紅い月6
 「ああ、ラグナス、ウィッチ。よく来たな。少しの間協力してもらうぞ」
「全く、いきなりなんだって言うんだ、サタン」
「シェゾとアルルの仲、というより問題を解決するために皆をここに集めた」
「え……?」
ディーア、勇者、魔女の三人が訳がわからないという顔をしている。……それくらいはこのメンツで想像できるだろうが。説明しないサタンもどうかと思うがな。

 「で、ウィッチ、ワタシが頼んだ真実薬は?」
「朝頼まれたってすぐ用意できるわけありませんわ! 煮込むのに最低二週間かかりますのに!」
「何だと……?」
「サタン様になんて口の聞き方を!」
「いや、ルルー、今はどうでもよい。で、本当に無いのか?」
……早くも計画が狂ったらしい。本当に大丈夫か?
「ないものはないのですわ!」
「ううむ、困ったな」
本当に困っているのか?

「……。仕方ない、悪いなラグナス。お前はお留守番だ」
「はあぁ?! 呼ばれたから急いで来たのに! まさかの留守番ってどういうことだ!」
サタン……時間無いのを知っている癖にわざわざ勇者にそんなことを……外道だ。

 「皆、よく聞け。今、シェゾとアルルが戦おうとしている。魔導戦だ。ただの遊びではなく、本気でやりあっている」
「ま、マジかよ……」
「ヘンタイとアルルさんが? 確かにあのお二人、最近おかしいですけれど……そんな」
「本当だ。ここでよく考えてほしい。あの二人が本気でやりあうとどうなるかだ。あの二人なら、どちらかが死ぬまで残酷にも勝負を続けるだろう。だから、ストッパーが必要だ」
 珍しくサタンのやつがまともなことを言っている。
 ちなみに、俺の考えだと俺のオリジナルが優勢だ。
 二人とも精神ボロボロで、更にディーアのオリジナルには今黄色いやつがいない。実力はほぼ互角。この条件なら五分五分にみえる。ただ経験値というものがある。精神面での、だ。
 ディーアのオリジナルは精神的に追い詰められた状態で戦ったことがあまりない。魔物が迫ってくる恐怖には勝てても、心が苦しいときにまともに戦える訳がない。隙なんていくらでもでるだろう。だとすればずっとずっと追い込まれてきた俺のオリジナルが有利なのは目に見えている。

 「みんなで止めにいくわよ!」
「まて、ルルー。お前とウィッチとラグナスは留守番だ」
「そんな、サタン様! 私も行かせてください!」
「そうですわ! 呼んでおいて酷すぎるんじゃなくて?」
「うーーーー……む、分かった。こうしよう」
 サタン……もう勝負が始まりそうなんだが……。







 20秒間の間に何が起こったのか、ボクにはさっぱり分からなかった。シェゾが表に出るための20秒間な筈だった。でも実際そうじゃなかった。
シェゾが出てくる。やっぱり変わらない、冷たすぎる目でボクを睨んでくる。その瞬間にボクに急に近づいた。攻撃されるんじゃないかってボクは身構えたんだけど、そうじゃなかった。


空間転移だった。


シェゾは空間転移をした。でも逃げるわけじゃなかった。そうじゃなく、移動するためにした。つまりは何が言いたいかというと、ボクを連れて空間転移をしたのだ。ボクを、連れて、だ。

抱き締めながら。

わざわざ抱き締めながら。指先一つでも触れていればできるのに、そもそも空間転移なんて魔力の無駄だからしなきゃいいのに、何故そんなことをするんだろう。訳がわからない。出る間、何もしないって言ったのに、何もかもしているじゃないか。
「な、何をするんだよ! 別にさっきの場所で良かったじゃないか。き、キミだって無駄な魔導消費なんてしたくないでしょ!」
「……煩い。もうすぐ20秒だ」
あんなことしておいて、あれだけしておいて、よくそんな声が出せるものだなと、呆れかえってしまう。馴れ合っていたとキミは言うあの頃と同じものとは思えないほどの冷たい声。そしてずっと変わらない澄んだ声で。まるで初めて会った時のような気分になる。服は何色だったか。白か青だった覚えがある。あの時のキミも、確かにこんな感じだったかもしれない。ボクたちの関係は、振り出しに戻ってしまったみたい。ああ神様、あなたはなんて冷酷なんだろうね。吐き気さえしてきそうだ。




「行くぞ」
「勝手に来いっ!」
何をこいつは言っているのだ。この状況はお前が作り出したんだろう? お前が望んだんだろう……? なんて自分勝手な考え方だろう。わかっている、自分が悪いことなんて最初からな。

「ダイアキュート、サンダーストーム」
「り、リバイア!」
少し前に覚えたらしい防御呪文をたどたどしく唱える表情は、余りにも暗かった。やめろ、そんな顔をするなと叫びたくなる。
「闇の剣よ、斬り裂け」
「うわ、あぶな! ダイアキュート、ダイアキュート、アアアアイススストーム!」
「リバイア! アレイアード!」
相変わらず素早いやつだ。あれで避けるなんて……。まあ、そんなことよりも。
しかし、さっきから魔力の減りが早い気がする。ここはさっさと、迅速に……。
『そうです、殺せばいいのです! その女の魔力を渇望しているんでしょう?』
また忌々しい『先代』か。この声の方が俺はよっぽど殺したい。煩い、煩いぞ。黙れ、俺に干渉するな!
気がつけば、アルルも俺も魔力をためにかかっていた。
「「ダイアキュート、ダイアキュート、ダイアキュート、ダイアキュート」」

「ボクはキミと戦いたくはなかったよ」
何を今更。戦おうとしてまで、俺と話そうとした癖に。
「俺はお前の魔力を奪う。ただそれだけだ」
ならば何故今まで奪わなかったのだ。非難にも似た疑問はかなぐり捨て、内で渦巻くどうしようもない感情を吐き出すようにして己の最高呪文を放つ。
「アアアアアレイアードスペシャル」
タイミングが掴めなかったのか、疲れていたのか、アルルはそれを避けきれなかった。見たくもないほどに酷い傷がアルルの肩にできていた。アルルの顔が苦痛に歪んでいる。それを自分がつけたとは思いたくなかった。
これまでに経験したことがないような胸の痛みを感じた。動揺が体を駆け巡っているような感覚だ。その間にも嫌になる程の黄金の瞳が自分に向けられ射抜かれる。たじろぐしかない。苦しい、なんて苦しい。様々な感情が襲いくる。勝手に足が動き、ふらふらとアルルに近づく。
しかしまだ鮮明に感じられる強大な魔力でやっと戦いの最中だと気付かされ、慌てて口に出さずに魔力を増幅させる。

「とどめでも刺すの? 今ボクはキミに攻撃をいつくらわそうかと考えているんだけど。それ以上近づかないでよ。ボクは剣に刺殺されたくないし」
「黙れ」

この状態で、いくらシェゾよりも魔力を増幅させているとはいえ、体の維持に魔力と魔導力をかなり使っていることはたしかだったからこれを打ったところでいきている保証はない。ましてや勝てるかなんてこれでシェゾが吹き飛ばない限り無理だ。でも、諦めたくない。
「じゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅじゅげむ!」
「アレイアードスペシャル」

うそ……まだそんなに魔力が残っていたなんて。これはちょっと、絶望なのかもって。そりゃ威力はボクのじゅげむの方が上だけど、多分当たってない。勢いを弱めてその間に避けたんだと思う。土煙が収まった後、シェゾはまたボクに近づき始めた。

「殺されたいか」
「嫌に決まってるでしょ」
「奪われたいか」
「嫌に決まってるでしょ!」
凄まじい痛みは止まることがない。
「お前は何も変わらないな。光は確かということか」
どこか遠くを見るような目でボクを見る。
「キミはいろいろ変わりすぎだよ。一体何を考えているのか知りたいね、闇の魔導師さん」
「痛くないのか」
何を言ってるんだろう、この人。見ればわかるでしょ。すごく痛いよ!
「キミが付けた傷のくせに。激痛で死にそうだ」
「……じゃあ死ね」
酷いよね、よくそんなことが瀕死の知り合いに言えるよね。でもね、ボクも言っちゃったんだ。プライドっていう彼の命ををへし折るような言葉をさ。

「とどめを刺して殺すことなんてできない癖に」

この言葉を吐き捨てたらさ、シェゾはわなわなと震えだしたんだ。
「バカにするのもいい加減にしろ! この状態のお前なんて……何もしなくても死ぬ癖に! とどめをさすなんて……赤子の手をひねるより……! 俺は……おれは、お前なんか、別に、魔力の! ああ煩い!」

因みに何故か冷静になれたボクが言うと、肩の傷はほって置くと大変だけど今すぐ死ぬわけじゃないくらいで、さっき瀕死の知り合いにと考えたのはやりすぎだったかもしれない。それでもまあ、確かにこの状態じゃ、何にもしなかったら死ぬだろうなんて。
多分こんなに冷静になれたのはシェゾの方がおかしくなってるからかもしれない。

シェゾは苦しそうな顔をしていた。瞳には冷たさは残っていなかった。あるのは鋭さだけ。今にも折れそうな鋭さだけだ。唇は震え、声も激しかった。
「こんな、もの、こんなもの、お前なんて、何もしなくても、お前なんて……おまえ、なんて、とどめを刺さなくても! ……こんなもの、もの……いら、ない! 要らない! お前なんて、要らないんだよ、いらない……。なぜ、何故、簡単なことなのに! 腕を、振り下ろすだけで……終わるのに……! 要らない、お前なんか……要らない!」
酷いなあ、と思う。最初はお前の魔力が欲しいだけだ、で。最後はお前なんていらない、だもん。

全く笑っちゃうよ、キミは泣いているんだもの。ほんと、バカみたい、馬鹿みたいだよ。多分キミはボクを殺したら、みんなに殺されかけるね。でも大丈夫だ。キミはボクに勝ったんだからね……なんてさ。





「ガイアヒーリング」
遠くで声がした。その瞬間ボクの肩に光が集まり、傷が癒える。
シェゾの方はすぐに立ち上がって、声の方に斬りかかって行った。
何も言えやしない。何でこうなっているのか皆目見当がつかなかった。
「なに突っ立ってるのよアルル! あんたヘンタイに殺されかかってたじゃないのよ! あんな目が逝ってるヘンタイは確かに気味が悪かったけど、あんたねえ、助かったとは思わないの?」
「ご、ごめんなさい、ルルー……」
「アルルさん! 凄くらしくありませんわ! もっとしゃん、としていただかないと調子が狂いますわ!」
「ウィッチも、ごめん」
「「だーかーらー!」」
「二人とも……お説教は後で。ディーシェのオリジナルは自分でディーシェとラグナスの方に行っちゃったからそろそろ準備なんだけど」
「もうそんな時間なの? ディーア、しっかりやりなさいよ」
「やらなかったら実験台一ヶ月ですわ」
「はいはい」

「ディーア、これ、どういうこと?」
「ちょっと待ってて。そのうち分かるよ」



「うわ、怖え。シェゾが壊れてる……目が、イッてる」
「お前、勇者のくせに……来るぞ!」
「……!」
ふむ、あいつの魔力はゼロだな。使い切ってる。ということは剣で攻撃するしかないわけだ。
「おい、勇者。今あいつは剣攻撃しかしないから、防御よろしく頼むぞ」
「あいよ」
これで体力も削ってしまえば何もできない。倒すのが目的ではなくあくまでも『オリジナルたちの生け捕り』が使命だからな。そもそもさっきの疲れが溜まってるオリジナルじゃ、いくらなんでももう体力は持ちやしない。
「勇者、もういいと思うぞ。離れろ」
「しっかりやれよ! なんたって俺は留守番なんだからな! 名指しで言われたんだぜ……? それと俺はラグナスだ! 名前そろそろ覚えてくれよ!」
まだ根に持ってるのか……それと覚えてないのは名前が覚えにくいからだ。



「一体なんの真似だ」
こいつ、息が切れているから聞き取りづらい。
「さあ」
「…………? おい、今何をした。座標がおかしい。この魔力……サタンだな」
全くこいつの魔力探知の才能と言ったら呆れるくらいだ。
「当たりだ。ワタシがこの空間を外側から遮断した」
「急に出てきて何がしたい」
何言ってるんだこいつは。ディーアのオリジナルにとんでもないことしておいて……自分と瓜二つというのがとてつもなく頭にくる。

「何故急にアルルを突き放したのだ?」
「お前に答える筋合いはない」
「お前は何を迷っている」
「なにも迷ってなんか、いない」
「自分の感情が怖いのだろう? 全てを壊しそうで。自分が何処にいるのか分からなくて迷っているのだろう?」
「何を戯けたことを」
質問責めか。ちょっとやりすぎな気もする。
「そうやってまた誤魔化すのか。自分を欺いて得られたものは? 一時的な心の平和? それとも自分のアイデンティティーか? 馬鹿らしい。馬鹿らしいな」
「煩い」
「サタン、さすがにやめてやれ……その、なんというかだな」
同じ考え方をする人間として、サタンの詰問は詳しいことはよく分からないものの辛すぎる。気の毒に思えたのだ。おそらく、細部まで分かるオリジナルからしたら……。
「いや、これくらいはやっておかないとな。逃げるのだ、こいつは。目を逸らして、見ようともしない。叩き直さねば、こいつは自分に関する何もかもを破滅させかねない」
「……お前に何が分かるというんだ。何も知らないくせに」
「ああ、何も知らない。お前の気持ちなど、知る由も無い。ただ魔王として、お前の過去だけは把握していないでもない」
「ふん……」
「お前には言葉の呪いがかかっている。二重の呪いがな」
「結論はなんだ」
「お前が考えるのだ、変態」

ひとつは変態のレッテルの呪い……な訳はないな。こんな真面目な話に、そんなものが出てきたら逆に笑えるわ。多分、言霊だな。それがあいつを縛っている。そういうことだ。
「大出血サービスだ。良いことを教えてやろう。どちらもお前がかけた。一つは間接的にだが。それが分からない限りはお前は幸せにならない。目の前に幸せが浮いていても、それをお前はヘドロだと勘違いする」
面白い例えだな。初めてサタンの話に感動した。してないが。

「まあ、俺が思うには、呪いを解いたらいい。いや、逆に言葉の護りを受ければいい。お前の近くにいる奴が掛けてくれるだろうさ」
それにディーアも俺も助けられた。それがなければ俺らは此処にはいなかった。しかしお前にはアルル・ナジャでないと効果はないんだろう。どれだけサタンが何を言おうが、どれだけ俺が何を言おうが、他の誰が何を言おうが。お前の心には届かないのだろう。それはサタンも分かっているはずだ。

「おい、さっぱり後半何を言っているのか分からなかったんだが」
「ワタシとディーシェは一旦消えるぞ。少し頭を冷やせ」
ニヤリと笑うサタンになんとも言われない気持ちになったのだが、顔には出さない。
「おい、頭を冷やせ? 何を?」
「じゃあな」
「……くそっ」
やることがなかったな。勇者になんと言い訳するか……。






「あれ、人の気配が消えた……。ディーア、どういうこと?」
「サタンが外の場所と此処を遮断したんだ」
「相変わらず無駄なことするね……」
「今回は無駄じゃないと思うよ。何でキミが急に落ち込んだのかが知りたかったからね」

「……シェゾとは、なぜか仲良くなれないんだ」
「へえ?」
あんなに痴話喧嘩ばかりしてるのに、仲が悪いなんてあるのだろうか。
「ボクがどれだけ近づいても、どこかに行っちゃうんだ。友達だよねって言ってもさ、多分ただの獲物としかとらえてない。……みんなの中で最初にあったのにさ」
「最初に会ったの? アルルって、もともと此処にいたわけじゃないの?」
「違うよ。自分の故郷から、学校に通うために出てきたんだ。その途中にシェゾがいきなり出てきてさ。その時は凄く冷徹で狂気じみた恐すぎるおにーさんでさ。目も完璧変態で。で、ばたんきゅーさせたらそれ以来追いかけてくるようになっちゃって。その後はサタンにもカーくんにもルルーにも会って。いろいろあったけど仲良くなって。キミにも会って。最後にはちゃんと仲良くなれて。……でも、最初に会ったシェゾとは、妙な距離があって。最初に会ったのに、なんにも変わってない。仲良くなれたと思ったら突き放されて、もうどうでもいいやってなったら引き寄せられて。訳わかんないの。だから、辛い」

それは、アルル、キミは鈍感すぎる。二重の意味で。じゃなきゃキミみたいなお気楽人間がそこまで仲良くなるのに執着しないよ。あいつも矛盾した行動とらないだろうし。
「どうして辛いの」
「仲良くなれないから」
「別に仲良くならなくてもいいんじゃないの。合わない人は合わないし。無理することはないと思うよ」
「それでも、仲良くなりたい!」
「何で、そこまで?」
「え、いや、何でって言われても。だってあいつはボクがいないと誰とも関わろうとしないし。使命感、みたいな?」
「べつに使命感感じなくても……」
「うーん」


たぶん、いや間違いなくこれは。
「じゃあさ、アルル。キミはシェゾが好きなんでしょ」
「え、何で?」
「普通そんな殺されかけるまで仲良くしようとしないから」
「いや、そ、それがボクのポリシーだしぃ……なんて」
「問題です。魔物に殺されかけるまで仲良くしようとしますか?」
「しない、ね」
完全に女子会です、ありがとうございました。
「確かにさ、シェゾはボクの好みの顔だよ? だけど性格全然だし、自己チューだし……」
「でも助けてくれるんでしょ」
「うん! なんだかんだで優しいよ。この前ボクが調子悪くて負けちゃった時、すっごい驚いてさ、お前どうかしたのかって聞くから。ちょっと調子が悪いだけ、って言ったら、そんな状態のお前に勝っても勝った気がしない、とか言って魔力とらないし、家に送ってくれるし。調子が悪いならそとにでるな! とは言われたけど。気がついたらテーブルにお粥が乗ってて笑っちゃったよ」
何やってんだろう。ただのツンデレじゃないか。中学生か。
「その上にカレーかけたけどね」
それは冒涜だ!

「あれ、何語ってるんだろう」
もういいや。とりあえずあいつは後で女性陣で吊るし上げだ。
「帰ったらあいつにビンタ食らわせなね」
「うん」
やっといつものアルルに戻った。良かった良かった。よくない気もしなくもないけど、とりあえずはね。





「くそっ……全く出れんな」
この閉鎖空間に閉じ込められ数分。いや時間の感覚がよくわからない。体感できないのだ。

言葉の呪い? 訳がわからん。
そもそもと言えば、アルル突き放したかと言えば、それはある一線を越えたからだ。馴れ合いを越えていると思ったからだ。鬱陶しいと、煩いと、思ったからだ。俺は闇の魔導師なのだ。血の道を歩くべき人間なのだ。友達なんぞ馬鹿げているのだ。アルルに警告を出しただけだ。
サタンが言いたいのは一体なんなのだ。肩書きの意味を捨てろ、か? 虚構に走るな? 分からんな。

ただ……。
「とどめを刺して殺すことなんてできないくせに」
と言われて完璧に逆上してしまった。なぜあそこまで子供のようにおかしくなってしまったのかわからなかった。
最後まで躊躇する自分に腹が立った。そしてそれに気づかせたアルルを恨んだ。そして憎んだ。ただそれだけなのだ。自分がしていることは、ただの八つ当たりだ。投げやり過ぎたのかもしれない。決めつけすぎたのかもしれない。なぜあんなにも早急に思いつめたのか、あれは悪い夢なのだ、と自分の過ちを直視するのを防いだ。

ふと隣を見ればサタンがこちらを睨んでいた。
「ワタシが言いたかったのはそうではない。もっとお前にとって普遍的なものだ。今日に限って言えることではない。お前は自分を縛る鎖に気がついていない。今の考えでは鎖のついた手首を見ているだけで、肝心の鍵が近くに落ちているのに気がついていないのだ」
「はあ?」
じわじわと分からない苛立ちが募る。一体なんなのだ。

「お前は誰だ」
バカなことを聞く。
「俺は闇の魔導師だ!」
「それだからダメなのだ。お前は闇の魔導師の前にシェゾ・ウィグィィだろうが。自分の名前も忘れたのか? 自分が闇の魔導師だということ以外の価値を忘れたのか? 違うだろう、お前は成績優秀で大バカ者でつい友を泣かせる、運の悪い、変態のシェゾ・ウィグィィだろうが!」
「変態って言うな! お前には言われたくない!」
「話を逸らすな。たかが肩書きに飲み込まれるな」
「飲み込まれてなど、いない」
「わからんやつだ。もう時間もない。帰るぞ」
何も分からない訳ではない。ただ、俺は14の時からそうやって生きているのだ。なにを今更だ。何度心の中で呟いたのだろう。何を今更。簡単には変えられないのだ。あれがあいつのジンテーゼなら、これが俺のジンテーゼだ。
「シェゾ、お前の考えていることがワタシにだだ漏れだ。顔でな」
「知るか。ともかく……あー、少し迷惑をかけたな」
「かけまくりだ。それとその言葉、そのままアルルに言え。一番お前が迷惑をかけたのはアルルだからな。可哀想に、半日ずっと泣いていたんだ。……全く。お前が酷く冷たいから、最近元気が無くて、ワタシがカーバンクルのお人形でも作ってやろうと思った矢先にこれだ」
「……泣いて、いた?」
「ああ、泣いていた。ルルーとワタシが四時間半近く家の前にいたのだがな」
妙な罪悪感を感じる。
だがどうしようもなかった。何故感じるかも分からなかったからだ。



「皆、帰ったぞ」
サタンの声が聞こえた瞬間、目の前にはアルルがいた。

バシッ

「痛っ……おい、アルル」
平手打ちをまともに食った。女の力だとはいえ、不意打ちだったのでかなり痛い。
「ふざけないでよ! なんであんなこというの? あんな態度取るの? キミは一体何がしたいのさ! バカだよ! いい加減にしてよ!」
「あ、ああ……」

バシッ

「痛っ……悪、かった」
「ボクの目を見て! 逸らさないで! キミは何がお望みなんですか!!」
金色の瞳には、今にも涙が溢れそうになっていた。
「お、お前が……欲しい」
不意を突かれたようにアルルが吹き出す。
「き、キミはいつでもそれだね! あ、呆れる……よ。さっきはいらないって言ったくせに、ね」
「あれは……!」


その後の言葉は出てこなかった。それは、何故言ったのか分からなかったのだ。喉から手から出そうなくらい欲しいものを何故要らないと言えたのか、分からない。何も言えない。
ただ必死だったのだ。ああでも言わないとアルルを殺せないのではないかと、必死だったのだ。ただの魔力の器なのだ、と思うために……ために?

「よくわからない」
「結局それなの? キミは、泣いていたじゃないか」
「俺が……?」
覚えていない。頬を流れているものは血かと思った。涙だなど、思いもしなかった。
「それも、わかっていなかったの?」
「ああ」
「なんかちょっと安心したような……何でもない」

「あのお、お二人の世界を邪魔するようで悪いんですけれど、なんでシェゾさんはアルルさんに冷たくなってたんですの?」
「あー! それだよ、それをボクは聞きたかったんだ」
馴れ合いばかりしていたからだ。それだけだ。ただそれをアルルに言うわけにはいかない。それは自分の負けを認めるようなものだ。
「悪かった!」
「そうじゃない! 反省も必要だけど、理由が知りたいの!」

「聞くな……よく分からん」
「はああーー?」



「アルル、ここは諦めよう。コイツはどうやら自分の気持ちも分からないようだよ。どうにかして叩き込むには仲間の協力が必要さ!」

バシッ
バシッ
ドゴッ

ディーア、ウィッチは平手打ち、ルルーはみぞおちに破岩掌を食らわせた。シェゾ、気の毒……。

「ぐはっ、う……」
「ふん、今日はこれで勘弁してやるわ!」
「る、ルルー……」
「さあ、サタン様、ことは一件落着。お城でディナーを楽しみましょう? 今宵は皆既月食ですわ! もう部分月食ですけれど楽しめますわ」



「せっかくの皆既月食でしたのに、私、今年も見逃しましたわ……」
隣でウィッチが言った。
「まあ……三年前もそれどころじゃなかったもんな。いろいろあって。でも、良かったじゃないか」
そう、俺たちは三年前のも見逃した。でも、その夜は特別な夜だったのだから。別にそれでも良かった。今日だっていろいろあったんだ。皆既月食を見逃すくらいに、大変だったのだから。
「あら、ラグナスさん、三年前のこともちゃんと覚えてらっしゃるのね。さっき言ったことも忘れる何処ぞの変態とは大違いですわ~~」
「……お前~~~~! 俺を変態って言うな!」
「誰も貴方だなんて言っていませんわ」
シェゾが自爆したぞ。しかし今日のシェゾは目が逝ってたよな。勇者も縮み上がる怖さだぜ!

「悪かったな勇者。俺は全く話し合いで役に立たなかった」
「何を言っているんだよ! シェゾの目が逝ってたのを直したんだ。十分、十分」
役に立たなかったとかいって大体こいつ一番いいとこかっさらっていくんだからな。うんうん。





「ねえディーシェのオリジナル、キミは本当に馬鹿で鈍感なんだね。自分の気持ちにここまで鈍感な人初めて見たよ」
「黙れ!」
「許してやれ、ディーア。俺のオリジナルだ。仕方がない」
「ディーシェの方がマシだよ。キミが鈍感なのは元が水晶だったのがいけないんだもの」
「ディーア……もういいよ、シェゾをいじめるのはやめてあげて」
「アルルとディーシェに免じて許してやるよ、変態っ!」
……何でディーアそんなに怒っているんだ。たかが、俺のオリジナルがただ自分に鈍感なだけだろう。謎だな。

「アルル、立てる?」
「うん、へーき」
「今日はボクの家に泊まりに来なよ」
……俺の家でもあるんだがな。
「うん!」

「じゃあ、これくらいでお開きにしましょう」
魔女がそう言うとゆっくりと帰路へ向かう。




「ディーシェ、早く!」
「オリジナルの様子見てから帰る。先に帰る。先に帰れ」
「うん」


「様子ったって俺は意識あるぞ、犬じゃねえんだぞ」
「そのボロボロの体で自分の家に帰るのか」
「……歩いて帰る」
「その前に腹が減ってぶっ倒れるんだろ」
「平気だ」
「朝から食べる気がしないくせによく言えるな」
「……覗き魔」
「図星だったのか」
何故か当たった。
「帰る」
「ディーアに見つかったら殺されるかもしれないが、俺の部屋のクローゼットに入っとけ」
「俺は犬じゃねえってのに」
「負け犬だろ」
「はあ? て、お前勝手に空間転移勝手に発動……」
さて、ディーアのところに移動するか。



数日後、また遊ぶように勝負をする2人が見られたという。
りりりれり
http://nanos.jp/linoxly/
2015年01月12日(月) 23時11分37秒 公開
■この作品の著作権はりりりれりさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
やっと書き終わりました。シェゾさんにはこだわったつもりです。最後は何故かギャグ。どうしてこうなった。
ラグウィフラグ立ちました、が先にドッペルの出会いを書くつもりです。
遅れてすみません。
誠に勝手ながらリンクをホームページに貼らせていただきました。しかし何故かバナーが張れない悲劇。悔しい。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  りりりれり  評価:--点  ■2015-01-14 17:27  ID:TvdnLK10luM
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気がつかれそうになってヒヤヒヤするシェゾさんを尻目に二人のガールズトークに花が咲きシェゾさんはいたたまれない気持ちになるw いいですねそれw 妄想が広がります。
多分ディーシェがディーアに気づかれないように晩飯をシェゾに渡そうとして、アルルにばれるんだと思います。シェゾ逃げてw

結局HP作り直しましたw 全力で悠久魔導都市を崇めます!
No.1  華車 荵  評価:50点  ■2015-01-13 23:28  ID:eJLaGfBmCU2
PASS 編集 削除
 お疲れ様でした! やっと完結ですね♪
 みんなそれぞれ動いてて良かったです。サタンさまがカッコイイ……だと!?((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル
 ひとまずハッピーエンドで良かったですv でも二人の恋の行方はまだまだ延長戦ですね! 切なかったり可愛かったりするのがシェアルの魅力だと思うのでギャグで終わるのも良いと思いますww

 シェゾさん……ディーシェさんのクローゼットにって……(笑) アルルさんとディーアさんが話してるのとか聞こえちゃったりするんでしょうか?ww

 おお! ドッペルズの出会い……!! 楽しみにしてます!

 HP作られたんですね!(*´ω`*) リンクありがとうございます!! これからもこの悠久魔導都市をよろしくお願いしますね♪
総レス数 2  合計 50

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