思いは森に…
 アレンはあの一件から五年たった今もこうして太古の森と呼ばれている場所を歩いていたのだった。アレンが白銀の狼を倒してからというものの、近くの村の村人が森の恩恵を得るために、この森に人が出入りするようになってからはアレンが来たときの荒々しさはすっかり影を潜めて、今ではただの美しい森となっているのだった。
「今回は会えるかな…」
 アレンがこの森に来る理由はただ一つだった。そうっ、五年前に自分が傷つけてしまった、あのうろこさかなびとの少女に謝りたいからであった。人が聞けば、もういいだろうというだろう。五年もたっているのだから、しかし、アレンにはそれが許せなかったのだった。たとえ五年たっていたとしても、アレンは彼女に直に謝らなければ気が治まらなかったのだった。
 アレンは愚かしいまでに実直だが、それが彼の魅力であった。
 森の中をある程度歩いていたとき、彼はふいに奇妙な感覚に襲われたのだった。
「おかしい…」
 それはあまりにも静か過ぎるのだった。この森は前回、半年ほど前来たときはうるさいぐらいの鳥の鳴き声が聞こえ、虫や小動物が、姿は見えないがたくさんのいたのだが、今回はそのどれも感じないのであった。
 アレンは不吉な思いに駆られながらも、森の中を歩いていると、彼女がいる湖まで後半分というところで、しゃがみこんでいる黒い服に黒いマントの剣士がいるのだった。
 アレンは男に何があったのかと思って、声をかけようとして、一歩踏み出した。
 そして、その瞬間、アレンは今まで感じたことがないほどの悪寒に襲われたのだった。全てを見透かされ、全てを奪い去られてしまいそうな、言うならば、生物としての根源的な恐怖だった。
 アレンは踏み出した足を一歩下げる、その悪寒は消え去ったのだった。

 はあはあはあ…

 アレンは呼吸が止まらなかった。ただ一歩足を進めて、一歩足を下げただけだというのに、まるで全力疾走したかのような疲労感に襲われたのだった。それでも、アレンは立っていたのだった。いやっ、倒れることができなかったのだった。倒れたら死ぬ…、アレンの本能がそう警鐘を鳴らしたからであった。
「誰だ」
 男は立てあがってこちらを向いた、その男はとても美しかった。顔立ちは非常に整っており、もし女物の服を着ていたら間違いなく女性と見間違うほどであった。銀のような銀髪に氷を削りだしたような冷たい目が合わさり、男は幽玄のごとき美を備えていたのだった。そして、腰にはかなり年代物の剣を下げていた。
「お前こそ…、何者だ…」
 男は感情も変えることなく簡単に言ったのだった。
「そんなもの聞いてどうする、まいい、俺はシェゾ。シェゾ=ウィグィィだ」
 男はただそういったのだった。
「俺はアレン、アレン=テルだ…」
 アレンはシェゾに名乗り返したのだった。アレンもシェゾも妙に律儀なのであった。
「アレン…、アレン=テル…、なるほどお前がな…」
 シェゾは反芻すると面白そうな顔をしたのだった。
「噂に聞いたことがあるな…、五年前に魔導学校を首席で卒業しただけでなく、剣も一通り修めた奴がいるとな」
「俺も、有名になったものだな」
「卒業後も数多の発明や発見により魔導の発展に貢献した魔導士だったな。数多の研究機関が引く手数多にもかかわらず放浪の旅を続けているらしいな」
「よく知ってるな」
 シェゾは軽く笑った。
「現在の五大賢者の一人に数えられるほどのお前が一体何を言ってるんだ?」
 アレンは驚いたまさか自分がそんなたいそうなものに数えられているとは知らなかったからであった。
「たいした魔力だが、今は見逃してやろう」
「どういうことだ…」
「俺が倒したい相手はお前よりも強いからだ、だから今は見逃してやる」
 シェゾはそういうと歩き出した。
「まさか、白銀の狼のことか?」
 その一言にシェゾは振り返ったのだった。どうやら図星らしい。
「あいつがどこにいるか知っているのか?」
 シェゾは表情を変えずにアレンに尋ねてきた。
「残念だが、アイツは五年前に俺が倒した」
 その一言でシェゾは一気に殺気立ったのだった。
「本当か…」
 その声音はただひたすらに冷たいものだった。
「五年ぐらい前に、俺が倒した…」
「そうか、だからこの森がこんなに静かだったのか…」
 シェゾは一人納得していた。
「お前はあの白銀の狼のことをどれだけ理解しいるんだ?」
 シェゾが唐突に聞いてきた。
「白銀の狼だということだけだ」
「いいことを教えてやろう、あの白銀の狼は何千年という時を生きてきた、いわば神とも言える存在だ、それを倒しただと?」
 シェゾはおかしそうに笑い出した。
 アレンは白銀の狼の正体を知って驚きよりも納得したのだった。だとすれば、あの力の強大さも納得できたのだった。
「ならしかたないな」
 シェゾは腰の剣を抜いた。それは水晶を剣にしたかのように澄んでいたが、強大な魔力を感じた。そして、その剣をアレンはどこかの文献で読んだことがあるのだが、シェゾが剣を振り上げた瞬間、アレンは考えるのを中断して横に飛んだのだった。
「闇一閃」
 危なかった、アレンがとっさに避けなければ、あの技の餌食になっていたことだろう、その証拠に、アレンが避けた後ろの木々は真っ二つに切断されていた。
「避けたか、お前を貰うぞ」
 その一言と、さっきの技でアレンはシェゾの正体を知ったのだった。
「闇の魔導士!!」
「ほおっ、よく知ってるな」
 シェゾは感心したように言った。それは他者の魔力を吸収して強大な力を得ることができるもののことであった。しかし、アレンの記憶が正しければ最後の闇の魔導士であるルーンロードは百年以上前に何者かに倒されたはずであった。
「まさか、お前があのルーンロードを倒した…」
「なるほど、そこまで知っているとなると死んでもらうか」
 ルーンロードそれは伝説に伝えられるほどの名であった。数多の国を滅ぼし、数多の英雄を滅ぼし、数多の災厄をもたらした人物と伝えられる人物であった。そのため、英雄叙述詩では悪役としてかなりの高確率で名が出るほどであった。
「俺の目的は白銀の狼だったんだが、お前の魔力で我慢してやろう」
 アレンはこの男をこの先の湖に近づかせてはいけないと思った。もし、彼女が見つかれば…
「お前をここで倒す」
 アレンはそういうと呪文を唱え始めたのだった。
「遅い、フレイム」
 炎の列がアレンに襲い掛かったのだった。
「ライトニング」
 アレンは呪文を唱え終えると、すぐその場を離れたのだった。そのため、アレンは間一髪で避けることができたのだった。そして、アレンは立ち上がると同時に腰のショートソードを構えたのだった。
 一方のシェゾはというと、闇の剣で難なくライトニングを打ち消したのだった。
 アレンはそれを見ると「勝負が長引けばこちらの不利、次で決める」と決めたのだった。
「ファイアストーム」
 アレンが呪文を叫ぶとシェゾの周りを炎が取り囲むと、木々に燃え広がり、シェゾを閉じ込める炎の檻となったのだった。
「小ざかしい」
 シェゾは呪文を唱えようとしたが、アレンは即座に呪文を完成させて、シェゾに放ったのだった。
「コールド」
 すると、シェゾの頭の上に家一軒ぐらいの巨大な氷の塊が降りてきたのだった。
「なめるな、ライトニング」
 シェゾはアレンの魔力に感心しながらもそれを放ったのだった。

 ぱきん

 シェゾの呪文はあっさりと氷を砕いたが、攻撃はそれだけではおわなかったのだった。
「ほおっ」
 氷の塊が砕けると、中から無数の氷の刃が降り注いだのだった。初級の呪文は完成されきっている呪文である。それ故に、魔力の消費は少ないのだが応用が効かないと言う欠点があるのだが、アレンがやったのはその初級の術に二つの応用を重ねるというものであった。そして、これこそがアレンが賢者と呼ばれるゆえんであるアレンが確立させた複合呪文である。この呪文はまず最初に呪文が発動すると、普通に呪文が発生するのは通常なのだが、とある条件を満たすと、付加された呪文が発動して二重の効果を発揮するというものであった。効果は抜群なのだが、詳しいやり方はアレンしか知らないのであった。
 アレンはこの瞬間勝ったと確信したのだった。
 シェゾは闇の剣を地面に突き刺した。
「アレイヤード!!!」
 その瞬間強力な波動が当たり一面を覆いつくしたのだった。波動が消えた後にはシェゾの周りのものが全て吹き飛んでいたのだった。
「あっ、あああっ…」
 アレンはこの瞬間負けたのだった。
 シェゾは驚いているアレンに闇の剣を突き刺したのだった。
「ぐあああっ!!!」
「お前の魔力貰うぞ」
 シェゾは無表情にそういうと、アレンの魔力を吸収しだしたのだった。
(せめて、相討ちに…)
「無駄だっ、お前の命も奪ってやる」
 その瞬間アレンは存在の全てをシェゾに奪われるのを感じたのだった。
(ごめんね、歌聞きたかったな)
 最後の瞬間、アレンはそう思ったが、だがっ、その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。
 シェゾはつまらなそうに剣を抜くと、軽く頭を振ると、森から出て行ったのだった。
「くっ、余計なものまで入っちまったか…」
 シェゾはその一言だけ言うと、森から消えたのだった。
 その後、近くの村人によってアインの遺体は発見され、この日、現代の五大賢者の一人、アイン=テルは死んだことになったのだった。
 唯一、救いがあるとすれば、アレンは彼女、セリリを守れたということだけであろう。

 その数週間後
「お母さん、どうしたの?」
 魔導士に憧れる少女アルルが新聞を読みながら悲しそうにしている母親に聞いたのだった。
「アイン=テルさんがなくなったの」
「アインのお兄さん、死んじゃったの…?」
「ええっ…」
 アルルにとってアインは大切な人であった。アインは村に立ち寄るたびに、旅の様々な話を聞かせてくれる、彼女にとっては実の兄のような人物であった。そして、彼女の考え方に大きな影響を与えた人物であった。
「アインのお兄さん…」
 アルルは泣き出しそうだったが、彼女の母親が優しくアルルを抱きしめたのだった。そして、アルルは改めて一人前の魔導士になることを決めたのだった。そして、アインの思いは人知れずにアルルに受け継がれることになるのだった。
 おりしも、この一年後、魔導学校の入学願書が届いたのだった。
 それが運命なのか、偶然なのかは誰も知らないのであった。
千里
2007年07月16日(月) 19時16分05秒 公開
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■作者からのメッセージ
悲しい結末になってしまいましたが、ですが、私は安易にハッピーエンドで終わらせるよりもこれが最善だと思ったので、あえてこういう結末にしました。
批難の類は潔く受けます。ですが、もう一つの完結編もただいま構想中です。もしかしたら、書かないかもしれませんが…
今回も捏造が多いですが、勘弁ください。
あと、読みにくかったら、申し訳ありません。

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