妖刀魔導千一夜


「これは、遥か東方に伝わる話だ」

 優しく黄色に輝く美しい半月が夜空に灯り、半月という名の灯りの元に様々な星がまる
で舞台を舞う役者のように夜空を飾り立てていた。そして、風に揺られて涼やかな音を奏
でる風鈴がこの夜空という名の舞台に音楽を奏でているのだった。
 そんな静寂が支配する虫も寝静まる子の刻に、静かげな男の声が朗々と言葉を紡ぎだし
ていた。
「もったいつけないで、早く話しなさいよ変態黒マント」
 男にそう文句を言ったのは緩やかなウエーヴのかかった水色の長髪をけだるげに右手で
掻き揚げた、露出の激しい服にサンダルを履いた、絶世の美少女と表現すべき少女だった。
 変態扱いされた男は、その丹精に整った顔を一瞬強張らせたが、軽く咳払いをすると、
妙に癇に障る笑い方をして、少女に言い放った。
「ふっ、怪談のお決まりも分からないとはな、これだから脳筋と一緒に怪談なんかしたく
なかったんだがな、なあっ、ルルー?」
 その一言に今まで上品な笑い方をしていたルルーはその顔を真っ赤にすると、その手に
持っていた麦茶の入った錫で作られたコップをまるで紙を握りつぶすかのように潰れた。
唯一違うのは金属が圧縮される日常生活ではまず聞くことがない音が聞こえたぐらいであ
る。
「シェゾ……、あんたよっぽどこのコップのように頭を潰されたいようね」
 ルルーはそういうと凄惨な顔で男に言い放った。そして、ルルーの左手から零れ落ちた
コップだった金属の塊は、鈍い音を立てて床の上に落ちた。
 水晶のように透明感のある銀髪に上下共に黒服姿の男、シェゾはルルーの殺意を全身に
浴びながらも余裕に充ちた顔をしていた。
「ふっ、俺はただ脳筋としか言っていないぞ、なのに何故ルルー、貴様が怒るんだ? 貴
様が怒るとするなら貴様自身が自分のことを脳筋だと認めているということなのか?」
 シェゾのその言葉を聞くとルルーは椅子から立ち上がると、ゆっくりと右半身が前とな
る構え方をした。
「シェゾ命乞いするなら今だけよ」
 ルルーは見た目こそ麗しい美少女だが、それと共に優れた格闘家でもあった。しかも、
少しかじっているという腕前ではなく、世界有数の実力者なのであった。錫のコップをた
やすく握りつぶしたことからもその実力の一部が窺えた。
「ふっ、魔力のない貴様とやりあったところで、俺に何の徳もないのだが、降りかかる火
の粉を払わないほど気楽ではないんでな」
 シェゾは椅子から立ち上がるとその右手にはいつの間にか水晶で作られた剣を握り締め
ていた。
 もう二人の戦いはもう止められないと思ったとき、二人の間に割って入る声があった。
「あーもっ!! ルルーもシェゾも何やってるんだよ!!」
 扉を開けて入ってきた少女は、右肩の部分とちょうど心臓の辺りに青い魔導玉があしら
われた肩当をしており、茶髪に鳶色の瞳をした愛らしい少女であった。そして、それ以上
に特徴的だったのが、その以上に丈の短いスカートであった。普通の女性ではまず履かな
いほどの丈の短さだった。
「アルル」
 ルルーはアルルにそういわれると、無意識に手を下ろした。シェゾもルルーが両手を下
ろしたのを見ると、自分も剣をどこかに片付けると、静かに再び椅子に腰を下ろしたので
あった。
「何で百物語をしているだけなのに、刃傷沙汰になるんだよ!!」
 そうっ、ルルーとアルルとシェゾの三人はルルーの屋敷の応接間で明かりを消して、百
物語をしていたのである。その証拠に応接間に置かれている机の上には灯りが付いていた
蝋燭が無数にあり、まだ火が付いている蝋燭が僅かに一本だけおいてあるだけだった。
 ことの始まりはアルルとルルーが通っている魔導学校が夏休みに突入したことにあった。
アルルは夏休みに突入したものの、いつもと同じように遺跡や洞窟に潜っていたのだが、
そんなある日、八月に入ったばかりのころに、町で偶然にルルーに出会ったのである。
『百物語?』
 アルルはルルーが口にした言葉が分からなかった。アルルが右手に食料品のみがつまっ
た荷物を抱えたまま疑問符を浮かべていると、ルルーが口を開いた。
『そうっ、本で読んだんだけど、東方では夜に百の怪談を語り、夜を明かす夏の行事があ
るみたいなのよ』
『百も?うわっ、言えそうで難しいよね』
 怪談を百回する、それは、あまりにも微妙な数字であった。十では少ないし、千では明
らかに多すぎるのに対して、百という数字はできそうな数字であった。
『まっ、せっかくだから今夜辺りにでもやってみない?』
『今夜?また急だね』
 アルルの言葉にルルーは扇子を持った右手をひらひらと振って見せた。
『まっ、こういうのは思いついたときにやっちゃわないと、やりっぱぐれることになるか
らね』
 ルルーがそこまで言うと、ルルーの背後にあるブティックから店の雰囲気に似合わぬ低
い男の声がルルーを呼ぶ声が聞こえてきた。
 その声にアルルは聞き覚えがあった。半牛半人の大男ミノタウロスのものであった。ミ
ノタウロスは見た目こそ無骨で片目に大きな傷があるために、怖がわれることが多いが、
その実、誠実で心優しい人物なのである。ミノタウロスは典型的な見た目で損をするタイ
プの男であった。
『それじゃあっ、今晩私の屋敷で集合ということでいいわね』
 ルルーはそういうと、アルルの返事を待たずして、ブティックの中に入っていった。ア
ルルはルルーの後を思うかと考えたが、店の中からルルーの怒声とミノタウロスらしき人
物の泣き声が聞こえてきたために、止めたのだった。ミノタウロスだと思える男性にアル
ルは冥福を捧げながら……。
 しかし何故、百物語をやっているのがルルー・アルル・シェゾの三人だけなのかという
と、実はこの時のアルルとルルーの二人の勘違いにあった。
 ルルーは準備はするから参加者を集めてというのをアルルが分かったものと思い込み、
アルルはルルーが全部やってくれるものと思い込んでいたのである。唯一の当事者以外の
参加者であるシェゾは、アルルが家に帰る途中で偶然であったために、アルルが誘ったた
め参加することとなり、参加者は三人だけとなってしまったのである。
 三人だけの参加者ではあるものの、せっかく準備をしていたので、百物語が破綻するの
を覚悟で始めてみたところ、シェゾが一人で八十近い怪談を話したために、残るはあと一
話だけとなっているのだった。
「まっ、とっとと始めるけどいいか」
 シェゾは椅子に腰掛け、膝を組みながら静かにカップの中に入っている琥珀色の液体に
レモンを一切れ浮かせたものを、静かに飲みながらたずねてきた。
 その一言にルルーは何か言いたげだが、先ほどの非は自分にあるために、何も言わずに
全体重を思いっきり椅子にかけると、ルルーも椅子の近くに置いてある小さい机の上に置
いてある水差しに手を伸ばした。
 アルルは溜息一つつくと、自身も椅子に腰掛け、シェゾに期待に満ちた目を向けた。
 シェゾは軽く肩をすくめると、手に持っていた紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、
ゆっくりと膝の上で手を組みなおした。

「まあっいい、遥か東方の国に妖刀と呼ばれる剣があるんだ」
「妖刀?それってマジックアイテム?」
 アルルは自分の知らない道具の名前に、彼女の強すぎる好奇心が刺激されてしまったよ
うであった。
「まあっ、聞け。妖刀というのは言ってしまえば呪われた剣のことだな」
「物騒なことね」
 一方のルルーはあまり興味がなさげだった。それもそうだろう、彼女は魔導師ではない
のだから、それ故に自分の分野でないマジックアイテムに興味がなかったのである、それ
だけでなく呪われていると聞いた以上なおさらであろう。
「妖刀はいろんな種類があるんだが、その妖刀の最上になのが妙法みょうほう村正だな」
 そこまで言うと、シェゾは彼特有のどこか人を馬鹿にしたような笑い方をした。シェゾ
は意図的にこのような笑い方をしているのではなく、無意識にこのような笑い方になって
しまうのである。
妙法みょうほう村正の切れ味は壮絶だぞ、使い手が非力な小娘であろうと、人をまるで紙のように
たやすく切れ捨てるほどの切れ味を誇るといわれている」
 そこまで言い終えると、シェゾはゆっくりと眼を瞑りながら言葉を続けた。
「これは、その妙法みょうほう村正の話しだ」

「そして、妙法みょうほう村正はそれ以降行方が分からないそうだ、これで終わりだ」
 シェゾは話し終えると同時に、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「それじゃあっ、話しは終わったから俺は帰るぞ」
 シェゾはそういって扉のほうに歩いていくが、アルルもルルーも止めはしなかった。彼
女らから言えば、わざわざこんな深夜にまで百物語に付き合ってもらったのだから、これ
以上引き止めるのは悪いと考えたからである。シェゾをルルーの館に泊めるという案もあ
るのだが、シェゾが嫌がることが眼に見えていたので、あえて口には出さなかった。
 シェゾは応接間から玄関に繋がる扉を半分ほど潜り抜けたところで、何かを思い出した
かのように、アルルとルルーに声を掛けた。
「あっ、そうそう、百本目の蝋燭は明日の朝まで消さないほうがいいぞ」
 シェゾはそれだけ言うとそそくさと出て行った。
「ちょっと、シェゾ待ちなさいよ」
 ルルーはシェゾの言葉の意味がよっぽど気になったらしく、言葉の意味を聞くために、
閉まりかけてドアを押し開けて、応接間から出て行った。
 アルルは独りっきりになった今で、じっと百本目のこの部屋の唯一の明かりを見続けて
いた。なぜかというと……。
(消したい…・・・)
 人間という生き物はしてはいけないといわれるとついしたくなってしまう生き物である。
例えば炭酸飲料を振ってはいけないといわれると、炭酸飲料を振りたくなってくるもので
ある。そして、大抵それを破るとよくないことが起きないのが相場である。
 そして、シェゾという男は、口は悪く変態(アルル主観)だが、無意味な嘘をつく男で
はなかった。それは、アルルの今までの経験則からの判断である。
「別に問題ないよね」
 アルルはそう自分で自分を納得させると、おそるおそる百本目の蝋燭が鎮座する燭台を
手に取ったのだった。
「大丈夫だよ、だってシェゾは絶対消しちゃだめって言ってないもんね」
 アルルは意を決すと、深く深呼吸をし、一気に口から息を蝋燭に向けて吹いた。蝋燭は
大きく揺らめいたと同時に先ほどまで僅かに暖かかった応接間は、完全に闇に包まれるこ
ととなった。
 その間応接間を支配していたのは規則正しく時を紡ぐ時計の針が進む音だけだった。ア
ルルが蝋燭を吹き消してからどれだけの時間が経過しただろうか。一分だろうか、十分だ
ろうか、それとも一時間も経過してしまったのか、逆に十数秒も立ってないのかもしれな
いが、アルルには分からなかった。だがっ、アルルが百本目の蝋燭の日を消してしまった
のは事実であった。
 しかし、待てども待てども何も起こらなかったために、それまで緊張していたアルルは
一気に力が抜けてしまった。
「何も起きないじゃないか」
 アルルとて、実際に何か起こってほしかったわけではないのだが、それでも何も起こら
ないと拍子抜けしてしまうものであった。
「ボクも変えろ」
 アルルはそう言うと、燭台をテーブルの上に置くと、自分も家に帰ったのだった。そう
っ、この後に起こるであろう、あの忌まわしきことなどしらずに……

 一方、数年前の東方の地でのこと……
 薄紫色の線が走ると、悲鳴と共に夜の闇に赤が踊るが、しかしその赤はすぐに月の出て
いない夜の闇に吸い込まれてしまった。
「飽きてきたな」
 声の主はそういうと、地面に転がっている歪な肉塊を特に気にするでもなく踏みつけな
がら歩き出した。そして、楕円形の角ばったボールのような肉塊を何を思ったのか無邪気
な笑顔を浮かべながら蹴り飛ばした。それは、サッカーボールには劣るものの、ころころ
と転がり、そして、水に何かが落ちる音と共にその姿が見えなくなった。
 そして、何かが水に落ちる音と共にそれまで半月を隠していた雲が消えると、世界は血
で満たされた。いやっ、正確には不気味なほどに紅い半月が世界を照らしているのだが、
そんなものは些細な違いであった。
「次は西に行こうかな」
 そして、東方で数年前に発生した辻斬りはその夜を境に起こらなくなったのであった。

 百物語を行った晩から二週間後、アルルはすっかり百物語を行ったことなど、記憶の彼
方に忘却していた。アルルは元々好奇心旺盛な性格であるから、当然といえば当然ではあ
った。
 そんな昼下がり、アルルは近くの遺跡に相棒のカーバンクルのかー君と一緒に朝から潜
っていた、期末試験で取ってしまったテストの補習のためである。その補習の内容は、遺
跡内に蔓延っているゾンビの掃討である。もともと墓地として使われている遺跡なのだが、
ここ最近通り魔に襲われて殺されてしまう人が多いため、最近はこの遺跡によく死者が埋
葬されるのだが、もしかしたらそのことも今回のゾンビの異常発生と関係しているのか考
えられたが、アルルは難しいことはよく分からないので、とにかく補習を片付けるために
ただただ、火系統の呪文を行使してゾンビを掃討したのだった。
「ふうっ、これで終わりだね。かーくん」
「ぐうっ〜」
 アルルは遺跡の最深部の部屋にいたゾンビを有無を言わせずに一瞬で燃やし尽くすと、
アルルの後ろでぴょこぴょこと踊っている兎の耳を生やした黄色く手に小さい手足につぶ
らな瞳に、顔半分近くあるであろう大きな口に、額には太陽のように紅い宝石が輝いてい
る生物がいた。この生物はカーバンクル、元々は魔界を総べるサタンのペットなのである
が、今はいろいろとあってアルルと生活をしているのである。
「ねーっ、かーくんボクが倒してきた殆どのゾンビなんだけどね」
「ぐっ」
「ものすごく鋭い傷跡があったよね」
 そうっ、アルルが遺跡で倒したゾンビはその殆どが体に深い斬撃があったのである。そ
れもただの斬撃ではない、一刀両断されているのである。そのため、上半身と下半身が別々
にゾンビになっているものが多かった。アルルとしても、体がばらばらのゾンビ自体珍し
いのに、それがこれだけ大量発生したことに驚いていた。それと同時に、こんな殺され方
をしたゾンビたちに対して、憐れみの感情もいだいていた。
「かーくん行こう……」
 アルルはそういうと、早足で出口に向かって歩き出した。死臭漂うこの空間に長いした
くなかった故にである。

「ご苦労様、これで補習は終わりだな」
 遺跡の出口で、アルルは仮面をつけた緑色の長髪に、夏であるのに黒い法衣を着ている
男の人に洞窟でのあらましを説明した。この男はアルルが通っている魔導学校の校長先生
をしているのだが、断じて、某魔界のプリンセスでは決してない。
「それでは、後は任せて帰ってくれたまえ」
 そういうと、校長先生は茶封筒から取り出した書類を見ながら遺跡の中へと消えていっ
た。
「帰ろっか、かーくん」
「ぐっ! ぐうっ!!」
 カーバンクルはアルルの言葉を聞いたときは嬉しそうに踊っていたのだが、突如顔を険
しく歪めて、森の中に飛び込んでしまった。
「ちょっ、かーくんどこに行くんだよ!!」
 アルルも急いで森の中に入りカーバンクルを追いかけるが、何せカーバンクルは小さい
ために、そこらへんの雑草の中に入り込まれると、完全にその姿が埋まってしまうのであ
る、そのため、アルルは草むらを掻き分ける音とカーバンクルの声を頼りに雑草の繁った
森を進むのである。
「かーくん!!いいかげんに……、うわーっ!!」
 アルルが森の中を歩いていると、雑草の茂みで分からなかったが、ちょっとした段差に
なっていたらしく、アルルはおよそ二メートル程度の高さから落ちてしまった。
「あいたた、あれっ、思ってたほど痛くない……」
 アルルは、何か柔らかいものの上に落ちたために、幸い大した怪我をしなくて済んだ。
その時、アルルは右手に何か引っかかってることに気づいた。
「何これ?」
アルルは右手に絡まっているものを見た。それは艶やかな黒色の糸でまるで絹のように
滑らかな手触りの糸だった。そして、アルルは立ち上がろうと、左手を地面につけるとア
ルルは何か柔らかいものを握ってしまった。そのさわり心地に身に覚えがあるアルルが左
手が握っているものを見ると、緋色の布に包まれたお尻を握り締めていた。
「まさか……」
 アルルは恐る恐る右手の下にあるものを覗き込んで、凍りついた。明らかに人の頭がそ
こにはあった。つまりアルルは、人の髪を右手で握り締めていたのである。
 アルルは声にならない声を上げると、急いでその場から立ち上がった。もちろん右手の
握り締めていた髪はちゃんと離して。
「どうしよう、まさか、死んでいないよね……」
 アルルはそこまで口にしてしまうと、不安が一気に心の中に押し寄せてきた。思い浮か
ぶ光景は、翌日の新聞に『少女A、通行人をお尻で圧死』と書かれているのを想像してし
まった。そして、それだけではなく、もっと様々な悪い予想もしだしたのだが、アルルは
足元から聞こえた僅かな音によってその考えを中断させられた。
 アルルが足元を見ると、裾の長い袖から見える白魚のような細い指が僅かに動いた。そ
して、右手がしっかりと大地を握りしめ、立ち上がろうとしたができなかった。
 アルルはどこか怪我でもしてるんじゃないかと不安にかられたが、次の瞬間、蚊の羽音
のようにか細い声でこう聞こえてきた。
「お腹が……、すきました」
 その瞬間、アルルの中で時間が止まった。そして、しばらくしてから、かばんの中から、
お昼の残りの携帯用のカレーセットを取り出した。
「食べますか?」
 その声に、相手は恥ずかしながりらがらもこたえた。
「頂きます」
 アルルはその声を聴くと、そっと携帯用のカレーセットを近くの軽く払った切り株の上
に乗せた。
 地面に倒れていた人は渾身の力を振り絞って、その場に正座した。もっと座りやすい座
り方をすればいいのではないと考えるかもしれないが、おそらく正座が最も慣れ親しんで
いるのであろう。
 そこで、アルルは自分が下敷きにした人物が、正座をしたためことにより、相手の顔が
見たことにより、初めて女性だと分かったのである。
 その女性は、鴉の濡れ羽色の長く膝までありそうな長い髪に、夜の闇よりも黒く美しい
目を持っていた。そして、その女性特有の膨らみのある平均以上の胸が、彼女が女性であ
ることを静かに主張していた。そして、最大の特徴ともいえるのがその服装だった。踝ま
で丈がある緋袴に千早という格好をしていた。アルルが魔導学校で勉強した知識が正しけ
れば、彼女の服装は東方のとある宗教の巫女のものである。そしてその女性はエクゾティ
ックな雰囲気がある美人であるのだが、美人特有の近寄りがたい空気はなく、逆に春風の
ように包み込んでくれるような穏やかさがその女性からあふれていた。
 そして、その女性の足の横には紫入りの袋に入っている細い棒状のものが置いてあった。
アルルにはそれが何か分からなかったが、だがっ、女性の扱いから、それが女性にとって
大切なものであることは分かった。
 アルルがそんなことを呆然と考えていると、いきなり女性が不思議な声を上げた。アル
ルが驚いて女性の方を向くと、女性は口元を手で隠して、目を硬く瞑って、涙を浮かべて
いた。しかし、アルルよりも年上であるその女性の仕草に、アルルは失礼ながらも可愛い
と思ってしまった。
「かっ、辛いです」
 女性のその言葉を聞くと、アルルは水筒を取り出し女性に水を差し出した。差し出され
た水を女性は奪い取るように手に取ると、一気にコップ一杯の水を飲み干した。
「びっくりしました。凄く辛くて」

 その女性の言葉に、アルルはそんなに辛かったっけ?と思いながら、自分も人差し指で
ルーを少しすくって食べた。確かに辛いものの、アルルからすれば女性のように大げさに
反応するほどの辛さではなかった。アルルが首をかしげていると、落ち着いた女性が言葉
をかけてきた。
「西方だと、香辛料をたくさん使ったお料理が多いんですね。なれてませんからびっくり
しました」
 その言葉に、アルルは納得した。住んでいる国や風土が違えば、そこにすんでいる人間
の食生活は大きく変わると聞いたことがあるからである。とくに、東方のある地域では、
香辛料を殆ど使わない地方があるという。おそらく、彼女もそこの出身なのだろう。
 それでも、女性は少しずつ水を飲みながらカレーを食べ終えると、両手を胸の前に合わ
せて、「ご馳走様でした」といった。
「ところで、アルルさんでよろしいですよね?」
 女性に名前を呼ばれてアルルは驚いた。アルルは自己紹介をしていないのに女性はアル
ルの名前を知っていた。つまり、女性とアルルは以前どこかで出会っていることになるの
だが、これほどの美人であれば同性であるアルルも忘れることがないのだが、まったく思
い出せなかった。
 ふと、隣を見ると女性がアルルが一生懸命考えている様がおかしいのか、優しく笑って
いた。しかし、それはどちらかといえば、悪戯が成功した子供のような笑い方でもある。
「申し訳ありません、私(わたくし)がアルルさんの名前を知っているのは、これのおか
げです」
 女性はそういうと、アルルの水筒を差し出した。それを見て、アルルは何故女性が名前
を知っているのかが分かった。簡単なことである、水筒に「アルル・ナジャ」と名前が書
いているためである。
「それでは、ご飯をご馳走になったお礼も兼ねて自己紹介します」
 そういうと、女性の柔和な表情が、一気に真剣みのあるものへと変わった。その雰囲気
に触発されたアルルも、思わず正座をしてしまった。
「姓は姫里、名は巴と申します。生まれは東方、仕事は見た目どおり巫女をしています」
 その女性、巴の自己紹介に触発されたのか、アルルも必要以上に腹に力を入れ、あらん
限りの声でアルルも自己紹介をした。
「ボクはアルル・ナジャです。魔導師の卵です!!」
 ただそれだけの会話なのに、アルルは妙に汗をかいていた。今の巴から感じるプレッシ
ャーがとんでもないからだ、例えるならば、会ったことはないが死神に鎌を突きつけられ
ているような感じであった。しかし、たかだか巫女にそれほどのプレッシャーを感じる必
要はないのだが、アルルは感じていた。不可解な何かを……
 しかし、そのプレッシャーも巴が優しく笑うことにより、すぐに消えてしまった。まる
で、最初からそんなものがなかったかのようにである。
「ではっ、行き倒れの私にご飯をご馳走してくださってありがとうございます」
 巴はそういうと、ぺこりと頭を下げた。アルルは苦笑いを浮かべながら「気にしないで
ください」といった。アルルが苦笑いを浮かべている理由は、巴をクッションにしてしま
ったことへの後ろめたさゆえであった。たとえ、巴が倒れていた理由がアルルに直接なく
ても、アルルは結果的には巴をクッションにしてしまったが故に、申し訳ない気持ちで一
杯である。アルルは不器用な性格をしているが、それは好ましい不器用さであった。
「あのっ、と……、姫里さん少しいいですか?」
 アルルは巴さんと呼ぼうとしたが、できなかった。人見知りしないアルルには珍しいこ
とだがそうさせたのは巴が初対面なのと、巴のオーラとでも言うべきものが、なれなれし
く名前を呼ぶことを許しそうではなかったためである。
「何ですかアルルさん?」
 巴は紫色の布に包まれた細長いものを胸に抱いて、立ち上がっていた。
「今晩宿はありますか?」
 巴は少し考えてから、溜息をつきながら答えた。
「どこかで野宿でもしようかと……」
 それを聞いたアルルは人の悪い笑顔を浮かべると、がしっと巴の腕を掴んだ。
「それなら、僕の家に泊まっていってよ」
「えっ、でもっ、ご迷惑じゃ……」
「大丈夫、大丈夫、だってボク、かーくんと二人暮らしだから」
 アルルは無意味に胸を張って言った。それに、巴は少し困ったような顔をしている。
「でもっ、ご家族に迷惑では……」
 巴としても野宿はできれば避けたいのだが、だがらといって初対面の人間にご飯をご馳
走になったうえに、厚かましくも宿まで貸してもらうというのは巴の矜持が許さなかった。
 アルルは巴が渋い顔をして考え込んでいるのを見て、言葉を続けた。
「それにかーくんは姫里さんのような美人な人がくると喜ぶから、大丈夫だよ」
 アルルの美人の一言に、巴は嬉しいらしく、僅かに目を細めて、右手を頬に当てた。そ
れを見たアルルは間髪入れずに巴に畳み掛けた。
「それに、姫里さんの故郷のお料理、実は食べてみたいんだ」
 アルルはそういって、笑いながら舌を出すと、巴は優しげに笑った。
「そうですね。お昼ごはんと今日の宿のお礼に腕によりをかけて、私の故郷のお料理作り
ますね」
 巴がそういうと、アルルは巴の左腕に抱きついた。巴は右手は頬に当てており、左手だ
けで紫色の布に包まれた細長いものを持っていた。そして、アルルに左腕抱きつかれたた
めに、巴はそれを落としてしまった。その瞬間、巴の眼から光が消え、右手がまるで獲物
を追う隼のように地面に落ちそうになった紫色の布に包まれた細長いものを掴んだ。
「ごめんなさい」
 アルルは素直に謝った。それを見た巴は優しく笑った。その眼には優しい光がともって
いた。
「大丈夫ですよ。そう簡単に壊れる柔なものじゃないですから」
 そういうと、巴は紫色の布をとりはずして、それを見せてくれた。それは刃渡りが三尺
五寸ほどの太刀であった。黒い漆で塗られた鞘には銀粉でびっしりと文字が刻まれていた。
柄には虎の細工が施されており、鍔には翼を広げる二羽の鶴が刻まれていた。見た目だけ
でもそれは一流の芸術品ともいえるが、そんなものはこれから見る物に比べれば何の価値
もなかった。
「凄く綺麗だね」
 アルルの言葉に巴は嬉しそうに笑った。
「もっと凄いのは、太刀を抜いてからですよ」
 そういうと、巴は太刀を引き抜いた。その瞬間、アルルは心を奪われた。刃がその姿を
現しただけで、空気が止まった。いやっ、そう表現するほかないなんともいえない妖しい
美しさを秘めていた。刃は美しい白銀で、刃紋はまるで炎のようであった。単なる刃物な
のだが、しかし、ある目的のために徹底的に無駄を削ぎ落としたそれは、ただ美しいだけ
の美術品などとは一線を画していた。
妙法みょうほう村正……」
 アルルは二週間ほど前に百物語でシェゾが締めに話した階段の名前を無意識に口にした。
アルルがその名を口にした瞬間、巴は驚いた顔をした。
「よくこの太刀の名前を知ってますね」
 巴のその一言にアルルは思わず巴から距離を取った。
 妙法みょうほう村正、それは、妖刀といわれる呪われた刀である。そして、その太刀は幾千もの肉
を切り裂き、幾万もの血を啜り、幾百もの犠牲者の魂を喰らってきたと伝えられる妖刀で
あった。そして、シェゾの話ではこの妙法みょうほう村正を握ったものは、人を斬らずに入られない
という危険な代物であるという。しかし、その切れ味は特殊な鉱石でさえもたやすく切り
裂いてしまうほどの切れ味を誇っている。
 しかし、巴は妙法みょうほう村正を持ってい旅をしているはずなのに、そんな雰囲気は感じなかっ
た。やっぱり所詮はただの怪談なんだろうかと、アルルは納得した。
「でもっ、なんでそんなもの持ってるの?」
 アルルの問いは最もであった。巫女が旅をするには明らかに不釣合いな代物ではある。
それに対して、巴は簡潔に答えた。
「女の一人旅は危険が多いので」
 その一言にアルルは納得した。何故ならアルルは実体験でそれを経験したからである。
「それじゃっ、そろそろ案内してください」
 巴は妙法みょうほう村正を紫色の布の中にしまうと、アルル静かに語りかけた。
「それじゃっ、僕の後についてきてね」
 アルルはそういって歩き出すと、それと同時に後ろから木の葉を踏む音が聞こえてきた。
「かーくんどこいったんだろ?晩御飯いるのかな?」
 アルルのその呟きは風に乗ることなく、誰の耳に届くことはなかった。

 その日の夜は不気味なほどに紅い月が出ていた。そのためだろうか、夏の夜の街道を歩
いているというのに、虫の羽音一つ聞こえてこなかった。しかし、そんな夜の街道をため
らわずに歩く体格差のある二つの影が歩いていた。
「ルルー様、月がやけに紅いですね」
 頭が牛の筋肉質の大男が丁寧な口調で周りを見ながら目の前を歩く少女に話しかけた。
彼の名はミノタウロス、ルルーの忠実な従者である。
「♪〜」
 一方ルルーは不気味な月など関係ないと言わんばかりに上機嫌だった。ルルーは彼女が
敬愛するサタンのためにカレーを差し入れして、晩御飯を一緒に食べたのだ。そして、ル
ルーが帰ろうとしたときはすでに不気味な月が空に鎮座していたために何を考えたのか、
サタンはミノタウロスを迎えによこしたのである。そのため、時間はすでに十一時を越え
てしまっていた。
「それにしても、何でサタン様はあっしを迎えに来させたんでしょうかね?」
 ミノタウロスは目の前を上機嫌で歩くルルーにたずねた。
「分からないけど、私のことを心配なさったからに決まってるじゃない」
 ルルーはそういうと、頬を赤く染めると、両手をほっぺに当てると「いやーん」といい
ながら、体をくねくねさせた。その言葉にミノタウロスは考えた。確かにそれはあるだろ
うが、それだけではないような気がした。それは何か分からないが、とても嫌な予感がし
た。
「ミノ、ミノ!!」
「なっ、何ですかルルー様!?」
 ミノタウロスがルルーが自分が読んでいることに気づき、ルルーのほうを見ると、ルル
ーが心配そうな顔をして、ミノタウロスの顔を見上げていた。
「どうしたの?心配事?」
 ミノタウロスはルルーの言葉に正直に話すか考えたが、話さないことにした。変わりに
違う心配事を話すことにした。
「最近ここら辺で辻斬りが起こってますから」
「何だそんなこと?」
 ルルーは呆れたように溜息をついた。その瞬間、ミノタウロスはルルーの機嫌を損ねて
殴られると覚悟して目を瞑ったが、ミノタウロスを襲ったのは、胸に当たった軽い何かだ
った。
 ミノタウロスが眼を開けると、ルルーはミノタウロスの胸に自分の右手で作られた拳を
しっかりと当てていた。
「ミノ、あたしがたかだか辻斬り如きに遅れを取ると思う?」
 ルルーの言葉には絶対的な自信に見てあふれ、不敵な笑顔を浮かべていた。
「それにね、私にはミノ、あなたがいるのよ?」
「ルルー様?」
 ミノタウロスが呆然としていると、ルルーはにかっとまるで子供のように笑った。
「私とミノの二人で力を合わせれば、辻斬り如き問題ないでしょ」
 ミノタウロスはその言葉に泣きそうになった。ルルーは遠まわしにだが、ミノタウロス
を信頼していると言ったのである。その言葉をミノタウロスの胸を熱くするには充分であ
った。
「それじゃっ、早く帰りましょ」
 ルルーはそういうと、照れた顔を隠すように、両手を後ろに組んで歩き出した。ミノタ
ウロスも歩き出そうと、足を一歩踏み出さなかった。
「ルルー様」
「どうしたの?」
 ルルーが後ろを振り替えると、ミノタウロスは引きつった表情を浮かべていた。それを
見た、ルルーは今までの笑顔を切り捨てると、その顔を引き締めた。
「ルルー様、少しトイレに行ってきます」
「はいっ?」
 ルルーはしばしその言葉の意味を理解できなかったが、言葉の意味が分かると、街道沿
いにあった切り株に腰掛けた。
「分かったから、早く行って来なさい、待ってるから」
「ルルー様、申し訳ありません」
 ミノタウロスはそういうと、街道の傍にある雑木林の中に入っていったのだった。

 ミノタウロスが森に入った理由は、トイレではなく、聞いてしまったからだ。ミノタウ
ロスは半分牛だけあって耳は普通の人間に比べるといいほうである、その耳は森の中から
悲鳴を聞いたのである。
 ミノタウロスはルルーにこのことを話すか考えたのだが、ルルーを危険にあわせたくな
いと考え、独断専行で自分が辻斬りを倒そうと決めたのである。
 森の中を歩いていると、だんだんと血の匂いが強くなってきた。
 ミノタウロスが現場に行くとそこには、五人の男達が無残に斬り殺されていた。姿格好
から見ると、どうやらここら辺を根城にしている山賊のようである。いくら悪人とはいえ、
その残虐な殺され方にミノタウロスは一抹の憐れみを感じた。
 ミノタウロスが一歩踏み出したとき、そこはどうやら窪地になっていたらしく、ミノタ
ウロスは思わず前かがみになってしまった。しかし、ミノタウロスはこの時命拾いをした。
 ミノタウロスが窪地に足を取られ、思わず前かがみになった瞬間、ミノタウロスの頭の
上の空間が何かが貫いた。もし、後数秒遅ければ、ミノタウロスの頭はまるで、串焼きの
ように貫かれていたであろう。
 ミノタウロスは頭の上を何かが通り過ぎた瞬間、腰の動きだけで、左手の裏拳を入れた。
しかし、ミノタウロスの裏拳は虚しく空ぶっただけであった。
 しかし、ミノタウロスが裏拳を入れた瞬間、何かが音を立てて、後ろに引いた音は聞こ
えた。どうやら相手は距離を取ったようである。ミノタウロスは足軸と腰を使って、後ろ
を振り向くと、相手が再び斬りかろうとしているのが見えた。ミノタウロスは裏拳を入れ
たときに右手で拾った石を握り締めると、振り向くと同時に相手に向かって投げつけた。
相手はその石を立ち止まって、刃渡り一メートルはあろうかという片刃の剣で紫色の線を
虚空に走らせて叩き落した。
 石を投げつけると共に、ミノタウロスは左手を腰に伸ばすと、腰にしまってあった斧を
取り出し、両手で握り締めると、相手に雄叫びを上げて斬りかかった。相手を捕まえるに
しても、化け物じみた実力者であるために、下手に手を抜けばその瞬間ころされてしまう
ために、ミノタウロスは相手を殺す気で戦った。
 それと同時に、相手も剣を振りかぶって斬りかかってきた。ミノタウロスの斧と相手の
片刃の剣が拮抗することはなかった。ミノタウロスの斧は相手の剣と交わったその瞬間、
まるでバターを熱したナイフで切るかのように、斬られた。だがっ、金属特有の甲高い音
だけが斬られたのがバターなどではなく、斧であることを証明していた。そして、甲高い
音が聞こえた瞬間、ミノタウロスの胸に例えようのない熱が走った。そして、その瞬間、
ミノタウロスの胸は真っ赤に染まった。その赤を見た瞬間、ミノタウロスは自分が痛みも
なく斬られたことを知り両手を傷口に当てた。
 しかし、ミノタウロスが斧で斬りかかったことは無意味ではなかった。もし、あのとき
ミノタウロスの斧が相手の片刃の剣と交わらなければ、相手の攻撃は軌道を変えることは
なかった。そして、その場合では相手の斬撃は必殺のものとなり、ミノタウロスの命は確
実になかったであろう。故に、この程度の怪我で済んだのは御の字といえた。
 しかし、だからといってこの絶体絶命の状況が覆ることはなかった。無常かな、いかに
運がいいとはいえ、それだけで戦況をひっくりかせるほど戦はたやすいものではない。
 ミノタウロスの命を刈り取るべく、相手は片刃の剣を両手で刃を上にして肩の高さに構
えた。それは、突きの構えである。刃を上にしたのは単純に突きによる殺傷力を高めるた
めである。そして、突きの攻撃速度はおそらく、剣技の中では最も早いものである。
 そして、相手が動こうとしたとき、声が雑木林に響いた。
「破岩掌!!」
 その声と共に、一本の若い杉の木がみしみしと音を立てながら、片刃の剣士に向かって
倒れだした。
「っ!!」
 片刃の剣士は少しだけ声を漏らすと、その場から逃げ出した。
「ミノ?!大丈夫」
 片刃の剣士がその場から逃げさってからしばらくすると、ルルーがその場に現れた。
「る、ルルー様!?どうしてこちらに」
「どうしても何も、いきなりあんな殺気を感じればただことじゃないって分かるじゃない」
 そういうと、ルルーは肩をすくめながらミノタウロスのほうを見た瞬間、ルルーの眼は
険しくなった。
「ちょっと、ミノ!! どうしたのこの怪我!!」
 ルルーはミノタウロスの怪我を見た瞬間、思わず大声を上げてしまった。そして、ルル
ーはミノタウロスのほうに向かうために足を踏み出したとき、妙に硬く滑らかなものを踏
んづけたのを感じた。ルルーは足をどけてそれを見た瞬間言葉を失った。それは、ミノタ
ウロスが愛用していた斧である。ミノタウロスの斧は彼の体格に合わせた特注で、普通の
物に比べると大きさと厚さは通常のものより倍はあろうかという代物である。そして、彼
の斧は並みの剣ならばびくともしないほどに丈夫にできていたはずのものである。なのに、
それが見事に切断されているのを見て、ルルーは背中につめたいものが走ったのを感じた。
 ルルーは雑木林の中であれば剣士に勝てる自身があった。木々が密集した中では剣を自
由に振り回すのは困難だからである。しかし、先ほどミノタウロスと戦っていた剣士なら
ばそんなもの問題にならないだろう。鉄をたやすく切り裂くほどの力を有しているほどの
実力ならば、少なくとも、木を切る事などたやすいことだろう。
「ミノ、いろいろいいたいことはあるけど……、無事でよかったわ」
 ルルーはミノタウロスを森に一人残し、ここから一番近いサタンの城に走った。サタン
は帰ったはずのルルーが息を切らしながら再び城に戻ってきたのに驚いたが、努めて冷静
にルルーから事情を聞いた。事情を聞いたサタンは即座に転移呪文を完成させると、ミノ
タウロスのいる場所まで転移した。そして、サタンはミノタウロスと一緒に再び転移呪文
でサタンの城に戻ってきた。そして、迅速な処置により、ミノタウロスは窮地を脱した。
そして、この日、ルルーとミノタウロスはサタンの城に泊まることとなったのだった。

 次の日の朝、アルルは両手に大鍋を抱えて、近所を歩き回っていた。
「まったく、かーくん帰らないんだったら、言ってよね」
 昨日、巴に頼んでもカーバンクルの分も作ってもらったのだが、結局昨日は帰ってこな
かったために、こうして、大量に余った料理を隣近所におっそ分けするために、歩き回っ
ていた。
「んっ、おいっ、ルルー・・・…」
 アルルーは街中でルルーを見かけて声を掛けようとしたが、言葉は途中で萎んでしまっ
た。何故なら、ルルーはその美貌を般若のように険しいものへと変えていた。それだけで
はなく、ルルーの全身からは怒りのオーラが駄々漏れていた。そのため、アルルは言葉を
かけることができなかった。
「あらっ、アルルちょうどいいところであったわね」
 ルルーはアルルを見つけると、今まで不機嫌だった顔が、満面の笑みに変わった。しか
し、アルルはルルーの笑顔を見たとき、まるで肉食獣に睨まれた草食動物の気分になった。
「ルルー、ごめんね、立ち話したいのは山々なんだけど、ちょっと用事があって……」
「料理なら私が全部貰ってあげるわ」
「……」
 ルルーは以前アルルがカーバンクルが勝手にどこか言ってしまったとき、作りすぎた料
理を町中の人に配って処理していたのを目撃していたので、アルルが鍋を持って街中をう
ろついていることで分かったのである。
「だから、お願いアルル、力を貸して……」
 アルルは一瞬わが耳を疑った、あの誇り高いルルーが、彼女自身がライバルと思ってい
るアルルに頭を下げてまでお願いをしてきたことにびっくりした。
「分かったよ、話を聞かせてよ」
 アルルはしばらくの間考えた末、そう答えた。アルルはルルーを友達と思っている、だ
からその友達のために何かしたいと考えたからである。おそらく、ルルーが抱えている問
題は並大抵の難題ではないだろうが、それでも、アルルはルルーの力になりたくて、頷い
た。

 アルルはあのあとすぐ、ルルーの屋敷に連行された。ルルーは玄関でメイドに料理の入
った鍋を渡すと、「今晩出すように」とだけ言って、アルルと一緒に、二週間ほど前に百物
語をした応接間に移動した。あの時は深夜で灯りが蝋燭だけということもあって、部屋の
様子がよく分からなかったものの、朝の今では部屋の様子がよく分かった。応接間に置か
れているソファーや机は見た目こそ派手ではないが、しかしかなりいい物を使っているの
はその手触りから分かった。そして、テーブルの上には白い布をかぶせられたものが置い
てあった。床には毛の深い深紅の絨毯が惜しげもなく使われており、天井に飾ってあるシ
ャンデリアは水晶を一つずつ丁寧にカッティングしてあり、光の反射が最も美しくなるよ
うに作られていた。そして、壁に飾られている絵もどこにでもある風景画だが、その緻密
さはそうとうな物で、まるで写真と見間違うほどのできであった。
 アルルは改めてルルーがお嬢様なんだと思い知らされた、最もだからといって人付き合
いを改めるアルルではないのだが。
「アルル、単刀直入にいくわ」
 ルルーはそういうと、テーブルにかけてあった白い布を取り払うと、そこは真っ二つに
切断された大きな斧が置いてあった。
「もしかして、ルルーがこれ叩きおったの?」
 斧を見たアルルは思わずそういった、ルルーはそれを聞くと、無言で立ち上がり、短い
気合と共にテーブルの上においてある斧目掛けて鉄拳を振り落とした。その瞬間、轟音が
当たりに響き渡った。そしてそこには粉々に粉砕されたテーブルと同様に粉砕された真っ
二つにされた斧があった。
「ルルー? 何をしてるの……」
 アルルにはルルーの行動の真意が分からなかったために、動揺をしていた。
 ルルーはそんなアルルと尻目に、憮然とした顔でソファーに腰を落とした。
「ねえっ、アルル。斧はどうなってるかしら?」
「どうなってるって、斧は粉々に……、あっ!!」
 そこまで口にしてアルルはルルーが言いたいことが分かった。
「もしかして、シェゾがやったの?」
 鉄を真っ二つに切断できるほどの剣の腕を持っている人間は、アルルは二人ほど心当た
りがあったが、シェゾの名が口から出たのは、先日あったばかりだからである。
「シェゾ? あの変態が犯人なら居場所が分かってるから楽なんだけど、それはないわね」
 シェゾもアルルと初めてであったときは誘拐まがいなことをしていたが、シェゾの目的
は魔力である、そのため魔力を殆ど持たないミノタウロスが襲われるのはおかしかった。
故に、犯人はシェゾである可能性はなかった。残る候補者はラグナスなのだが、あの正義
感の塊が辻斬りなどするかといえば、それこそありえない話である。
「ミノタウロスの斧なのよこれ」
 ルルーがそういうと、アルルの頭の中で嫌な光景は思い浮かんだ。
「まさか、ミノが……」
「安心して、サタン様のおかげで命に別状はなかったわ」
 それを聞くと、アルルはホッと胸をなでおろした。それと同時にルルーが何を頼みたい
のかをルルーの雰囲気から分かった。
「つまり、ミノが辻斬りに襲われたんだね」
 アルルがそう口にすると、ルルーは憎憎しげな顔で頷いた。しかし、ルルーの苛立ちは
犯人へのものではなかった。何もできなかった自分のへの苛立ちであった。
「分かったよ、ボクも力を貸すよ」
 アルルの言葉にルルーは嬉しそうだが、すまなそうな顔をしていた。その理由は、今か
ら戦う相手が常軌を逸した強さの持ち主だからである。おそらく、アルルならば、まとも
に反応できずに斬り捨てられてしまうだろう。だといって、ルルー一人で戦えば相手に勝
てるどころか、返り討ちになるのは眼に見えていた。だからといって、ルルーの知り合い
でこんなことを頼めるのはアルルだけだった。
「気にしないでよ、ボク達友達じゃないか」
 アルルはルルーは普段は高飛車なお嬢様に見えるが、その実繊細で優しい性格であるこ
とを知っていた。そんなルルーだからこそ、アルルは力になりたいと思うのである。
「それじゃっ、今晩、町の入り口で待ってるわ」
 ルルーがそういい終わるのと同時に、応接間の扉がノックされた。アルルが時計を見る
と、かなり話しこんでいた気がしたのだが、実際は五分ぐらいしか立っていないようであ
る。
「いいわよ」
「失礼します。お茶とお茶菓子をお持ちしました」
 それから、アルルは紅茶とケーキを食べると、すぐに帰ることにした。
「アルルさん少しよろしいでしょうか?」
 メイドに案内されて玄関の外にでたところでアルルはメイドに声を掛けられた。
「なんですか?」
「お嬢様がお元気がないのですが、何がご存知じゃありませんか?」
 その一言に、アルルはドキッとした。しかし、聞かれたからといってやすやすと話して
もいいことではないために、アルルが悩んでいると、メイドは静かに言った。
「言えないのでしたら、言わなくてもいいですが、お嬢様のお力になってください」
 アルルはそのメイドの言葉に、メイドの目を見て言った。
「任せてください」
 メイドはアルルの言葉に軽く頷くと、家の中に入っていった。

「ただいま」
 アルルが自宅に帰ると、こくのあるいい匂いが漂ってきた。アルルがその匂いにつられ
て台所に入ると、鼻歌を歌いながら鍋の前に立っている巴の姿があった。
「お帰りなさい、アルルさん」
 巴はそういうと、巫女装束の上にエプロンといういささかマニアックな格好でアルルを
出迎えた。それを見たアルルは何故か妙にこっぱはずかしくなった。
「巴さん、何を作ってるの?」
 アルルは巴の外見についての話しは置いといて、先ほどからいい匂いをさせている鍋の
中身を巴に聞いた。先ほどからいい匂いがしていて気になっていたのである。
「これですが、冬瓜の煮物です」
「冬瓜?」
 嬉しそうに巴が見せてくれた鍋の中には琥珀色の出汁の中にやや半透明な大根みたいな
野菜があった。
「一つ食べていい?」
 アルルはそういって眼を輝かせて、巴に聞いてきたが、巴はにこやかな顔でただ一言「だ
めです」とだけ言った。
「冬瓜の煮物は一日置いたほうが冬瓜の臭みがなくなるからいいんです」
 アルルは冬瓜のことをよく知らなかったので、そうなんだと自分に言い聞かせることに
して、我慢した。しかし、体は我慢できないらしく、アルルの腹の虫は空腹を主張してい
るかのように鳴った。
 それを聞いた巴はおかしそうに口元を袖で隠して笑った。恥ずかしくなったアルルは気
まずい雰囲気を変えるために、本題を切り出した。
「巴さん、今晩ボクお出かけするね?」
「そうですか、分かりました」
 アルルは深く事情を聞こうとしない、巴に感謝しながら、ふと昨夜のことを思い出した。
「巴さん、昨日どこかに行ったの?」
 アルルのその言葉に、巴は不思議そうな顔をした。
「昨日はすぐ寝ましたけど」
「じゃあっ、ボクの勘違いかな」
 アルルは首をかしげた、昨日誰かが家を出て行く気配を感じたのだが、アルルは、昨日
は疲れていたからそれによる勘違いだと自己完結したのだった。

 深夜二十二時、アルルとルルーの二人は昨日、ミノタウロスが襲われた街道沿いの雑木
林に来ていた。アルルは装備こそ普段どおりだが、ルルーは違った。ルルーは両手に鉄篭
手をしていた。相手は達人クラスの剣の使い手である以上、素手で戦うというのはあまり
にも危なすぎるために、ルルーは剣を受け止めるために、鉄篭手をしてきたのである。も
っとも、相手は動いている鉄を切断するほどの剣の使い手である以上、過信はできないの
だが、それでもないよりはましである。
 しかし、辻斬りは待てども待てどもその姿を現すことはなかった。
「来ないわね」
 ルルーは握りこぶしを握り締めながら呟いた。
「あのおっ、ルルー……」
 アルルはおずおずとルルーに話しかけてきた。
「何よ!!」
 ルルーの返答は声の音量は落としているものの、その声には私は苛立っていますと言う
のが駄々漏れであった。
「辻斬りって、基本的に二日続けて同じ場所に現れないんじゃ……」
 ルルーは頭を抱えた。どうやら、失念していたらしい。普段のルルーならばこれぐらい
のこと分かりそうなものを、どうやら、怒りで判断力が落ちているようである。
「仕方ないわね、今日のところ……」
 ルルーは立ち上がると同時に、アルルに向かって、大きく足を振り上げた。驚いたアル
ルは思わず頭を抱えた。そして、何かがぶつかり合う音がしたと思った瞬間、アルルの体
は街道に向かって投げ飛ばされていた。そして、アルルが地面に直撃した瞬間、ルルーも
雑木林から飛び出してきた。
「ルルー、ひどいよ」
 アルルがそういって、顔を雑木林に向けた瞬間、今まで薄黄色に輝いていた月は、その
面影を感じさせない、紅い月となっていた。そして、その月に導かれるように、一人の人
物が姿を見せた。その人物は背丈的にはルルーと同じぐらいだ、分かるのはそれだけだっ
た。何故ならその人物は闇にその体を包まれていたのである。そのため、男か女であるの
かさえ分からなかった。そして、その得物である剣はその形から片刃の剣である事しか分
からなかった。しかし、その剣はゆれるごとに、紫色の光が走るのが特徴といえば特徴で
あった。
「体を串刺しにされるよりはましでしょ?」
 ルルーはそういいながら、構えた。つまり、あの時ルルーが足を振り上げのは、殺傷力
を上げるために刃が上を向いていたから、相手の武器を蹴り上げるためであり、アルルを
放り投げたのは、相手からアルルを離すためであった。つまり、言い換えれば、ルルーが
動いていなければ、アルルは今頃その命を刈り取られていたことになる。そう考えた瞬間、
アルルは寒気が背中を走りぬけた。
 一方のルルーは相手と対峙して内心で困り果てていた。というのも、隙がまったくない
のである。今こうして向かい合っているだけだというのに、その存在感は圧倒的だった。
それでいて、先ほどはルルーが偶然振り向いたから何とか対処できたものの、もし、振り
向いていなければ、アルルと自分は間違いなく斬り捨てられていたに違いない。雑木林で
戦わなかったのは正解であった。もし、雑木林で戦っていれば、再び気配を消されては対
処の仕様がなかったからである。
(これは、一人だったら、死んでたわね)
「アイス」
 先に動いたのはアルルであった。アルルが呪文を唱えると、アルルの手のひらから冷気
の塊が相手に襲い掛かった。そして、ルルーはアルルが呪文を発動させると共に、相手に
向かって走り出した。相手はおそらくアルルの呪文を避けようと動くだろう、ルルーの狙
いはそこにあった、移動して体勢が安定していない状態ならば、ルルーのいいように戦う
ことができると考えたからである。仮に、相手がアルルの呪文で氷付けになったならば、
その時は叩き壊せば終わりである。
 しかし、この時ルルーは一つ大きな計算違いをしていた。
 相手は片刃の剣を構えると、大きく横に走らせた、その瞬間、アルルの呪文はその一振
りにより霧散した、そして、手首を返すと、今度は近づいてくるルルーに向かって、片刃
の剣を走らせた。
「くっ」
 ルルーは咄嗟に両手をクロスさせて受け止めた次の瞬間、ルルーの体は吹き飛ばされて
いた。相手は間髪いれずにルルーに追撃をかけようとしたが、アルルがサンダーストーム
の魔法を完成させ、相手の周りに縦横無尽に走り回る雷の嵐を作り出すことにより、相手
は動けなくなった。
 ルルーはその間に何とか立ち上がった。両手の痺れはすぐに直ったものの、鉄篭手を見
て、ルルーの顔から血の気が引いた。ルルーの鉄篭手は昔、とある高名な付加の呪文を得
意とする魔導師に依頼して作ってもらった品である。普通の鉄篭手に比べるとその強度は
比較になら無いのだが、恐るべきことに、ルルーの鉄篭手には深い斬撃が刻まれていた。
もし、普通の鉄篭手だったならば、ルルーの両手は二度と使い物にならなかっただろう。
 ルルーはこの時までの作戦として、ルルーがかく乱して、アルルが呪文で攻撃して、ル
ルーが相手に大技を仕掛けることを考えていたのだが、相手が剣で呪文を無効化できると
分かった以上ルルーとアルルの二人は決定打を封じ込まれたのは痛かった。もし、相手の
斬撃をルルーの鉄篭手で受け止められるならば、他にも対策の仕様があるだろうが、それ
も封じられてしまった。
 ルルーはアルルの傍に寄った。
「アルル、今から私のこと気にしないで呪文を使って」
 ルルーの言葉に、アルルは言葉を失った。
「そんなことできないよ」
 アルルが強張る口でそういうも、ルルーはアルルの眼をまっすぐ見ていった。
「そうしないと、勝機がないのよ」
 ルルーがそういい終わると同時に、何かが始める音がした、そちらを見ると、相手がサ
ンダーストームを剣で切り払っていた。
「頼んだわよ」
 ルルーはそういうと、相手に向かって気合をあげて殴りかかった。相手はそれを確認す
ると、片刃の剣を正眼に構えた。
「ルルー!!」
 アルルはルルーと相手の距離が十メートルときったところで悲鳴にも近い声をあげた。
 そして、その瞬間、ルルーと相手の間に一条のルビー色の光が割って入った。そして、
相手が後ろに飛び距離を取った瞬間、黒い影が相手に躍りかかった。そして、相手と乱入
してきた黒尽くめの男は激しい剣での戦いを始めた。
 アルルが驚いていると、アルルの胸に何かが飛び込んできた。
「うわっ、って、かーくん!!」
 アルルの胸に飛び込んできたのはカーバンクルであった。アルルが何かを言おうとした
とき、黒尽くめの男がアルルに闘いながら怒声に近い声をかけてきた。
「光属性の呪文を用意しておけ!!」
 アルルはその声とその服装から乱入者の正体が分かった。
「シェゾ」
「動きは俺達が止めるから準備しろ」
 シェゾのその言葉にアルルは即座に呪文を唱え始めた。

「動きは俺達が止めるから準備しろ」
 ルルーはシェゾのその言葉を聞いたとき、シェゾは自分に何を要求しているのかがルル
ーは即座に分かった。
(あの変態の言うとおりに動くのは癪だけど、それしかないわね…)
 シェゾと相手が何合打ち合ったか分からなくなったとき、二人の間で鍔競り合いが生じ
た。
 それを見たルルーは即座に距離をつめると、相手の腰から下にしがみ付いた、それによ
り相手は上半身はシェゾにより動きを封じられ、同様に下半身もルルーによって、動きを
封じられることとなった。

 シェゾは相手と打ち合っている間、内心で毒づいた。
(ちっ、呪文の詠唱ができないか)
 シェゾは剣を振るいながら呪文の詠唱もできるのだが、それは並みの使い手が相手であ
るときである、しかし今闘っている相手は一瞬でも集中力が切れれば、その瞬間に斬られ
るために、まったく呪文を詠唱することはできなかった。
(それにしても化け物だな)
 シェゾはそう内心で毒づいた。闇の剣でなければ今頃、一合も打ち合えなかったであろ
う。それに、一撃一撃の速度と衝撃が尋常ではないのである。いうなれば、一撃一撃が一
撃必殺の鋭さを持っていた。
 そして、何合めかにして、やっとシェゾが待ち望んでいた鍔競り合いの状態が生じた。
そして、すぐにルルーが開いての腰から下にしがみついたのを見て、シェゾは自然と笑み
を浮かべた。
(アルル、お膳立ては終わったぞ)

 アルルはシェゾとルルーによって、相手の動きが完全に止まったのを確認すると、詠唱
し終わっていた呪文を発動させた。
「ホーリーレーザー」
 アルルが呪文を発動させた瞬間、ルルーは相手の足を蹴り付け距離を取ると共に、シェ
ゾは相手の剣を切り払うと同様に距離を取った。そして、シェゾとルルーの二人が距離を
取った瞬間、一筋の光の矢が相手に突き刺さった。そして、その瞬間、相手を守っていた
闇は霧散し、その正体がさらされた。
「そっ、そんな……」
 闇の中から姿を現したのは、雪のように白い肌に長襦袢姿の女性であった。
「巴さん、どうして……」
 そこにいたのは、寝巻き姿の巴であった。しかし、その眼は眠そうであった。
「アルル……さん」
 巴は妙法みょうほう村正を握っていない左手で、眼をこすりながらそういった。
「アルル知り合いなの」
 ルルーは様子がおかしいと感じたらしく、構えをといて近づいてきたが、それでも、何
が起こっても大丈夫な距離を取っていた。シェゾは闇の剣を手にぶら下げたまま同様に近
づいていた。
「えっ、どうして私外に……、なんで妙法みょうほう村正を手に持ってるんですか!?」
 状況を把握した巴の言葉には驚きで満ちていた。その言葉にアルルは巴は嘘を言ってい
ないと本能的に感じた。だがっ、それならば、どういうことなのだろうか?
 巴はアルルたちと自分の右手に握っている剥き身の妙法みょうほう村正を見比べて、顔から血の気
を引かせた。
「そんな、私……、いやああああっ!!」
 事実を知って恐れ戦慄いていた巴の口から突然絶叫が飛び出した。それと共に、巴の体
から力が抜けたが、すぐに巴の体に力が戻ると、何事もなかったように顔を上げた。そし
て、気だるそうに髪を掻き揚げた。
 それを見た瞬間、アルルは巴ではないと感じた。見た目こそは巴のものだが、その雰囲
気は巴とは違った。不思議に思っていると、シェゾが声を出した。
「お前、その女の魂を喰らったな」
 アルルとルルーはその言葉の意味を理解できなかったが、代わりに巴は、いやっ、巴だ
ったものは愉快そうに笑い出した。
「なるほどなるほど、同業者か、それなら分かるよな」
 巴だったものの口調は穏やかで優しげなものから感情を感じさせない無機質なものに変
わっていた。同じ声と顔でも口調が変わるだけで、まったく別人に見えた。
「シェゾ、誰なの……、あれは誰なの……」
 アルルは呆然としながら、シェゾに聞くと、シェゾはそっけなく言った。
「アルルとルルーはすでに知ってるだろ」
 ルルーはシェゾの言葉に疑問符を浮かべていたが、アルルはシェゾの言葉の意味を理解
すると、血の気の引いた顔で答えを口にした。
「百物語の妖刀妙法みょうほう村正……」
「っ!!あれは怪談の話でしょ!!」
「おしゃべりは御仕舞い、その魂貰うよ」
 そういうと、妙法みょうほう村正はその刀身を禍々しい紅に染め上げた。その瞬間、辺りには無数
の火の玉が飛び交い始めた。その火の玉の一つ一つからはすすり泣く声や怨念の入り混じ
った声がしていた。
「これってまさか・・・…」
 アルルの声にルルーは青ざめた顔で返答し、シェゾは静かに頷いた。
「素晴らしいだろ、今まで斬り殺して喰らってきた魂たちだよ」
 そういうと、妙法みょうほう村正に支配された巴は狂ったように笑い声を上げた。
「面白いものを見せてやろう」
 妙法みょうほう村正がそういうと、火の玉の一つが絶叫を上げると共に、妙法みょうほう村正の刀身に吸い込
まれた。
「業魔天貫刃」
 妙法みょうほう村正が刀身を地面に突き刺すと、地面から無数の禍々しい紅い刃が天を貫くかのよ
うにその姿を現した。シェゾとルルーは咄嗟に反応して避けたが、アルルは反応できなか
ったが、不思議なことに、アルルの周りに出現したものの、刃はアルルを傷つけることは
なかった。
「今のは挨拶代わりだ、次は外さない」
「許さない……」
 アルルは顔を俯かせていたが、恐怖ゆえのことではない、怒りのためにであった。間違
いないだろうが先ほどの技は魂を消費することにより発動させたのだろう、そして、消費
させられた魂は二度と転生できることなく、滅びてしまった。ただの、挨拶代わりに魂を
消滅させた行為にアルルは深い怒りを感じていた。
「怒るのはいいが、冷静さは忘れるな、そう簡単に勝てる相手じゃないぞ」
 シェゾは闇の剣を構えながらアルルの前に立った。
「それは同意ね、少なくとも状況は最悪ね」
 ルルーも同様に構えながらアルルの前に立った。
「そうだね……、でもっ、相手は一人だけどボク達は三人だね」
 アルルがそういうと、シェゾとルルーは振り返りはしなかったものの、力強く頷いた。
 そして、第二陣が始まった。
「空魔流閃」
 妙法みょうほう村正の刀身に再び魂が喰べられると今度は泣き叫ぶ声があたりに響き渡ると共に、
妙法みょうほう村正の刀身が振り下ろすと、紅い斬撃が風を切り裂いて、アルル達に襲い掛かってき
た。
「闇一閃」
 シェゾも紅い斬撃が発動する、同時に闇の剣を振るうと、同様に黒い斬撃が生まれ、そ
れはまっすぐに、紅い斬撃とぶつかり合った。拮抗したのは僅か一瞬で、紅と黒の二つの
斬撃は互いに相殺しあうと、大きな爆発を起こした。
 しかし、シェゾは何か呪文と唱えると、爆発によって生じた煙の中に闇の剣を振りかぶ
って飛び込んだ、そして、それと同時に激しい剣戟の音があたりに響いてきた。アルルが
ふと周りと見渡すと、ルルーの姿を見えなくなっていた。おそらくは、シェゾと一緒に煙
の中に飛び込んだのであろう。

 シェゾはスピードアップの呪文を唱え終えると、即座に煙が漂う中に斬りこんだ、速度
が加速しているシェゾにルルーが付いていることから、ルルーもどうやら体内の気を操り、
同様の効果を得ているようである。
(スピードアップをしておいてよかった)
 シェゾは剣を振るいながらそんなことを思った。妙法みょうほう村正はあろうことか、速度を上昇
させたシェゾとルルーの二人係の攻撃を捌きながら攻撃を繰り出していた。どうやら、さ
きほどは体の主導権が巴にあったために、満足に動かせなかったようだが、今は完全に体
の主導権を得ているために、段違いの動きができるようである。
 シェゾとルルーがこれほどまでに隙を与えずに攻撃するには、ある理由があった。それ
は、考えられる最も最悪を回避するためである。そして、その最悪が実行されれば、おそ
らく、勝機がなくなるだろう。
「鬱陶しいな」
 妙法みょうほう村正はそう呟くと同時に、妙法みょうほう村正の刀身が再び禍々しく輝き始めた。それを見た、
シェゾとルルーの二人は、咄嗟に体が動いて距離を取ると同時に、妙法みょうほう村正の刀身に再び
魂が喰われた。
「逢魔断円陣」
 そして、妙法みょうほう村正の半径二メートル以内のありとあらゆる物質が切断された。それは、
斬られたのではなく、空間ごと断絶されたのである。いうなれば、空間その物をずらすこ
とにより、空間と空間の間にある物質は切断されるのである、防御することは殆ど不可能
であり、回避するぐらいしか対抗手段のない恐るべき技だった。幸いなのは、効果範囲が
狭いことであった。
 だがっ、ルルーとシェゾが妙法みょうほう村正から距離を取ったために、アルルは今まで唱えてい
た呪文を発動させた。
「アイスストーム」
その瞬間、妙法みょうほう村正の周辺に氷の嵐が出現した。しかし、タイミングが悪かった。アル
ルが呪文を発動させると同時に妙法みょうほう村正は技を発動させたのである。そのため、アイスス
トームは幾重にも切断され、細かい氷の粒となって、空気中を漂うだけで終わった。
「フレーム」
 シェゾは距離を取ると同時に現状を把握すると、即座に、フレームを発動させた。そし
て、フレームは一直線に妙法みょうほう村正目掛けて、宙を走った。
「無駄無駄無駄!!」
 そう言うと、妙法みょうほう村正はフレームをかき消そうと、刀身を振りかぶるが、シェゾの狙い
はそこにはなかった。
 そして、フレームが妙法みょうほう村正に直撃しようかという瞬間、轟音と共に辺りを白い煙が覆
いつくした。
 白い煙は晴れると、そこには、体中に大やけどをおい、左腕が吹き飛んだ姿で、地面に
倒れ伏している妙法みょうほう村正の姿があった。
 シェゾの狙い、それは、空気中を漂っていた細かい氷の粒である、それらをフレームの
炎で一瞬にして気体を気化させることで生じる水蒸気爆発こそシェゾの狙いであった。人
間は予想できるものには対処できるが、想定外の事態には対処できないものである。そし
て、それは妙法みょうほう村正も同じであった。
「やったの?」
 アルルがそんなずたぼろの妙法みょうほう村正の姿を見て、呟いた。
「見たいね・・・・・・」
 ルルーはそういうと、疲れたように道の上に腰を下ろした。だがっ、シェゾだけは油断
していなかった。
「ああっ……、ひどいことをする、こんなに体がぼろぼろにしてくれてな」
 まったく痛そうでもない、人をおちょくっている女の声が聞こえてきた。アルルがそっ
ちを向くと、妙法みょうほう村正は体中に火傷を追い、常人ならば致死に達していてもおかしくない
怪我で平然と立っていた。
「アレイヤード」
 そして、空が突然に暗くなったかと思うと、空から巨大な闇の剣が幾本か地面に突き刺
さった、
それと同時にすざましいエネルギーが辺りを襲った。
「お前ら、大技の準備をしろ!!」
 シェゾがそういい終わると、長い詠唱を始めた。それを見たアルルは同様に呪文の詠唱
を始めた。ルルーは一度集中力が切れてしまったために、深め深呼吸を繰り返し行い、精
神安定を図っていた。
「天魔癒紅」
 妙法みょうほう村正がそういうと、再び魂が妙法みょうほう村正の中に取り込まれると、禍々しい光が妙法みょうほう
正の体を包み込んだ。それと同時に、普通では考えられないスピードで、あのひどい火傷
はおろか、木っ端微塵に吹き飛んだ左腕まで甦りつつあった。アルルが咄嗟に、呪文を発
動させようとしたが、シェゾに眼で(まだだ)と止められたために、アルルは慌てて発動
させずに、確実に呪文を完成させた。そして、妙法みょうほう村正が完全に回復すると同時に、シェ
ゾは眼でアルルに合図した。
「ヘブンレイ」
 アルルが呪文を言葉に紡ぎ上げると、光の珠が妙法みょうほう村正に向かって飛び出した。妙法みょうほう
正は回復し終わった直後だったということもあり、まともに反応できずに、その光の珠に
直撃した。
 それからは幻想的の一言に尽きた。光の珠が妙法みょうほう村正に直撃するとともに、光の珠は大
きく花開いた。そして、その花は花びらの一枚一枚が純白の羽になると、天に向かって舞
い上がった。その際に、妙法みょうほう村正によって囚われ、宙を漂っていた魂たちも、その光の羽
に乗り、天に向かって舞い上がっていった。魂がアルルの光の呪文により、妙法みょうほう村正の呪
縛から解き放たれ、転生のために天に昇って行ったのである。
 しかし、そんな幻想的な光景も妙法みょうほう村正から言わせれば悪夢としか言いようがなかった。
光の羽が天に舞い上がると同時に無数の光が妙法みょうほう村正の体を浄裁じょうさいしたのである。そして、
傷を癒すために必要な魂は全て天に昇ってしまったために、傷を癒したくても癒せないの
であった。
 しかし、この好機を逃すほどアルルたちは甘くなかった、
「はあっ!! 女王乱舞!!」
 ルルーはヘブンレイが発動し終わると共に、妙法みょうほう村正の懐に飛び込むと同時に、蹴り・
突き・殴りといったありとあらゆる攻撃手段を持って妙法みょうほう村正に殴りかかった。流石の妙
法村正もこの攻撃にはよろめいたが、だがっ、ルルーの攻撃はこれで終わらなかった。
「これで止めよ!! 究極女王乱舞!!」
 ルルーは大技を使い疲れた体の悲鳴を無視して、彼女が今現在で使える最も威力のある
技を使った。そのルルーの渾身の一撃は妙法みょうほう村正の体を空中に打ち上げるほどのものであ
った。
 しかし、大技を立て続けに使ったために、ルルーは思わず膝を地面につけ、荒い呼吸を
繰り返し行った。
 一方、空に打ち上げられた妙法みょうほう村正は地面に膝をつけたルルーを見て嘲り笑った。動け
ない今なら、簡単に魂を奪えると考えたのだが、このとき妙法みょうほう村正は余裕を失っていた。
「ジュゲム」
 ルルーはヘブンレイを詠唱し終えると、即座に次の呪文の詠唱に取り掛かっていた。そ
れは、今現在アルルが使える呪文の中で最上級の威力を誇るジュゲムの呪文であった。だ
がっ、この呪文は威力が大きいのだが、効果範囲が広いのである、そのため、味方が近く
にいると巻き込んでしまう心配があるのだが、その心配はルルーが妙法みょうほう村正を空中高く飛
ばしてくれたことにより、アルルは何の迷いもなく、ジュゲムの呪文を発動させた。
 空中で発生した何も付加されていない純粋なエネルギーの爆発が妙法みょうほう村正の体を襲った。
 そして、本来であれば、ルルーの近くに落ちるはずであった妙法みょうほう村正はジュゲムの爆発
により、軌道が修正されたことにより、あろうことか、アルルの真ん前に落下してしまっ
た。
 アルルが突然のことに呆然としていると、妙法みょうほう村正はよろめきながら立ち上がると、よ
ろめきながら紅い線を走らせた。アルルはそれにまったく反応できなかったために、足を
浅く斬られてしまった。
 魔導師であるアルルはたまらず、地面に膝をつけてしまった。しかし、妙法みょうほう村正は倒れ
ようとすることを許さなかった。
「痛い」
 妙法みょうほう村正は左手でアルルの髪を鷲づかみにすると、天高く妙法みょうほう村正の刀身を振り上げた。
 ルルーは動きたくとも、体が疲労のため満足に動けず、シェゾはというと、呪文を完成
させているのだが、どうやら威力重視の呪文を選んだために、広範囲呪文を詠唱してしま
っていために、発動したくとも、発動させればアルルも巻き添えになるために、できなか
った。
「お前の魂を喰わせろ」
 殺される、アルルがそう思うと、アルルは思わず目を瞑ってしまった。そして、アルル
は頭の鈍痛を感じなくなる代わりに、アルルはその体を大量の血で染めることになった。

 アルルが恐る恐る眼を開けると、目の前には血で染まった長襦袢が見えた。
「間に合ってよかった……」
 妙法みょうほう村正から聞こえた声はか弱い声だった。しかし、その声には確かな温かさと穏やか
さがあった。
「巴さん……」
 アルルが巴にそう問いかけると、巴は優しく笑うと、アルルの体を左手で鷲づかみにす
ると、ルルーに向かって思いっきり投げ飛ばした。
 ルルーは投げ飛ばされたアルルを痛む体に鞭打つことにより、何とか抱きとめることが
できた。
 そして、それと同時にシェゾも動き出した。
「シェゾ!! 止めて!!」
「アレイヤードSP!!」
 アルルの声が響くわたると共に、空中から先ほどとは比較にならないほどの巨大な闇の
剣がその姿を現した。そして、その闇の剣は妙法みょうほう村正の体を貫くと同時に、闇の球体が生
まれた。闇の球体に妙法みょうほう村正は絶叫と共に吸い込まれると、あたり一面を巻き込んで消滅
した。そして、その闇の球体が消えると、深いクレーターを作り出した。そして、そこに
妙法みょうほう村正に支配された体はなく、妙法みょうほう村正の太刀だけが地面に突き刺さっていた。
 シェゾはゆっくりと妙法みょうほう村正に近寄った。ルルーとアルルは何か言いたかったが、言葉
を見つけることができなかったために、黙り込んでしまった。
 そして、手を伸ばせば妙法みょうほう村正を触れるという距離で、シェゾは闇の剣を妙法みょうほう村正に突
きつけた。そして、シェゾはそれを口にした。
「お前が欲しい」
 その瞬間、妙法みょうほう村正から金属がきしむ音が響き渡ったが、しばらくすると、それがなく
なった。すると、シェゾは闇の剣を妙法みょうほう村正から引き抜くと、闇の剣を消し、素手で妙法みょうほう
村正を握り締めた。
「!!」
 それに、ルルーとアルルは驚きの声を上げるが、シェゾはあっさりと言った。
「問題ない、魔力を吸い取ったから異常によく斬れる太刀になっただけだ」
 そういうと、シェゾは妙法みょうほう村正を鞘の変わりに自分のマントで包み込むと、背中にさし
た。
「立てるか?」
 シェゾにそうたずねられたアルルは立ち上がろうとするのだが、その瞬間妙法みょうほう村正に斬
られた足がずきずきと痛んだため、アルルは思わず顔をしかめた。それを見たシェゾは肩
をすくめると、アルルの傍によってきた。
「えっ!! シェゾ、何するんだよ」
 シェゾは最初はアルルを背中に背負おうとしたのだが、だがっ、背中に戦利品の妙法みょうほう
正が挿してあるのを思い出し、しかたなく、アルルの両足の膝の裏に左手を差し出し、同
様にアルルの背中に右手を当てると、軽々とアルルを抱えあげた。
俗に言うお姫様抱っこである。
 アルルは必死に暴れるのだが、アルルとシェゾでは男と女のほかにも純粋な魔導師と魔
導師でありながら剣士でもあるシェゾとでは、筋力の差では圧倒的に違いがあった。それ
に、アルルは足に傷を負っているために、少しでも暴れると、足の傷が痛むために、結局
アルルは大人しく、シェゾに抱きかかえられるしかなかった。
 ふとアルルがルルーのほうを見ると、ルルーが地面に座り込んだまま羨ましそうな目で
アルルのことを見ていた。もちろん、シェゾに抱きしめられているのが羨ましいのではな
く、とある人物に彼女自身が抱きしめられている光景を夢想したためである。
 しかし、ルルーがアルルの視線が自分に向いているのに気づくと、ルルーはばつが悪そ
うに頬をぽりぽりとかいた。
「私のことなら心配は要らないわ、アルルと違って怪我らしい怪我はしてないから、少し
休めば大丈夫よ」
 そんなルルーの言葉にアルルは何か言い返そうとしたが、しかしそれは、次のルルーの
一言により封じられた。
「それとも、見せ付けたいの?」
 ルルーのその言葉にアルルは現在の自分の状況を思い出し、顔を赤くした。
「行くぞ…」
 シェゾはぶっきらぼうにそういうと、ルルーに背中を見せて歩き出した。どうやら、シ
ェゾも恥ずかしいようだった。
 アルルは、シェゾの体越しにルルーを見ると、ルルーは地面に座り込んだまま、手を振
った。それを見たアルルも、あらん限りの笑顔でルルーに手を振り替えしたのだった。

「行ったわね」
 ルルーは視界からアルルたちの姿が消えたのを確認すると、静かに街道に寝転んだ。実
は先ほどのは強がりであった。体を気によって強化した上での女王乱舞と究極女王乱舞を
連続で行使すれば、当然といえば当然かもしれなかった。体を強化せずにどちらかの技を
単体で使っていれば、ルルーとて、少し疲れた程度で済んだのだろうが、流石に今回はだ
いぶ体にこたえたようである。
 ルルーはふと、夜空を見上げると、あの禍々しい紅い月が今では静かな涼しげさを漂わ
せる蒼白色に変わっていた。それと同時にルルーはその月に負けんばかりの星星が夜空に
輝いていた。それは陳腐な比喩だが、まさしく宝石箱を引っくり返したような光景だった。
そして、ルルーはその星空を見上げると、疲れも忘れて見入ってしまった。
「どうやら、全てが終わったようだな」
 ルルーは聞き覚えのある声に気づき、そちらを見ると、一人の青年が佇んでいた。その
髪はエメラルドのように艶やかな碧色で腰まで届き、その顔立ちは異常と言えるほど綺麗
に整っているために、どこか神々しさを漂わせていた。そして、彼がその身にまとう漆黒
の法衣と漆黒のマントが彼を尋常ならざる身分であることを主張していた。そして、その
頭からは二本の螺子くれた角が天を貫かんばかりにあった。このことからこその青年人間
でないことが分かった。ならば、誰かというと、青年はありとあらゆるこの世の全ての人
であらざる魔を統べ、そして、魔界全土にその名を響き渡らせ魔王の座に君臨する、狡猾
なる蛇・裁くものなどと言った様々な異名を持つ、サタンその人であった。もっとも、サ
タン自身は自らを魔界のプリンセスと称しているが、それは別にどうでもいいことである。
「さっ、サタン様!!」
 ルルーはサタンの姿を見ると、その場から起き上がり、地面に座りなおした。その顔は
彼女の思い人であるサタンに無様な姿を見られたために、顔は紅潮していた。
「ルルーよ、よくぞ無事だったな」
 普段のルルーならばその言葉に、まさしく恋する乙女になるのだろうが、この時のルル
ーは違っていた。
「サタン様…、もしや全てを知っておられましたか?」
 ルルーは否定してほしいと思いながら、恐る恐る口を開いた。しかし、待てども待てど
もサタンは口を開くことはなかった。そして、ルルーはその沈黙がサタンの答えであるこ
とを悟った。
「サタン様、お分かりになっていたのならばお力をお貸ししてくだされば…」
 ルルーが縋るような声でサタンに尋ねたが、サタンはただ夜空を眺めていた。そして、
夜空を眺めながら呟くように言った。
「美しい夜空だと思わないか」
「そうですね…」
 ルルーはサタンの言葉の真意が分からなかったが、ほぼ条件反射で相槌をうった。
「あの星のひとつひとつで何かが起こっているのであろうな」
「サタン様、詩人のようですわ」
 ルルーは夜空を見ながら物思いに耽っているサタンの横顔を見上げながら、微笑した。
「不思議なことではないだろう、我々が住んでいる世界も所詮はこの夜空にたゆたう星の
ひとつに過ぎぬ、ならば、あの天に輝く星星に我々と同様に違う空を眺めている命があっ
てもおかしくないであろう?」
 ルルーは自分がサタンに質問したことなどどうでもよくなってしまったかのように、静
かにサタンの言葉に耳を傾けた。
「だがっ、あの星のどこかで今この瞬間、その星の命が滅びようとも、我々にとってはど
うでもいいことだがな」
「サタン…、様」
 ルルーはサタンが口にした言葉に思わず言葉を失った。ルルーが黙っている間にもサタ
ンの言葉は続いた。
「この星に住まう命が、他の星の命を気にかける必要はないからな」
 ルルーは言葉を失った。しかし、それと同時にサタンの言葉に納得している自分がいる
のにもルルーは驚いた。確かに、他の星の命にわざわざ関わりあう必要がないのは事実で
あった。
「ところで、ルルーよ、あの妖刀の被害者は人間だけで、魔物は一体も殺されていないぞ」
「!!?」
 ルルーはサタンのその言葉によって、サタンが何を言いたかったのかが分かった。つま
り、被害者が人間だけだったから動かなかったのである。サタンは魔を統べる王たるもの
である、そのため、その行動には王としての行動が求められた。それ故に、サタン個人の
知り合いという理由だけでは、動くことができなかったのである。もし、妙法みょうほう村正の被害
者に一体でも魔物がいたのであれば、サタンはそれを大義名分に妙法みょうほう村正を葬ったであろ
う。だがっ、魔物に被害が出ていない以上は、魔を統べる王であるために動けなかったの
である。それに、サタンが安易に人々に力を貸せば、人々は自らの力で努力することを放
棄してしまうだろう、そうなれば人間は停滞し依存してしまうだけだろう。故に、サタン
は闇の王であるが故に、人間を愛するが故に力を使わなかったのである。
 ルルーは自分を恥じた。サタンが多くのことを考えて動けなかったのに、自分はあろう
ことかろくに考えもせずにサタンに文句を言ってしまったことが情けなかった。
(私…、何てことを)
 ルルーが俯いていると、ルルーはサタンに声を掛けられた。
「ルルーよ」
「はいっ、きゃっ!!」
 ルルーが慌てて声を上げた瞬間、ルルーの体は重力をなくした。何故なら、ルルーは先
ほどアルルがシェゾにされていたように自分もサタンにお姫様抱っこされていたからであ
る。ルルーは嬉しさと、恥ずかしさで顔を赤くしていると、ルルーの体はサタンがその背
中の一対の漆黒の翼を羽ばたかせることによって、宙を舞うこととなった。
「ルルーよ、褒美にお前を送ってやろう」
 サタンのその言葉にルルーは頷くと、サタンの胸に顔を埋め、静かに目を瞑った。
(できることなら、少しでも長くこうして、サタン様の温かさを感じさせてください)
 そして、ルルーの心の声を聞き届けたかのように、一筋の輝きが流れ落ちた。そして、
それを皮切りに、数え切れないほどの輝きが空を流れ始めた。
「ほおっ、ルルーよ、しばし眺めていくか?」
 その言葉に、ルルーは嬉しさのあまり大声を上げてしまいそうになるのを懸命に押さえ
込むと、静かに頷いた。
「どこかで、数え切れぬほどの魂が天に還っていったみたいだな、いうなればこれは命の
輝きそのものだ」
 魂流れ、それは魂が天に還るときに空を輝きかける事である。流れ星と比べるとはるか
にか弱く、見られる時間が少ないために、意識していたとしても見つけるのは難しいのだ
が、だがっ、数え切れぬほどの多くの魂が一度に空に還るとき、その輝きは星に負けぬほ
どに美しく輝くのである。そして、これほど一度にたくさん魂流れが見られることを、天
の梯子を昇る者達と呼ばれることになる。
「サタン様…」
 ルルーはそういうと、天の梯子を昇る者を眺める端正なサタンの横顔をルルーはいつま
でも見ていたのだった。

「すごい……」
 ルルーはシェゾの腕の中で呆然と呟いた。何故なら、ルルー達同様に天の梯子を昇る者
を目撃したからである。
「格段に珍しいものではないだろう」
「そんなことないよ、ボク初めてだよ」
 アルルははじめて見た光景に好奇心で目を輝かせていたが、シェゾは冷ややかだった。
「そんなに見たければ戦場にいけばいくらでも見られるがな」
 その言葉に、アルルは黙り込んでしまった。確かに美しい光景だが、だがっ、それと同
時にシェゾの言うように天の梯子を昇る者はどこかで多くの人が死んだことを知らせるも
のであった。
「ねえっ、シェゾ…、百物語っていったいなんなの?」
 アルルの言葉にシェゾの歩みが止まった。アルルは百物語でシェゾが最後に話した怪談
が実際に起こったことがただの偶然だとは思えなかった。それに、シェゾは百物語が終わ
ったときに「百本目の蝋燭は明日の朝まで消さないほうがいいぞ」と言っていた。つまり
それは、シェゾが百物語の真実を知っているということに他ならなかった。おそらく、こ
の機会を逃せばアルルはシェゾに訪ねる機会がなくなると思ったために、口にした。
「アルル、お前は百物語についてどれだけ知っている?」
 シェゾはそういうと、再び歩き出した。
「夏の風物詩?」
 アルルはルルーから百物語のことを知らされるまで知らなかったために、アルルはルル
ーから聞いたことをそのまま口にした。しかし、シェゾはそれを聞くと、声を殺して笑い
始めた。
「あれが夏の風物詩?ふっ、ふふふふふふ…、そうか、なるほどな、ある意味ではそうと
も言えるな。いいだろう、教えてやろう。百物語は元をたどれば呪術だ」
「呪術……」
 シェゾの口から出た物騒な言葉にアルルは無意識に眉をひそめた。それは嫌悪感もある
のだが、それと同時に驚きもあった。
「夏に怪談をするのはそう珍しいことじゃないな、肝を冷やすというからな」
 シェゾの言葉にアルルは頷いた。確かに、夏の怪談話は風物詩である。
「ならっ、何故百話も怪談をする必要があると思う」
「それは……」
 確かに、シェゾの言うとおり、百話も怪談をする必要がない、肝を冷やすならば数十話
で事足りるはずであった。アルルが考えていると、シェゾは言葉を続けた。
「簡単なことだ、十だと物足りないが、千だと一晩で語りつくすには多すぎる、しかし百
という数字はできるかできないかという微妙な数字で区切りがいいからだ」
 そこまでいうと、シェゾはアルルを地面に下ろすと、自分も適当な岩に腰を下ろした。
「百物語に蝋燭を使う理由は、蝋燭の明かりを結界とするからだ」
「結界?」
「結界といっても何かを封じ込めるためのものではなく、隠すためのものだがな」
 その言葉でアルルは今まで不思議に思っていたことが氷解した。蝋燭で雰囲気を出すた
めならば数本で事足りたはずであるのに、何故わざわざ百本も用意するのかが分からなか
った。最初は今何何話を分かるためだと考えていたのだが、それならば紙にでも正の字を
書いておけば事足りるはずだからである。だがっ、次の瞬間、アルルの中には新たな疑問
が生まれた。一体何を隠すためなのだろうか?
「怪談のような負の話をすると、悪い流れが集まってくるものだ、だがっ、大体の人間の
体は悪い流れが一定以上になるまえに、眠たくなるようにまたは飽きるようになっている。
そうすると、悪い流れは方向性を失い、しばらくすると、霧散してしまうものだ。だから
こそ、その流れが集まっているのを体に気づかせないために蝋燭で結界を作り必要がある」
「でもっ、蝋燭なんかで結界が成立するの?」
 アルルの疑問は最もであった。蝋燭程度の明かりではシェゾのいう悪い流れを隠すこと
名でできないと思ったからである。
「そうでもないな、最初に蝋燭が使われたのは教会だ、その当時の教会では明かりの役割
のほかに、魔よけの役割も持っていた。もっとも、魔といっても悪意といった負の感情の
ことだがな」
「あっ、つまり蝋燭の明かりがともっている間は悪い流れが近寄れないってこと?」
「そういうことだ、そして、百話目が終わると同時に最後の蝋燭が消えると、その瞬間近
寄れなかった悪い流れは一気に部屋の中に押し入ることになる、そして、部屋の中に押し
入った悪い流れは百話目の話を根幹として、方向性を持つことになる。そして、方向性を
持った悪い流れは百話目を実現させるための呪術へとその姿を構成することになる。ただ
し、その百話目が実現不可能なときは何が起こるかは分からないが、よくないことが起こ
るだろうな」
「でもっ、それなら何で、朝まで蝋燭の火を消すなって言ったのさ」
 その一言にシェゾは意外そうな顔をした。
「太陽の光は浄化の力があるからだ、逆に月の光はありとあらゆる者を許容している。こ
んなのは、魔導の基礎中の基礎だろうが、その分だとまともに勉強していないようだな」
「うっ、別にいいじゃないか、ボクは座学じゃなくて、実戦は得意なんだから」
 アルルはシェゾに図星を指されて、言い訳するように、言った。
「馬鹿か貴様?真理の探求者である魔導師が探求を止めるならば、それは魔導師であって、
魔導師ではなくなるぞ」
 シェゾの言葉にアルルは何もいえなかった。悔しかったものの、シェゾ自身も魔導師で
あるために、その言葉には深みがあった。ただ自己防衛で口から出た言葉では太刀打ちで
きないほどにシェゾの言葉は力強かった。
「それじゃあっ、シェゾは何を探求してるの」
 アルルは自分自身が探求したいものがあることはあるのだが、あまりにも漠然としすぎ
ているために、言葉に表すことができなかった。そして思った、数え切れないほど昔から
生きているシェゾは一体何を探求しているのか知りたかった。それは純粋な好奇心だけで
聞いたのではなく、他の感情もあるだろうが、今のアルルは好奇心が勝っていたために、
その感情に気づくことはなかった。
「んっ、お前に話す必要はないだろ、話しは終わりか」
 シェゾはそういうと、岩から立ち上がろうとした。しかし、アルルは最後にもう一つだ
け聞きたかったことがあった。いやっ、聞かなければいけないことがあった。
「最後に一つだけいい?」
「…いいだろう」
 アルルの言葉に何かを感じたらしく、シェゾは静かにそういうと、再び岩に腰を下ろし
た。シェゾが岩に腰を下ろしたのを確認すると同時に、アルルは口を開いた。
「巴さんは、どうなったの」
「滅びただろうな」
 シェゾの答えは簡潔だったが、アルルはショックを隠しきれずに思わず地面を力強く握
りつけた。そして、泣いた。声を上げてアルルは泣こうとしたが、その声はあまりの悲し
みの深さにまともに声になることはなかった。巴は妙法みょうほう村正に斬り殺されるというときに、
自分を助けてくれた命の恩人である。それだけでなく、アルルは巴のことを実の姉の
ように思っていた。できることならば、巴も助けたかったが、それができなかったために、
アルルは恨んだ諸悪の根源である妙法みょうほう村正を、そして、巴を助けることができなかった自
分自身を……
「アルル…、眠れ」
 シェゾの声が聞こえてくると共に、アルルは不意に深い眠気が襲ってきて、そして、そ
のまま意識を手放した。

「アルルさん…、アルルさん…」
 どこか遠くで自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。その声はか弱く今にも消えてしまい
そうなほどであった。
「この声……」
 アルルがゆっくりと眼を開けるとそこは真っ暗な空間だった。光も何もない場所だった。
しかし、不思議と恐怖感はなかった。むしろ、不思議な心地よさがあった。暑くもなく、
寒くもないという不思議な感覚だった。
 アルルが辺りを見回すと、何かが近づいてくる気配が感じた。何かが近づいてきた方向
を見た瞬間、アルルは言葉を失った。
「巴さん…」
 そうっ、そこには足がなく腕も二の腕から先が透けてはいるものの、いつもと変わらな
い優しく穏やかな表情を浮かべている巴がそこにいた。
「巴さん!!」
 アルルは巴の姿を見た瞬間、巴に駆け寄り、巴に抱きついた。巴に抱きつくと、アルル
は今まで感じたことがないほどの温かさに包まれた。肉体ではけっして伝えられない温か
さであった。
「アルルさん、ごめんなさいね」
 アルルがその言葉を聞き、巴の顔を見ようとして、思わず言葉を失った。何故なら、巴
は体が透け始めていたからである。
「巴さん、昇天するんだよね?」
 アルルは一抹の期待を込めて巴に尋ねたが、巴は首を横に振った。
「残念ながら、私はここでもうおわ…り……で」
 そして、巴はすべての言葉を言い終える前に、消えてなくなった。それと共に、確かに
そこにあった巴の温かさも消えた。
「巴さーーーーん!!」

 アルルが眼を覚ますとそこは彼女の家のベットだった。シェゾはアルルを彼女の家にま
で運ぶと、服のままベットに入れたようであった。
 アルルがふと、自分の目を右手で触ると、右手がぬれていた、どうやら泣いていたよう
であった。だが、先ほどどんな夢を見ていたかは思い出せないのだが、思い出そうとする
と、まるで心を引裂かれるように悲しくなってきた。
「ぐっぐっ〜!!」
 台所からカーバンクルの嬉しそうな声が聞こえてきた。アルルは何かあったんだろうと
台所に向かうと、そこには落し蓋のしてある鍋をそのまま食べようとしているカーバンク
ルの姿があった。
「かーくん!!」
 アルルは殆ど悲鳴にも近い声でカーバンクルから鍋を取り上げた。すると、カーバンク
ルは最初こそ起こっていたものの、涙でぐしょぐしょのアルルの顔を見ると、静かに台所
から退場した。
 アルルが落し蓋をとると、そこにはきれいなベッコウ色に煮えた冬瓜の煮物があった。
アルルは箸を手にそれを一つ食べると、涙が出てきた。おいしいからだけではなかった。
「巴さん、ボクはあなたと一緒に食べたかったよ…」
 そして、アルルはただ泣きながら箸を動かしたのだった。

「ふむっ、素晴らしいな」
 シェゾは自分のアジトで今回の戦利品である妙法みょうほう村正狂月きょうげつを見ていた。
「しかし、今回は紙一重の勝負だったな」
 そういうと、シェゾは今回の戦いを思い返していた。今回の戦いは運がよかった。もし、
妙法みょうほう村正狂月きょうげつが身体能力を向上させることができ、そしてそれを戦いの中で使われていた
のならば、シェゾは寒気がした。その状態で何度もシュミレーションしてみたところ、何
度計算しても最悪かそれに近い結果しかはじき出せなかった。
「しかし、あの巫女の魂が残っていなければ…」
 そうっ、あのとき巴が一時的に自分の体の主導権を取り返したがために、アルルは無事
だったが、そうでなかったら、妙法みょうほう村正狂月きょうげつの手にしろ、シェゾの手によってにしろアル
ルは命がなかったであろう。
「まっ、いまさら考えても詮無きことだがな」
 シェゾはそういうと、妙法みょうほう村正狂月きょうげつを鞘に収めた。
「今回の一件は無事に終わったんだから気にする必要はもうないな」
 そう呟くと、シェゾは白いカップに注がれていたエクスプレッソを静かに口にしたのだ
った。
「しかし、妙法みょうほう村正の中で最もできの悪いといわれている妙法みょうほう村正狂月きょうげつですら、これほどとはな…」
千里
2009年09月14日(月) 10時19分27秒 公開
■この作品の著作権は千里さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
この作品はもともと、第二回の小説コンテストに応募する予定の作品でした。ちなみに、お題が夏だったので、百物語にしました。
オリジナル設定が多数入っています。ちなみに、呪文はわくぷよのものを使いました。
しかし、よくよく考えてみればこの話ほかの人に比べるとものすごく系統が違いますね。

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