二人の時間


 意外なことに、シェゾは勉強の教え方がうまい。


「なんか納得いかない」

 カレーの鍋をかき回しながらアルルはうめいた。

「何がだ」

 気が向いたのだろうか。シェゾが聞いてきた。アルルがお玉片手に振り向くと、シェゾは椅子に片足を立てながらテーブルに魔導学校の教科書を広げていた。

 行儀が悪いが、シェゾはいつもそうだ。注意をする気力も萎えている。

「だって普段は『お前が欲しい』とか言ってる変態のくせに」

「魔力とはお前のものだろう。分離できないものが欲しいのだから間違っていない」

 要約し過ぎなんだよ。と、アルルは胸中でツッコミを入れる。

「…それと、変態って言うな」

 妙な沈黙の後、アルルの教科書をめくりながら淡泊に言い放つ。

「気にしてるんだ。カワイー」

 いひひ。と笑いながら、アルルがカレーを皿によそう。

「…普通、気になるだろう」

 背後からはぺらりぺらりと教科書を繰る音。アルルはむぅとうなる。

「素直じゃないなー」

「腹がへった。早くしろ」

「はいはい。もうできたから安心してね」

 カー君が「ぐっぐー」と野菜サラダのボウルをテーブルの真ん中に持って行ってくれる。

 …が、「ぐー!!ぐぐー!!」と声がするので、アルルがコーヒーカップを出しながら横目で見ると、そのカー君が持ってるサラダボウルに手を掛け、シェゾが上から下へ力を入れている。

 カー君は潰されまいと必死だ。

 カー君がシェゾを見上げて「ぐー!!」と不満の声を上げると、シェゾはその手を離して、サラダボウルをカー君から取り上げて隣へ置くと、カー君の頭をぽんぽんと叩く。

 その表情は微かに笑っている様にも見えて、アルルは口を尖らせる。

「お皿ぐらい運んでくれてもいいんじゃない?」

「宿題教える報酬だろ」

 椅子に座ったままアルルを見上げるシェゾの顔は、やはり少し不機嫌そうな顔だった。これが普通なのだけれど。

 目の前にカレー皿をおくやいなや、教科書を放りだし、シェゾは凄い勢いでかき込んで食べ始めた。

「意地きたなーい」

「ふふさい」

「聞こえなーい」

 しばらくシェゾは無言でがつがつと食べる。時折サラダにも手を伸ばすが、余りの早さにアルルは呆然としてしまう。

「まともなの、食べてた…?」

 シェゾがこういう食べ方をするときは、大抵飢えてる時だ。アルルは心配になりながら口を開く。

「生きるのに必要な栄養摂取はしていた」

「…ロクなもん食べてなかったってことだね」

 皿の隅に寄せたカレーをがふがふっと最後までかき込むと、皿をテーブルに置いて「ふーっ」と息を吐いた。満足したらしい。

「確かに、料理を食べるのは久しぶりだな」

「…。」

 アルルは呆れながらも、シェゾの前にコーヒーを置くと、シェゾはうって変わって穏やかに飲み始めた。そんな時に美形は得だ。まさかその美形が数秒前までカレーをかき込んで食べていた様には見えない訳で。

「ここ数日は古文書の解読に集中しててな」

 おや。と、アルルは首をかしげる。シェゾが自分から話すのは珍しい。それでなくても秘密主義で詮索される事も嫌いなのだ。その古文書の解読が相当うまくいっているらしい。

「ふぅん」

「その教科書の石版の解読文書があるだろ」

「うん」

「それも俺がやったんだ。それに次ぐかもしれんな」

「へー…。…って、えええ!?」

 アルルは目を丸くしながら、テーブルに放りだされていた教科書を手元へ引っ張る。丁度そのページで開かれていたのは、シェゾが読んでいたかららしい。

「ど、どこ?どこどこ?」

 アルルの反応に気を良くしたのか、シェゾが右上の図解を誇らしげに指差してくる。

「これだ」

「だってこれ、『とある魔導師が解読し、魔導の歴史の解読の一歩となった』って書いてあるよ?」

「闇の魔導師が名前を一般公開するワケにもいかないだろう。それにそれは一部だしな」

「…え?」

 言われた言葉の意味が、上手く飲み込めずにアルルはシェゾを見つめてしまう。

「その続きはまだ発掘されてない事になっているが、実は俺が持ってる」

「え?…え?」

「石版の問題がねー部分だけ寄贈したんだよ。当たり前だろ。発掘からやったんだ、それぐらいいいだろ」

 それはどうかな。やはり胸の中でアルルはツッコミを入れる。その顔を見ながら、シェゾはふん。と鼻をならす。

「ま、全部嘘かもしれんがな」

 え。とその一言の真意が理解できずに顔を上げると、シェゾはにやりと笑った。

 シェゾ流の冗談なのか本気なのか。なんにしろアルルは、


 …いや別に、ボクはこんな悪人面なシェゾの笑顔を見たかったワケじゃないんだけど…。


 その闇の魔導師らしい顔を見ながらため息をついた。
sii
2008年07月02日(水) 21時13分42秒 公開
■この作品の著作権はsiiさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
美形は得ですよね。

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