陽だまり


 足は軽く駿馬のように 腕は優しく鳥のように
 体柔らかく風のように
 心弾ませ いつもの道
 今日も会いに行こう 私の陽だまり


「アルル〜!おっは…」
「だぁから!そこはそうじゃねぇだろ!!」
「えぇ!?だったらどうなんだよ!ちゃんと説明してくれなきゃわからないじゃない
 か!!」

 ばんっと勢い良くドアを開けた私が見たものは、今にも取っ組み合いになりそうなほど
睨み合い、言い合っている元・冒険仲間、現・友人(?)の二人の姿。

「あ…ルルー!おはよう〜!」
「あ…?誰かと思えば筋肉馬鹿か…」
「…何やってるのよ…あんたたち…」

 アルルが椅子から引っくり返りそうなほど身を乗り出し、シェゾは恐らくカーバンクルにビームでも喰らったのだろうと思われる傷だらけの顔を向けてくる。私が呆れとも
怒りともつかない口調で言葉を紡ぐと。

「ご、ごめんっ!ルルー…。まだ宿題が終わってなくて…、お出かけするのお昼からで良い?」
「まぁ、そういうことだ。俺は朝から手伝わされてるんだよ」

 済まなさそうに両手を合わせて「ごめんね」のポーズをするアルルの言葉に、不機嫌そうなシェゾの声が続き、私はため息を吐いた。

「はぁ…解ったわよ。待っててあげるからちゃっちゃと終わらせなさいよ?」
「ありがと〜!ルルー。もうちょっと待っててね!」

 私がソファに座るとアルルはシェゾとともに再び勉強机に向き直ってしまい、私はコチコチという時計の音と、言い合う声とをBGMに二人を眺めていた。
 
 全く、親友との約束の日に男連れ込むかしら?この子は。しかも相手は元仲間とはいえ、あの子の魔力を狙っている(筈)の闇の魔導師よ?それでなくても女の子が男を家に連れ込むなんて…無防備すぎるわ!
 そんなことを考えながら、ちらりとシェゾを見る。なんだかものすごくイライラするわね。大体コイツがアルルの申し出を断っていれば、私は予定通りアルルと出かける事ができたのよね。折角の休日が台無しよ。楽しみにしてたのに…。
 あぁあ…今、この場に居るのがあんな変態じゃなくてサタン様だったらこんなに退屈しなかったんだろうけどなぁ…。サタン様…今どうしてるかしら…?午前のお散歩中?この晴れた大空をあの漆黒の翼をはためかせて、深緑の髪を靡かせて…。

「だぁぁぁっ!!お前は何度言ったら解るんだ!?」
「え!?違うの??だって、ここがこうなるから、こうでしょ?」
「違う!これはこうで、こうなるからこうなんだ!!」
「はぁ!?じゃぁさっきの理論が成り立たないじゃないか!」
「だから、アレはこうだったからそうなったわけで…」
「え?だったらこうなったらこうなるってこと??」
「……お前、基礎からやり直しだな」
「ねぇ、シェゾ。お腹すいた〜」
「テメェは勉強に集中しろ!勉強に!!」

 …ちょっと、人が折角素晴らしく美的な想像(?)に想いを馳せてるってのに邪魔しないくれる!?ってかもしかして私の存在忘れてるんじゃないの!?この二人…っ!

 バンッと、何だか物凄くむしゃくしゃして私はテーブルを叩こうと…したけど、やっぱり止めたわ。一度上げた手をゆっくりと机の上に置いて私は立ち上がった。

「アルル、やっぱり私、今日は帰るわ」
「え?で、でもルルー…?」
「お、おい…馬鹿女?」

 アルルとシェゾが困惑した表情を向けてくるのが解ったから、私は肩越しに振り向いて。

「まぁ、明日も休みなんだし。明日でも良いじゃない?だから今日中に宿題は終わらせておきなさいよ?それに…」

 一度言葉を切って、不審気にこっちを見ているシェゾに視線を送る。

「そっちの変態さんは私が居ないほうが都合が良さそうだからねっ!」
「なっ!?」

 ぴっと人差し指を突き出し悪戯っぽく笑うと、顔を真っ赤にしてたじろいでいるシェゾを無視し、

「ま、そういうことだから、明日ね!アルル!」
「え?あ…うん。またね、ルルー…」

 訳が解らず呆けているアルルに手を振って、私はその場を後にした。もやもやとした蟠りを心の奥底に残して。



「はぁ…」

 木々の間から漏れる光を浴び、お尻の辺りに柔らかい草の感触を感じながら私は溜息を吐いていた。さらさらと水の流れる音が聞こえ、心は幾分か落ち着きを取り戻したけど、まだ少しだけ、もやもやとした気持ちは残っている。
 
 アルルの家を出た後、私は真っ直ぐサタン様の塔へ行く気にもなれず、森の中の湖の辺で燻っていた。そこは私のお気に入りの場所で、悩み事や辛い事があったときなど、ここに来て気持ちを休めるのが私の習慣だった。

「…私の馬鹿…」

 ぐすっと鼻を啜る。
 何だか空しい…。あんなこと言ったけど、本当は今日のショッピング、凄く楽しみにしてたの。それなのにあの変態の肩を持つような事をするなんて…。本当なら約束を優先すべきじゃなくて!?
 もやもやした思いはふつふつとした激しい思いへとその姿を変えていく。はぁ…今この場にサタン様がいたなら、私の話…聞いてくださるかしら?

「お?ルルーではないか。こんな所でどうしたのだ?」

 そうそう、こんな風に覗き込んで…。

「…どうしたのだ?呆けた顔をして」

 あぁ…いけないわ。またいつもの妄想ね…。幻聴まで聞こえるなんて…。

「…?…ルルー?熱でも有るのか?」

 そう言ってサタン様の手が私の額に押し付けられる。自分で言うのもアレだけど、ここまで来たら末期よね?あぁ、でも暖かいわ。凄く暖か……って、えぇぇ!?

「さ、サタン様!!?」
「う、うむ…私だが…どうかしたのか?」

 私の声に、驚いたように身を引くサタン様。妄想じゃなくて現実だったのね…。

「所で何をしているんだ?こんな所で…」
「……今日…」
「ん?」

 ポツリと呟いた私を不思議そうにサタン様が覗き込んでくる。その瞬間私の胸は濁流が押し寄せるようにカッと熱くなって。

「…今日アルルと一週間前から予定してたショッピングに出掛ける予定だったのよ!もう私、凄く凄く楽しみにしてたの!!だってあの子ったら16にもなってお洒落の一つも覚えようとしないじゃない!?だから今日は特別にこの私が服の一着や二着、コーディネートしてあげようと思ってたわけよ!なのに…なのにあの子ったらぁぁぁっ!!」
「ぬぉぉぉぉ!?る、ルルー!?い、一体何が如何したというのだ!?」
「変態も変態よっ!!大体アイツが今日に限って遺跡やらダンジョンやらに行ってないから私がこんな惨めな思いをさせられるんじゃない!!いつもいつもいつもいつも私とアルルの仲を引き裂こうとして!!アイツよ!アイツの所為よ!!男の癖に変態の癖に女の友情に土足でズカズカ入り込んでくるんじゃないわよ〜〜っ!!蛆虫毛虫挟んで棄てろ!」
「意味解らんぞルルー!!と、兎に角落ち着けぇぇぇぇ!!」
「…はっ!?サタン様!?」

 胸の中の蟠りを全て吐き出した後、気が付くと目の前には、私に襟元を掴まれ目を回しているサタン様が。
 あ、あら…私ったら…。

***************

「ふむ。それでルルーはアイツにアルルを取られたような気がしたわけか…」
「………」

 さらさらと水が流れる音の中にサタン様の声が響く。すぐ傍には苦笑を浮かべたサタン様の顔があって、なんだか恥ずかしくて抱えた膝を更に抱き締めた。

「…陽だまり…」

 そんな言葉が口をついて出る。

「アルルは…私にとって陽だまりなんです…。明るくて、優しくて、暖かくて…。物怖じせずに私に接してくれる…。どんな時も傍にいて、励ましてくれて。痛みや苦しみも全て包んでくれる。可愛い妹のような…陽だまりのような…、そんな存在なんです…」
「…そうか…」
「サタン様には、そういう存在の人はいらっしゃらないのですか?」

 何故こんな事を訊いてしまったのかしら?疑問を口にした後で心の奥が重く沈むのを感じたわ。サタン様の口からその答えを聴くのを、私は恐れていたはずなのに。

「ふむ…そんなことは考えた事も無かったな。しかし、もし私に陽だまりがあるとするならば、毎日毎日飽きもせず私の塔を訪れ、夜まで茶会に付き合ってくれる者の事を言うのかもしれん」
「え…?サタン様、それって……」
「さぁ、誰だろうな?」

 私の…事…?
 意外な言葉に驚いていると、サタン様はふぃっと私から顔を逸らしてしまった。良く見ると頬から尖った耳に掛けてが朱色に染まっているのが解って、ソレを発見した瞬間私は胸が、キュンっと甘く締め付けられるのを感じた。

「サタン様……っ!」

――― か、可愛いっ!!

「うわっ!?る、ルルー!?」

 あぁ、私って変なのかしら?男の人―しかも年上の―を可愛いと思ってしまうなんて…。でも、その表情がなんだかとても…。
 突然抱きつかれたサタン様は凄く驚いたでしょうね。だって、さっきよりも顔が真っ赤なんですもの!

「ルルー…確かにアルルは陽だまりかもしれん。だがそれは皆の為のものなのだ」

 サタン様の手が私の両肩に置かれる。サタン様ったら、私がアルルの事を気にしているのだと思ったみたい…。そういう訳ではないのだけど…もう少しこのままで居たいから言わないわ。ふふっ、ルルーったら悪い娘v
 ちらりとサタン様の顔を見たけど、もう既に赤みは消えていつもの様子に戻っていた。ちょっと…残念だわ…。
 そんな私の様子に気づいていないのか、サタン様は言葉を続ける。

「あの明るさ優しさは、たくさんの者達の憩いの場所。言わば皆の接点だ。誰か一人の為に存在するわけではないのだよ。だが、深い森に陽だまりは一つではない。お前はお前だけの陽だまりを探せば良い…」

 語尾に少しだけ寂しげな波長が有ったのは気のせい?
 肩に置かれた手は暖かく、紡がれた声は優しく私を包み込む。それはまるで…。
 その存在を忘れていたわけじゃない。その暖かさを知らなかったわけじゃない。でもその瞬間、初めて気付いたように思えたの。私はもう既に…自分だけの陽だまりを見つけているじゃない!

「それにそこまでアルルアルルされると……」
「と、所でルルー、今日はもう暇なのか?」
「え?は、はい…」

 言葉を切ったサタン様を不思議に思い見上げると慌てたような問いかけが返ってきて、私は問うタイミングを失ってしまった。
 
「ならば、塔に来ないか?実は今日、カーバンクルちゃんが来る予定だったのだが…すっぽかされてしまったのだ」
「あら、じゃぁ私と一緒ですね。勿論お邪魔させていただきますわ」

 照れたように微笑ったサタン様に、なんだか可笑しくて私も笑う。ふと時々思うの。私達は『似たもの同士』だと。

「では、行くか?」
「はい!」

 サタン様に手を引かれて立ち上がる。腕を絡めてゆっくりと歩き出した。二人の「陽だまり」に向かって。


 足は軽く駿馬のように 腕は優しく鳥のように
 体柔らかく風のように
 心弾ませ いつもの道

「ルルー!おっはよ〜!」
「あら、アルルおはよう!」
「今日は行けるよ〜ショッピング!」
「あ…あぁ〜…ゴメンなさい。今日は用事が入ってるのよ」
「え?そうなの?そっかぁ…じゃぁ仕方ないね」
「えぇ、ごめんなさいね」
「うんん。じゃぁ、また明日!学校でねっ!」
「えぇ、じゃぁまた明日!」

 今日も会いに行こう 私のだけの…

「サタン様ぁ〜っ!」
「おぉ!ルルーか、良く来たなっ!」

陽だまり
華車荵
2006年03月25日(土) 09時53分28秒 公開
■この作品の著作権は華車荵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
何をトチ狂った?第二段です(笑
なんなんでしょうか?これは。あぁぁぁ……恥ずかしいっ!!(笑
随分前に書いて放置して置いたヤツ……;
そのままにしておくのもアレなので取り敢えずアップですな(笑
…………笑ってやってくださいw(滅

この作品の感想をお寄せください。
No.4  華車 荵  評価:0点  ■2007-04-29 12:34:21  ID:BH4G.dZ0sJM
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>>愛梨さん
まさかこんな昔の作品にコメントくださる方がいらっしゃるとは思ってなかったです(笑)とても嬉しいです。ありがとうございましたw
今読んでみると微妙にこっ恥ずかしいですが、これも良い思い出ですね(笑)
No.3  革下愛梨  評価:100点  ■2007-04-07 23:19:45  ID:SOTcV0CkOMo
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ふわ〜っ、心が暖かくなる作品、どうも有難うございます!正に陽だまり作品ですね!(謎)
やっぱり、サタン様が切った言葉がとっても気になっています…。(汗)楽しんで見させて頂きました!
No.2  華車荵  評価:0点  ■2006-06-04 03:12:23  ID:BH4G.dZ0sJM
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コメントありがとうございます〜〜vv
陽だまりのような暖かさを感じていただければ幸い(笑)
テーマ的には、アルルに懐かれてる(?)シェゾに嫉妬するルルーさんと、ルルーに可愛がられてるアルルに嫉妬するサタン様って感じです(爆
サタン様の言葉はご想像にお任せでw(何
サタルル良いですよねw(笑
No.1  爪悵  評価:100点  ■2006-06-03 02:27:14  ID:Ke3fG7tpl9k
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素敵なサタルルが・・!!
暖かな文章で、まさに陽だまりですね。

サタン様の途中で切った言葉が気になります・・(笑
総レス数 4  合計 200

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