人魚

アカシアの雨に 打たれて泣いてた
 春風の中で月が昇るまで
その激しさ その声 愛しくて…
本気で 思った

抱いて抱いて抱いて…






『今度、良い物をお見せしますわ!』
その言葉を最後に、ルルーは姿を現さなくなった。
それまでは毎日のように私の塔に通い詰め、不器用ながらも料理を振る舞い、
やったことなど無い筈の掃除や洗濯。私の仕事の手伝いなどをこなし、懸命に私に
尽くしてくれた。
最初はまた修行のために山篭りでもしているのだろうと思っていたが、流石に二週間
以上も姿を現さないと心配にもなるものだ。
いつもなら2、3日程度では帰って来ると言うのに…。

「……はぁ…」

「また溜息吐いてマスね…サタンサマ…」
「最近、ルルーとかいう女が姿現さないから寂しいのよ」

離れた所で、珍しくインキュバスとサキュバスがひそひそと話しているのが聴こえる。一体いつからそんなに
仲良くなったのだ?と思うのだが、そんな事を訊く気にもなれないほど無気力な上に出てくるのは溜息ばかりだ。

「Oh!ソレハきっとオトコで〜す!サタンサマがあまりにもユウジュウフダンなので、ルルーサンは
 別のオトコに走ったんデース!」
「ありえるわねぇ〜。わたしだったら何年も執着してないで、とっとと新しい奴隷を探しに行く所だわ。
 あの女もやっと気付いたんじゃない?一人の男に縛られるなんて無駄な行為だって…」
「ナルホド〜…貴方にしては冴えてマスね〜。サキュバス」
「あんたが馬鹿なだけよ。インキュバス」

わざとらしく声のボリュームを上げるインキュバスとサキュバス。
何故か無性に腹が立ってきて、ガタンっと音を立てて椅子から立ち上がった。

「貴様ら良い加減にしろ!!サタンクロス!!」

―――ズガァァァァン!!

「オ〜マイガッ!!」
「きゃぁぁっ!!」

破壊音と悲鳴が重なる。床にひれ伏す二人の姿を見る間もなく、私はふんっと鼻を鳴らし就寝の為にその場を立ち去る事にした。

「…何よ…なんだかんだ言ってあの女のこと結構気に入ってるんじゃない…」

そんな声が、扉の閉まる音と重なりながらも私の耳に届いた。






「なに…?学校に来ていない?」
「はい、二週間ぐらい休んでますよ?ねぇ?」
「えぇ…お家に行ってもいらっしゃらないですし…休学届けは出ていませんですの?」
「いや…それが出ていないのだよ」
「珍しいね〜…ルルーが無断欠席なんて…」
「えぇ、休暇は稀にありますが、届出をされていないなんて…」
「校長先生。ルルーに何か用ですか??」
「…いや、大した事ではないのだ。…君たちはもう帰っていいぞ」
「はい、それでは失礼しま〜す」
「では、ごきげんようですわ」


―――バタン…


「…ふぅ…」

アルルとウィッチの姿がドアの向こう側に消え、私は一人校長室に取り残される。
出てくるのはやはり溜息のみ。どうやらルルーは学校にすら姿を現していないらしい…。
それどころか家にも居ないと言う。
こんな事は初めてだ。学校には来ているのだろうと思っていたが…。
一体どうしたというのだろうか?何か事件にでも巻き込まれたのだろうか?
言い様の無い不安。何故こんなにも不安になるのか?

「……わからんな…」

自らの気持ちすら量りかねる今日この頃…。どうも最近不安定なようでいかん。

―――バサッ!!

翼を広げマスクを取る。魔導学校校長マスクド・サタンから魔界の王サタンへと戻り、窓を開け放ち
校長室を飛び立った。






「あら、サタン様。今お帰りですか?」
「うむ…」

塔に帰った私を出迎えたのはキキーモラ。ちょっと前まではもう一人、私を出迎える者が居たのだが…。

「ルルーさん…今日もいらっしゃっていませんよ?」

心配そうに眉を寄せる。いつの間にやら辺りを見回し、ルルーの姿を探している自分に気付き苦い笑いを漏らす。
いつからこんなにもあの少女を気に掛けるようになったのか…。

「ま、まぁ…ルルーも色々有るのだろう。別に気になどしていないさ…」

言いつつ歩きだす。背後にキキーモラの溜息が聞こえた。
気にしていない…か…。訊かれても居ない事をぺらぺらと喋り出す辺り、「気にしている」と言っているようなものだろう。
自分でも理解している。全く気にならない事などないのだ…。
身近な者が居なくなる…幾度と無く経験してきた事だが、こればかりは慣れる事が出来ない。
ルルーに特別な感情を抱いている訳ではない。ないのだが…やはり居なくなると心配になるもので……。
…なんだか自分自身に言い訳をしているようで馬鹿馬鹿しい。
私は頭の中の思考を全て消し去るかのように頭を振り、頭を冷やすべくバルコニーへと向かう。
急激な環境の変化に多少不安定になっているだけだ。直ぐに心の乱れも消え、冷静になるさ…。
そう自らを納得させて。



太陽は既に水平線に姿を隠し、青白い月の光だけが辺りの風景を浮かび上がらせる。
風は次第に冷たさを増し、虫の声も最近ではあまり聴こえなくなってきた。

「……静かだな…」

静かな夜。暗闇の中で波の音が響く。私は一人海を眺める。誰も居ない静かな海を、誰とでもなく唯一人で。
今は私の身を案じ呼びに来る者も、隣に並び静かに海を眺める者も居ない。

「…静か…だな…」

長い時間…たった一人でこの世界を見守ってきた筈なのだ。それなのに何故、今はこんなにもこの世界が
静かだと感じるのか…。
何故、私はこんなにも…孤独を感じているのだろうか…。


アカシアの雨に 打たれて泣いてた
春風の中で 月が昇るまで




「…?歌……?」

何処からとも無く聞こえてくる歌声…。…海…海岸から…?
哀しげに響くその声は、不思議なほどすんなりと…まるで溶け込むように私の心を満たす。
私はバルコニーから飛び降り、歌に導かれるように海岸へと向かう。


その激しさ その声 愛しくて…


近づくにつれてはっきりと、鮮明に聞こえてくるその声。


本気で 思った


月の光が彼女を映し出した時、私は歩みを止めた。
何故……お前が此処に…?


抱いて抱いて抱いて…


「……ルルー…」

ルルーだった。何故此処に居るのだ?何故二週間も姿を現さなかったのだ?
訊きたい事は山ほどある…。にも関わらずまるで足枷を嵌められたかのようにその場から動けなくなってしまったのだ。
ルルーは踊っていた。冷たい風の中で、冷たい海の中で。裸足で、唯ひたすら歌を紡ぎ自慢の扇子を閃かせて。水を跳ね上げて。
彼女の舞に合わせて水面が踊る。それは一種の魔法の様に…。
月の明かりはスポットライトの様に。煌く雫はネオンの様にルルーを飾る。


見つめあう時は 高波の様に


美しい
そう思った。舞い踊るルルーは美しかった。普段、力強く溢れんばかりの生命に満ちた彼女の姿。
しかし、今のルルーはあまりにも儚さに満ちて。


傍に居るだけで 自分を忘れた


甘い声、哀しげな旋律、激しい舞。乱れては纏まる碧い髪…。
その姿はまるで深海を泳ぐ人魚の様。その声は人魚の奏でる竪琴の様。
あぁ…恋をしているのだな…。
一目で解った。その歌はあまりにも哀しみに満ちた物だったが、彼女は微笑んでいた。
まるで深海の哀しみに希望を見出し、その者を愛する事を…唯それだけを悦びとしている様に…。


その激しさ その声 その胸が


『サタンサマがあまりにもユウジュウフダンなので、ルルーサンは別のオトコに走ったんデース!』
『あの女もやっと気付いたんじゃない?一人の男に縛られるなんて無駄な行為だって…』

頭の中で昨日のインキュバスとサキュバスの言葉がリフレインする。

―――ドクン…!

心臓が跳ね上がるのを感じた。
何だ…これは…? 何だ…この気持ちは…?
胸の奥が熱い。苦しい。そして、どうしようもなく   痛い…。
嫉妬? この私が…? 魔界の王たる私が…世界を見守り、守護する役を担う私が…嫉妬…?
誰に…? 何処の誰とも知らぬ相手…ルルーの瞳が行きつく場所。…私ではない…他の…誰か…?

―――ドクン…!ドクン…!ドクン…!


消えて しまった
抱いて抱いて抱いて



「ルルー!!」

―――バシャッ!!

「きゃっ!?」

心臓が早鐘のように打ち鳴り、気付けば走り出していた。
ルルーが私の前から居なくなる…私の存在がルルーの中から消える…それが途轍も無く恐ろしい事の様に感じて。
水が跳ね、ルルーの華奢な躰は造作無く私の腕に納まる。

「サタン…様…!?」
「………」

驚いたように呼ばれた名。何も言わず冷え切った体を抱き締めた。今にも消えてしまいそうで。心の中で唯「行くな」
と繰り返して。
言えないもどかしさ、私にルルーを縛る権利など何処にも無い。
だが、どうしようもなく苦しいのだよ、お前が傍に居ないのが…。何故そうなのかは解らぬが。
どうしようもなく嬉しいのだよ、お前が私を見つけてくれたのが…私の名を呼んでくれたのが。
この想いをなんと呼ぶのかは知らぬが。

「…見つかって…しまいましたわ…」

溜息と供に紡がれた言葉。凍りついた。この先に言い渡される言葉はきっと…。
だが、仕方の無い事なのかも知れぬ。何度も経験してきた別れ。何て事は……無い……。

「お見せするのはもうちょっと後だと思ってましたのに…やっぱり此処で踊るのは失敗でしたわ…」

……は?
紡がれた科白はあまりにも予想とは掛け離れていて、私はルルーを見つめ問いかける。

「……どういうことだ?」
「あら、覚えていらっしゃらないんですの?前に言ったじゃありませんか…良い物をお見せしますって…。
 私の踊りをサタン様に見て頂こうと思って…」

何…?と言う事はルルーは私の為に…?

「ふっ…く…くっ…ははははっ!!」
「サタン様?」

私としたことが…全くとんだ早とちりだ。

「いやすまぬな、ルルーよ。どうやら私は勘違いをしていたようだ。」
「勘違い…?」
「うむ…。お前が私の前に姿を現さなくなったのは、お前に心変わりがあったのだ…とな」
「…心変わり……!!?サタン様!私はそんなに尻軽女ではありませんわ!!私にはサタン様だけですわ!」

『心変わり』の意味を悟り、拗ねたように言うルルーに思わず笑みが毀れた。

「あぁ、すまぬな…だが、幾ら私の為とはいえ…学校まで無断で休む事はなかろう?」
「あ…ご、ごめんなさい…どうしても夢中になってしまって……でもどうしてサタン様が学校の事を?」

ギクッ

「あ…いや…こ、校長から直接連絡があってな、皆心配していたと言っておったぞ。うん」
「まぁ!マスクド校長から!?退学かしら…」

冷や汗が背中を流れ、少し無理があるようなこじつけをするが、ルルーはそれを信じたらしく心配そうに
俯く。私はルルーの肩にぽんっと手を乗せ頭を振った。

「いいや、安否を確認できればそれで良いと言っておったぞ」
「そうですか…良かった…」

安堵した様に溜息を吐くルルーにもう一度微笑む。波の音だけが私たち二人を包む。

「…ルルーよ…、もう一度踊ってみてはくれぬか?私の為に…」
「!?…はい…喜んで!」

私の問いかけにルルーは驚いた表情の後ににっこりと微笑み、ばっと扇子を拡げる。
私は数歩下がりそれを見守った。


冷たい夜は 子供の様に
丸まって眠る 奇跡を待っていて



優しい歌。優しい音色。この歌はルルーそのものだと思った。


涙が嗄れるその前に 星を見上げる
素敵なことも 哀しみも
輝きに似て



揺れる髪。激しい舞。輝いていた。何よりも。
月の光も、星の輝きも、波の音も、煌く雫も…今はルルーを飾る為だけに存在するもの。
美しかった。全てを牛耳る様にそこに存在するルルーは、まるで人魚の様に。


貴方がくれた その面影に
本気で 叫んだ
抱いて抱いて抱いて



哀しげに儚げに踊り狂うルルーは微笑んでいた。
その微笑みが私の向けられた物だと、その瞳は私を映しているのだと。
それを知り私の心は満たされる。


その笑顔を 仕草を


あぁ…そうか…今…解った…。


その全てを…


私は…ルルーを…。


本気で 愛した
抱いて抱いて抱いて…

華車 荵
2004年11月29日(月) 13時04分02秒 公開
■この作品の著作権は華車 荵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
珍しくサタン→ルルーな感じでv
ドラマとか見てた人ならこの曲を知っているかと…。
「時を駆ける少女」の主題歌だったのっこの「人魚」という曲ですw
私的にルルーさんは人魚っぽいのでこの曲で妄想をv(ぇ
サタン様…勘違いでヤキモチ(笑
ラブラブの方が書き易いですw(爆
しかし…長い…(滅

この作品の感想をお寄せください。
No.5  華車 荵  評価:0点  ■2004-12-02 01:50:55  ID:BH4G.dZ0sJM
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きゃぁvv皆さん感想有難うございます〜〜っ!!凄く嬉しいです!!

asuka>えへへ〜♪ルルーさんのイメージは海&人魚なのだぁ〜vv
あははwヤキモチ妬くクセに自分の気持ちに気付かない…っていうか、認めようとしないサタン様はじれったすぎてぶっ殺したくなってきますねv(マテイ
両想いだって!絶対!!相思相愛ってヤツv

リュウさん >サタン様の心境わかってくださいましたか!?
あぁ…物凄く嬉しいですv今後の励みになりますvv
いえいえいえ…私は詩は書けません(滅
「人魚」と言う曲で、凄くいい曲なんですよv

華西>サタン様って思い込み激しいからね〜v(笑
サタン様はルルーさんの事を心の底から愛していると思ってますvv
ただ、近くに居すぎて気付かないだけだよv一度離れてみて初めて気付くのさv(笑
うふふふvこれからも可愛いサタルル書きますぜ〜vv

クゥ>きゃぁ〜vv褒めてくれて有難う〜vv
いつか聞いた台詞に「初めから無い物は諦めてしまえばいい。だが、一度手に入れたものを奪われる事程辛い事はない」ってのがあったのよvサタン様の心境はおそらくソレです!サタン様はルルーさんを失うことを恐れている!!絶対に!(何
ルルーさんって踊り子のイメージも有るんだよねぇ…そういう設定無かったっけ??
最後の「私は…ルルーを…」は「本気で 愛した」に受け継がれますv(*/∇\*)キャ

感想を下さった皆さん!本当に有難うございました!!
コレを励みに、小説書きまくりたいと思います!
No.4  空  評価:100点  ■2004-12-01 23:21:26  ID:ldB5jEfqq82
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おぉ〜!!また素敵な小説ッスね!!
寂しがりンぼ(ェ!?)な、サタン様がなんだか可愛い……w(コラ
踊るルルーさん……すっごく素敵なんだろうなぁ……w
素晴らしい、風景描写に感激したっすよ〜!唄も、とっても会ってるようで……!
そしてやっぱりぐっと来るのは、サタンの心境と途中で止めるところ…!
もう本当にたまりません!!(ォィ
サタルルさいこうだぁぁーー!!vvv
No.3  華西  評価:100点  ■2004-12-01 22:48:02  ID:5zdadj/bONo
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昨日感想書いたはずが、できてなかったみたいです。なぜ…
てことで、もう一度♪
サタンの早とちりとか、大好きです(笑)
結局サタンはあそこまで一途な子を放ってはおけないとおもうので、
こういうことに、なるんでしょうねえ…うふふふふ(笑)
サタンもルルーも可愛くて面白かったです♪
No.2  リュウ  評価:50点  ■2004-11-30 17:41:50  ID:tjAemY01kIY
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サタンの心境がよくわかる。
この小説の間のとこに出てくる歌(詩?)ってオリジナルですか??

しかしおもろいな〜。読みやすいしw
No.1  asuka  評価:50点  ■2004-11-29 15:50:21  ID:.KAYs4b9J0s
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曲をイメージして書いたものかぁ。
あ〜、それはわかるかも〜。<人魚っぽい
インキュバスとサキュバスの話でさらにサタンは誤解&ヤキモチをやいてるっていうのがなんとなくかわいらしい感じがしてよかったと思う〜。(爆
はたから見れば、絶対ルルーとサタンって両思いって見えるよね〜ww
総レス数 5  合計 300

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