ペアリング |
それは今日の天気によく似た、涼しい国での事だった。 「……何か見つけたのか、Dアルル」 「あ、Dシェゾ。買い物は終わったのかい?」 少し逡巡したらしい沈黙のあと、背後からかけられた声。 目を奪われていたショーウィンドウの向こう側に陳列されたソレから目を離し、視線を上げると、半ば呆れた男の顔が透明硝子に映りこんでいる。 「ああ、そうだな。迷子にならない内に仔猫を一匹拾って宿へ戻るところだ」 「それって僕のこと?」 市場へと続く道の半ば。人通りの多い商店街(ショッピングモール)。 武器やアイテムなどの旅の必需品を扱うお店から、置物などの嗜好品を扱うお店まで、様々な店舗が並び観光客や冒険者だけでなく国民の目をも楽しませているらしい。 そしてこの日も、その魅力に憑りつかれた冒険者が一人。ジュエリーショップのショーウィンドウにかじりついていた。 「マタタビでも見つけたか」 「猫じゃないったら」 膨れて振り返ると、どうだか、という目で見下ろしてくる。 自分が彼の眼にはどういう風に映っていたのかを彼女は知らない。もしかしたらピンと立ったミミと、不機嫌に揺れるシッポが生えているように見えたのかもしれない。 「で、何を見ている」 「アレ」 覗き込んでくるドッペルシェゾ。ドッペルアルルは硝子の向こうを指さす。 「どれだ?」 「あの丸い輪っか。アレなに?」 「何って……」 彼が眉間にしわを寄せるのが硝子に映った。 「指輪だろう?」 「指輪? あれが?」 「だろう。何だと思ったんだ」 「わからないから訊いたんだ」 言いながら指輪と言われたもの凝視する。 「石が付いていない指輪なんて初めて見たよ。あれ、どうやって魔力蓄えるんだろう。あ、もしかして防具や護符みたいにあれ自体が魔力帯びてるのかな? 文字が彫られてるみたいだし」 「Dア。お前指輪を魔導具の一種だと勘違いしているだろう」 「違うのかい?」 「…………」 溜息を吐きたそうにこめかみを抑えた彼。彼女は首を傾げる。 「あ〜、いいか? Dアルル。魔導具が装飾品の形を成していることはあっても、装飾品の全てが魔導具というわけでは」 「?」 「つまりな、指輪型やペンダント型の魔導具は身に付けやすい形だからその形をとっているだけで、単に身を飾る為の物には魔導的効果は期待しなくても良いわけで」 「???」 「……。とりあえずアレは魔導具ではない」 解ってくれ。と項垂れるドッペルシェゾ。 ドッペルアルルはひらめいたようにポンと手を叩く。 「そうか。つまり自分で魔力を与えて魔導具にするための器なんだ!」 「だから魔導具から離れろ! というか何だその発想。その内毎日磨けば運気が上がる幸福の壺とか掴まされそうで心配だぞ、俺は」 「毎日磨くって事は毎日念を込めるって事だから行けそうな気がする」 「お前はそこら辺の鳩捕まえてきて毎日魔導のノウハウ教えてやったら鳩が魔導を使えるようになると思うのか?」 「無理かな?」 「無理だろう」 きっぱりと言い切られて憮然とすると今度こそ大きく溜息を吐かれる。 が、 「まぁ、全くそういう効果がないとは言い切れないだろうがな、あれは」 再びショーウィンドウの向こうを覗く彼。 「人の強い想いは時に呪術となることもある。二つ並んでいるだろう、小さい物と大きい物のが。ペアリングというやつだ」 「ペアリング?」 見ていた指輪の隣、同じデザインの少しだけ大きな輪に焦点を当てる。 「あの二つは対になっていて、夫婦や恋人同士で身に付ける。今まで出会った連中の中にもつけている奴は居ただろう、ああいうの」 「そうだっけ。気付かなかったよ。――夫婦や恋人同士……」 「この想いや幸せが永く続くようにと願い、あるいは永遠に変わらないという誓いを込めて、互いに身に付ける物だ。お守り程度の力はあるのかもしれん」 すなわちパートナーか。 内心で呟きながら、ドッペルアルルはドッペルシェゾを横目で見やる。 「彫られている文字はそういう誓いの言葉か、相手へのメッセージか、そこら辺だろう」 不意に紅い瞳がこちらへ向き、目が合った。 「気に入ったのか?」 ドッペルアルルはサッと視線を指輪へと戻す。 少し考えたあと頷こうとして、値札が目に入り、 「……旅の役には立ちそうにないし、要らないや」 買ったら旅費が底を突くと判断した。 翌日、ドッペルシェゾは朝早く宿から出て行ってしまった。 帰って来たのは陽もすっかり山の向こうへ隠れた時刻。寝そべり仕入れたばかりの本を読みふけっていたドッペルアルルが起き上がって迎えると、彼はぎこちない動作で小さな箱を差し出して来た。 「お前の」 一言の後、手の中へ落とす。 「何も言わず受け取れ」 いつにも増して仏頂面。機嫌が悪いのかと心配になる。 この頃の彼女はそれが照れ隠しだとは気付かなかった。 恐る恐る蓋を持ち上げ、そして目を見張る。 「これ……」 「何も訊くな」 「…………」 どうしたのか訊ねようとしてそっぽを向かれ、箱の中身を見つめる。 そっと指を入れて引き抜き、手の平に乗せる。 昨日見たものと同じもの――とはいえデザインは少し違う――がそこにあった。 「要らないのなら捨てる」 「い、居る!!」 きゅっと拳を握りパッと顔を上げて気付いた。彼の指には既に片割れが嵌められていたのだ。 ――ペアリング。 「……っ」 「どうした、Dアルル」 口元を抑えてニヤけた顔を隠すのが精いっぱいだった。 訊くな、と言った割にドッペルシェゾはドッペルアルルの質問に律儀に答えた。 素材は銀だとか、指輪の表面ではなく裏に嵌め込まれた宝石は“シークレットストーン”と云い守護石になるのだとか。 訊かなくてもわかったが守護石のこの黒い石は何かと問い詰めれば、きまり悪そうにしながらも黒水晶だと明かしもした。 ただ、溶解から磨きまで、指輪を作る過程にも細かく答えてくれたこと、答えられたことがドッペルアルルには驚くと同時に不思議だった。 今思えばジュエリーショップの工房を借りて自分で作ったのだと想像できる。 指元を飾る銀を眺め、ドッペルアルルはふふと笑った。 「どうした、ディーア。楽しい事でもあったか?」 「ん〜、ちょっと昔の事を思い出しただけだよ、ディーシェ」 「思い出し笑いか」 「そんなところ」 きっと匠人に腕を買われて引き留められ断るのに苦労したに違いない。 そしてそれならば、指輪の裏に刻まれどんなに頼んでもはぐらかされて意味を教えてもらえなかった文字にも納得が行く。 あれから時は流れ、様々な知識と経験を得て来た。 だが指輪の文字はなかなか解けなかった。古代文字だということはわかっても、どう解読しても特に意味を成すとは思えない文字の羅列。 新たにできた友人たちのアドバイスをもとに、物は試しと微睡む彼の手を握るフリをして指輪を引き抜き、守護石のレッドスピネルに気付いて感慨を覚えながら、アルルから借りた『古代の腕輪』でそれらを詠んだ。 二つの指輪。それぞれに彫られた文字は、二つが合わさってこそ一つの言葉となるのだと知った。 「ちょうどこんな涼しさだったなーと思って」 片割れをこっそり見た事も、刻印を詠んだことも、彼には内緒。 「あの時から気持ちは変わってない」 「ん……」 「大好き、だよ、ディーシェ」 「どうした? 急に」 笑う彼に、つられて彼女も笑う。 「ふふっ、何となく。願いの力って凄いな、って」 「何だそれは」 『我の全ては汝が為に。』 刻印の言葉について訊ねた時、お前は知らなくても良い、と目を逸らした彼の顔が忘れられない。 Fin |
華車 荵
2015年09月12日(土) 06時30分12秒 公開 ■この作品の著作権は華車 荵さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 華車荵 評価:--点 ■2015-09-23 20:28 ID:eJLaGfBmCU2 | |||||
鈴ちゃんコメントありがとうございます!!(^_^) 初々しさを出せたらな〜と思って書いていたので、可愛いと言って貰えてうれしいです。 ドッペルズは可愛い!! |
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No.1 風鈴 評価:50点 ■2015-09-18 21:08 ID:z1yBA7Fg5vE | |||||
うー!!!DシェDアルキマシター!!!!! ありがとうございます~! 可愛すぎてニヤニヤが止まらない!! |
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総レス数 2 合計 50点 |
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