狂い咲き
 
 満ちる月夜  淡い光 

 風にさざめく 夜の花々

 舞い散り落ちる 花びらに紛れ 

 赤紅の舞い手 静かに降り立つ

 手には扇 灯りは星

 静かに 優雅に 舞い踊る

 見る人おらずとも 見届けるものはあり

 草よ 花よ 

 月よ 星よ 

 時に緩やか 時に激しく

 踊り進めば 草の音すら

 さながら 舞の楽のよう

 舞い手は 夜に咲き誇る

 その様 

 狂い咲いた花のごとく

 美しくも 妖しく 

 まさに幽玄なり…

 

「…素晴らしい舞だな」
舞を終え、一人立ちつくしていると、そこには見知った男が一人。
「やあ…見てたのかい?」
「ああ、珍しいものを持って何をするかと思いきや、
 まさか舞うとはな。それも東方の…」
パチンと扇子を閉じ、ボクは微笑んだ。
「ちょっと、東の方に遊びに行ったんだ。
 そしたら、この扇子が売っていてね。
 気に入ったから買ったんだけど、その後大道芸でこの舞を見たんだ。
 とても良かったよ。ボクの好みだったしね」
「…まさか一度見ただけで覚えたとか言わないよな?」
「そうだよ」
バッとまた扇子を開き、軽く舞った。
「結構気に入ってるんだよ、この扇子も舞も。
 こんな夜に舞うと、とても心が静まる。
 東では静寂―間が重要だっていう考えがあってね。
 その間を構成するのは人だけじゃない、周りの要素全てがそうだって。
 言うならば、この闇も、月も、草も、花も… 
 ボクもその考えは好きだ。
 フフッ…しばらく東にいようかな」
ザッ、と扇子を空に掲げるようなポーズで止まる。
瞬間、風が吹き、花びらが舞った。
「…なるほどな…その考えは同意する」
すっと扇子を下げ、今度はゆっくり閉じて、口元に当てた。
「…珍しいね、キミがボクの考えに賛同するなんて」
「どういう意味だ?」
「別に」
彼に背中を向け、ボクは立ち去ろうとした。
「どこへ行く」
「適当に。今夜は月も綺麗だし…散歩にはちょうどいいよ。
 キミも来るかい?」
「…遠慮する」
ぶっきらぼうな彼の反応にクスクスと笑うと、
ボクは草原をゆっくりと歩き始めた。
踏み分ける草の音すらも、とてもよく響いて聞こえるようだ。
普段なら雑音にしか聞こえないそれも、今はとても心地いい。
ボクが夜の中に溶け込んでしまえるような気がする。
「それにしても、今日は本当にいい夜だ」

―ザッ…

風が吹き、花や草がさざめいた。ボクの髪も揺れた。
「でも、同時にいつもの夜とは違う…」
ボクは彼の方を振り返った。
「キミはどう思う?そう感じるかい?」
笑みを浮かべて、彼に問いかける。
彼は少しの間こちらを見つめていたが、やがて口を開いた。
「…さあな」
「つまらないな」
「曖昧も立派な答えだと思うがな」
彼は無表情で答えた。
ボクは笑っていたが、きっと彼はボクと同じように感じていたのだろう。
何となくそう思える。
ボクも彼も、この夜のように現実離れな存在。
同じ現実離れでも、この夜は自然に出来ているが、ボクらは不自然な存在。
言うなれば、有り得ない時期に咲いた、狂い咲きの花のように。
そこにあれば優美だと思う反面、不吉の前兆のような。
ボクらはそんな存在。
「やっぱりキミも東に行ってみた方がいいよ。
 気に入るはずだよ」
「気が向いたらな」
そんな彼の答えを聞き、その場所を離れた。
草を踏み分ける音が一つしかしないところから、
彼はもう少しあそこに止まるつもりだろう。
彼はそこで何を思うだろうか…
いろいろと考えが巡る。
そのどれもがおかしくてつい笑みがこぼれた。

ふと夜空を仰ぐ。
満天の星と満月が夜空に輝いている。
つい見とれてしまうだが、これもまた自然。
ふいにあの景色で、ボクが舞ったのはどうだろうかと考えた。
全てが自然なのに、ボクだけ不自然。
滑稽ではなかろうか。

―狂い咲きの花

在ること自体逸脱している。
だが、そんな花でもいずれ散るという世の理に沿っている。
何てことはない。
けど、根本的に理から逸れているボクは、あやふやなようで危うい存在。
どのようにして生まれたのかはもちろん、散ることなど出来るのか…
むしろ簡単なのかもしれない。
考えは徐々に深まっていく。その先は深淵。
答えという名の光などない。

でも…


「まあ、楽しめるなら…いいか」


今は何も考えまい。
それらはとても気になるが、今考えたところで何もではしない。
流れるがままに、彷徨うでも何でもしようではないか。
いずれわかるその時が来るのを。
…そういえば、これも東の考え方だったろうか。
そんな考えに至る自分を可笑しく思いつつ、ボクは夜へと消えていく。
パチンと扇子を鳴らした。
それは夜の世界へと行く合図。
この存在をも包み込む、安穏の世界へ…

―狂い咲きの花はまだ散らない
桜弥生
2006年04月14日(金) 10時22分16秒 公開
■この作品の著作権は桜弥生さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
データ消失ということで、前ので何か残っているのがあったかと漁ったら、
この狂い咲きしかありませんでした;
今回は加筆修正しております。
といっても、ちょっとですが…
ラグナスのはご希望があれば、また書き直してUPしようと思います。

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No.1  藤宮  評価:100点  ■2006-04-16 20:27:57  ID:IsxZm/z4LeU
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 何もない『間』が重要で、この世の全てのものには存在する意味があって。だから、Dズの二人にも存在する意味がある──てのがメインテーマでしょうか。
 この終わり方だと『狂い咲き』→存在してはならない という意味合いが強くなりそうなので、存在する意味があるって方を強調した方がDズの二人である必要性がよく解るかもかも。
 それはともあれ、最初から最後まで視覚的に美しい文章でした。
総レス数 1  合計 100

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