Battle

 眩い輝きのシャンデリアが天井を飾る。
 普段は静閑としている大広間は、楽団の奏でる音楽と花のように着飾った人々(半分以上は魔導学園の生徒達だ)で賑わっていた。
 純白テーブルクロスの上には彩り豊かにお酒や料理が並び、大きな花瓶には旬のものから大きく季節を外したものまで様々な花が生けられている。
 それぞれ談笑し、料理を食べ、酒を飲み、あるいは椅子に座ってぼーっとそれらを眺めている人の群。
 すっかり見慣れたパーティー模様。何気なく見回していると、見慣れない知人を見付け彼女は口元に笑みを浮かべた。
「珍しいね、キミがこんな所に来るなんて」
 歩調を早めて近付くと相手も気付いたらしい。戸惑った目が見開かれたあと眉が寄せられる。
 声を掛ければ無粋な口調で顔を逸らす。
「来たくて来たわけじゃねえよ。サタンの野郎に無理矢理に放り込まれたんだ」
 黒服に銀の装具、つまらなそうに腕を組んで長身を壁に預けた銀髪蒼眼。
 ここ数年来、"魔導学園の七不思議の一つ"とまで言われている彼。
(端から見れば得体の知れない人物に見えるらしい)
 纏う闇のためか、彼自身の意志の問題か。人を寄せ付けないソレはハッキリ言って――浮いている。
「なぁんだ。キミもラグナスが帰ってきたのお祝いしに来たのかと思った」
 公にされず一部の者のみが知る事実に、もしかしたら感づいている者もいるのかもしれない。
 彼の周りにぽっかりとできた空間。
 だが踏み入る彼女を彼は咎めない。
「これってそういう集まりなのか」
「知らなかったの?」
「ああ――いや、サタンが何か言っていた気がする。よく聞いていなかった」
 多分それは、彼女が彼をよく知る人物であり、同時に"獲物"であるがゆえ。
 そしてそれは彼女も承知の上。
「はぁ。本当に興味ナシって感じだね、キミ。まあ実際これがラグナスの歓迎会及び誕生日パーティーだなんて知ってる人、半分もいないと思うけど」
「ラグナス……な、俺もよく知らんし」
「キミは身体乗っ取られっぱなしだったもんね」
 喋るのさえかったるい、と言わんばかりの彼の隣で、同じように壁に背中を預けて会場に向かう。
「どこかに行く予定だったの?」
「いいや」
「え、それなのに?」
 今日は白じゃないんだ。
 訊ねると、視線に気付いた蒼が疲労を訴えて向けられる。
「魔導力封じられてんだよ」
「あ、なるほど。それで?」
「正装してこいとも言われた」
「正装なんだ、それ」
「他にそれらしい服がないもんで」
 魔導が使えないので魔導力を重視した服を着ていても仕方がない。しかも正装しろとも言われたのでとりあえず剣士の装いに着替えた。
 という事らしい。
「サタンから借りれば良かったのに」
「たわけ」
「冗談だよ。キミがサタンを頼るなんて事態、明日世界が滅びてもおかしくないもん。それにしても、サタンがね〜。いつもは放っておくのにどうしたんだろ」
「さあな。ヤツの考えていることはさっぱり解らん」
「毎度毎度顔も出さないから呆れられたんじゃないの?」
「知ったことか」
 短く吐き捨てる。が、動こうとはしない。

 黒い袖口から覗く腕輪に気がついた。恐らくそれが魔導力を封じている媒体なのだろう。
 悪知恵が働くサタンのこと、単に魔導力を封じるだけじゃなく他に何か細工がされているのかもしれない。この塔全体に渡る細工。
「アルル」
 こうしている間にも、彼の頭はどうこの状況を切り抜けるかを模索しているに違いない。
 考えていると名を呼ばれた。急に話しかけられて反応が遅れる。
「ん、なぁに」
「そのドレス、どうした」
 眼中にないのかと思ったらそうでもなかったらしい。
 ぱちくりと瞬きをしたアルルはぱっと顔を輝かせる。
「似合う? 見違えた? これね、ルルーからもらったんだよ。ルルー、桜好きなんだって。でも自分で着るの恥ずかしいからってボクにくれたんだ」
「着るのが恥ずかしいモンを他人にやるのか、あの筋肉は」
「じゃなくて、ピンク似合わないと思ってるみたい。そんなことないのにね」
 同意を求めれば、さあな、と肩を竦められる。
 少しくらい賛成してくれてもいいのに。意地っ張り。
 膨れているうちに楽曲は終焉を迎えていた。弾むような明るい音楽が止み、会場はざわめく人の声で満たされる。
 一時の余韻。消える前にまた始まる。
 「ダンスかぁ」
 ゆったりと流れ出す、舞曲。
 顔を見合わせ二人一組になった男女がわらわら中心へと集まっていった。
 手を取り支え合い、思い思いに踊り始める。
「ねえ、シェゾ」
 舞踏会と呼べるほどの高貴さと洗練された華やかさはないが、楽しげな光景。
 眺めながら彼を呼ぶ。
「なんだよ」
「ボクたちも踊らない?」
 自然を装った不自然な言葉。
 途端、方眉を上げて眉間にしわを寄せた。
 何を言ってるんだコイツ、という顔。
「……酔ってるのか?」
「なわけないじゃん。ボクにだってねぇ、ダンスの一つや二つやってみたいな〜って思う事もあるの」
「踊れるのかよ」
「見たら驚くと思うよ」
「下手すぎてか」
「ふぅ〜ん。そう思うんだったら思っておけば? 踊ってからのお楽しみね」
「…………」
 黙り込んだシェゾをアルルは見つめる。
 凍てつく氷のような蒼。鋭く清んだ瞳が探るように凝視してくる。
 普通の人間なら怯むのだろうが、生憎彼女は動じない。
「何故俺が」
 溜息のような問い。
「いいじゃん。友だちでしょ〜?」
「俺は他人と馴れ合ったつもりはない。例の勇者様にでも頼めばいいだろう」
「ラグナスはさっきから行方不明だよ」
「ならサタンはどうした。さっきまでお前を追っかけてたんじゃないのか」
「見てたの?」
「……いや、大方そんな所だろうと思っただけだ」
「そ。サタンもさっきからいないよ。いても一緒に踊るの嫌だけど」
 馴れ合ったつもりはなくても気には止めていてくれるらしい。
 俺となら良いのかよ。独りごつシェゾにアルルはにっこりと笑う。
 良くなければ、誘ったりなどしない。
「折角だしたまにはいいじゃない。パーティーが終わったら解放してもらえるって、どうせ塔から出られないんでしょ」
 手を取り引けば苦虫を噛みつぶした顔。忌々しげな視線が斜めに落ちる。
「その腕輪のせい?」
「だろうな、この腕輪に結界が反応するようになっているらしい。迷惑な話だ」
 それでもついてくる。
 円舞の輪に滑り込むと気付いた何人かに避けられた。
 愉しさとは別の気配が広がっていく。 
「こんな場所に来たところで何になる。俺が来ていい場所でもないだろう」
 向かい合って手を繋ぎ直す。
 片手を添えた彼の肩越し、ぎょっとした顔で振り返る二人組と目が合った。
「お前も、こんな所同級生に見られて変な噂でも立てたれたら拙いんじゃないのか」
 そそくさと逸らされる。
 眉をひそめた視線が盗み見るように投げかけられ、無言に囁かれるあからさまな嫌悪。
「いまさら言う?」
 見上げれば相変わらずの無表情。向けられる悪意(単なる警戒心かもしれないが)を気にした風もない。
 慣れている。そういう顔。
 アルルはにんまりと口端を吊り上げる。
「なぁんだ、結構気に掛けてくれてるんだ」
「…………」
 間を計り音楽に合わせて一歩踏み出すと同じタイミングで一歩下がる。
 そのままダンスのリズムに乗ったアルルの口から、へぇ、と感嘆が漏れた。
「シェゾって踊れるんだ。踊った事あるの?」
「いいや」
 小首を傾げた後、ああ、と納得する。
「なるほどねぇ。腐っても剣士か」
「腐ってねえ。現役だ」
「あ、腐ってるのは根性だったね」
「てめぇは……」
 目元をひくつかせた。

 相手の微動を観て先を読む。接近戦を主とする剣士には必要不可欠な要素。
 普段は魔導を主としているものの、長年洗練されてきた感覚はこういう場においてでも緩みなく発揮されるのだろう。
 周囲に軽く目を奔らせながらもアルルの動きに付いてくる。
 この魔導の都市においてその頂点を志す者達と比較しても、幾倍にも研ぎ澄まされた感性。
 世界を敵に回して孤独な戦いを強いられている、彼だからこそ。

「お前は……」
 会場を一周して戻ってきていた彼の視線に気付く。
「え、あ、ボク? ボクはルルーから教わって何度も。女の子なんだからダンスの一つや二つ踊れなきゃダメって特訓みたいに練習させられてさぁ。でもルルーって凄いんだよ! 男の人の動きも女の人の動きも完璧に――」
「そうじゃない」
「え?」
 何かを言いかけたのだろうか、一度口元をつぐんだのが見えた。
 そして溜息のように打ち消す。
 見下ろしてくる醒めた瞳。
「お前は……何故俺に付いてこられる」
 はっと目を見張った。
 長い間抱かれていた疑問を吐き出した問い。
 息を抜いて口元を緩める。
「なんで、だろうね」


 魔導師であるからには、戦う者であるからには他人の一歩先を。それが全くできないというわけではない。だがそれでも接近戦と共に得意な分野ではない。
 なのに何故。彼と対する時はいつも。
「多分、慣れてるからじゃない?」
 普段の勝負をとってみてもそうだった。斬り込んで来る瞬間だとか、どこに避ければどの辺りに攻撃を仕掛けてくるとか、直感的に理解して彼の動きについて行っている。まるで彼の戦い方、癖や性格を体が知っているように。
 周囲を見て学んだ動作も、ミスを誘ってわずかに外したタイミングも、自分の中に取り込んでペースに巻き込んでいる。
「ボクの方がキミよりダンス上手ってことだね」
 理由があるとすれば。
 心辺りはある。だが知られるわけにはいかない。
 その隙は自らの身を危険にさらし、そして仲間との決別を招く事になる。

 おどけたアルルの言葉にシェゾは何も答えなかった。思った通りの無言。
 彼との付き合いは精々数年のはず。にも関わらず、なぜだろう、もうずっと前から知っているような、時々そんな気がするのだ。
 触れ合う体温も、駆け引きも、踊りながらの二人に落ちるこの沈黙も。
 
 誰もが不気味と避け触れようとすらしない、彼の闇も。

「シェゾ。キミがどう思っていても、」
 ――誰が何と言おうとも、
「キミはボクたちの仲間だから」
 憶えていて欲しいのは一つだけ。
「慢心だな。いつかは裏切られるぞ」
「確かにこれからはどうなるかわからないね」
「…………」
「でも、ボクたちはそう思ってる」
 自らが胸に抱く甘酸っぱさなど取るに足らない。
「闇の魔導師だぞ……俺は……」
「そんなことわか――うわぁっ!」
 不意に手を引かれて腰を引かれ、上半身を押し倒されて面食らう。
 気がつけば、すぐ目の前に不敵な笑み。
 唇が触れそうなほど、近く。
 かかる吐息と共に紡がれる低い声。
「その俺が、お前たちを裏切らないと?」
「……フラメンコじゃないんだからさぁ」
 どこで覚えたのよ、こんなの。
 心の中で毒づきながら睨みつけ、体を起こす。
「信じてる。でも、過信はしない」
 どんなに近くにいて触れ合っていたとしても、お互いの領域を侵すことは許されない。
 二人の間には、決して越えてはならない壁がある。叩けば脆く壊れるだろうが互いを傷付けずにはいられない硝子壁。
「俺はお前の魔力が欲しいだけだ」
「欲しいならいつでもあげるよ」
 彼女の小さな裏切りに今度は彼が目を丸くする番。
「ただし、勝負に勝てたらの話ね」
 今度は彼女が不敵な笑みを浮かべる番。
 彼の口元が吊り上がった。
「面白い。いつまでも負け続けだと思うなよ」
「へー、自信あるんだ」
「お前みたいな半人前のちんちくりん相手に、ない方がおかしいだろ」
「その半人前のちんちくりん相手に負けっぱなしの癖に」
「お前の運が良いだけだ。俺が実力で負けてるはずがない」
「へーへーへー、なんなら今すぐここで決着付けようか?」
「ふん、泣きを見る事になるぞ」
「どっちがだろうね。じゃ、先に折れた方が負けねー」
「望むところだ」
 ジト目で睨み合う。
 そして異口同音。

「「ダンスで勝負だ!!」」




 ――そして数刻後、

「……なぁ、アルル」
「…………」
「今、何曲目だ?」
「たぶん、10曲超えた……」
「ざっと2時間近く踊ってるのか……」
「楽団の人たちもいい加減疲れてるよね」
「ああ、さっきから演奏に乱れが」
 すでに汗だく。
 あがった呼吸のまま疲れた目を見合わせる。
「ねえ、シェゾ、喉渇かない?」
「渇いた」
「ボク、勝負なんてどうでもよくなった……」
「同感」
「この曲で終わる?」
「……うん」

 いびつに弾む、音楽の終焉。
「ふぇ?」
「は?」
 離れないまま呼吸を整え一息吐いていると、手を打ち鳴らす音が聞こえた。
 一つ、二つ、三つ、四つ、重なる声に被さり増えていく拍手。
 そして喝采。
 声を失って見回せば人の壁が作った舞台には彼女と彼、二人きり。
 いつの間にか。
「……っ! 行くぞ、アルル」
「え、あ、うん」
 その中に微笑んで手を叩く親友を見つけた。
 束の間も与えられず腕を引かれて場を離れる。
 見上げれば耳まで真っ赤な横顔。
「…………」
 アルルは振り返る。
 人の壁が崩れ、親友の姿もすでに見えなくなっていた。
「ありがと」
 一番始めに拍手してくれただろう青の女性。彼女にそっと呟いて前を向く。
「シェゾ、ちょっと待ってて。ボク、飲み物取ってくるから。すみませーん!」
 青白い顔の使用人に声を掛けて走り寄る。
 シャンパンが注がれたグラスを二つもらって振り返れば、椅子に身を投げたまま無防備に宙を眺める闇の魔導師。
「シェゾー! お酒飲もっ、お酒っ」
 声をかければ振り返ってくる。
 滅多に見せない無邪気な微笑。向けられて息が詰まる。

 触れられた硝子の壁が、甘い音を響かせる。

 頬に赤みがさすのを感じながら、それは踊り狂ったせいだと誤魔化しながら、アルルは口元を綻ばせてシェゾに駆け寄った。


 冷めない熱狂の中。
 合わせたグラスの小さな音が、二人の間に響いた。




 END

華車 荵
2012年06月20日(水) 09時24分22秒 公開
■この作品の著作権は華車 荵さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 真面目なんだか不真面目なんだかわからない(笑)
 サタルル&ラグウィ同盟に投稿した小説と同時系列の話です。
 サタンとルルーはすでにくっついていて、ラグナスとウィッチは無自覚にいちゃついてる間、この二人はどうしてたかというと……こういう事してました(^^;)
 結局あれこれ張り合っちゃうシェアルです。

 シェゾがモテモテって設定よく見るんですけど、私としてはちょっとそれ違和感かな……。
 シェゾが自分の闇を隠すとは思えないし、魔導学園は一応エリート校なはず。それが世界を破滅に追い遣りかねない力に気付けないって……ありますか?
(変なファンはいそうだけど。確かにw)

 個人的にシェゾは学園内では危険人物扱いされてそうだと思います。いろいろ無茶もやってそうですしね。
 この後も、好感持った人達が話しかけたら睨まれて「やっぱ怖ぇ!!」って事になってるのかもしれませんw
 んでもって、そういう事してるから友だちできないんだよ!?とアルルに呆れられればいいよ。

 なんだかんだ言ってもシェゾの事が心配で放っておけないアルルが好きです。

アルル視点なのでアルル→シェゾっぽいかな?(^^;)

 ※6/27:誤字があったのでちょっと修正。

この作品の感想をお寄せください。
No.2  華車 荵  評価:--点  ■2012-07-15 15:04  ID:YZTOJbkVUXk
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おお!感想ありがたやありがたや!!(-∧-*) ナムナム

 やっほー♪ 桜流最近忙しいのかぁ……忙しいとどうしてもゲームとかからは遠のくよね。そんな中、立ち寄ってくれるなんて嬉しいですvありがとう!!
 私もラブラブは好きなんだけどね。一応SS魔導のすぐ後(1〜2ヶ月後くらいかな?)なのでこの二人はまだまだ微妙な関係です(^^;)
(アルルとシェゾがくっつくのはわくぷよやよ〜んよりもずっと後だと思ってる)
 正確には戦友以上恋人未満かな。

>>アルルから遠ざかろうとするけど、やっぱり追いついてきちゃうアルル・・・
 そうそうそんな感じ。アルルは強い子だからね〜。意図したものが読み取って貰えるとうれしいね(*^^*)
 それに加え手ぬるいシェゾって感じもあるかな。この頃になるともう完全には突き放せなくなってるんだろうな、と思います。

 私の妄想(文章)に付き合ってくれてありがとう(*^^*)

 あと、シェゾはアルルの旦那なので渡さんぞ!(クワッ)

 ちなみに私はアルルに悪戯してシェゾに斬られる覚悟くらいならあるぞ(ぇ)

 感想ありがとうございましたm(_ _)m
 たまにでも思い出したら来てねvv
 ぷよぷよ〜んの感想が気になるww
No.1  桜流  評価:100点  ■2012-07-15 13:17  ID:c6IElaWz56I
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やっほー!
感想遅れて申し訳ない(−−;)

おぉ・・・シノのシェアル(設定は友達以上恋人未満になってるけど;)!!
最近忙しくて魔導から離れていたので(ぇ)すごく新鮮に感じましたw
ラブラブしてるシェアルもいいけどやっぱこーいうシェアルもいいよねv
アルルから遠ざかろうとするけど、やっぱり追いついてきちゃうアルル・・・
私はそんなことを考えつつ読みました。(解釈違ってたらごめんなさい)

あと、アルルそこ代わ((←
なんでもないですごめんなさい。

これからも楽しみにしてまーす!!
総レス数 2  合計 100

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