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まるで真新しいもののように、一点の陰りも見せない街並み。
「メテオーーーーーー!!」
魔導を孕む都市、その中央区。
いつもと変わらないはずの正午前。怒りの交じった叫号と爆音が響き渡った。
「あら、目が覚めましたの?」
小さな呻きがせせらぎに重なり、草の上に寝かされた少年をウィッチが覗き込んだ。
幼い外見にどこか似あわない、眩しそうなしかめっ面。眉根が緩み、ゆっくりと開かれる黒いまつげの瞼。虚ろな黒瞳がぼんやりと、しかし確かに彼女を捜し当て、
「あれ……? ウィッチ?」
「はい」
「ここは?」
気怠そうにぽつりぽつりと言い、体を起こして頭を振る。そして彼は自分の体を見下ろした。
「あ、また小さくなってる」
「災難でしたわね。どなたかが魔導の修行中術を暴発させたみたいで、それが偶然ラグナスさんに当たったのですわ」
心なしか声をしょんぼりさせる彼に、しれっとした物言いのウィッチ。
嘘ばっか。
木にもたれたまま心の中でひとりごち、ドラコはこの川沿いに降る木漏れ日を見上げる。
本来なら今頃、彼女たちはサタンのもとで雑用を任されているはずだった。しかし塔へと向かう通り掛け、街の中央道を歩いていると突然ウィッチが足を止めたのだ。ゼンマイの切れた人形のように、直立不動で前を見る少女。何事かと覗き込み、彼女の視線を追ったドラコが見たものは、きゃいきゃいと騒ぐ小さな人の群。魔導学園の生徒であろう女たちの。
そしてその中心で、困ったように頭を掻く黒髪の青年の姿。
(あれって……?)
眉を寄せてウィッチに視線を戻したドラコは、次の瞬間顔を引きつらせて後退る。
目を細め凶悪な笑みを浮かべた魔女がいた。
彼女はこちらを振り向きもしないまま声軽く、
「魔導師なら、手加減は必要ありませんわよね」
「わたくしたち、偶然通りかかって。それでひとまずラグナスさんを安全な所へ、とここに運んで来たんですの」
「そうだったんだ。ありがとう」
本当は、子供化してのびているラグナスを担いで、一目散に逃げてきたのだが。
今頃街のど真ん中は大騒ぎだろう。そうとは知らず、生真面目に頭を下げるラグナス少年。声変わり前の高い声には子供らしい無邪気さはなく、馬鹿がつくほどの誠実。
「それよりも、戻っていらしてたんですのね」
「ん、うん。と言ってもすぐ行かなきゃいけないんだけど……あ、ウィッチ、悪いけど図書館の場所教えてくれないかな」
「図書館、ですの? ちょっとまってくださいまし」
ウィッチはローブの袖を探り、やがて丁寧に丸められた羊皮紙を取り出す。
「もしかしてそのために?」
「うん、ちょっと調べたい事があってね。街で学生さん――かな、に訊こうとしたんだけど、逆に質問攻めにされてしまって……そういえばあの人たち、大丈夫かな」
「あれくらいでどうにかなるようなら、魔導師になんてなっていませんわよ」
麻紐がとかれ草の上に広げられる羊皮紙を覗き込みながら、気遣わしげに呟くラグナス。
ウィッチの声に挿した黒いものに、気がついているのかいないのか。
「モテますものね。ラグナスさん」
「え、まさか。それはないよ」
……いや、気付いていない。絶対に。確実に。
「余所者が珍しいだけだよ、きっと。魔導師でもないし」
「そうですかしら。……ここが今いる地点。図書館はここですわ」
「…………。わかった、ありがとう」
彼はこの街のことをまだ良くわかっていないのか。
無理もないが。
幼さの残る白い指先が地図の上を滑り、ウィッチの示す位置をじっと見つめていたラグナスが立ち上がった。同時にウィッチも顔を上げる。
「ご案内しましょうか?」
地図を丸めて差し出しながら言った。
わずかに逡巡し、彼はそれを受け取る。
「いや、大丈夫。このまま引き留めておくのも悪いしね」
大きな黒い瞳がこちらへと向けられる。
完全に空気、ではなかったらしい。
気にしなくて良いから、と片手をふるドラコ。慌てたようにウィッチが立ち上がった。
「そうですわ、サタンさまに呼ばれていましたのに!!」
「サタン、か……」
微笑とも苦笑ともつかない笑いを浮かべるラグナス。
不思議に思いながらも、ドラコは別の疑問を口にする。
「でもさ、図書館で調べ物って、こっちの知識があっちで役に立つの?」
ラグナスは小首を傾げ、
「さぁ?」
「さぁって……」
「調べてみないと役に立つかどうかはわからない」
「はぁ、ご苦労様なことで」
当たり前のような顔で言うラグナスに、ドラコは拍子抜けて溜息を吐く。
気にした風もなく、彼はウィッチを見上げた。
「そろそろ行くよ」
「そうですか。調べ物、頑張ってくださいね」
頷き、そして歩き出す。
「あ、そうだ」
立ち止まって振り返った。
「後で、多分夜になると思うけど、お店に寄って良いかな?」
「え?」
「えっと、実はアイテムの買い置きがなくて……。それにこれも返したいし。あと、この体……」
照れくさそうなラグナスに、ウィッチは口元に手をやりくすくすと笑う。
「ええ。では黄金リンゴも用意しておきますわね」
「お願いするよ」
「黄金の鎧と交換で」
「え、それだけは勘弁!」
「冗談ですわよ」
「頼むよー……」
照れたり、焦ったり、がっくりと肩を落としたり、ころころ表情を変えるちびっ子青年。翻弄する魔女は楽しそう。
ウィッチは、悪戯好きの表情を収めじっとラグナスを見つめる。
「お待ちしていますわ」
心の底から。そんな響き。柔らかい微笑み。
ラグナスは顔を上げ破顔した。子供のようにあどけない笑顔。
小川が囁き風が歌う。水面の輝きが、向かい合う二人の輪郭を滲ませる。
(あー、もう見てらんない)
二人に背を向けて木にもたれ、ドラコは目尻を押さえた。
背後から声が飛んでくる。
「あら、ドラコさんいかがなさいましたの?」
「どうしたんだい? 気分でも悪いのかい?」
「……ほっといて」
◆ ◇ ◆ ◇
「にしても、彼も大変だねぇ。呪いだかなんだか知らないけどあの体質」
「え、えぇ、そうですわね……」
ラグナスが去った方向を眺めながら言うと、何故かウィッチは言葉を濁した。横目で見れば笑顔が引きつっている。
「な〜んか、寄り道になっちゃったね。誰かさんたちは目の前でいちゃつくし」
「なっ、だっ!!? べ、べつにわたくしとラグナスさんはそんな関係じゃ――!」
「ウィッチとラグナスが、なんて誰も言ってないけど」
「ど〜ら〜こ〜さ〜ん〜〜〜〜!!?」
顔を真っ赤にして抗議の声を上げるウィッチ。ドラコはそっぽを向いて舌をだす。
「少しは素直になりなよ。マ・セ・ガ・キ♪」
ずいっと顔を突き出し鼻先をつっつてやると、ウィッチは何か言いたそうに頬を膨らませた。
無視して続ける。
「それよりさぁ。大遅刻だけどどうしようか」
「…………」
「あと、街中でメテオぶっ放したのもバレたら大変なことになるね」
「…………」
言う毎にだんだん力が抜けていく。声もだんだんしぼんでいく。
思い出したくない現実。だが、思い出さないわけにもいくまい。
ウィッチの顔があからさまに青ざめる。
「あ゛ーーー!! またサタンさまに叱られるっ!!」
とは言っても無言で溜息を吐かれるだけなのだが。
だがそれだけでもあの人、いや、あの魔王様は十分――怖い。
「まぁ、なるようになるさ……」
頭を抱えたウィッチの肩に手を置き、ドラコは虚空に笑いながら諦めた目で明後日を見た。
今日は長い一日になりそうだ。
End
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