水の冠 |
(ああ、もう。) しとしと。しとしと。 雨が降る。 軒先から落ちる雫の先に静かに佇む水溜まりに、水の冠。 さっきまで自分の頭に載せられていた、あの金の冠を思い出して、ボクはまた一つ溜息を落とした。 水の冠 床に散らばる、色とりどりの包装紙とリボンに埋もれたボク。 両手に抱えきれないようなプレゼントと、花束。 サタンが主催してくれた誕生日パーティで、僕宛に贈られたその一つ一つを、部屋の真ん中でぐるっと見回して、自然と頬がゆるんだ。 残念ながら、あいにくの雨だったけれど、今日はボクの誕生日。 去年と同じように、ボクはまた一つ年をとった。 散らかった部屋に漂う静寂を、弱くかき消す雨の音。 さっきまでの賑やかさと、真逆のそれに、ふと瞳を伏せた。 お城に足を踏み入れた途端、金の冠をサタンに被せられて、びっくりしたっけ。 次々に聞こえるおめでとうの言葉と、ルルーが焼いてくれた大きなケーキ。 ラグナスが抱えてきた大きな花束と、ウィッチのちょっといびつだったけれど、色とりどりの魔法の光の粒。 Dシェゾのフルート、Dアルルのピアノ演奏。いつの間に練習したんだろ。 指先で包装紙の端を弄びながら、くだらないやりとりを思い出しては、なんだか心が温かくなる。 だけど、何故かそこに、しとしと。しとしと。雨が降り注いで、どこか寂しくなるのは… 豪華な食事を食べて、みんなで騒いで、笑って、あっという間に時間がたった。 持ちきれないプレゼントと一緒に送り届けてもらおうとした時、無意識に会場内を見回してしまった。 しまった、と、思った時にはもう遅くて、気配り上手なルルーに声をかけられた。 「ほんと、結局最後までこなかったわね、アイツ。 別にどうでもいいけれど、せっかくのサタン様の誘いを無視だなんて、図々しいわ! 今度あったら殴っておくから、気にしちゃだめよ。」 「あ、あはは…大丈夫、気にしてないよ? 最初っからくるわけないと思ってたもん!」 全然気にしてないよ、と、笑って見せると、ルルーの少し後ろにいたサタンが肩をすくめて、力無く笑った。 わかってやってくれ。そういってるみたいに思えたから、サタンにも笑い返す。 「…本当に君のオリジナルは、素直じゃないね。」 「…俺に言われても困るんだが…。」 「Dアルル…Dシェゾ…。」 声のした方を振り向けば、DアルルはじとっとDシェゾを見つめているところが目に入って、思わず吹き出してしまった。 「二人が、そんな風にならなくたっていいでしょ? 本当に気にしてないから大丈夫だよ!今度あったら、めいっぱいおごってもらっちゃうから!」 に、と、笑ってみせると、いつから聞いていたのか、「それがいいよ。」なんてラグナスの声。 「もしくはウィッチの薬をプレゼントとか…」 「私の薬がなんですって?」 「…あ、いや…、はは…あはは…!」 後ろから黒いオーラを漂わせて、にっこりと微笑んだウィッチにつれていかれたラグナスの行方は誰も知らない。 引きつった彼の笑顔を、ボクは忘れない。多分。 「…あーあ。」 ホントに、もう。 指で、プレゼントの一つである精巧な細工を施された銀のスプーンをなぞる。 彼の髪の色と同じ色。きめ細やかで、悔しいけど綺麗。 「シェゾのばーか。」 結局最後まで姿を見せなかった彼を思い出して、目を閉じた。 雨音がよりいっそう、耳に触った。 勝負を挑んでくる彼の目はいつだって、本気の目でボクを捕らえていた。 しつこいくらい獲物だの、欲しいだの、同じ台詞を繰り返しながら、毎日のようにボクの後をついてくる彼のことを、鬱陶しく思わなくなったのはいつだったっけ。 ボクがピンチの時は助けてくれるくせに、ボクには勝てない彼の青い瞳に、楽しそうな光を見つけたのはいつだったっけ。 背中合わせのこの距離。一緒にいるのが、心地良いだなんて。 「もうちょっと優しいと、思ってたんだけどなぁ…。」 溜息一つ、雨音をかき消した。 立ち上がって、散らばったリボンを拾い集めようとした瞬間、見計らったかのように外に慣れ親しんだ魔力の気配を感じた。彼の気配。 嘘でしょ?くるわけない。 続けざまに、扉の向こうに人の気配を感じた。 気付けば、ボクは彼の名前を呼んでいた。 「シェゾ…!」 それはずいぶん長い間だったのかもしれない。 いつまでたっても、変わらない静寂に耐えきれなくなって、ついにボクは扉に向かい、右手をドアノブにかけた。 そのとたん耳に届いたのは、雨音にまじって低く、だけどはっきりと響く彼の声。 「今日は、悪かった。わからなかった。何を贈ればいいのか。」 ドアノブの上で、行き場を失った右手。 あけられない。扉を。 扉の向こうにいる、姿の見えない彼が今どんな表情をしているのか、ボクにはさっぱりわからなかったから。 「…俺は、老いをしらない。誕生日に、何をもらったかなんて、忘れた。」 彼の声が、どこか遠く頭の中で反響する。 ボクの知っている彼は、好戦的で、強気で、自信に満ちていたから。 こんな風に、淡々と感情のない声を出す彼は、ボクは知らない。 「誕生日は、祝ってもらう日だ。でも、俺は祝ってやれない。だから、いけなかった。」 でも、ボクは知ってる。彼が、本当は優しいこと。ものすごく不器用なこと。 彼が後ろにいてくれれば、ボクは目の前のことに夢中になれた。 だって、彼がいてくれれば、後ろなんて気にしなくて良かったから。彼のコトを、信じられたから。 再び訪れた、沈黙。 しとしと。しとしと。相変わらずの雨の音。 一つ息を吸った。 「君は、本当にばかだなぁ。 本当は、わかってるくせに、どうして?」 祝ってくれようと、してくれていた。 それが、何よりもプレゼントなのに。 本当に、なんて不器用で、ばかな人。 「贈り物をするだけが、誕生日じゃないんだよ。 そんなことも忘れちゃったなんて、言わせないよ。」 一瞬の間をあけて、ざり、と、土を踏みしめる音。 彼が踵を返して、歩いていくのが、見えなくてもわかった。 あぁ、やっぱり伝わらなかったのかな、なんて、自嘲めいた溜息を吐こうとした途端。 刹那、雨さえも切り裂いた小さな声。 「誕生日、おめでとう。」 …右手をかけていた、ドアノブが歪んで見えた。 「シェゾ!」 思い切り、扉を開いて、今度はしっかり声を張り上げる。 後ろ姿のシェゾの黒いマントをひっつかんだ。 急にひっぱられたシェゾが、息をつめたのがわかったけれど、そのまま構わず腕を掴む。 「なっ、お前…!」 「もう…〜っ、本当に君は〜……!!このヘンタイ!!!」 「はぁ!?急になんだってんだ、このちんちくりん!」 さっきまでの雰囲気はどこにいったのか、ぎゃんぎゃんと目の前でわめく、シェゾの姿。 いつもなら、言い返して、一勝負ってとこだけど、今日はさせてあげない。 顔をあげると、シェゾの青くすんだ目が僅かに開かれた。 「お前、何、ないて…」 「泣いてない!雨だよ、ばか! いいから聞く!」 慌てて、ごしごしと目を擦って、しっかりと彼と目を合わせた。 雨の日でも、青い彼の目。 どんなに雨が降っても、彼の瞳は変わらない。 その瞳に、ボクの金色の瞳がうつる。 彼の瞳の中に、ボクは青空を見る。 ああ…そうだった。思い出した。 この瞳だ。大好きな、晴天の青空。 この瞳のせいで、ボクは君のことを嫌いだとは言えなかったんだ。いつの時も。 黙ったまま、ボクを見下ろす彼の表情はやっぱりボクが知らないモノで。 どうしていいのかわからなくて困ったような、驚いているような、その表情。 そっか。今、君も、君の知らないボクをみているんだね。 なんだか、それは…悪くないかもしれない。 「誕生日プレゼント、ちょうだい。」 「…アルル……?」 「君のこと、知りたいんだボク。もっともっと知りたい。 だから、それを誕生日のプレゼントに、ちょうだい!」 ふわり、微笑んだアルルに、数回目を瞬かせて。 シェゾが、優しい微笑みを浮かべるまで、あと数秒。 彼女の頭上におかれたウォータークラウン。 不器用な優しさと、ありふれた言葉。目にはみえないそれこそ。 降り続く雨の中でも、輝くそれこそが、彼からの贈り物。 「…変な奴…。」 呆れた様に笑う、シェゾの瞳に確かにみえる優しさ。 「君に言われたくないなぁ。」 楽しそうに笑う、アルルの瞳の中にみえる素直な喜び。 そのどれもが、静かな静寂の中、優しく優しく、しとしとと降り注ぐ。 あいにくの雨。だけど、今ではこの雨ですら、きらきらして見える。 それはきっと、ボクの頭に輝くウォータークラウンのせい。 大好きな人たちに囲まれて、今日ボクは、誕生日を迎えました。 「風邪ひく前に、ほら帰るぞ。」 「えー。部屋、プレゼントのゴミで凄いんだよね。 片づけるのめんどくさい………あっ!そうだ!! お祝いついでに片づけていかない!?」 「〜〜っ!却下!!」 * To Be continue? vV * * * * |
凪 *空
http://blog.goo.ne.jp/radry 2009年07月23日(木) 16時06分30秒 公開 ■この作品の著作権は凪 *空さんにあります。無断転載は禁止です。 |
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No.2 凪 *空 評価:--点 ■2009-07-25 03:38 ID:PNCMzG1/5vA | |||||
おぉーvV白銀だーv 感想、本当にありがとうっ★すごく嬉しいです^^* こちらこそ、チャットではお世話になってますvまた話そうね♪ 不器用シェゾ、気に入って貰えてなによりですv 胸キュン!?もきゃーwそういってくれる白銀に胸きゅんですv(危 私も白銀の小説、楽しみにしてますvV また良かったらサイトの方にも遊びにきてね^^* |
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No.1 白銀 評価:--点 ■2009-07-23 16:46 ID:1r8bSIostTo | |||||
こんにちは。先日、チャットでお世話になったおりじなるです♪というか白銀です♪(この前名前を変えました)チャットの時はありがとうございました! やっぱり凪 の小説は良いわ〜!vvvvすぐに、視線釘付けですよvv 「水の冠」の、シェゾ君の苦悩が改めて実感できました。「俺は、老いを知らない」という所で胸キュンですv悩殺ですv(フインキぶち壊し 凪の小説、これからも楽しみにしてます!! |
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総レス数 2 合計 0点 |
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