愛の逃避行


 二人の想いは繋がっているのに。

 


                        愛の逃避行


「ルルー……?」

 いつになく、自分を見つめる蒼髪の少女にサタンはたじろいだ。
 返事はせぬものと決めたものの、さすがにこんなに真っ直ぐにこの蒼い瞳に見つめられたらたまらない。
 素直になれないだけで、サタンは自分を見つめる蒼髪の少女を何かと気にしていた。

「なんですか?サタン様?」

「いや、どうしたのだ…?」

「??なんでもありませんわ……?サタン様こそ、どうしたんです?」

 綺麗な微笑みさえ浮かべて自分を見つめる少女に、サタンは軽い目眩を起こした。
 無意識の仕草なら、止める術はない。
 「それならいいが…」と、言葉を濁すも、正直言って何も良くない。
 彼女の熱い想いは毎日自分に向けられる。やっとそれに慣れてきたところで、今度は急にただ何も言わずに見つめるだけ。いくら、なれたとは言っても、こうも見つめられるとどうしても恥ずかしい。

 爽やかな午後。温かい雰囲気。その中で、動揺を隠せない自分に、サタンは彼女を少々侮っていたか、と、苦笑した。
 そして、それに対して悪い気のしていない自分に、なんとなく自惚れた物だと更に苦笑する。

 当面、蒼い髪の少女ルルーはというと、サタンを長い間見つめていたかと思うと、ふと目を反らし、淡く光だつ恋人の庭を見つめながら溜息をつく。
 サタンがどうしたのかと聞いても、何も言わずに微笑むだけ。
 そしてサタンを見つめ、気が付いたように溜息をついて。


「ルルー……?どうしたのだ?何かあったのか?」

 再びその視線に耐えられなくなったサタンが、口を開く。
 ルルーはクスクスと笑いながら、なんだかいつもと違う想い人を見つめる。まるで、華ように微笑みながら、彼女はつらつらと言葉を紡ぐ。

「先日、森で本を拾ったんです。
 ボロボロで読めないかと思っていたんだけれど、中を開いてみたら中は結構綺麗だったんです。だけど、文字が見たことのない物で読めなくて。」

「ほう……、それでどうしたのだ?」

「それで、あの変態の処に持って行ったんですわ。
 悔しいけれど、アイツなら読めるんじゃないかってアルルがいってくれて。」

 彼女はいつもは口にすると、ああだこうだと文句ばかり言っている変態、シェゾ・ウィグィィの話をしているにもかかわらず嬉しそうに続けた。
 サタンはというと、シェゾの話が出た事に一瞬苛ついた自分に驚いていた。その苛つきも、直ぐにルルーの話で何処かへ消えたけれど。

「それで、変態に言ってみたら、本を貸してくれたんです。
 それは、そのわたしが拾った本を訳した物でしたの。
本当にアイツ、本好きで。もうとっくにその本は読んだ、とかいってましたわ。下らない、とかぼやいてたんですけどね。
だけど、下らないなんて言っときながらも、それも色々な話をまとめ上げた本を読んで知っていただけで、わたしが持ってきたみたいな元本は持ってなかったらしく、良い物拾ったなって言われたんですの。」

ニコニコとそう告げるルルーに、サタンはまた苛つきを感じた。

「シェゾに、そう言って貰えたのが嬉しかったのか?」

 平静を装ってそう言うと、ルルーは一瞬呆気にとられたような顔をして、それからまた華ように微笑んだ。
 そんな彼女の仕草に、サタンは自分の口にした言葉の意味を改めて感じ、しまったとルルーから目を逸らした。
 まるで、あの変態馬鹿に嫉妬したみたいではないか、と。
 
「いいえ、違いますわ。その本の中身が、すごく素敵な話だったんですの。」

 直ぐに帰ってきた否定の言葉に、サタンはほっと胸を下ろした。
 何故、こんなにも、彼女の傍にいる異性が気になるのか。答えはわかっているのに、とっくの昔にわかっているのに、深緑の髪をもつ彼はそれを認めようとはしない。
 一体何が邪魔をするのか、まだ気付かないで居ようとするけれど。

「どんな、内容だったのだ?」

「ロミオ、と、ジュリエット、と、いう恋人達の話でしたの。悲劇の物語。」

 サタンの笑顔が、暫く凍り付いた。
 何を言っているのかと、心の中で思う。

「ルルー…?一寸待て。悲劇の物語など読んで、何が嬉しかったのだ…!?」

 彼女は華のように微笑んで、その向かいに座る彼は引きつった笑顔を浮かべている。
 さっきまで其処にあった温かい空気は何処に行ったのやら。

「…その話自体は、とても悲しい物でしたわ。
 親の関係で、愛し合うことが許されない二人は、色々な混乱に行く手を阻まれて。
だけどとても、素敵でしたわ。」

 俯いて、何処か寂しそうに話し出したルルーに、サタンまでもが大人しくなる。
 何処かで聞いた物語。何処か`自分の体験した`物語。心の隅でそうは思うものの、今の自分達の状況に似たその話に、サタンは気付かない。
 ルルーがその話を読みながら、自分とサタンの恋を重ねてみていたことを彼は知らない。

「最終的に、二人は死んでしまいましたの。」

「それは、どうして。」

「ジュリエットが、ロミオと一緒にいるために仕組んだ策略に、不運にもロミオまでもが陥れられてしまうんです。
睡眠薬を飲んで、まるで毒で死んだかのように見せかけていたジュリエットの姿を見て、ロミオはひどくショックを受けて、自分もその後を追うんです。
剣で自ら命を絶ちきって、ロミオは静かに自害するんです。あちらの世界で、共に生きようと願いながら。
 そして、ジュリエットが目覚めた時には、もうロミオは逝った後でした。」

 何度も読んだのだろう、ルルーはすらすらと話を進めた。
 初めて聞く物語に、サタンは耳を傾ける。
 悲しげな彼女の声のトーンに、何処か自分までもが寂しさを感じて。

「先ほど、二人、と、言っておったようだが…、ジュリエットは何故…?」

「ジュリエットもロミオがしたように自ら命を絶つんです。
 彼女もまた、今暮らしていた世界とは別の世界で、二人で一緒に生きれたらいいと。」

 親の所為で、その世界で愛し合うことを許されなかった二人は、死後の世界で二人一緒に生きれればいいと願った。たった一人、自分の恋人だけ逝ってしまうなど耐えられないと。
 それ程まで、二人は一緒にいたかったんだろう。
一人で、生の世界に生きていくことさえもできないくらいに。
 何が悪かったのか、誰をせめたらいいのか。
 元凶を辿れば親になる。だけど、親同士の間のいざこざは、仕方のないこと。
ジュリエットの演技は、ロミオと共に過ごすため。ロミオはそれに騙された。
 そして、二人は命を絶った。自らの手で。幸せを祈って。


 さらさらと風のながれる音。傾き始めた太陽は、黙ってしまった二人を煌々と照らす。


「私が、嬉しかったのは……、」

 ルルーの声が、沈黙を破る。僅かに微笑んでいるのが、蒼い髪の間から見える。

「私が、暮らすこの世界に、そんな束縛が無く、サタン様を愛することは自由だと言うことですわ。
 残酷だと思われるかも知れません。だけど、私、その本を閉じた後、一番最初に私の幸せを良かったと思ったんですの。」

 顔を上げた彼女の顔は、喜びに満ちあふれていて。だけど、何処か寂しそうで。

 ルルーのサタンへの想いを、サタンは受け取ることが出来ない。
 悲劇の物語と同じように、サタンが魔王であるから、ルルーの想いは受け取れない。
 外部からの邪魔は何一つ無い。だけど、叶わぬ恋。されど、自由。
 悲しいその道の結末は、これから先何か変わるかも知れない。
 ロミオとジュリエットに与えられた希望は、本当に一欠片。それも、見えないくらいの。それでも二人は愛し合うことを望み、その為に困難を越えていった。
 ルルーに与えられた希望も、同じようにたった一欠片。だけど、その希望はこれから先まだまだ育つ物かも知れない。希望の先に、更に希望が待っている。
 ルルーの想いは、ジュリエットがロミオに抱いて想いのように、他の人がそれを阻む事もない。ルルーが、サタンを愛する限り、ずっとそれは存在している。
 ただ、サタンはそれを魔王という名のプライドを護るために受け取りはしない。
 本当は、ただの言い訳に過ぎない事柄なのに。
彼は人を傷つけることを、なによりも恐れていた。本当に簡単にルルーの想いを受け取ることは出来たはずなのに、その先の未来に怯えて受け取れない。
結局は、ルルーは独りぼっちで死んでいくのだ。彼女を追うように、自分が死ぬことは出来ない。
今だけの愛を恐れて、彼はルルーを愛することを認めない。

二人はまだ知らない。ジュリエットとロミオが知っていた愛の存在を。
例えそれが一時だけの物だとしても、確かにそれは輝き続け、存在し続けることを。
一緒にいるだけが愛じゃない。共に生きることだけが愛じゃない。
遠く離れた世界、顔を忘れるくらいの時を越えてでも、愛は確かに其処にあることを。

 サタンとルルーは気づけない。
 言葉のない愛は、二人の間にずっとずっと輝いているのに。


「サタン様、愛してますわ。
 私の命が尽きるまで、ルルーの心はいつもあなたの側にありますわ。」

 願いを込めたその言葉は、誰かが邪魔することなくサタンに届く。
 サタンはそれを、やんわりと抱き留める。

「ありがとう、ルルー。」

 微笑んだ彼に、つられて微笑んだ彼女の顔は、本当に幸せそうだった。



 二人で、バルコニーに出て、他愛ない話をしながら沈む夕日を眺める。
 あの物語の、ロミオとジュリエットも、こんな風な幸せな時間を過ごすことが出来たのだろうかとルルーは思う。そうであってほしいと、同時に願う。
 そんな彼女の横顔を見つめながら、サタンも同じように今共に生きる喜びを噛み締めていた。

「ルルー、もしも愛し合うことが、死後の世界でしか叶わなかったらどうする?」

 ぽつりと呟いたサタンを見上げながら、ルルーは微笑みを返した。

「そうであっても、私は絶対に死んだりなんてしませんわ。
 例え許されなくても、同じ世界で、同じ時間に、一緒に存在できるだけで、私は幸せですわ。
 それに、未来は誰にも分からないじゃないですか。
 この先、何かが変わるかも知れないなんて思ったら、みすみす死ねませんわ。」

 真っ直ぐな蒼い瞳で、彼女は何を見てきたんだろうと、サタンは思う。
 年齢にそぐわないくらい、大人びた恋愛観。愛することができるのが幸せで、それ以外は無理に望まない彼女の愛が、自分に向けられているにもかかわらず、何一つ苦痛に感じないのはそのせいかもしれないと、サタンは思った。

「サタン様は、そうだとしたら死にますか?」

 夕日を背にしっかりと立つ彼女を、とても力強く思った。
 思わず、口が滑りそうになった。
 自分の想いを口に出して、後悔するくらいなら言わない方が良い。
 もしも、その言葉が必要だと言うのなら、その時はこの流れる時に任せよう。

 だから、今はまだ、共に生きよう。
 何も、考えず、二人で生きている喜びを感じよう。


「私も、死ねないな。
この世界に、この広い世界にたった一人、」

 サタンはそこで言葉を切った。
 ルルーはそれを不思議に思い、サタンを見上げる。

「いや、なんでもない。」

 そんなルルーに微笑みかけながら、誤魔化す自分を少しだけ情けなく感じながら。
 サタンが想いを口にするのは、もうそう遠い未来ではないかも知れない。
 同じように夕日に輝く彼の横顔は、何処かいつもと違う微笑みを浮かべていたから。


 後一歩踏み出せば、明日には。
二人の思いは繋がるかも知れないのに、死ぬだなんて出来ない。

 きっと遠くへ出かけた愛も、いつかはきっと帰ってくるはずだから。




 サタンが呟いた一言は、夕日に溶けて飲まれていった。
 跡形も無くなくなったそれ。
 だけど、いつかきっと届くだろう。と、サタンは夕日に小さな願いをかけた。



――お前を置いて、死ぬことなど出来ない。




    いつかは自分を想いし人の、小さな胸へと届くようにと。
    いつかは自分が想いし人の、小さな幸せに変わるようにと。
2005年05月10日(火) 00時29分40秒 公開
■この作品の著作権は空さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
こんばんわw空でゴザイマス〜!
暫く沈んでおりました!未だ不定期にしか来られませんが、今日は久しぶりに来させて頂きましたッスよ〜!vv
えっと、とりあえず。題材は「ロミオとジュリエット」(爆
うーん、色々と個人的設定というか軽いパラレルが入ってしまいましたです。(ォィ
ふと、「ロミジュリ」をテーマとした曲を聴いていて、これってサタルルに使えるんじゃないかと想ったのが、この話を書いたきっかけです。
両思いなのにそうじゃない、もどかしいんだけれど温かい関係の二人を書きたくて、書いたお話ッスよー。
どんな風に受け取って貰えるのか分かりませんが、もしも少しでも何か感じて貰えれば嬉しいッス^^*
わざわざ、読んで頂いてありがとうございました〜っw(o_ _)o))

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No.2  華車荵  評価:100点  ■2005-05-10 22:48:59  ID:KBkoNExVYf.
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遅レス失礼っす〜(焦
まさかロミジュリネタが出てくるとは思わなかった…。
意外に思いながらも読んでたら納得でした。
ルルーさんの恋愛観が凄く良い。「愛する事が幸せ」ルルーさんってそういう風に思ってるイメージがある。
だからあんなにも一途にサタン様を愛せる訳だし、絶対に傍を離れないんだと思う。そういう恋愛観好きだな。
現実にはそんな風に一途に誰かを愛するなんてことなかなか出来ないからね。
それが出来てしまうルルーさんは本当に凄いし、私の憧れv(笑
ルルーさんの想い、叶ったら良いなって思いますv(笑
あと、密かにヤキモチを妬くサタン様も素敵でした(笑
さっさと認めちゃいなさいよvっと言いたいところだけどサタン様にも色々あるんだろうね(苦笑
頑張って苦難を乗り越えて行って欲しいなv(笑
素敵な小説ありがとうv
No.1  リュウ  評価:100点  ■2005-05-10 20:49:32  ID:tjAemY01kIY
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俺様、愛というものは信じておりません。
口ではなんとでもいえるけど、いざそういうことになったら一番大事なのは自分だけだもん。
俺は30分まえにそれを悟りました。

でも、もし愛でそこまで他の人を思えるならそれはすばらしいことっすよね。
そうなるような世の中だったらすっげーイイコトだとおもいます。
お、なんかイイ曲書けそうだ^^

そしてこういうのを表現できる空サマの文章は完璧だ!
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