広場には色彩(いろ)が戻ってくる。

 きっと彼らが愛しの彼女達に魔法を喰らわされた事を理解するのは遠い空の彼方にてであろう事は、一部始終を見ていた人々にとって容易に想像できることだろう。

「やぁ〜、今日も見事に吹っ飛んだね〜」

「いつもながら……ね」

 悲鳴を上げることすら赦されず、昼空に流れた星の恋人達の軌跡を追うように、額に手を当てて空を眺めるアルル。ドッペルアルルはぽんぽんっと手を払いながら返す。

「んじゃ、拾ってこよっか!」

「そのままにしておくわけにもいかないし、仕方ないね」

 そう言ってくすくすと無邪気に笑い合う二人。互いに腕を絡ませ歩き出すその青と赤の後姿は、本当に仲の良い姉妹のようで見ている者達を和ませる。

シェゾ、大丈夫かなぁ〜?とかDシェゾ、壊れてないだろうか?とか、今度は彼氏の話題に花を咲かせながらその場を後にする少女達の姿は次第に人々の視界から遠ざかって行った。

 

降り注ぐ陽光の中、風が花の香りを運ぶ公園。世にも奇妙な、双子カップルのような四人組みを、広場に来ていた人々は笑顔を湛えてほのぼのと見守っていた。

 彼らは今宵、一日を振り返り思うだろう。

 

今日も平和だったと……。

 

 

とある魔王が守護する一つの街での、それはそれは平和な日常のひとコマであった。

 

                                          をしまい。

 

***あとがき***

何となしに書いてみたくなった阿保話。

シリアスではない(解るって)

シェアル&DシェDアルの組み合わせって良いよね。

いつもながらDシェゾがシェゾの起爆剤やってます。

Dシェゾが居る限りシェゾはストレス溜まらないんだろう。

(いや、ある意味ストレスか?/笑)

 

こんなもんでも笑っていただければ幸い。


*秋野渚さんから挿絵を頂きました!!
可愛らしいアルルとDアルル、本当にありがとうございます!!

 


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