貴方に捧げる鎮魂歌
私は詠う 貴方への想いを
私は踊る 一心不乱に

私は詠う 貴方への鎮魂歌
私は舞う この想いが 貴方へと続くように…



貴方に捧げる鎮魂歌レクイエム


―――ザァァァァーーーーーーー


雨が降っていた。 私の心を映し出したような灰色の雨。
全てが色褪せた今日。 輝いていた昨日。
急速に色彩を失っていく 記憶…。
全てが灰色。 周りの人達も  私自身も…。


―――しくしく…

―――うっ…うぅ…


嗚咽が聴こえる。

ナイテイル? ダレガ? ミンナ? ワタシ? 

ワタシノ  ココロ?

 涙が出ない。 大切なモノを失って 心はこんなにも   


泣いているのに…。


ただ心が色を失ったままで 目の前の石を見つめ続ける。
何も無い 唯の石。 その中には存在しない。 亡骸も 魂でさえも。
そこにはただ、慰めの言葉と死者の名が刻まれているだけ…。

      「……… 。」

名前を呼ぶ。虚無に消える。
昨日まではそこに居た。 昨日までは傍に居た。
名前を呼んで 優しく微笑んで。


―――ザァァァァァーーーー


雨が降る。空に? 私の心に?
頭を過ぎる。昨日の記憶。別れ際に紡がれたコトバ。

  『私は魔王だからな…いつか私を倒すために勇者が現れるやもしれん』

微笑っていた。私も笑った。悪い冗談だと。
何故、魔王というだけで倒されなければならないのかと。
あの変態魔導師ならともかく…と…。

昨日の言葉。現実になったのは今日の朝。

     
    スベテガ  オソスギタ


残っていたのは破れかけたマントと激しい戦いの傷痕…。
止められなかった。気付けなかった。
こんな日が  来るなんて…。

涙が出ない。大事な人を失って 心はこんなにも悲しいのに…。


私の上に降る雨が止んだ。雨を遮る青い傘。
私の心には…今の空には不釣合いな青い傘。

「……大丈夫…?ルルー…?」
「…アルル…」

隣には親友 心配そうに覗き込んで。
いつもとは違う 黒い服。
黒は似合わない。 ぼんやりと思った。

「…ごめんね…ルルー…ボク…何も出来なかった…何もしてあげられなかった…っ!」

泣きじゃくるアルル そっと抱き締めた。
再び雨が  降り始めた。

「…ごめんね…っ!ごめんね…っ!ルルーが一番泣きたいはずなのに…っ!!」
「…良いのよ…アルル…私は…大丈夫だから……」

微笑む。想いに背いて。心に嘘吐いて…。
悲しくないはずがない…。苦しくないはずがない…。
だけど今は アルルの涙が 私には痛いほどに    眩しかった…。




「ルルー…ボク帰るけど…大丈夫?」
「大丈夫よ…家に帰ればじぃも居るし、ミノも居るから…」
「うん…じゃぁ、何かあったら家来てね?」
「えぇ、有難う…アルル…」


時は流れる。貴方を残して。
一人きりの時間 歩み始める。
私は何をしているのだろう?

   アナタガ イナイ セカイニ ナニヲ モトメレバ…?





泣けない日が…。眠れない日が続いた。
何故居なくなってしまったのですか? 何故置いて行かれてしまったのですか?
胸は虚無。 心は宙を彷徨う。

「…ルルー様…」
「…大丈夫よ…ミノ…今日は…ちゃんと寝るから…あなたは早くお休みなさい…」

呟くようにもたらされた言葉。ミノタウロスは頭を下げ、部屋を出て行く。
音を立ててドアが閉じられ、外の光が切断される。部屋が闇に染まる。私の様に。
月は紅く私を縛る鎖のように降り注ぐ けれど私には窓から漏れるその月明かりすら掴めずに。

溜息を吐き、ベッドに入る。目を閉じれば浮かぶのは貴方の顔…。
風の音に声が聴こえそうで 眠れない…。
泣けない自分が 貴方の為に涙を流せない自分が  悔しくて…。
本当に大切なものを失った時  涙って  流れないものなの…?
何度も何度も寝返りをうつ。
空白の頭で何を考えようとも  想いは空しく回り続けて。



―――バサッ!!

音が聞こえた。
闇を切り裂いた一つの影は、宙を旋回し窓に降り立つ。
月の明かりが眩しくて姿が良く見えない。
誰かに似ている  そう思った。

          誰?


「…ルルー…」

聞こえてきたのは懐かしき声。喜びと、信じられないという気持ちで上半身を跳ね上げる。

「…サタン…様…!!?」

影は部屋へ降り立ちゆっくりと近づいてくる。眩しい月に照らされた横顔。愛しい人の面影が今そこに。
何故此処に? 今迄何処に行ってらしたの? 寂しかったんですのよ? 悲しかったんですのよ?
訊きたい事、伝えたい事は沢山あるのに…、言葉にならない。
ただ、嬉しくて…嬉しくて…。  涙が  溢れて…。

…やっと…泣けた…。

「サタ…ン…様…お亡くな…りに…なられ…たのか…と…」

嗚咽交じりの言葉。言いたい事はコレじゃないのに…。
それでも貴方が此処に居るのが嘘のようで…信じられなくて…。

「私は死なんよ…ルルー…」

少し困ったような苦笑い。優しい言葉。そっと頬に触れ、涙を拭う指先。
あぁ…本当に貴方なのですね…?帰ってきてくださったのですね…?

「…だが…時間がないのだ…」

悲しげな紅い瞳。不安が胸を過ぎる。
何があったのですか?

「どういう…事ですの…?サタン様…」

問う。悲しい気持ちが、不安な気持ちが胸を支配する。
悲しげな紅い瞳。サタン様は小さく呟く様に…。

「私は好き勝手やりすぎたようだ…。私は今迄この世界を見守ってきた。外側からではなく、
 内側から直に人々と関わり、世界に触れてきた。しかし創世主はそれを許しはしなかったのだよ…」
「創…世主…?」

サタン様は静かに頷き言葉を続ける。私はただそれを機械的に聞いていた。

「うむ…。世界を作った者…全ての原点。彼の者は私と世界の接触を良くは思わなかった。だから
 私は、彼の者に背き、自分だけの世界を作った。愛する者達の魂を掻き集めて…。しかしそれも此処まで
 のようだ…私は禁忌を犯した。それが彼の者の攻勢を確定的なものとしたのだ。」
「それは一体…」
「この世界はもう直終わる…」

瞬間、私の心は厚い霧に覆われたように真っ白になった。
終る…?この世界が終る…?

         サ タ ン サ マ ノ セ カ イ ガ   オ ワ ル … ?


「サタン様…それでは皆は…?」


アルルは?シェゾは?ラグナスは?ウィッチは?ドラコは?セリリは?ミノタウロスは?

私は?あなたは…?

どうなるの…ですか…?


「案ずるな。ルルー。私は戦いの路を選んだ。この世界を…皆を守るためにな。そう簡単に壊させや
 しない。守り抜くさ…必ずな…」

微笑んでいた。本当に優しい顔で。でも何かを決意した顔で。
私はすがる様にサタン様の胸に顔を埋める。願いは唯一つ。


             傍に…居たい…。


「サタン様、わたくしもご一緒に…」
「駄目だ!」

打ち砕かれた願い。どんなに情けない顔でサタン様を見上げただろうか?此処まで来て貴方は私を拒む?

哀しげな紅。何かを必死に耐えているような。訴えていた。全てを。
笑みがこぼれた。哀しい笑みが。あぁ…貴方はなんて、優しい人…。

「ルルーよ…、私はこの世界を守る。戦って、守り抜いて…。何時か、全てが終った時。もしお前の
 心が変わらないのであれば、ルルーよ…私はお前を再び迎えに来よう…だから……」


            「お前は元の世界へ帰れ…」


「!!?…サタン…様…?」


コワれそうなほどの脱力感。何をおっしゃっているの?私に…何処へ帰れと…?
喉がからからに渇き、胸が古傷をえぐりだすかのように鈍く痛む。
何も考えられない…私はどうすれば…?サタン様…。

「言っても解らぬのは仕方が無い…そう仕向けたのは他でもない私なのだからな…。だが、いずれ解る。
 お前が何者なのか。何処で生きていたのか。…お前は現実を受け入れなくてはならぬ」
「………」
「すまない…ルルー…」

哀しげに目を伏せ、強く抱きしめられた。冷え切った身体、貴方の温もりを受けて 温かく。
いや!置いていかないで!!叫びたかった。でもそうしたところで貴方の決意は変わらないのでしょ?
解っていたわ。決して貴方が私だけのものにはならない事くらい。
酷い人…散々傷つけて最後にこんな優しい言葉。
憎い人…でもそれ以上に愛しいの…貴方が。

「解り…ました…。貴方の腕は、ただ一人の女を抱く為のものではありませんもの…ね…」
「でも…私…待ってますわ…。サタン様の事…ずっと…待って…っ!」

涙がまた溢れた。微笑み。私の頬を包み込む大きな手。紅い瞳。深緑の髪。全てが水彩のように滲んで見えた。
涙で冷える筈の私の頬はサタン様の手に守られてその冷たさを知る事は無く。
暖かい手。大きな手。世界を護り、全てを包み込む優しい手。それが今この瞬間だけは私を守る為。
あぁ…サタン様…。私は貴方を愛した事を…誇りに思いますわ…。

サタン様はコクリと小さく、けれど力強く頷いて。

「有難う…。なに、また逢えるさ。お前とは何か縁のようなものを感じる。…暫くお前の舞が見られなくなるのは
 寂しいがな…」
「はい…私も…ですわ…でも、また出逢えたあかつきには…」
「うむ…楽しみにしているぞ。……その時は私も習おうかな?」
「サタン様にはお似合いになりませんわ」
「ははっ!それもそうだな」

微笑った。私も、サタン様も。サタン様の御武運を祈り、せめて最後は笑顔でと。

「さらばだ…ルルー…。私はお前を…愛していた…」

             
       『例えそれが許されざる禁忌だったとしても』


望んだ言葉。別れの時。月明かりに照らされた二つの影はゆっくりと重なり合い、
紅い月が静かに 幸せと絶望の涙を流した。








夜空を満たす虫の音。窓から落ちる蒼き月影。
私はただ無気力にそれを眺めていた。

――― ギィィ…。

軋んだ音。小さな光がゆっくりとドアから。

「誰?」

言葉はあまりにも小さく弱々しく。まるで私のものではないような。

「お、お嬢様!?」
「…じぃ…どうしたの?」
「旦那様!奥様!!」

じぃは酷く慌てたように部屋を出て行った。あぁ、お父様とお母様がいらしてるのね…。
逢うの、何年振りかしら…?
体を起こしぼんやりと考えていると、じぃに続いて二人の中年の男女が慌ただしく入ってきた。

「おぉ!?目が覚めたか!我が娘マ・フィル!」

お父様は嬉しそうに両手を広げ、その後ろではお母様が驚きの表情を浮かべている。
あぁ…本当に久しぶり…。

「お久しぶりです。お父様…お母様…。いつ、こちらにお見えになったのですか?」

私の言葉に三人とも怪訝そうに顔を見合わせる。
そのとき気づいたの。もう一人…足りない…。

「じぃ、ミノはどうしたの?」
「は?ミノ…といいますと?」
「ミノはミノよ。ミノタウロス…私の従者じゃない」

じぃの反応を不思議に思いながら私が言うと、三人はもう一度顔を見合わせ悲しみと哀れみの表情を
私に向けた。何?私、何かまずい事でも口にしたかしら?

「あぁ…可愛そうなお嬢様。混乱されていらっしゃる」
「なんということだ…やっと目を覚ましたというのに…」
「貴方…やはりお医者様に…」

それぞれの言葉。状況が良く掴めない。何を言っているの?私は正常よ!?
確かに、サタン様が居なくなってショックだけど、でもまた逢えるって信じたらそんな事…。

「いい?よくお聞き我が娘マ・フィル。あなたは三年前からずっと眠り続けていたのよ?思い出しなさい。ミノタウロスなんて
 架空の生物、この世に存在しないわ。有るのは神とそのお慈悲。あなたは夢を見ていたのよ」

優しく諭すようなお母様の言葉。でも、その言葉の半分は私の耳を掠めただけ。それは意味もない音の羅列に
すぎなかった。
三年間?眠り続けていた?ミノタウロスが…架空…!?サタン様も!?皆も!?そんなの嘘よ!だって私は…っ!


        
『お前は現実を受け入れなけれなくてはならぬ』


「嘘…」
「嘘じゃありませんよ…。お父様もお母様も…ずっと貴方を見守って…」
「嘘よ!!そんなの!だって私はいろんな所旅してたのよ!?アルルや、シェゾや、ラグナスや…みんなと
出逢って、色んな経験してきたのよ!?大切な人もできたわ!それを…夢だと言うの!?」
「貴方のお友達にそんな名前の人は居ないわ。貴方はずっと意識不明だったんですもの」
「嘘よ…嘘だと言って…。これが夢だと言って……サタン様…っ!」

身体を小さくして自分を抱きしめるように腕を回す。もはやお母様の声は私の耳には届かなかった。
私の言葉は空しさと供に部屋を駆け巡り、その名は恐怖を以ってその冷たい手で三人の首筋を撫で上げたよう
だった。

「サタン…?サタンだと!?いい加減にしろ!ルーシア!!お、お前!いつからその名をっ!」

…るーしあ…?誰…?

「あぁ…貴方…娘が…娘が悪魔に…っ!」

何?これは…?

「お嬢様…何と言う…」

ナンナノヨ…!?

喚く父。泣き崩れ十字の印を切る母。恐れるように後退るじぃ。
空虚の心でそれを眺めていた。声は遥か遠くに聞こえ、私の中で誰かが叫ぶ。


コレハ… ナニ…?

ワタシハ ダレ!?


「明日教会へ行く!!お祓いをしてもらうのだ!いいな!!」

吐き捨てるように言い、部屋を出て行くお父様に、じぃとお母様が続く。荒々しく扉が閉ざされ、静寂の中に
私は一人放り込まれた。

「私は…私の本当の名前は…ルーシア…?」

月を見た。蒼い月。

「あの日もこんな夜だったっけ…」

無意識の呟きに反応したように、記憶のジグソウパズルは一気にその形を整える。

        
        思い出した!!


そう、私は中流貴族家庭の娘として生まれた。名前はルーシア・フォン・マクレディ。両親は供に熱心な
クリスチャン。踊るのは好きだったけど、生まれつき身体が弱くて友達も居なくて…。寝たきりの状態が
続いていて…。泣く事も、笑う事も無く十数年間を生きて来て。いつしか両親にまで『感情の欠けた娘』
と…。
嫌いだった。お父様も、お母様も、じぃも、私の病気を「直る見込み無し」と匙を投げた医者も、神様も、
誰も助けてくれないこの世界も。…弱い私自身も。
うんざりしてた。生きる事に。ベッドに横たわったまま空を眺める事に。いっそのこと、このまま目を覚
まさなければ良い。そう思っていた。
それがこの世界での私。『現実』での私…。

そしてこの世界では『サタン』の名は…悪。

だけど…絶望に打ちひしがれ、生きる希望さえ失っていたあの夜、私を救ってくれたのは両親でも天使でも
神でもなく。その悪であり、一人の悪魔だった。



『やぁ!お嬢さんフロイライン。いつもそんなところに居ては体が腐ってしまうぞ?…ん?私か?私は魔王サタンだ!
 ……嘘ではないぞ?いや、此処を通る度にお前さんの姿を見るのでな』


彼は話しかけてきた。人懐っこそうな顔で、好奇心に満ちた紅い瞳で。


『何?何故此処を通るのかと?それは勿論。教会に悪戯をしに…。…バチが当たる?なぁに、神の愛は
 無限なのであろう?こんな魔王の小さな悪戯なんぞ笑って許してくださるさ。はっはっは!』


屈託の無い笑顔 下手な冗談。だけど笑った 不思議なくらい自然と私も。


『で、お前は何故いつも其処に居るのだ?……そうか…病に侵されているのか…。まだ若いというのに
 哀れな…。そうだ!私の世界へ来ぬか?丈夫な体を持てるし、何より強くなれるぞ?勿論友達もできる。
 どうだ?楽しいと思うが?………そうかそうか!来てくれるか!!』


初めてだった。こんな風に話を聞いてくれた人も、哀れんでもらった事も。だから私は…。


『所でお前さん。名は?……ふむ、ルーシアか。では、ルーシ……あ?その名が嫌い?……変な娘だな。
 折角両親がくれた名を嫌うとは…。まぁいい。では…うぅぅむ……『ルルー』というのはどうだ?うむ、気に
入ったか!?そうかそうか、やはり私は天才だなっ!はっはっは!!』


変な人だと思った。悪魔の癖に妙に人間らしいから。


『私の世界へ入ったら現実での記憶を消し、新たに記憶を埋め込む必要が有るのだが…それで良いのか?
 うむ…まぁお前が良いと言うのであれば…。では行くか?ルルーよ…』


未練なんて無かったわ。この世界に。手に手を取って旅立ったの。新たな世界へ。



「サタン様…」

溜息が出た。恋に落ちない筈が無い。あの時手を差し伸べてくれたのはサタン様だけだった。そしてサタン
様は私に無い物全てを持っていた。眩しかった。その存在が。例え世界中から忌み嫌われる悪魔でも。

愚かな私…なにも知らずにあの方を追いかけていたのね。魔界の者であるサタン様にとって、この世界の人間
を愛する事が禁忌であり、また苦痛である事さえも知らずに…。住む世界が違いすぎたというのに…。
幸せな私…なにも知らされずに生きていた。全てを与えられたあの世界で。富・力・友…そしてこの世界では得
られなかった愛でさえ与えられて。自分の事が、少しだけ好きになれたあの世界で。

でもそれはもう全て過去のもの。夜闇に浮かぶ蜃気楼のように、儚く消え去った夢のように。


「…私は…どうすればいいの?」


『現実を受け入れなくてはならぬ』


苦痛に満ちたサタン様の言葉。リフレイン。ただただ繰り返す。
心の奥でもう一人の『私』が哂う。

現実を受け入れる?“ルルー”を捨て、“ルーシア”として生きる?この狭い世界で外の光を浴びることなく、『思い出』
を幻という闇の彼方に葬り去って。全ては夢だったと思い込んでね。どうせもう逢えないかもしれなじゃない?
いいえ、やはり全て夢だったのかもしれないわよ。サタン様なんて居ないし、アルルや、他の仲間達の居るあの世界も
最初から無かったのかも。だって現実にしては虫が良すぎるじゃない?
あの夜から貴方はずっと眠っていて、ずっと夢を見ていただけなのよ。この世界じゃ助けてくれる人なんて居なかったものね。
助けて欲しかったんでしょ?誰かにすがりたかったんでしょ?
だからあんな夢を見ていたのよ。そうでしょ?愚かな“ルルー”。可愛そうな“ルーシア”。
もうあの方には逢えないわ。勿論、皆にもね。だってアレは夢の中の出来事だもの。
夢よ。夢。全ては夢。



本当に…夢でしかなかった…?
空虚な心。考えたくも無い想像だけが頭をぐるぐると回る。こんな私に生きていく価値なんてあるの?
守るべき物もない。何を欲する事も無い。希望は砕け散り、絶望すら薄らいでゆく。虚無の心。
いっその事…このまま……。

「……?…」

ふわりと風が吹いた。頬を撫ぜる風。異様に冷たい頬。そっと触れると少しだけ湿っている事が解った。
涙を…拭った跡…?優しい温もりの記憶が息を吹き込む。信じたい。信じられない。
二つの相反する想いの間 揺れ動く。
目は空ろを彷徨い蒼い月を捉え、月の光に導かれるように、ベッドを降りた。

――― コツッ…

「…これは…?」

何かが床に落ちる音。拾い上げて月明かりに照らし出す。
白金プラチナの指輪。何も、言葉すら刻まれていない小さな。左の薬指に嵌め、静かにそれを握り締めた。
なぜだろう?自然にそうしていた。何か不思議な力に引き寄せられるように。

そして脳裏を掠めたのは一つのイメージ。
蒼い大空、羽ばたく白い鳩、咲き乱れる花々、暖かい日差し、海の見える丘。
見知った顔の人々、純白のドレスを身に纏った“ルルー”、
そして…隣には…。

はっと我に返ると月明かりが照らす薄暗い部屋。
蘇る。短い口付けの後、あの方の最後の言葉。


          『必ず、迎えに来る』


確かな証。白金の指輪が静かに囁く“ここに居るよ”と。


「夢じゃ…ないの…ですね…サタン様…っ!」




私はこの時、初めて「現実」で“泣いた”。







それから数ヵ月後、私は旅に出た。“ルルー”として。
病は未だに私の体を侵食し続けるけど、そんな事に構っている暇は無かった。
あの世界の時と同じように家を出て。護身術程度にだけど格闘技を身につけ、踊り子として各地を渡り歩く旅芸人として。
そうしていれば、もしかしたらまた逢えるかもしれないから。
アルルに、シェゾに、ミノタウロスに、皆に。そして…サタン様に。

胸に抱いた一つの希望。
それだけのために私は詠い踊り続ける。
今も何処かで戦い続けている貴方の為に。
貴方への想いを。貴方への鎮魂歌を。
祈りを踊りに、想いを詩に。
『ずっと待ってる』
あの時言った言葉。この白金に誓って。
きっといつか、出逢えるその日まで。
そしていつか…私の名を呼んでくださるまで。
永遠に…待ち続けるから……。


              
               『ルルー…』


                         
                                Fin

華車荵
2005年04月15日(金) 02時41分44秒 公開
■この作品の著作権は華車荵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
かなり昔に書いたブツ(焦
某所に投稿しようと思って出来なかったもの(笑
かなりパラレル色が強いです(焦
設定曖昧。突っ込み所満載(焦
でも多分最後はハッピーエンドです(何
まぁ、とりあえずこれも一つの形として長い目で見てやって下さいm(_ _m)

この作品の感想をお寄せください。
No.6  愛莉  評価:100点  ■2007-03-29 19:17:12  ID:S7Q1r0BrHxk
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泣きました〜〜〜!!というか見るの遅すぎで御免なさい〜〜サタルルは元々好きですが、大っ好きに成りやした!!!感動ですよ〜〜〜〜〜。また、ちょくちょく来ますので、良い作品御願いします!!!
No.5  華車荵  評価:0点  ■2005-04-22 03:02:23  ID:BH4G.dZ0sJM
PASS 編集 削除
遅レス返しゴメンなさい〜〜っ(汗

クゥ>
クゥ〜っ!!レスありがと〜〜っ!!
な、泣いてくれたの!?なんだか凄く嬉しいよ!!
あぁ…書いてよかった…(しみじみ
私はあなたの感想に涙しました(ぇ
だって、この小説理解してくれる人どれだけ居るのかわからなかったんだも〜んっ!!(何
この小説書いてて、私自身色んな感情がごちゃ混ぜになっちゃって、最後の方なんて頭の中ぐちゃぐちゃでした…(汗
だから、言いたいこととかちゃんと伝わってるか自信無かったのよ(汗
でも案外皆理解してくれたみたいで、凄く嬉しいよv
私もクゥの小説楽しみにしてるねw

碧さん>
うぅ…コメント有難うございます〜〜っ!!
やっぱり、好きなCPだから感動できるものが書きたくて…。
でもバッドエンドは嫌なので、最後は必ずハッピーエンドに繋げられるように
考えて書いてます。サタルルは設定考えるのがなかなか楽しいですv
サタン様がルルーさんを受け入れられない理由とか特にv
今回はルルーさんが「別の世界の人間」だからという事にしましたが、
勿論他にも色々設定を考えてありますvサタルル…書いてて楽しいですよ〜v
No.4  碧  評価:100点  ■2005-04-20 23:26:16  ID:T7nkcwv6U3k
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今まで沢山のサタルルを見てきましたが、泣きそうになったのは初めてでした。
サタンのルルーへの優しさが滲み出て、それが哀しくも美しかったです。
本当に100点じゃ足りません!
No.3  空  評価:100点  ■2005-04-19 22:53:22  ID:dEGdGx8pyJo
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遅いレス、ごめんなさい!ちょっと、小説一気にどばっと書いていて、全然インターネットの世界への入室を、体が拒否しておりました。(滅
そして、久しぶりに来てみたら!
なんとゆうことでしょう、私はこんな素敵な作品をこんなに遅くになって気付くだなんて!!
自分だって泣けるような小説を書いていたのに、この作品を見た時にただ瞬きもせずに涙が出ました。
いつまでも、いつまでも待ち続けるルルー、そして世界を守るために戦いに行ったサタン。
このサタルルは、本当にただ純粋な小説だとしか言いようがありません。
サタルルは本当に書くのが難しくて、一つ間違えればウソで固めた小説になってしまうのに、この作品は本当にただ純粋で、澄み切っていて、本当にその形にまず泣けました。
それから、幸せなのと、悲しいのとが交わって、本当に嗚咽が漏れて止まらないくらいに泣いてしまいました。
文字の一つ一つが、言葉のひと言ひと言が全て綺麗に存在を主張していて、とてもバランスの良い綺麗な文章で・・・。
100点どころか、1000点、いや、もっと評価したいッスよ!
素敵な小説に、からからになっていた空の心が潤されましたv(何
また不定期になるとは思いますが、遊びに来させて頂きますねw
本当に素晴らしい小説でした!また次を、楽しみにしてますッスーvvv
No.2  華車荵  評価:0点  ■2005-04-19 03:28:05  ID:BH4G.dZ0sJM
PASS 編集 削除
リュウさん感想有難うございます〜〜っ!!
な、七つ星…!?そ、そんなに頂いてしまってよろしいのですか!?
「なんだそりゃ、意味解らん」とか言われたらどうしようかと…(笑
し、しかも泣いてっ!?あぁ…かなり嬉しいですっ!!
サタルルで切ない系…一度書いてみたかったんですよ〜〜っ!!
んでもって世界崩壊ネタv
言葉が足りないだなんて…その言葉だけで十分ですっ!!
いえ、二十分です!!(謎

はいwルルーの本名(?)は私がつけましたv兎に角頭に『ル』が付きゃ良いかな?と…(マテコラ
因みにミドルネームと苗字は某SF小説の影響受けてたりします(笑
ラ○イン○ルト・フ○ン・ロ○エン○ラム公は素敵です!!(*/∇\*)キャ(ぇ誰
あ、でもヤ○・ウ○ンリーも大好きv提督ぅ〜vv(だから誰
はい暴走しました。すみませんm(。_。;))m

感想有難うございます〜っ!!
No.1  リュウ  評価:100点  ■2005-04-16 19:40:04  ID:tjAemY01kIY
PASS 編集 削除
100点満点でなんて評価できん!!
☆5つで評価するなら7つ☆ですわ!!

泣きかけた・・・ってか泣きました。
なんて書けばいいんだろう・・・どう書いていいのかわかりませんが、とにかく感動しました!!それだけです!!
言葉足りなくてすみません・・・

ところで、ルルーのホントの名前のルーシアって・・・しのさんが名付けたんですか???どっかで聞いた様な・・・む〜・・・
総レス数 6  合計 400

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