雨の日に…

 

 

 

――   お前は兵器だ。  ――

 

 

 

――  人間により造られし物が 

人間に楯突くか。 ――

 

 

 

――  ……化物が…!  ――

 

 

 

――  魂無き物に何が出来る…?  ――

 

 

 

 

 この世界に存在している間に受けた数々の暴言。自分が消し去ってきた者達の遺言。

 何故今更このような事を思いだしたのか、何故今更『夢』という記録の残影にソレを見たのか解らなかったが、

思った以上に精神機能が不安定になっている事に失笑せざるを得ない。

過去の事など気にしていなかった筈なのに、今を生きると誓った筈なのになんだろうか?この無力感は。

 目が醒めてから、今まで感じた事の無いほどの言い様のない居心地の悪さに家を出、ふらふらと当ても無く彷徨っ

ていたまではよかったが、もう歩く気力すら自分の中に見出せずその場に立ち尽くしている。空は朝から黒雲が立ち

込め、まるで今の精神状態を象徴しているようだと思う。

 

―― ポツ…。

 

 微かな音と共に体に何かが当たったのを感じて空を見上げると、ソレは一つ二つと数を増やしつつ視界の隅に吸い込

まれ、幾つかは服に黒くシミを作り、その幾つかは自分の肌に当たって弾ける。…冷たい。

 

「……雨…か…」

 

 呟いたその言葉さえ遠く、少しずつ服を濡らし皮膚にまで浸透して行く雫に、『動く』という簡単な行動を実行する

思考さえ奪われたかのように、一瞬毎に勢いを増して行く雨を、嘲笑うかのような黒い空をただ眺めている。数滴ほど

目に入ったらしいが、痛みは鈍く、他人事のようにさえ思えた。

非情に打ち付ける雨。耳に届く雨音は激しさを増し、氷のように冷たく、次々と髪から、服から、指先から滴る雨滴

に、次第に奪われ行く体温を感じ、こんな俺にも、人ではない俺にも『温もり』などという人間的なものが存在したの

かと思うと何故か笑えて来て。全てを流してしまいそうな雨に身体を委ね目を閉じる。

 

 

 

 

Dシェゾ!!」

 

 Dシェゾの姿を見つけるなり、Dアルルは走り出していた。持って来たコウモリ傘が地面で弾けて勢いの付いた雨にば

たばたとくぐもった音を立て、自分の体さえ雨に濡れる事にも構わずに彼の許へと走り寄る。

 

いつもの様に自室で曲を創っていたDアルルが家の中にDシェゾの存在が感じられない事を不思議に思い、家中を探し回

ったがやはり居ず。外を見れば激しい夕立。それに不安を抱き、心配して探しに来て見れば、いつも二人で歩く散歩道の道中、降りしきる雨の中で彼は立ち尽くしていた。雨に打たれて目を閉じ天を仰ぐ格好で、まるで魂の籠もらない人形のように…。

 

「…全く何やってるんだ…こんな所で…!びしょ濡れじゃないか…!?」

 

 腕を掴みそう叫ぶと、Dシェゾは静かに瞳を開きDアルルを見る。

 

「…………」

「…D…シェ…?」

 

 名を呼ぶが反応は薄く、Dシェゾは、光を失い濁った紅い瞳でDアルルを見つめるだけで。いつもの彼では想像出来ないほど

表情に乏しく、まるで言葉すら無くしてしまった様に何も喋ってはくれない。その様子に気管を一気に締め上げられたような息苦

しさを覚えDアルルは悲しげに顔をしかめる。


随分長い間雨に打たれていたのだろう。黒い服は水を吸って更に重く闇色に染まり、握り締めるとぐしゅりと微かな音をたてて

水が腕を滴り落ちる。灰色に染まった銀色の髪からは止め処なく雨水が流れ、一瞬の間を置く事もなく彼の体を濡らし続けている。

感じられない温もり。浅黒い肌はとっくの昔に体温を奪われ蒼白く、その紅い瞳にDアルルを映してはいるものの、それが彼女だと認識されているかすら覚束ない。

もしかしたら意識が朦朧としているのかも知れない。そう思いながら頬に触れる。…やはり冷たい。氷のように…というよりはまるで蝋人形にでも触れているような感覚がした。

 

「……こんなに…冷たくなって…」

 

 呟いた言葉がやけに哀しく響いた。Dシェゾを見上げたその顔は、赤味がかった瞳の隅に雨適を映すが彼の姿が盾となり、雨に

濡れる事はない。何故彼は無意識にでも自分を護るのか。いたたまれないようなもどかしさに、Dシェゾの顔を引き寄せ抱き締め

煩すぎる雨の中、静かに冷たい口付けを交わす。

彼を奪い続ける雨から彼を護るように無駄に抗い。流星のような雨の中で二人、深く強く結び合うように願うように…。

 

「……帰ろう…?…私達の家に…」

 

 静かに微笑んだ哀しげな瞳。Dシェゾが微かに頷いたように見えて、しっかりと彼の体を支えてゆっくりと歩き出す。生気が

感じられないこの姿を、まるで生き場を失った赤子のようだと思いながら。

 

無情にも強さを増していく雨。髪から伝う雫が、頬から流れ唇を濡らす雨の粒が、やけに、(から)かった…。

 

 

 

 

カーテンの閉められた薄暗い部屋。微かに熱気の籠もったその場所は冷え切った体では『暖かい』と感知されるらしい。Dシェゾの体をベッドに横たえさせ、Dアルルは髪留めのバンダナを解き服を脱いで自分の体をタオルで拭き始める。頭、肩、胸、足…一滴の雫も残さないように、丁寧に。体を伝っていた水滴は次第にその姿を消し、白い肌は純粋な姿を晒す。それが終わるともう一枚、大きめのタオルを取り出し、細い指でゆっくりとDシェゾの服を脱がし始めた。

 

君の髪の匂い 君の手触り 私達の愛の光は暖かく

まるで夢から出てきたように沈黙を破り

これから起こる事は炎のように

 

 彼女が歌を紡ぐ。まるで子守唄でも謳うように静かに優しく言葉を紡ぐ。

 床に脱ぎ捨てられていく服に比例して露になっていく身体。雨に打たれ濡れた身体を自分の身体を拭った時よりも丁寧に拭き取りながら重たくなった服を脱がしていく。温もりの消えてしまった肌を肌に感じて激しい雨音を背景音に、哀しげに歌を紡ぎながら。

肩を、胸を、身体を、足を…次々と。一滴もその残存を赦すまいと。

 

君がもう一度囁く そしてもう一度

自由になりたいんだね たぶんできるさ 何があっても

私が毎日君に水を注ごう

 

 毛布を羽織り、Dシェゾの身体の上にうつ伏せに寝転ぶと、長い間雨の接触を赦した彼の身体よりも、自分の身体の方が

幾分か暖かい事を知る事ができた。窓越しに激しく鳴る雨音に、彼の身体の冷たさに、静かな苛立ちを覚えるのは独占欲か?

冷えた身体を抱き締めて、その胸に口付けを落とし、頬を寄せる。触れ合っている部分から少しずつ体温が奪われていくような気がするが、それでもDアルルは彼から離れようとはしない。歌を紡ぎ続ける静かに切なく。雨に奪われた彼の体温を、冷え切ったその身体を温めるように。

 

地が乾き 割れ 雷が叫び

空が広々と開いた時 絶望が生まれる

 

 言葉は次第に哀咽を含み、声が震える。それでもその歌は力強く響き、彼の意識を虚ろに留まらせたようで、

ぼんやりとする意識の中、Dアルルの体温と歌声を遠くに感じながら、馬鹿な事をしてしまったとDシェゾは思う。

 

だから待つんだ、ねぇ君 私の手をしっかりと握り締めて

夜が終りを告げれば 私達が何をしてきたかわかるだろう

 

 過去の幻影などに囚われてどうしようというのか。消え去った者たちにこそ何が出来る?過去に縛られ最後の言葉を繰り返す

のみ。自分には『今』がある。こいつと生きる現在が。

 自分の言動にいちいち反応し、笑い、泣き、怒り、喜ぶ存在が此処にある。唯の『道具』でしかなった俺にも護れる存在、護るべき存在が。

姿が見えなくなれば探しに来、声を聞かせなければ寂しがり、求めなければ自分から甘えてくる。飽く事なく俺を求め、そしてこんな軽率でくだらない行動にさえ涙を流す優しい少女(Dアルル)

 

今はただ待てば良い。答えはいつか、こいつがくれるだろう。もし、俺が存在し続ける事それ自体が罪でも、こいつを護る為に『生きた』今は罪ではない筈。それさえあれば俺は他に何も要らない。

 過去も…未来さえも。

 

子宮の中の胎児のように 太陽を待っている花のように

塩水を与えられれば そこから何が生まれるだろう?

 

 だが、過去を思いだした事も無駄ではなかったのかもしれない。思いださなければ解らない事もあっただろうから…。
今までとは違った温もりを感じる事が出来なかっただろうから。
過去を振り返るのは大切なものを手に入れたからだという事も…。

 

 

 
 直ぐ傍にある暖かさを感じ、今を生きるための明日を待つ。
 壊れそうな程に儚い世界で、目覚めを待つ球根のように、赦されず望まれない二人は互いの存在のみを必要としてそこに留まる。
冷たく無情に打ち付ける雨すら二人で分け合えば希望へと変わり、互いに互いを強く結びつける事で深く世界に根を下ろす。
永遠など要らない。今があれば良い。例え世界が壊れようとも、きっと二人は離れはしない。いつか共に消えるその瞬間まで、二人有る明日を夢見続けるのだろう。


 ゆっくりと次第に遠くなる歌声。激しい雨の音と共に流れる旋律は静かに闇へと吸い込まれていく。哀しく儚く揺れるDアルルの声、しかし、遠くても、はっきりと、その歌は彼には聞こえていた…。

 

世界が道や意味を失い迷っても

お前が応えてくれれば 俺の全てをやろう

 

だから待つんだ、なぁお前 俺の手をしっかりと握り締めて

夜が終わりを告げれば 俺達が何をしてきたかわかるだろう

子宮の中の胎児のように 太陽を待つ花のように

塩水を与えられれば そこから何が生まれるだろう?

俺たちに……

 

 

                                          

FIN

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後日談:

 

「ぶぇっ……くしゅん!!」

「ふぇ…くしゅん!!」

「…うっ…まさか二人揃って風邪引くとは…な…Dア…」

「…君が雨の中あんなところに突っ立ってるからでしょ…?Dシェ…。ふぇ…一体何…してたのさ…っくしゅんっ!くしゅん!」

「…いや、くだらん事を思いだして少々…へっ…くしゅん!!…ナーバスに…なってただけだ…ずずっ…もう大丈夫だ気にするな」

「…へぇ…君でもナーバスになる事ってあるんだ…?」

「…失礼な…俺だって色々考える事もある…。…っ!げほっげほっ!!」

「…喉やられてるんだからあまり喋らない方が良いんじゃない…?Dシェ……くしゅん!」

「…心配無用…。黙ってたらお前が寂しがるだろう…?」

「……馬鹿…、そんな事………あるけど…」

「…ふっ…。……所で、Dア…あの夜…、ずっと歌っていたのか…?かなり長い間聞こえていた気がするが…?」

「…?…覚えてないの…?」

「…あ…?何がだ…?」

「…君が…その…うわ言と言うか…寝言と言うか……ずっと…」

「……っ!!? な…っ?」

「…それで、休んでそれ聞いてたら何時の間にか眠っちゃって…それで…」

「…〜〜っ!う、煩い!もう言うな…っ!っげほっげほっげほっ!!」

「…ほら、無理するから…。…そんなに照れる事ないのに…結構上手だったよ…?…音痴直って良かったじゃない…」

「…黙れというに…っ!」

「…ふふっ…本当はもっと聞いて居たかったんだけど…ね…ふぇ…くしゅん!」

「…〜〜〜っ////

「…今度は…一緒に歌おう…ね…?」

「………風邪が治ったら…な…////

 

                                                          おしまいv

 

 

***あとがき***

数日前に、俄か雨に見舞われました(汗

無茶苦茶豪雨。全身びしょ濡れ。バス停までの道のりで雨宿り場所0(滅

幸い風邪はもう既に引いてたから(爆)大丈夫でしたが、バスの中すっごい寒かったです(涙

その時、空を見てたら思い付いたネタ。ザ・イエローモンキーの「球根」と、その英語歌詞「BULB」を

引用しまくりましたw(マテコラ

英語だから一人称「私」とかでも大丈夫よね?(どきどき/

球根の「今流星の様な雨の中 躰で躰を 強く結びました」って歌詞が凄く好きですvBULBは全部好きだけどやっぱり
最後の「世界が道や意味を失い迷っても〜」の所が一番好きかな?英語の歌詞では「I will give you all you need」
の響きが凄く切なくて好きv

なんだかドッペルズっぽいな〜っと思いつつ、「BULB」を聞きながらガシガシ(?)書いてました。

言葉は少なめかなぁ?

神秘的にしようと、くどくならないように努力した…積り…(汗)余計に訳が解らなくなった気がしないでもないです(焦

でも、これはこれで良く書けたな〜っと思いますよ?うん(何ぇ)割とお気に入りv(笑

ちょっぴりえっちぃかな?でもエロではないよね?(笑

人肌で暖め合うって何か憧れません?え?私だけ??(爆

でもそれが自然と行動に出てしまえるのはこの二人の特権だと思う(笑
そして後日談の会話…恐らくはいつもの様にDシェさんの膝にDアさんが乗っかって居るのだろう(爆
風邪っ引きでも絶対に離れない所が二人らしいvv(笑

何気にウェブ拍手とかに感想書いてくれると喜びます(笑


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