Begin

 

 やわらかい、温かなものが頬に触れる。

 それを待っていたかのように彼の意識は急速に上昇していった。

 

 「…気が付いた?」

 不意に頭上から声がした。何処かで聞いたような声…

 しかし、以前聞いたような元気な、子供じみた声ではなく、妙に落ち着いた声だった。

 その声に導かれる様に彼はゆっくりと眼を開く。

 「!? アルル・ナジャ!?」

 額に巻かれたバンダナと同じ深紅の瞳に彼女を映し、彼の言葉は以前己が戦った少女の名を紡ぎ出す。

彼女はあまりにもその少女に似ていたから…。

唯、目の前の彼女は少女と言うより女性と言った方がしっくり来るような…そんな落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 「…起きない方がいい…。まだ傷が完全に癒えた訳じゃないんだから…」

 慌てて起き上がろうとする彼を彼女はゆっくりとした動作で押し戻す。

 「ボクはアルル・ナジャではないよ…ドッペルゲンガーってヤツ…かな?」

 彼の頭を自らの膝の上に乗せ、苦い笑を零す彼女。彼女の体温が服越しに伝わり、指が彼の髪を滑る。まるで、母親がなかなか寝付かない子供

にしてやるような仕草だったが、不思議と不快には感じなかった。それどころか、今迄感じた事の無い妙な感覚に囚われた。

髪から伝わる優しく暖かな感触…そこで初めて彼はさっき自分の頬に触れていたものが何であったのかを知る。

 「…此処は…?」

 未知の感覚と、彼女に対して警戒心を抱けない自分に戸惑いながら彼は訊く。取り合えず此処が何処なのか知りたかった。

そしてオリジナルとの戦いに敗れ、消滅する筈だった自分が何故こうして生きているのかも…。

魔力を使い果たし、生きる理由も失い…自ら作り出したダンジョンと共に消滅する筈だった。

助かる筈などなかった…なのに…。

 「…此処? 此処に名前などないよ…」

 彼女の言葉でふと我に帰る。

 目だけで辺りを見回すと赤や青、黒などの光が絡み合う様に渦を巻いている。それらは決して交じり合う事は無いが、常に形を変化させていた。

見ていると眩暈のような感覚を覚え、彼は眼を閉じた。

 「…強いて言うなら時空の狭間…かな…?」

 眼を開き再び彼女を見る。もう一度辺りを見回し、成る程なと納得した。
彼の迷宮(ダンジョン)は時空と密接な関連があった。ダンジョン内を時空に繋げ、常に形の変わる迷宮を作り出す…それが彼が時空水晶と呼ばれる所以(ゆえん)でもあった。

おそらく、塔が崩れた時何らかの形で時空への門が開き、引きずり込まれたのだろう。

そこを彼女が発見し、何らかの処置を施した。…多分…魔力の注入を…。

「何故…助けた…?」

 「…え?」

 一瞬彼女の体が硬直するが、彼の瞳見つめ(とが)められた訳ではないのを悟ると「何故だろう…」と困ったように微笑う。

 「…何となく」

 「何となく…?」

 「…うん…」

 本当に唯の気紛れでしかなかったのかも知れない。時空の歪みを感じて来てみれば、倒れている彼を見つけた…それだけだった。

彼女が見つけた時、彼の意識は無く、魔力も生命を維持出来る限界を既に超えていて…。

このままでは…そう思った瞬間彼女は動き出していたのだ。何を考えるでも無く一筋の躊躇いも抱かずに、彼の身体に自らの魔力を注いでいた。

作業は思っていたよりも簡単だった。彼に触れた途端軽い脱力感と魔力の消費を感じた。それが何なのか…彼女は瞬時に悟った。

どういう原理かまでは解らないが、彼女の身体から彼の身体へ魔力が流れ込んでいるのだと…。まるで川の水が高い所から低い所へ流れ行くように…。

後は彼に触れたまま軽く魔力注入の呪文を唱えるだけで良かった。急激な魔力の消費と脱力感とに一瞬気を失い掛けるが何とか持ち堪える。

どれ位の時間が経過しただろうか。次第に魔力の消費がゆるやかになり、もう大丈夫であることを認識すると、彼女は詠唱を止め魔力の流れを絶ち

彼の目覚めを待ったのだ。

 「…もしかしたら…『運命』とかいうような物に翻弄されていたのかもしれない…」

 「………」

 自嘲を含んだその呟きに、どう答えて良いか迷っていると、彼女が口を開く。

「…君も…その…そうなんでしょ…?あの…シェゾとか云う闇の剣士の…」

 「…心配するな。気にしていない」

 彼女の気を察してか、彼は肯定の意味も含めてそう言う。

彼女は彼が気にしていると思っていたのだ。昔の自分の様に…。彼の事を少しだけ「強いな…」と思い、「…そう」と、ふっと微笑う。

 「…奴を…知っているのか…?」

 短い静寂の後に彼はそう問う。

 「…うん…まぁね…。っと言っても見た事が有る程度…。…君も知っているの…?ボクのオリジナル…アルルの事を…」

 「あぁ…まぁな…。俺のオリジナルと一緒に居たからな…」

 「…そう…」

 「………」

 「………」

 「…不思議なヤツだよな…」

 再び訪れた短い静寂を破ったのはまたしても彼だった。不思議そうに見下ろす彼女に苦笑しつつ、彼は言葉を紡ぐ。

 「…アイツは…あの娘は…俺に『生きろ』と言った…」

 「……?」

 「時空の水晶って知ってるか…?」

 「…魔力を吸収する為の水晶…?」
彼女が少しだけ自信なさげに訊く。彼は頷き。

 「…それが俺だ…」

 「…!?…君が…?」

 驚いたような彼女に今迄の経緯を話した。シェゾと呼ばれる男から魔力を奪い今の姿を得た事。魔界の貴公子をたぶらかし、数々のダンジョンを作らせた事。そして、最後に彼女と自分のオリジナルとの戦いに破れた事も…。

 「…目の前で仲間を散々に痛めつけてやったのに…アイツは俺を許すと…どちらかが消える必要は無い…共に生きればいいと…」

 そう言って彼は瞳を閉じる。瞼の裏に焼き付いているのは、ぼろぼろになった男を支えながらも必死に訴えてくる少女の姿。

 「…変わって…ないんだね…」

 「……?」

 瞳を開いて彼女を見る。先程の彼同様に苦笑しながら言う。

 「ボクも同じような事を言われたよ…ボク達は全く別の人間だから…って…」

 「…そうか…」

 呟いて彼は立ち上がる。今度は彼女も押し戻すような事はしなかった。

 「…これからどうするの…?」

 不意に彼女が訊く。

 「さぁな…死に損なっちまったし…此処に居るのも…な…。取り合えず元の世界にでも帰るかな…」

 「…そう…」

 「…お前はどうする?…来ないのか?」

 俯いてしまった彼女を振り返りながらそう言う。しかし、ぱっと顔を上げた彼女の表情はあまりにも悲痛なものだった。

 「…できないよ…。…ボクは嘗てアルルを殺そうとした…そうすれば、ボクがアルルになり代われるって本気で思ってたんだ…

でも彼女はボクに生きていて欲しいって言った。彼女にはボクを消す事だって出来たのに…そうしなかった…。でも、ボクはきっとまた

彼女を疎ましく思ってしまう…本物(オリジナル)である彼女が…もうこれ以上彼女を傷つけたくないんだ…だから……。」

  「…ならお前が本物(オリジナル)になれば良い…」

 「…!?」

 彼女の表情が凍りつく。それを見て彼は尚も冷静に言葉を続ける。

 「…お前に必要なのは存在意義…つまりお前をお前として見られる者の存在…。俺がお前に名を付けてやる。…そうすればお前はアイツの

ドッペルゲンガーじゃなくなる訳だ。…俺がお前の存在意義になってやる…それでは駄目か…?」

 「…何故…?」

 驚いたように目を見開き呟く彼女。

 「…似てるからだ…」

 「似てる…?」

 「…戦いに破れ、名も無く、生きる意味も失った…。俺達はよく似ている…。…助けられたからというのも有るがな…。

………『レイ』というのはどうだ…?」

 少しだけ考えた後に彼はその名を紡ぎだす。

 「…レイ…?…ボクが…?」

 その名を聴き驚愕の表情を浮かべる彼女。それは光を意味する言葉…。

 「…ボクの属性は闇…だよ…?」

 「関係無い…」

 呟く様に言う彼女に、彼はそう言い放つ。

 「…俺はお前に救われた…。お前は俺にもう一度生きるチャンスを与えた…理由がどうであれな…。

そういう意味で、お前は俺の(レイ)だった訳だ…解るか…?」

 「…良く…解らないけど…それで良いの…?」

 「…あぁ…」

 不安げな彼女の言葉に彼は頷く。それだけで彼女は今迄の罪の意識から開放されたような…そんな気分になった。

 「…で、もう一度訊く…。…一緒に来るか…?レイ…」

 「ねぇ…一つだけ…良い…?」
「…なんだ?」

 彼の問いには答えず彼女は訊く、彼はさほど気にした様子もなくそれに応じる。

 「…ボクも…君に名前を付けて良い…?君がそうしてくれるように…ボクも君の存在意義になりたい…」

 「…別に構わない」

 その応えに彼女は心底ホッとしたような表情を見せる。暫く考えた後に…。

 「……クリス…そう、君の名前はクリス…」

 「…クリス…?」

 「…うん…水晶(CRYSTAL)から取った…。単純な名前だけど…クリスタルは幸運の石とか、希望の石とか呼ばれてると聞いた事が有る…」

 「希望…か…俺は今迄、絶望しか与えて無かったような気がするが…?」

 「…それこそ関係無いよ…ボクには希望を与えてくれた…」

 苦笑する彼に彼女はきっぱりと言い、微笑する。心の底からの微笑み…彼は大きく眼を見開き。

 「…お前…そういう顔の方が……いや、何でもない…」

 「…?」

 そっぽを向いてしまった彼を不思議そうに見つめる彼女。「気にするな」と慌てたように言う彼にもう一度微笑みながら「解った」と応じる。

 「…じゃぁ…行くか…?レイ…」
「うん…行こう…一緒に…クリス…」

 差し伸べられた彼の手を掴み彼女も立ち上がる。手を強く握り締める。互いの仲で刻まれしリズムに自らを重ね合せる様に…。

二人の体が黒い風に包まれ掻き消える。後には静寂が残るだけだった…。

 

闇の中で彷徨いし蜉蝣(かげろう)

探していた者と出逢い

止まっていたリズムは再び時を刻み始める

一人きりでは叶わぬ夢、二人なら…

眩しい光にも負けぬ様に

力強くその羽を打て

これが本当の始まりなのだから…

 


***あとがき***

はい、DシェDアルです。

またもや妄想大爆発な品(笑

この二人好きだ〜wもっとくっつけ〜!(黙れ

梨菜さんに送りつけた物です(何

これにも訳の分からんフリートークっぽい物がついてたけど

勿論此処では書きませんw(ぇ

最後の詩はガーネットクロウのとある曲の影響をバリバリ受けてます(爆

ガネクロ好きなんですよ〜w

いい曲がいっぱいw聴くとハマりますよ〜w(勧誘するなコラ

結構上手く書けた…のかな?(汗

実は私的にはあまり納得のいく出来じゃなかったりします(苦笑

それでも気に入ってくれる人が居るなら幸いですvv
怜さんから挿絵を頂きました〜vvDアルルの表情が無茶苦茶ツボです!!
Dシェゾもかっこいいvvこの二人に幸あれ!!


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