眠り姫



――カランカラ〜ン…


「ウィッチ〜?今帰っ……あれ?」

木々の間から溢れだす木漏れ日がまるで光のシャワーのように森の中を降りそそぎ、
開いた窓から差し込む正午前。
ドアにぶら下がった古びたベルの音と供に入ってきたのは日の光にその黄金の鎧を
煌かせた幾多の人々から「勇者」と呼ばれる人物…ラグナス・ビシャシだった。

彼が入ってきたことにより、窓から漏れる光以外に光源のない薄暗い寂しげな室内は
突然光を得たかのように色彩を帯びる。
それはまるでこの部屋全体が彼の訪問を“悦んでいる”様にも見える不思議な感覚。

「こんな所で寝てるよ…お〜い、ウィ…」

この部屋の…いや、この店の主をそのカウンターに認めると、ラグナスはそこに突っ伏した格好で
静かに寝息を立てているその幼い少女を起こそうと肩に手を掛ける。
……が止めた。

今しがた依頼を終えて帰ってきたばかりであり、彼女にその出来事を話して聞かせるのを楽しみにしていた
彼であったが、なんせ気持ち良さそうに眠っているのだ、起こすのは少々酷だと思ったのだろう。
溜息をひとつ吐き、カウンターの裏に周りこむと一脚余分に置かれた椅子に腰を降ろし、頬杖を付く。
この店の中のどの位置よりも彼女の横顔を一番近くに認められる場所。その場所が彼の指定席だった。

「…こんな所で寝てたら風邪引くよ?」

静かな彼女への問いかけ。くすくすという優しげな笑いがラグナスから毀れ出る。
答えるものは何もなく、ただ窓から流れ込んだ風だけが彼の言葉に反応したようにウィッチの夏の光の様な
金色を揺らしただけだった。

「全く…気持ち良さそうに寝ているな…」

一見皮肉ったように聞こえる言葉。しかし、その声は優しく温かく。それはまるで彼女を包み込もうとするかの
様に。
ラグナスはゆっくりと、しかし無駄の無い動作で自らのマントを外し、それをウィッチの肩にかける。
起こさないように、気付かれないように出来るだけそっと、優しく。
彼女の肩に引っ掛かったマントを数秒間見つめ、それがずれ落ちずにそこに留まっているのを確認すると
再び頬杖を付き、まどろみの中微笑む彼女を見つめた。

「一体どんな夢を見てるのかな…?君は…」

箒で空を自由に飛ぶ夢? 一人前の魔女になる夢? 世界を旅する夢?

そこに俺は居る? 君の瞳に俺は居る? 君の中に…俺は居る…?



無理矢理押し込めた想い。訊く事の無い問いと伝える事の出来ない言葉。
彼は異界の勇者で、いつしかこの世界を去らねばならないかも知れぬ存在。
もし伝えてしまえば彼女を傷つけ苦しめる事は明らかで。
だから彼は自らのキモチに鍵を掛け…。


不意に 風が 止んだ…。




「…ねぇ、ウィッチ…俺、思うんだ…」

シン…っと静まり返る室内。
微かな寝息だけが聞こえるその部屋は、まるで其処だけが時を止めたような、まるで夢の世界に迷い込んだ
ような、そんな錯覚をもたらす。

「大切なもの一つ守れないで何が勇者なんだろう…って…」

錯覚はラグナスが自らに科せた封印を少しずつ解かしていく。
それはあまりにも優しく、あまりにも残酷な幻想。

いつしか捕らわれていた。その金に、今は閉ざされた蒼に。
その…幼い健気さに…。

「本当は傍に居たい…傍に居て見守っていてやりたい…」

時を止めた部屋に静かに響く声。
悲しく、苦しく、痛い程に熱い想い。

「…君の事…好きなんだ…ウィッチ…」

そっと手を伸ばし絹糸の金に触れる。
届かないと知っているから、聞こえないと知っているから言える言葉。
決して伝わらない、決して伝える事の出来ない眠り姫への言葉。
さらさらとウィッチの髪がラグナスの手を滑り落ちる。


時が止りし箱の庭
眠り姫は目覚めず
彼もまた夢の中
このまま時が止ってしまえば
このまま眠り姫が目覚めねば
二人は永遠に供に有る?
しかしそれは一瞬の幻




もう少しだけこのままで居たいと思った。
もう少しだけ彼女の眠りが続けばと願った。
そうすれば止ったように流れる時の中、
このまま二人で居られるような、
幸せな夢を見続ける事が出来るから…。
だからこのまま……。

それは唯の幻でしかないのだけれど…。


「…ん……」

小さく呻くような声と供にウィッチが身を攀じり、ゆっくりと身体を起こす。
ラグナスの表情が悲しげに揺れる。

時が 動き始めた。


「あ、あら…ラグナスさん…いらっしゃっていたんですの?」

「やぁ、おはようウィッチ。今来た所だよ」

しかしウィッチはラグナスの表情に気付く事はなかった。
寝ぼけ眼に映ったその表情は、既にいつもの彼の表情に戻っていたから。

「起こしてくだされば良かったですのに…。今お茶を……あ…マント…」

「寝てるし悪いかなって思ってね。…風邪引くといけないから…」

立ち上がろうとしてそれに気付いたウィッチにラグナスは笑顔で答える。
哀しい気持ちを秘めながらも彼は笑う。
自分の為に。彼女の為に。
解けかけた想いに再び錠をして…鍵を掛けて…。
何事も無かったように彼は笑う。

「ありがとうございますわ…そ、それじゃ、お茶…淹れて来ますわね!」

「うん、ありがとう助かるよ」

微笑んでお礼を言い、小走りに奥へ引っ込んでいくウィッチの姿をラグナスは
静かに見届けた。




木漏れ日が漏れ柔らかな風が吹く部屋の中

眠り姫は目覚め 彼の夢も終わりを告げる

止った時は流れ出し 幻想は既に過去のもの

そして始まりしは…




二人の“現実いま”。


華車 荵
2005年01月14日(金) 15時21分07秒 公開
■この作品の著作権は華車 荵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
友達以上恋人未満なラグウィ?
前にこぱらさんと一行リレー小説と言うものをチャットでやった時に使ったネタだったりします(汗
勝手に書いちゃってごめん…こぱら…(滝汗
自分なりにアレンジしてみた…つもり。
というか、どんな事書いたか既に覚えてなかったから…(逝け
兎に角こんな感じ…だった気がする。(ぉぃ
ラグウィっていうよりラグ→ウィって感じですね(汗

この作品の感想をお寄せください。
No.4  梅  評価:120点  ■2012-04-30 13:03  ID:VjaA/pyFtyY
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初めまして新人である梅です。この作品、いいですね。
なんか、ラグナスかっこいいと思いました
No.3  華車 荵  評価:50点  ■2005-01-19 17:01:34  ID:BH4G.dZ0sJM
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感想ありがとうございますw

ツバメさん>
ラグナスは17歳で、ウィッチは13歳ですよv4歳の差ですねw
原作にないのが残念です(溜息
性格的にも視覚的にもかなり合ってると思いますけどね〜…(苦笑
実は両思いであることにも関わらず、勝手に片想いやってる
的な物とか書くの好きだったりします(ぉぃ
お互いにあまり伝わってないみたいな…(笑
傍からみりゃ「なんなんだお前ら」って感じでしょうが、そういう雰囲気が好きなのですw(待て
ふっふっふ…これくらいで甘甘なんて言ってはいけませんよ〜v
これからもっと甘いの書きますからw(マテ

リュウさん>
いや〜、かなり前から考えていたネタですからね(苦笑
かれこれもう二ヶ月以上は…(汗
しかし、考えていた雰囲気とは少し違う物になってしまいました(苦笑
最初は単にほのぼのとした感じだったんですた…『哀』が入ってしまいました(汗
狽ヲぇぇぇぇ!?リュウさん 書かないんですか!?
勿体無い…リュウさんの小説好きなのに…(汗焦
四歳ってそれほど離れてないと思いますが…(何
No.2  リュウ  評価:100点  ■2005-01-18 20:48:47  ID:tjAemY01kIY
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俺のとえらい違いだ・・・。
とりあえず方針変えて俺もう書かないようにしようかな・・・。
てかラグとウィッチってそんな年の差あったんだ・・・。
以外でした・・・・・・・。
No.1  ツバメ  評価:100点  ■2005-01-15 04:15:33  ID:lkpXPMopOFQ
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そういえば、ラグナスって17歳ぐらいでウィッチは14歳ぐらいでしたね。
ラグウィって原作にはないけど、なんつうかカップリングではしっくりするというか気に入りやすいですね。
甘甘ですね。片思い的だからなお良いです。
自分も甘甘野を書こうと思っていましたが、自分で砂を吐いてしまったのでやめました。こういう甘甘なシリアスができる、華車さんを尊敬します。
総レス数 4  合計 370

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