まひるの月


どこかにいってしまうものを、眺めてた。いつからか、ずっと、ずっと。

雨の音は、とたんにボクの意識を遠くに追いやろうとする。

いつでも、合図は、ボクを忘れない。音が聞こえるとボクは行動を停止するんだ。

まるでゼンマイが背中についてしまったように行動が規制される。

ボクは窓へ向かう。それは、理由なんてないと言い聞かせるように身体は憶えていることを示させた。


乾かないので諦めた洗濯の山、なんとなくめんどくさくて、材料が転がったままのキッチン。

ジャガイモのごろごろした感じ。落ちる音は重いのに。

ボクもそこにあるジャガイモのように、ごろごろ地面に転がってもいいかなってい思っちゃう。

ただこの道を何も感じることなく進んでいくのは、坂道を転げ落ちるよりは楽なことなのだろうかという問いも

ボクをもときた道へと戻すことはできなかった。


窓にもたれかかった死体のように、動かないで外を眺めていると、ドアの開く音がする。

誰も居ない安心感の中で、ボクはテッテイテキに、全てを追い出そうとしてたのに。

かーくんが慌てて侵入者を拒もうとしに、玄関へ向かうけれど

「・・・相変わらず雨の日は駄目みたいだね」

そういったとたん肩で踊りはじめたかーくんを見てボクは思わず吹きだしてしまった。

「かーくん、キミは何しに玄関へいったのさ」

ぐーっと手をあげながら、一生懸命言い訳をするカレに手を伸ばそうとする。

でもほんの少し腕が動いただけでボクはやっぱり動けない自分を思い知らされる。

窓に吸い込まれたようにボクは動けないのだから。

「サボリとはいい度胸だな、アルル・ナジャ。」

黒いローブが視界のはしで揺れるのが見えた。だけどボクはそんなものを見なくても彼だとわかったのに。

「ごめん、なさい」

と、ボクは伸ばされた手もつかめないままその人の手を見てた。

「ったく、いつからそんなことになっている」

ボクは考えて

「・・・そんなのわからない」


授業はどうしたのと問い返せば今日は自習だ、と呟く彼。

そんな嘘吐きだけど優しい嘘に時々ボクは本当に困った。

そして、何よりも嫌だったのは足を抱えてお姫さま抱っこをするようにボクを運ぶこと。

しずかに運ばれすぎて、なんだか切ないじゃないか。

ときどきやってくるこの症状の所為でボクはそれを諦めなければいけなかった。

つまりは、ボクは何度も彼に運ばれ、それを見つめている。

クラスでもボクが雨に弱いとまことしやかに囁かれ、どこかへいわボケした世界だから

そんなものなんだろうで終わった。

本当だったらお昼もまだすぎていないこの時間は、ボクもカレも学校にいる。

だから多分、シェゾは臨時職員とはいえぬけてきたのだろう。

どうしようもなく不甲斐ない自分に呆れながら、いつまでもこのままでいいような気もしているから困っていた。

そんなわけで、慣れた手つきでボクを寝室まで運ぶと、パジャマを羽織らせて、ボタンをとめてくれる。

そして、横にして布団をかけた後、ボク達はぽつんと語り合うのが日課になってしまった。

モスグリーンの時計は寝室の床の遠くにおいやられ、時間なんか忘れようとする。

かーくんは踊りながらちらちらとこっちをみたあと、何処かへいなくいってしまう。

多分かーくんなりに余計な気を使っているんだろうな。シェゾも気がついて、苦笑した。

「雨、やむまでまだ動けないのか」

シェゾがベッドに寄りかかり、片足を立てた状態で聞いた。男の人だなぁ、とぼんやり思う。

「そうじゃなきゃ、キミにはこんでもらうわけないじゃないか」

晴れた日のことが嘘みたいにボクは、いま、ただのゼンマイ機械。

かたかたかたかたかたかた、と足だけが前を目指す違和感。窓についたらへたりこんで外を見ている。

「ほう。そんなに触れられるのが嫌か」

そのコトバにときどき、ドキッとする。

「あ、あたりまえでしょ?!誰が自分の力を狙っている変態に・・・」

セリフが途中で止まってしまったのは。

「変態に?」

あまりにも静かな瞳でボクを見つめる所為だ。

普段はどんなに絡んでもうっとうしそうな表情を浮かべて立ち去るというのに。

どうして、こんな、雨の日だけ。

そして、両手をベッドつくとボクに近づいてくる。

「ちょ、シェゾ!」

首元に近づいたカレの口元が息でくすぐったくてボクは思わず顔を背けた。

心臓が勢いよくはね、そのたかなりはいっそう酷くなる。

「変態で、力を狙っている俺に?」

「・・・バカ!!」

肩をつかまれたまま、微動だにできないボクは途方にくれた。

彼の前髪が顔に触れた。

そんな、距離に。

「いってみろよ、なぁ、アルル」

挑発するように彼はボクの顎をつかみ視線を交差させようとする。

ボクは目を瞑り、この時間が過ぎてしまうことを切に願った。

「校長にセクハラでうったえちゃうんだから!」

それは勘弁、とシェゾは肩を離す。重さが抜けて体が軽くなった。ボクも目を開ける。

「雨の日のキミはなんだか、キミじゃないみたいだ」

シェゾは何がおかしいのか目を見開いた後、くくっと笑う。

「それはお互い様なのかもしれないぜ・・・」

「・・・ねぇ・・キミは・・・本当に」

シェゾなの、と聞こうとしたとたん、口元に指が伸びた。

影をおいかけるように、ゆっくりした動作で。

脳裏に浮かんでは消えたあの人が、最後にした仕草と同じだったのでボクは動揺した。

何を言っているんだろう、誰かが叫んだ。いい加減、忘れなさい、と。

ボクは忘れなければいけない。あの日、眺めてしまったカレを、カレの分身を。

それでも、心はぼーっと窓辺で思いにふけるボクがいて。

じめじめとした窓の水滴とか、目で追っては手でなぞるような。

触れればすとーんと滑ってしまうような。あの日、見たカレを何処かで追い続けている。

手を伸ばした最後。

崩れていく視界。

それでも最後まで求め続けるのをやめなかった、彼を。

「シェゾ・・・?」

「そうでなければ、誰だというんだ?

うん、と頷きたかったけどボクは動けない。代わりに言う。

「・・・・このゼンマイがとまったら、ボクは、何処へいける?」


雨の日はきまって時計仕掛けのゼンマイがボクを支配して、忘れないように急き立てる。

そんな話を何回繰り返したのだろう。

シェゾは黙ってボクを見つめた。

でもそんな彼の姿をどうしても殺してしまった彼と重なり続ける。

ボクは、殺した。怖くて、殺した。

雨の中で泣いたように佇むカレを、全てをほしがったカレを殺した。

劈くような悲鳴が響く、孤塔で。

ボクの好きだったシェゾのチカラを奪おうとした、シェゾの姿をしたカレを。

ボクは殺した。

ただ、自分の為だけに。



そして。

ボクはいつか、本当にシェゾさえも殺してしまうかもしれないことにも気がついた。

好きだけど、ボクは、ボクは、自分の為に人を殺せる人間だから。

それがたとえ、本当の意味での人じゃないとしても。

「何処へいけばいいの?」


気がつくと、溢れ出した涙が布団の上にしみを作り始めていた。



「何処かへ行く必要がどこにある?お前が望む場所はそんなところなのか?」


ボクは首をふれないことををこれほど後悔したことは無かった。

コトバだけじゃ嘘だって、そんな気がするから。

その意味を察したシェゾが、手を伸ばす

背中から肩へ伸びた手。胸の中に、子どものように顔を埋める。

みんな抱えている闇を、こうして共有しようとして。そうして過ぎていく時間は生きることだけど。

生きていなかった重みは、時間なんかじゃ計れない。

ボクは時間を奪った。だから、奪われていくことも望んでいて。

「ごめん・・・キミにいってもどうしようもないんだ。だって、ボクの問題だもの。
ボクはしっかりしなきゃいけないんだ。だから・・・」

シェゾは黙ってボクを抱きしめていた。

知ってるよ、というようにボクを強く抱きしめていてくれた。




***




「もう、早くしないと場所がとられちゃうんだからー!!」


いつものカレだったら絶対めんどくさくて、別の場所に逃げちゃうような遊びも今日だけはトクベツに

付き合ってもらえることが嬉しくて、シェゾの右手をぐいぐいひっぱって歩く。

ラケットをその河原に向けて場所を指すようにアピールしながら

「ね、ね、シェゾははじめてなんだよね、バドミントン。
ボクこうみえてもさ、体育の時間とかで、結構うまいっていわれててさ」と言った。

勿論シェゾはいつもと同じくらいクールに返すんだけど。

「急がなくても河原は逃げたりしないだろ」

そんなシェゾの手にはシャトルが2つ。

まだ新品の羽根が、ゆがみもなく、重ねてシェゾの手に収まっていた。

「わかんないよー。なんたって、マスク・ド・サタンが管理してるんだもん」

そもそもあのコートだっていつのまにかどんって感じでできていたくらいだから。

ボクの通っている学校の校庭は、とてつもなく広くて敷地内には作業場もかねた森林があり

なんと川まで流れていたりする。

その川を隔てて、フェンスに囲まれた競技場があり、学校の生徒にはそこは自由に解放されていて

学校が終わると友達同士がバスケットをしたりサッカーをしたりすることも多い。

ドラコとウィッチを誘って、ボクはよくバドミントンを楽しんでいる。

シェゾはこの学校の臨時教師だから、ときどき、もう帰れと生徒を追い出しにやってくる。

それがボクのほう一つの楽しみでもあったんだ。

「それにしても、ほんと広いよね。シェゾは先生なんだから何処までが学校なのかわかるんだよね?」

正直、何処までがボクの学校に属すのかわからないんだ。

でもそれは、ルルーも「この学校ってどこまでなのかしら」と呟いていたからみんなと同じ疑問かも知れない。

「しらん。・・・それに今の俺は、先生だってこともしらん」

シェゾがあまりにも日常に反さない話し方だったからボクは聞き逃しそうになった。

「あ、ごめ・・ん」

あやまった後、なんだかぎこちなくシェゾの手を離した。

手を繋いでいたことも、放した事もシェゾは気にしていないようだった。

こうして、敵であるはずのボクたちが仲良く歩いて遊びに来ているのには実は理由がある。

唐突だけど、シェゾは今、記憶喪失なのだ。

今日の朝、学校に来るなり、校長先生から呼び出しがありボクは校長室に呼び出されたのだけど

これまた唐突にシェゾを渡された。

ほんとーに、背中をぽん、と押してシェゾをボクに差し出すと校長先生は困ったように笑った。

「まぁ、コホン。いきなりなんだが、実はシェゾが・・・あれだ。
昨日の実験中に頭に衝撃を受けてな、記憶障害というのをおこしている」


「・・・・は」


思わず先生だということも忘れてボクは口をあけたままほうけてしまう。

校長先生は、自分の席の銅像の頭をなでながらまた、咳払いをした。


「・・・ワタシが同じ衝撃を与えて直してもいいんだが、それがバレたとき、
これのことだ。報復されかねん。ここはひとつシェゾに恨みを晴らすごとく、殴ってやってくれ」


こそり、とボクの耳元で呟いた校長の言葉は、やっぱりシェゾの耳にも入っていたみたいで目でけん制している。

どうしてか、シェゾ校長はとおっっても仲が悪い。

いわく、気が合わないとはシェゾのコトバ。ボクが質問したときにはそれしか答えてくれなかったので

校長先生に聞いてみると「恋敵だ」と言う。

校長先生は結婚してないんですか、と聞くと笑って「アルルが結婚してくれたら結婚できるのだが」といわれた。

いつだって、この校長先生は冗談が好きだ。

そのエピソードは果てしなく沢山ある為、今は割愛するけどね。

だから、また今度もタチの悪い冗談のような気がして、ボクはひきつった笑顔で返した。


「ボクも報復されるのはちょっと、ねー」

「いやいや、アルルならいざとなれば勝てる。本気で殴ってやってくれ。・・・まぁ、それにあれはアルルに弱い」

「・・?、あぁ、ボクのほうがたしかに強いですけど?」

そういうと校長先生はふかーい溜息をついた。

あーあーあーと項垂れた後、きゅうにきりっとした表情でボクの手を握った。

「アルル、たまには額面どおりにうけとってはくれまいか。そんなわけで、結婚式はいつにしようか、アルル」

そういったから、ボクは笑って見せた。

「やだなぁ、校長先生。ボク、まだ16歳ですから」

やっぱり、校長先生は、とっても面白い人だと思った。


そんなことを思い出しているうちにコートが目の前に見えてきていた。シェゾがコートに入るために鍵を開けた。

沢山の鍵の中から間違いなくコートの鍵が区別がつくなんて、やっぱり記憶は失われていないんじゃないかって思った。

足を踏み入れたコートは学生が使うには少々立派過ぎる風情で、いつも磨かれたように地面は、平らだった。

ラケットを下ろして、羽根をベンチに乗せながらボクはいう。

「えっと、ルールはわかるんだよね」

シェゾはラケットのストリングを指ではじきながら答えた。

「多少は。文献で読んだことはあるな。確か、21点3ゲームで2ゲーム先取のラリーポイント方式だろう。
・・・で、フォルトは一点と換算していいのか」

すらすらと読み物を読むような答え方にボクは苦笑いてしまった。

実際フォルトの意味がすぐに出てこないくらい、ボクもシロウトだったから。



「はい、もーあなたのおっしゃるとおりです」




***




ゲームはあっけないくらい、シェゾが勝っておわった。

なんたって、スピードが違う。羽根においつけないなんてもんじゃない。もう、着地点が見えなくて泣いた。

ボクはラケットをふるタイミングが合わなくてシェゾに大笑いされた。

フレームにコンという音がするたび「へたくそ」というつっこみが入った。

疲れて、へとへとで、地面にへたり込むボクに対しシェゾは平気な顔で立っているのがまた、くやしい。

とシェゾはボクのエリアに入ってくると手を差し出して、つかまれ、言った。

大きな手がボクをひっぱってボクはふらふらと立ち上がった。

「あーあ、やっぱりキミを殴ってでも思いださせる作戦のほうがよかった」

ボクは悔しくて半分八つ当たり気味に言った。少し、自己嫌悪。

「なんか、これは頑張り方が違う気がするが」

さすがに我に返ったのか、シェゾは呟いた。

ボクはあわてて「スポーツすれば、頭の回転がよくなるかなーってさ」と取り繕うけど

「疲れてるくせに、お前は冴えるのか」といわれて撃沈した。

・・・まぁ、こればかりはボクの勝手だけど、さ。

風の音を聞きながらボクは呟きそうになった。コートから離れるために歩く2人の影がいつもより近くて喜んでいる自分。

ベンチに腰掛けるといつもとは違う目線。

・・・なんだか、日常に居るのに非日常に感じるのは絶対キミのせい。

「俺は、いつもお前とこうしているのか」

突然の質問にボクは目を丸くした。

「え、えーっと・・・?」

シェゾは普段こんなことを言わないから。

そりゃそうだよね、記憶あるもんね。

ボクは返事を迷っていた。

気を紛らわそうと、羽根突きのようにラケットでシャトルを垂直に繰り返して飛ばす。

ぽーん、ぽーんと落ち着かせる効果の、繰り返しのリズム。

シェゾは膝の上で両手を組んだまま、それをみていた。

「・・・そうだねー。ちょっとちがうけど、仲は悪くないんじゃない」

シェゾはうんともすんともいわずに聞いている。

・・・ボクだって、本当は胸を張って、そうだよって答えたい。

「いや、違うかも。・・・なんともないだけなの、かも」

毎日とはいえなくても、時々会って、おしゃべりしたり。

ほんのたまーに、出かけてるって。

でも、現実は全然違う。ボクはキミに勝手に憧れて、キミはボクの持っているというチカラを狙っている。

キミは突然しか、現れない。学校でも、すれ違っても目を合わせない。動けないボクを知って、何も言わない。

ボクはきっと、それだけの存在なんだ?

キミに聞きそうになるよ。たとえ、記憶がなくても、聞きたいよ。キミに。


「今日はねー、実のところ、ボクがキミと遊んでみたかっただけなんだよー。
騙すようでごめん、キミはね、いっつもクールで、すましてるからボクなんて相手にしてくれなくてさ。
こないだの誕生日だって、キミはねー、なーんもなーんもいわなかったっけ」


手が止まったから羽根が落ちる。

シェゾが慌ててそれを受け止めていた。


「・・・悪かった」

「キミが、覚えていないキミが謝ってもしょうがないでしょ」

なんだかおかしくて悲しくなったから、胸がきゅんとする。

「それじゃ、さっさと殴って、思い出す?」

冗談っぽく、手を張り上げて振るとシェゾの顔の前でその手を止めた。

驚くことなんかないその表情がちょっとだけびくっと動いた。

「痛いかもよ?」

脅すようにおどけて言わないと泣き笑いの表情が止まらないんだ、さっきからね。

キミがどうか、ボクを変に思わないように願うよ。

「痛いのは、どっちだろうな」

シェゾはボクの手をつかんで、頬に当てた。

「ちょ、シェゾ・・・?!」

びっくりしてシェゾの顔を覗きこむと、その表情がいつもと全然異なることに気がついた。

「・・・殴れよ、アルル。こんな奴のことなんか、殴れよ」

さらさらと流れた銀色の髪。

中身じゃなくて、いつもと同じじゃないと気がついたのは、ようやくボクがカレを捉えたからなのだろう。

シェゾは、躊躇わずにボクを力いっぱい押し倒す。

ベンチから身体が転げ落ちて、背中を思いっきりうつ。

それでも、シェゾボクをはなそうとしなかった。そう、シェゾじゃないシェゾは。

「お前に殺されても、お前に会いたいというのは気が狂っているのか、それとも」

いつのまにか瞳の色が変化して、いつか対峙したカレになる。

あの日、雨の中で、ボクが魂を抜かれた、カレに。

いろんな思いがめぐって、ボクこそ気が狂ったんじゃないかってボクは思う。

窓辺でキミを探している夢を見続けさせられたまま、本当は。

「・・・そうだね。おかしいよ。それでもキミがボクを執着するのが」

「執着しているのは、お前だろう」

雨の中で、初めてシェゾのドッペルというものに出会った時ボクはそれに気がつかなかった。

やがて、カレは偽者であることが発覚して。

それも、シェゾのチカラを奪ってなりかわろうとしていることさえ。


「アルル、俺はお前が好きだった。いや、好きだ。俺が俺という人間になれないことを
心底うらみ続けそうだ。・・・でも、お前はあの日、唯一俺をヤツの影ではないと認めてくれた」


「・・・やめてよ、それでもボクはキミを殺した!!!」


紫がかった瞳。ボクの好きな人と同じ姿。子供のように途方にくれていたカレは、今、此処にいる。

どうか、どうか、その世界は消えないで。勝手なコトだってわかっているんだ、本当に。

好きだと言った声も、姿も、その切なげな瞳も、大きな手も本当は消えないでほしかった。


「そうだ。お前は、殺した。そんなに後悔するなら、またやりなおすか?
お前は俺についてきて、またもう一つの世界でやり直せばいい」


ボクはカレが力を奪った、シェゾが好きで。キミはあの時と同じように同じコトバでボクに囁いた。


「俺は、あいつになる。手に入らないんだろう?ほしいなら、共にこの世界で生きることもできるはずだ。
俺はあいつとは違う。俺は、お前を、手に入れたいわけじゃない。お前と、生きると誓う」


「・・・でも、そうすればシェゾはいなくなるんでしょう?」


だから、殺したのに。

その事実が変わらない限り、ボクはきっと縛られたまま?


「・・・じゃぁ、殴れよ。そして、俺を、忘れればいいさ。いつまでも泣くな、縛られるな。
そうしない限り俺はお前を望み続ける。それこそ、何度でも」


逃げるな、とボクは呟いた。

それは、きっと、自分に。

選択することから、この世に永遠が無いことから、そしてこれから何が起こっても。

ボクは逃げてはいけない。

ボクは思いっきり手を振ると、シェゾの、顔をひっぱたいた。



音は、コート上に響き渡るぐらい響いた。



「さよう、なら」





そして、ありがとう。




***








静かになった。

あの、衝撃的な音は空にさえ、届いたかもしれない。カレが行く、空に。



空を見上げると、まひるの月が、かすかに浮かんでいる。

雲は、昼の月を隠しながら流れて、そらに馴染んだ。

あいまいにボクは、そのまひるの月を探したけどどう目を凝らしてもそれは浮かんでこなかったので諦めた。




シェゾは暫くすると、わんわんと泣いているボクの手を引っ張って抱き上げた。


「・・・シェゾ?」

「そうでなければ、誰だというんだ」

「わかんないよ、そんなこと。だって、記憶が無い人だったんでしょ」


ボクはぐずぐず鼻を鳴らしながら、ちょっとでもカレが力を抜くとへたり込みそうだった。

シェゾは仕方ないといわんばかりに、ボクを抱えた。

ボクは揺られるリズムで、急激に意識が遠のいていくのを感じた。

雨の日とは違うゆるやかさだったので、安心して、目を瞑る。



雨が降る気配がして、シェゾが、雨だな、と呟いてボクを見たのがわかった。

ボクは眠くて動けないのかそれとも、この身体にあるゼンマイがまだ機能しているのか考えようとした。



「シェゾ、ボクは、これから何処へ行くの?」

「・・・帰るんだよ。お前は、帰るんだ」




力強くシェゾは言い聞かせてみせた。でも、声は遠くなっていく。

夢のように。現実じゃないように。



ううん、違う。そうじゃないのかもしれない。ボクは考える。考えた中にもボクはいて。

それは、きっと、もうひとつの世界のような場所の、ボクは知らないボク。

月の裏側のようにひっそりと隠れている。でも、生きている、かもしれないもう一つのボク。

それが、きっと、出てきてしまったのだ。想いの強さが、重力を超えたんだ。





だから、その重力はもとの場所へ還るために、こうしてボクは眠ろうとしている。

本当に、望んだ場所で。


SAKU
2008年02月12日(火) 20時29分19秒 公開
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■作者からのメッセージ

拙い文章ですが何かひとつでも思いが届けば幸いです。

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