心揺れる時間 |
過ごし慣れた空間に吐息が一つ。 「あまり溜息ばかり吐いていますと、幸せが逃げるって言いますわ」 目を向けかけてやめた。振り返らずに声をかけると、言われて初めて気付いたと言わんばかりの声。 「溜息、吐いてた?」 「ええ、それはもう深々と」 グラスを目線に掲げて液体の濃度を見る。 彼が今日初めて顔を見せた時は元気そうだった。そう思った。 それがどうしたことか、今は椅子に深々と腰かけ何度も溜息を吐いている。 「お疲れですの? ラグナスさん」 粉を足してマドラーで混ぜ、振り返るとなんとも曖昧な笑みを浮かべていた。 何かを隠しているような。言えない事があるような。 「疲れてるように見えた?」 「だって先ほどから溜息ばかり」 「べつにそういうわけじゃないんだけど」 コトンと、肘掛けにグラスを置くと彼は体を起こして手を伸ばしてくる。 ……特性ドリンクが嫌と言うわけではないらしい。 それを確認した矢先、触れた手に何となく顔が熱くなる。慌てて手を引っ込め表情を伺う。 が彼は気にした風もない。グラスを受け取り、一気に煽った。 「うわっ、苦っ」 「今日はちょっとオマケしておきましたわ。溜息ばかりなので」 呆れと落胆を混ぜて付け加えると彼は苦く笑った。 どうやら浮かれているのは自分だけらしい、とウィッチは思う。 黒い髪と瞳。陽に焼けた肌色。精悍な顔立ち。そこから時々覗く少年らしい無邪気。 彼は誰にも優しく対等で、自分だけが特別なわけじゃない。 そう思い知らされたようで、 (プライドが高いと、面倒ですわね) 自嘲すればするほどモヤモヤが溜まっていく。 「確かに……今日のスタミナドリンクは強烈だ」 「…………」 「ほんと、疲れてるとか何か不満があるわけじゃないんだよ、ウィッチ。あと、溜息吐いたからって幸せも逃げない」 「あら、どうしてですの?」 確かに自分の言った事は当たっていないのかもしれない。 不満、悩み、倦怠感があるから溜息が出るのであって、溜息を吐くからそれらが出てくるわけではない。 不幸は、表面に現れる前から人の心に巣食っているのもだ。 考えながらも訊ねてみる。 と、ラグナスは口を噤んでウィッチを見た。 言いたいことがあるのなら言ってくれればいい。 彼はいつも何も言わない。悪戯をしようが実験をしようが、困ったように笑うだけ。何を考えているのかは教えてくれない。 ラグナスがニッと口端を釣り上げた。 笑顔。 「内緒」 本当に、何を考えているのか。 「まあ! 意地の悪い勇者様ですこと」 「理想と違っていて幻滅したかい?」 不意に弱点を突かれて口ごもってしまった。 あまり他人には知られていない。知られたくない趣味を理解した上での反撃。 「意地悪」 「俺はこの世界の勇者じゃないからね」 頬杖をついて目を細めた。普段見せない意地の悪い顔。 「そうですわね、ラグナスさんはラグナスさんですわ」 物語の中で見たものとは、想像とはだいぶズレた勇者様。 理想と現実は違う。誰の言葉かは知らないけれど。それでも、そういうところが――。 「ねぇ、ウィッチ」 「はい?」 床に視線を落としていたら呼ばれた。 はっとして顔を上げる。 ペースを崩さない少年の顔が満面に笑った。 「ウィッチってさ、なんだか面白いよね」 もう。そんな顔でからかわないでくださいませ……! |
華車 荵
2014年09月30日(火) 14時54分39秒 公開 ■この作品の著作権は華車 荵さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.3 華車 荵 評価:--点 ■2014-10-04 00:21 ID:xhjJGwmtVG. | |||||
おいしくいただけましたかw 読んでくださってありがとうございます! ラグウィ可愛いですよ?(*´Д`)ハァハァ |
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No.2 りりりれり 評価:30点 ■2014-10-03 19:19 ID:TvdnLK10luM | |||||
あ、得点いれるの忘れていました | |||||
No.1 りりりれり 評価:--点 ■2014-10-03 19:18 ID:TvdnLK10luM | |||||
はわわわ、なんかもうありがとうございます。ウィッチ視点おいしくいただきました。 | |||||
総レス数 3 合計 30点 |
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