抗えない週末

 切っ掛けは何だっただろう。というより、どうしてこういう事になったんだっけ。
 現状に溜息を吐きながら、アルルはぼんやりとした記憶を辿る。


 確かあの時はサタンに貢がれたお酒を持ってここを訪れた。不快そうに眉を寄せる彼を押しのけて家――と言うには住み心地が悪そうな遺跡だが。彼は勝手に住み着いている――へと上がり込み、適当になだめすかして一緒にお酒を飲んでいた。
 そこまではハッキリしている。

 それから何故か喧嘩になり、取っ組み合いになった、気がする。まぁそこまではいつもと大して変わらないし、いい。だが問題はそのあとで、何がどうしてそうなったのか……、


 『事に及んで』いた。
 つまり、男と女の関係を結んでしまっていた。


 見上げた灰色の天井はランプの明かりが朱に染める。見慣れている筈なのに別の場所の様。まるで違う世界に迷い込んだ感覚にさえ……。
『――……』
 彼の顔越しにその色彩を眺めながら、何かを云ったような気もするし、何かを云われたような気もする。
 今は思い出せない痛みと痺れがあったこと。自分の体が、嬌声(こえ)が、自分の物じゃないように思えていた事だけは覚えている。
 別に酒に酔っていたというわけではない。なのに一瞬一瞬が刹那的でおぼろげだから、もしかしたら夢だったんじゃないかとふと思い出した時に考えてしまう。しかし今置かれている状況はあの時が夢じゃない事を物語っていて。


 このことを考えるのも、一体何度目だろう。


 アルルはチラリと視線を横へやった。
 当然、後ろに回された手は見えるはずもなく、窮屈さに口を尖らせて再び溜息を吐く。もちろん、思い切りわざとらしく。
「不満そうだな」
 ベッドが小さく軋み、予想通りの言葉と反応が返って来た。
 顎を掴まれ覗き込まれる。
「そりゃそうだよ。勝負はボクが勝ったのに、こじゃぁボクが負けたみたいだもん」
 初めて致した翌朝、彼の腕を振りほどき痛む体を圧して登校した。(自分を褒めてやりたいとアルルは思う)あれ以来下校時を狙われてこんな風に連れてこられるのだ。
 思いの外気にしているのか、週末限定ではあるけども。
「せめてさ、ダークバインド解かない?」
「逃げるだろ」
「逃げないって」
 覆いかぶさるように詰め寄られる。言い終わる前に唇を塞がれる。歯列を割って侵入してくる舌、彼の匂いに、教え込まれた感性が呼び起される。
 唇が解放されて嘆息が漏れた。
「シェゾってさ、結構、エッチだよね」
「もう感じてる奴が言えた事か」
「……っや……ん……」
 湿っぽい熱を帯びた憎まれ口。服の上から胸元を甘く噛まれて顔が熱くなる。
「誰のせいよ」内心毒づいて睨むも、言ったら調子に乗るだけなので黙っておくことにした。目の前の白い魔導師は嘲るように鼻で笑っただけ。
(本当に、なんでこんなことになったんだっけ)
 服の中をまさぐられ耳に舌を這わせられて、声を殺し震える体にしらんぷりを決め込みながら半ば呆れの自問。自分の中のみで答えを探せるわけがないとはわかっていても、何を恐れてか訊ねる事もできず、繰り返す。

 彼が欲しているのは自分の魔力のはず。そう思ってはいても僅かな希望を棄てられず、抵抗もできないのは――、

「すっかり女の体だな、アルル」
「ボクが、勝手にそうなった、わけじゃ、ない、もん」
「つまり俺のお蔭って事か」
「……シェゾが、ヘンタイさんだか――ん……」
 唇で封殺される。
「言葉に気を付けろ。今主導権を握ってるのは俺だぜ?」
 離れては再び触れ合う唇。
「お蔭ったって、頼んでないもん……」
「だが悦んでる」
衣擦れの音がやけに耳へと響く。
 服をたくし上げられ、下着をずらされ、あられもない姿をさらされる。
 知り尽くしたような舌の動きと指使い。数を重ねるごとに迷いはなくなり的確になった狙い。だがそれだけでは飽き足らず新しい快感を刷り込んでいく。
「五日間我慢できなかったんじゃないのか?」
 アルルは唇を噛んで顔を振った。
 いつもなら指を噛んで押さえる声も、今日ばかりは遮るものもなく卑猥な水音に重なる。
「強情なやつめ」
 視界の先でぼんやりと揺れる灯火。引かれるように蠢く影。
 唇に触れられたと思った次瞬、強引にこじ開けられ中へとなだれ込まれる。
「噛みたいのなら噛んでもいいぞ」
 息がつまりそうだった。
 口内に男の指を感じながらアルルはさっきよりも強く頭を振る。顔を上げると溜息を吐きたそうな顔。舌をつつかれ歯の裏を撫でられ、んくっと思わず喉が鳴る。
「まったく、強情なやつ」
「〜〜んーーっ!!」
 吐き捨てられると同時に浅い部分で留まっていた指が深みへと押し入った。
 反射的に脚を閉じ、体を逸らす。咄嗟に力を入れた顎が痛い。
 涙で滲んだ黄金色。その瞳に映る蒼。
 闘志とは違う熱を帯びた、蒼瞳。

 胸の奥が小さく震えた。体の奥から湧き上がる熱。いつもとは違う彼から逃げるように目を閉じると余計に感度が増していく気がする。
 後ろで縛られた両腕がもどかしい。もぞもぞと身じろげば、好都合とばかりに動きが、音が激しくなり――

 アルルは声にならない喜悦を発して弓なりに身体をしならせたあと、ゆっくりと倒れ伏した。

 涙と涎にまみれた顔で乱れた髪の間から見上げると、シェゾは濡れた手を舐めながら、ニヤリと笑って見下ろしてくる。
 体を折り曲げて再び覆い被さってくる。
「どこまでお人好しなんだか。……まだ満足はしてないんだろ?」
 囁き。肌の上を滑る指先。
 普段の嫌味で粗暴な態度からは考えられないほど抱く時は手付きも声も優しい。
 アルルは目を閉じてこくりと喉を鳴らしたあと、
「ばぁか……」
 しっかりと見据えて、ようやく解放された腕を彼の背中に回した。
(こういう事するのって、結婚してからだと思ってたのにな)
 その内責任押し付けて困らせてやる。
 密かな復讐心を胸の奥に宿して。

華車 荵
2015年02月26日(木) 22時01分32秒 公開
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■作者からのメッセージ

 久々に投下。ちょっとエチィ話が書きたかったので。

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