「シェゾっ!!」

 

 どんよりとした雲が世界を包みこむ

 おぼろげになった太陽の 弱く力無き光に

 全てが見えなくなって

 

 ただ目の前の光景が哀しくて

 ただ壊れてしまった時を繋ぎ止めたくて

 ボクは ただ 手を伸ばした

 

 

           Holly Ground

 

 

「ねぇ…シェゾ…、しっかりしてよ…目を…開けてよ…!」

 

 何処で道を間違えたんだろ?何処で道を見誤ったんだろ?

 考えが甘かった?ボクが幼すぎたのかな?それとも…この世界が残酷すぎたの…?

 全てを犠牲にして、全てを擲って、然るべき選択をすれば願いは叶うと信じてた。でも、

現実は理想とは違ってあまりにも残酷で理不尽だという事を、目の前で激しさを増して行く

戦いと、腕の中で急速にその勢いを弱めていく命が、彼の流す生命の雫によって紅く濡れた

聖衣が物語っている。

 

「…シェゾ…、逝っちゃヤだよ…?ボクを…独りにしないでよ…!!」

 

 目の奥が熱い。喉が痛い。頭がズキズキする。胸が、心が悲鳴を上げてる。それはきっと

舞い上がる砂塵のせいでも、辺りに充満した噎せ返るような血の臭いのせいでもなく、ただ

彼を失う恐怖から。

 どうしてボクを庇ったの?ボクにはそんなことして貰う資格なんてないのに。キミを拒み、

時の女神としての道を選んでしまったボクを…なぜ!?

 

 遥か遠い日差しは暖かく、舞い散る桜は強く儚く色彩を落とす。脳裏に映るのは未だ色褪せる

事の無いイメージ。

 自分の考えを過信して『運命』を受け入れたボク。目の前で時の使者達により取り押さえ

られるキミ。微笑みで君の手を振り払ったボク。絶望に彩られたキミの顔…。キレイだった。

あまりにも綺麗で、でも悲しかった。苦しかった。愛しかった。壊れそうな程に…痛かった…。

 桜吹雪に紛れてキミの姿が見えなくなった時、もう戻れないと思った。ただ焦がれるように

求め合っていた日々は既に蜃気楼へと。

 それでもキミと居た日々を強さに代えて生きてきたんだ。『今』を無意味にしないように。ボク

の浅はかな願いの為に。

 

 願いは、望みは唯一つ。キミが居る世界。キミが生きていける世界。唯それだけだった。例え

もう二度と寄り添うことはできなくても、キミが生きている世界を見守っていけるなら、深い傷

をいつの日にか愛しさへと変える事ができるなら、それで良かったんだ。

 けど、甘かった。人は過ちを繰り返すほど愚かじゃないって、いつか解り合えるって信じてた。

愚かだったのはボクの方。

『聖戦』なんて嘘だ。そんなものは虚言。光を崇める者達と、闇を安らぎとする者達との戦いは

結局は理想と理想のぶつかり合いで、そこには正義も悪もある筈はなく、ただ己の善を貫くのみ。

だから心有る者は過ちを犯す。何度でも。例え求めているものが同じでも、『やり方』が違うから。

結局、戦いは避けられなかった。ボクは…失敗したんだ。

 ボクの前に飛込んできたキミの後姿が見えた時、ボクを捕らえる筈だった切先がキミの身体を

貫いた時、気付いてしまった。世界は、ボクの望みを叶えてくれるほど優しくなんかないんだって。

 

 ねぇシェゾ、ボクのしてきた事は、信じてきたものは、全部…無駄だったのかな?

 

 目の前で、おぼろげな光を受けて、紅く濡れた刃が閃く。その顔は銀色の仮面に護られて表情を見

せず、人間なのか、魔族なのかさえ解らない。

 …どうして?目の前で仲間が死にかけてるんだよ?どうして、まだ戦おうとするの?戦いを止めな

いの?助けようとしないの?自分の仲間を傷つけて、何とも思わないの?何も感じないの!?

 天高く掲げられた腕が振り下ろされる。迫り来る影は次第に大きくボクの頭上に圧し掛かる。熱い

雫はボクの頬を伝い、そのまま留まる事無く滑り落ちた。

 

 あぁ、そっか…シェゾ、キミも独りぼっちだったんだね…。ボクと同じ…だったんだね…。

 

 ―― 不意に閃光が奔った。ボクを叩き壊す筈だった刃は軌道を変え、数メートル離れた地面に落ちる。

その柄を握り締めた腕ごと。

 生暖かい紅が鉄の様な臭いと共に頬を叩き、ボクは思考を停止させてしまった。腕を失った目の前の

戦士は、もんどり打って上半身を地面に投げ出し、一泊置いて自らが作り出した紅い泉にその下半身を

沈める。一瞬か、それとももっと長い時間か、呆然と眺めてようやく気付いた。既に絶命している。身

体を横一文字に切り離されて。

 

一体何が起こったの?ゆっくりと首を巡らせると同じような光景が目に映った。ある者は首を切断

され血の霧を撒き散らし、ある者は脳天から真っ二つに。またある者は四肢を切り落とされ悶絶する。

何か起こったのか理解する間もなく消し飛んだ者。腰から下を切り離され、暫くの間悲鳴を上げてい

た者もいた。

ボクの周りで見境なく命を奪っていく白い光。…違う。光じゃない。それは光にしてはあまりにも鋭く、

冷たく、温もりを持たなかった。ボクは…ソレを何と言うか知っている?それは……

 

…白い…『闇』…?

 

「解ったでしょ?この世界が、どういう世界か…」

「!!?」

 

突如として聞こえた声に振り返る。空間が歪み、現れたその姿は…。

 

「…お久しぶり。アルル・ナジャ…」

「…ドッペルゲンガー…アルル…?」

 

 地に降り立ち優しい微笑みを向けたのは、ボクと同じ姿の、ボクとは違う人。

戦いに敗れ、『自分』を探す為にその姿を消した『彼女』だった。

血を浴びていないにも関わらずソレを想わせる赤い服。戦場を駆け抜ける風にそれらを軽やかに靡かせて

ボクらの許へ近づいてくるその姿はまるで……。

 

「……キミがやったの…?」

「…危なかったでしょ…?もう少し遅れていたら君も、その人も真っ二つだったね…」

 

 視線を落としてシェゾの顔を見つめる。血の付着した髪、血の気の無い肌に胸が苦しくなってぎゅっと

抱き締めると、微かな息遣いと微かな鼓動。弱々しいけど、まだ息がある事に安堵を覚え、同時にDアル

ルの言葉にぞっとした。一歩間違えれば二人とも…。

 でも…だからって…。

 

「だからって…どうして他の人まで!?味方だって居たんだよ!?」

「…味方…?キミに味方なんて居たの?」

 

 可笑しそうにDアルルが言う。彼女の瞳に映ったボクの顔は、酷く、傷付いたような顔をしていた。

 

「…一体何人の人が君の言葉に耳を貸した?一体何人の人が、キミの想いに気付いた…?…そんな人、一人

 も居なかったでしょ…?」

 

 何も言えなかった。認めたくなかったけど、信じたくなかったけど、彼女の言葉は真実で…。

 

「…キミは唯のシンボル。キミの言葉なんて、何の力も有さない。誰もキミを理解しようとしなかった。

 孤独だったね、ずっと…。きっと彼もそうだった…」

「…………」

「考える事は立派だったよ。…キミは良くやった…。でもね、『永遠の平和』なんて有り得ない。…この世界

 ではね…」

「…そんなこと…っ!」

 

 そんなことない!!おもいっきり否定したかった。でも胸が、ぎゅうぎゅう締め付けられて、言葉が喉に

つっかえて。

 Dアルルは一度目を伏せ、溜息をついてもう一度ボクを見据えた。あの赤い瞳で。

 

「…この状況を見てまだ希望を…?……いや、もう既に気づいている筈だよ…。戦いは此処では終らな

いって…。この世界はキミを傷つける事しかしない…。キミから全てを奪う事しか…。

これ以上戦いを続けたい?これ以上…その人が傷つくのを見ている積り…?」

「…そんな……でも…、それじゃぁどうすれば…っ!?」

「簡単さ。キミがこの世界を作り変えれば良い」

 

 一瞬目の前が真っ白になった。

 

「……え?」

「キミがキミの理想とする世界を作れば良い…世界の欠片…魂の記憶を使って…」

「…カケ…ラ…?魂…?」

「……何れ解るよ。キミならできる筈…、創造を…未来を司りし女神王…アルル、キミなら…」

 

女神王…?ボクが…?

なんだか頭がくらくらする。

 一度薄く微笑んだDアルルは、次の瞬間には無表情をその顔に貼り付けていた。

 

「…そんな…ボクに…そんな事…」

「…シェゾって言ったっけ…?…感謝しなきゃね…その人に…」

「……どういう…?」

「…世界を作る要素が揃ったって事…。さぁ、決断の時だよ、アルル。世界を壊すか…彼を壊すか…

 どっち…?」

 

 言ってる事がよく解らない。

 ボクは…どうすれば良いの?何をすれば良いの?どっちを…選べば良いの…? 

迷った。…違う、迷ったフリ?答えは…もう決まっていた…?

 

「……ボクは…シェゾを失いたくない……。シェゾの居ない世界なんて…要らない…!」

 

 腕に弱々しく力が篭る。また涙が溢れだして止まらなくなって。

 

「……キミなら…そう言うと思っていたよ…」

「なら、こんな世界……要らないよね…?」

 

 柔らかい微笑みは、瞬時にして凍てついた微笑へと変わる。ゆっくりと前へ突き出された手。

彼女の唇が動いた瞬間、ボクは目を見張った。

 

「……ラグナロク!!」

 

 唯一言。その一言で十分だった。詠唱も何も必要ない。ただその一言だけで…全てが……。

 

 

 

 

 ボクは止める事ができなかった。うぅん…止めようとすら思わなかったのかもしれない。ただ

何も考えないまま、何も考えられないまま、目の前の破壊を見つめていた。

 ボクの周りにあったもの、全てが浄化されていく。その様を。

 

「……私の役目はこれで終わり。今度はキミの番だよ…アルル…」

 

 はっとして彼女を見ると、真っ直ぐな赤い瞳と視線がぶつかった。

 

「……不安?」

 

 その時のボクは一体どんな顔をしていたんだろう?

 

「…だって、ボクに世界を創るなんて…」

「…出来るよ…。彼と二人なら…ね…」

「………」

「…キミはもう独りじゃないんだから…。この世界はキミの夢。魂は世界の欠片。キミはそれらを使っ

て理想の世界を築けば良い。

 …私はキミの影、キミは私の光…。…大丈夫、もし気に入らない世界なら…また私が壊してあげる

から…」

 

 恐ろしい筈の言葉は、何処かとても優しくて。

 

「…うん、…解った…。ありがと…Dアルル…」

 

 微笑んでお礼を言ったんだ。心から。

 

「アルル…」

 

 頬に掛かる光が眩しい。

 突然声をかけられて、ボクは思想の世界から引き戻された。振り返れば、大切な人がそこに居る。

それは恐ろしくも優しい夢のようで、覚めないでという願いと、覚めて欲しいという想いが同時に

胸を支配する。

 でも解ってる。一度壊してしまったものはもう二度と元には戻せない。ボクらがした事は、そう

いう事なんだって。

 

「あ、シェゾ、気が付いたんだ?」

「あぁ…」

 

 ボクが救った、たった一つの命は確かにそこで微笑んでるから。今は、それだけで満足。

 

「何を見てた?」

「うん、海…」

 

 あんな事があったばかりなのに、海は何事も無かったように光を受けて金色に輝く。まるで、先の戦い

なんて忘れてしまったように。この星で息衝いていた命を、忘れてしまったように。破壊の末に見たものは

今まで見た事もないような、光に満たされた世界。それはまるで、神話の世界に迷い込んだような。

 ボクの隣にシェゾが並ぶ気配がした。

 

「……綺麗だな…」

「…うん」

「お前が、だよ」

「な、何言ってるのさっ、馬鹿…」

 

 慌てて横を見ると、蒼い瞳と視線がぶつかって、なんだか可笑しくて、二人、笑った。もう取り戻せない筈の

幼かったあの頃に戻ったような気がしたから。

 

「……ごめんね、シェゾ。みんな…無くなっちゃった…」

「……アルル…」

 

 肩を掴まれて抱き寄せられる。暖かい体温、聞こえる鼓動。もう二度と触れ合えないと思ってた。それでもキミは

こんなにも近くに居て、生きてるって思ったら凄く嬉しくて、何故か哀しくて、その身体に染み付いた血の臭いです

ら優しくて。

 

「シェゾ?」

「……泣きそうな顔…してたぞ」

「……そんな事…」

「後悔してるか?」

「ううん…みんな居なくなっちゃったけど、君が居るから平気だよ?」

 

 笑おうとしたけど、シェゾの顔を見る限りじゃそれは失敗に終ったみたいだった。

 

「泣いても良いぞ?俺が全部受け止めてやるから」

 

 顔を胸に押し付けられて、頭に、キミの息遣いを感じて。

 駄目だよ。そんな風に抱き締められたら…、そんなに優しくされたら、ボク…。

 

「……泣けよ」

 

 優しい囁き。

 キミを困らせないって決めたのに…、キミの苦しみは全部ボクが受け止めてあげるって決めたのに…。結局、

護られてるのはボクの方だったね。昔から。

 

「……ごめ…っ、ごめん…ね…っ、シェゾっ、ごめんねっ!…ふっ…ひぐっ!…ふぇ……うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……なぁアルル、ここには何もないから、俺達で創って行かなきゃな?」

「…ひくっ、…う、うん…っ!」

「もう二度と、辛い思いはさせないから…、独りにはしないから…な?」

「…うん…っ、うん…っ!!」

 

 ありがとう。ボクも、もう二度とキミを独りになんかしないから。

 ごめんね。いっぱいいっぱい泣いたら、またいっぱいいっぱい笑えるから。だから、今は、泣かせてね?

 

「…ねぇ、シェゾ…」

「ん…?」

「キス…して…?」

「……泣きながらやったら窒息するぞ?」

「いいの…っ!…して…?」

「お前が良くても、俺が困るだろうが」

 

 そう言いながらも結局してくれる。ただ触れるだけのキス、それでも、失ってしまった二人の時間を取り戻

せるような気がして。

 

「シェゾ…愛してる…」

「あぁ、俺も…愛してる。アルル…」

 

微笑って、微笑んで。 

良いんだよね?ボク達…赦されるんだよね?いっぱいいっぱい愛して、いっぱいいっぱい愛されて、そして

幸せになっても、良いんだよね?

 何も無い世界だけど、二人で、つくっていけるよね…?

 

「…いっぱい…赤ちゃん…つくろうね?」

「あぁ…」

 

例え全てを失っても

例えどん底でも

 キミが居るなら此処は『聖地』

 キミとなら、何かを探して生きて行けるから

 ボクはもう…独りじゃないから…。

 

 

 

 

 彼は唯、空を眺めていた。瓦礫の壁に凭れ紅い瞳で紅く染まった空を唯一人。風が彼の髪を撫ぜ、黒い服が騒々しく

はためくのも気にせずに。

 

「…全く、派手にやってくれたものだな…」

 

 不意に唇が開かれ、その手が虚空へ伸びる。地と空との間に生じた歪みより現れた白い手は、迷う事無く彼の

掌に乗せられ、ゆっくりとその姿を世界へ晒す。

 

「…全ての魂は眠りに就いたよ…」

 

 地に降り立った彼女は鬱陶しげに横髪を払い、目の前の男にそう伝える。その姿に彼は静かに笑った。

 

「…お前が『器』を壊したからだろ?Dアルル…。いや、アルラトゥ…とでも呼ぶか?」

「……何とでも呼んで。何ならキミの事をネルガルとでも呼ぼうか?Dシェゾ…」

 

 溜息を吐き無粋に言ったDアルルを、シェゾの姿を借りた元・時空の水晶は紅い瞳で愉しげに見つめる。

 

「…ほぉ…、ではお前は俺を夫と認めた…と言う事か?」

「…何故そういう事になるんだい…?」

「…火星神ネルガルはアルラトゥの夫だ…」

「……そんなの知らない。私はただ『暑苦しい』と言いたかっただけだよ…」

「……何気に酷いな…Dアルル…」

 

 そっぽを向いてしまったDアルルに憮然とするDシェゾ。だが、そういうやり取りももう慣れている為か

直ぐに気を取り直す。

 

「…ご機嫌斜めだな…。どうかしたのか…?」

「……別に…」

 

 歩き出した彼女の後姿を彼は見つめ、目を細める。まるで何かを探るように。

 

「……一つ訊きたいんだが…?」

「……何…?」

「…何故俺を壊さなかった…?」

 

 Dアルルの歩みがぴたりと止まる。少しだけ首を巡らすも、Dシェゾの顔をまともに見ようとしない

まま、また前を向いてしまった。

 

「…俺は唯の石でしかない…。この世界になんら必要とはされていないだろう…?星の浄化者(カタルシスト)である

お前が…何故、不要な物を放っておく…?」

 

 ゆっくりと近づき、身体が触れるか触れないかの距離まで来た刹那、Dアルルが振り向くと同時に

Dシェゾの顔の横で鈍い音が鳴る。

 それは振り返り様に彼の横面に叩き入れる筈だった彼女の杖が、彼の手の中で軋む音だった。

 

「……そんなに消えたいなら…、今直ぐ消してあげようか…!?」

 

 受け止められた杖に尚も力を込め、怒りに燃えた赤い瞳で睨み付ける。しかし、Dシェゾの目は確かに

捉えていた。その赤の奥に潜む陰り、哀しみの色彩(いろ)を。

 目を伏せ、もう一度開いた時には既に杖は下ろされ、やや俯き加減な彼女の姿が目に入った。杖を受け

止めた右手が微かに疼く。

 

「…悪かったな…。…冗談だ…。まさか其処まで怒るとは思わなかった…」

「…………」

「…安心しろ…、俺はそう簡単に消えてやる積りはない…。今消えられたら何かと拙いだろう…お前も…」

「…………」

「…お前は無茶をしすぎるからな…、俺が見ていないと何を仕出かすか解らん…。今回の事も…本当は

 お前を行かせたくはなかった…。…不安なのは解る…、が、全てを抱え込もうとするな…。そう張り

詰めてばかりいると……腹の子に障るぞ…」

「…っ!!?」

 

 驚愕の表情でDシェゾを見上げるDアルルの手は、無意識の内に下腹部へ伸びており、彼の言葉が事実

である事を物語っていた。

 

「…二ヶ月…にもならないか…、一ヶ月半…って所か…?まだちゃんとした形を成していないにも関わらず

確かに魔力を宿している…。……大したヤツだ…」

 

 顎に手を当て感心したようにじっとDアルルの腹部を見つめる。

 

「……俺の子だろう…?」

「……確証が、何処にあるの…?」

 

 真っ直ぐ見つめる紅い瞳にびくりと躰が震えた。額に汗が滲む。動揺を隠そうと、平静を装うと努力する

が、それが失敗している事などDアルル自信にも解る事だった。その証拠に、声が震えている。

 

「…そんなもの無くとも解る事だ…。第一此処一、二ヶ月の間に俺以外の誰がお前と交わった…?」

「…そ、…それは…」

 

 それっきりDアルルは口を噤んでしまった。答えなど出るはずがない。此処一、二ヶ月どころか、目覚

めてこの方、男に抱かれた事などないのだ。目の前の、彼以外には…。

 今までDアルルの様子を見ていたDシェゾは、少し考えるように空を仰ぐ。その口元には少しだけ、意

地の悪い笑みが浮かんでいた。

 

「……一ヶ月半というと…珍しくお前から求めてきた時か…」

「……っ!…違う!その後!キミが行き成り発情した時だ…!……あの後から躰の調子が可笑しくなった…」

「…あ…?そうだったか…。いや、何…お前が余りにも可愛かったもんでつい…な…。……お前だって

 悦んでたろ…?」

「〜〜〜っ!!…何がつい…だ、馬鹿!」

 

 頬を真っ赤に染め、踵を返しすたすた歩き出したDアルルの後姿にDシェゾはくっくと喉の奥で笑う。

 Dアルルの歩みは、数歩進んだ所で思い出したようにはたと止まる。

 

「……キミを消さなかったのは、今消えて貰っては困るのともう一つ…」

「……あ?」

「…キミがこの星の…、この世界の、破壊と再生のサイクルに組み込まれる確証が無かったから…」

「………」

 

 振り向いたDアルルの顔には先ほどと同じような、哀しみの表情が浮かんでおり、Dシェゾは一瞬、言葉を

失ってしまう。

 

「……一応…『愛されている』という事らしいな…」

「……破壊の女神(アルラトゥ)も、女神である前に一人の女…と言う訳か…」

 

 溜息を吐き呟いたその顔には優しい微笑み。彼は、再び歩き出した彼女の後姿を追うように自らも歩みを速

めた。彼女の隣を歩む為に、彼女と共に生きる為に。

 

世界が再生の路を歩み始めた瞬間。

骸と化した人間(ひと)の街を 歩み行く二人の頭上には、

満天の星が、輝き始めていた。

 

                                       Fin。

 

***あとがき***

世界崩壊ネタ?

いや、唯単にシュメールの神話と絡めて創造の女神なアルルと破壊の女神なDアルルを

書きたかっただけの話。特に何も考えていません。いやマジで。

そりゃ確かにファンタジーみたいに一発で世界リセットして、何度でも世界作りなおせたら

楽なんだろうな〜(そういう場合一体何度創り直したら理想の世界なんて物が出来上がるのかw/笑)

って思ったけど、それじゃ結局私も死んじゃうんだよね〜。あははは〜(笑/事じゃねぇ)

 

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